学位論文要旨



No 120576
著者(漢字) 前田,薫子
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,マサコ
標題(和) 大規模無柱空間における知覚・行動尺度に関する研究 : 集団におけるパーソナルスペース
標題(洋)
報告番号 120576
報告番号 甲20576
学位授与日 2005.05.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6076号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

人は他者との関わりのなかで生活するうえで、他者との間に距離を保ち、見えない境界をつくり、より良い関係が保てる空間にしようとする。近年、新しいオフィス街が次々に登場し、オフィス空間の進化がみられる。集団にはさまざまな種類があるが、オフィスにおける集団は、働くという意味で限定された明確な目的をもつものであり、情報化によりワークスタイルが変わりつつある。新しいオフィスのありかたに対する様々な提案がなされるなかで、フレキシビリティーを求めた大規模で間仕切りのない空間が増える傾向にあり、2層吹き抜けの構成を採用するオフィスも数多く見受けられる。さらにかつてのような島型対向式を取り入れるところも多数見受けられる。本来人間には、パーソナルスペース(個体空間、個人空間)があり、「身体の周辺で、他人が近づいた場合、「気詰まりな感じ」や「離れたい感じ」がするような領域」があるとすると、以上のようなオフィスのなかで常に大勢の人々の顔が見え、見られているという状況は、心理的な負担が大きいと考えられる。また、大規模かつ均質な空間の把握の点において、人々が最も把握しやすい距離がワーカーにとって心理的負担が少ない空間であると考える。本研究は、集団に囲まれたなかでのパーソナルスペースの構造とレイアウトの意味を明らかにし、新しい大規模無柱空間における適度な分節の指標の基礎的知見を提示する。

本論文は第1章から第4章までの計4章から構成される。

第1章では、関連する既往研究をふまえ、本研究の背景、目的、位置づけを明らかにした。

第2章では、本実験に先立ち、予備調査により実際のオフィス空間の特徴を対人および物理的側面、行動的観点から検討し、大空間における問題を抽出した。

第3章では、大空間を想定し、大勢の人が居合わせる状況のなかで、他者による心理的影響として他者の存在と視線に着目した実験を行ない、考察を行なった。3.1節では、実験の概要について述べている。実験は2種類行ない、他者からの心理的影響として存在および視線に着目し、実験1は集団のなかの個人であること、実験2は大空間であることを特徴とする。3.2節では、他者からの存在、視線の影響の特性について考察し、実験1と実験2の比較を行なった。その結果、他者の存在、視線の影響度合はともに前方方向に拡がり、特に正面方向に関しては、対面する人の背後の影響は、人に隠れるため受けにくいことがわかった。また、視線の影響度合は存在に比較すると小範囲となり、ほとんどが対面する人からの影響となる。また集団に着目した実験1および大空間に着目した実験2の比較により、20cm刻みの島と島の間隔の変化ではなく、フロントパーティションや中通路を設けた方が、他者の影響度合に差がみられることもわかった。さらに距離や集団の数が増えても、他者の影響度合の傾向は変わることはないことがわかった。3.3節では、集団のなかでの位置に着目し、位置のちがいから生じる他者からの心理的影響の変化を人やレイアウトとの関係から考察した。他者による影響は方向により異なる特徴がみられた。正面以外の斜め方向においても人の背後に隠れる人の影響度合は小さいが、これは距離が遠くなることに大きく起因する。また、正面から左右30度の方向では他の方向に比較してより影響を受けることがわかった。集団のなかの位置では、中央部においてレイアウト間のちがいが最もよくみられた。他者の存在の場合はサイドパーティション、クロスパーティション、中通路を設けるとその方向の他者からの影響に対して効果がみられ、また視線についてはフロントパーティションのあるレイアウトでは対面者3人について影響度合が減少した。集団のなかのコーナー部では、前にパーティションを設けると効果がみられることがわかった。3.4節では、大空間における集団のなかでの心理的影響の拡がりに着目し、パーソナルスペースを求め、特徴を考察した。その結果、パーソナルスペースは他者からの影響度合が15%(少数ではあるが無視できない領域)と50%(気になる−気にならないの転換点)に特徴を代表することができる。両領域は形状が必ずしも一致するとは限らない。存在における集団のコーナー部では斜め方向はフロントパーティションによるちがいがみられた。集団の中央部では、15%を示す拡がりは75度方向についてはフロントパーティション、45度から真横方向についてはサイドパーティションの影響がみられた。また、50%を示す拡がりは斜めと真横方向においてサイドパーティションの影響、真横方向には中通路の影響がみられた。 視線については集団のコーナー部において50%を示す拡がりは小さく、斜め45度方向の拡がりはフロントパーティションの影響がみられた。また15%を示す拡がりは75度方向に大きく、斜め方向は2列目までを含む。集団の中央部では、15%を示す拡がりと50%を示す拡がりに差が無く斜め方向はサイドパーティションの場合に変化がみられた。また、50%を示す拡がりは75度方向に大きく隣の島までの対面者を含むことがわかった。3.5節では、集団における特徴が最もみられる基準型の中央部のパーソナルスペースを1本の物理的スケールで表し、既往研究によるコミュニケーションの観点も考慮に入れ、尺度としての意味を検討した。他者の存在を意識するスケールでは、正面方向はどのレイアウトにおいても大きなちがいはないが、およそ3m以内においてサイドパーティションに最も効果がみられた。フロントパーティションはほとんど基準型と同様の傾向であるが、75度方向は基準型より効果があり、4mを超えた場合に最も効果が得られる。また、中通路は基準型とほぼ同じ傾向であるが、真横方向はサイドパーティションに次いで効果がみられた。クロスパーティションについては、4m以内ではサイドパーティションとフロントパーティションの中間的なスケールとなることがわかった。 他者の視線を意識するスケールでは、真横と45度方向以外はレイアウトによるスケールのちがいはなく、存在を意識するスケールと同様にサイドパーティションは最も効果があることがわかった。

第4章では、前章までの成果をふまえて集団におけるスケールとレイアウトの意味をまとめ、集団および大規模な空間を計画する際の適度な分節感の指針を示し、結論とした。まず、集団におけるスケールの特徴として真横方向に関しては存在と視線に大小関係に関する特徴のちがいはないが、他の方向でのちがいがみられた。集団における他者の存在は、気になる割合によってスケールの範囲が定まるため、何割の人が気になるスケールであるのかということに注目してレイアウト等を考慮する必要があり、また集団における他者の視線は、角度ごとにスケールの範囲が定まることから、角度別の対応が必要になることが提案できる。次に、レイアウトの意味として、サイドパーティションは近くの他者からの影響に効果があり、部分的な効果が得られることがわかる。フロントパーティションは正面にはあまり効果はないが、フロア全体の他者の影響を減少させる効果が得られる。また視線の場合は存在よりもスケール上の変化が小さいことから、パーティションの高さの変化等、他に効果が得られるものがあると考えられる。本論では、高さを限定したパーティションや通路の設定によってレイアウトの効果を検討したが、他に島中央部におけるデスクサイズを広くする等の方法で分節することも考えられる。また、実空間においての有効な対応も今後の課題とし、大規模無柱空間における適度な分節の基礎的知見としたい。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、集団の中での人間の心理的パーソナルスペースの構造とオフィス空間レイアウトの関係を実験により明らかにすることで、近年のオフィスで多くなった大規模無柱空間における適切な家具およびレイアウトに対する人間行動をベースとした基礎的知見を得ることを目的としている。

人間は他者との間にパーソナルスペースと呼ばれる身体の周辺で他人が近づいた場合「気詰まりな感じ」や「離れたい感じ」がするような領域を保つ。近年、オフィス空間は空間効率やフレキシビリティーが求められ、柱や間仕切りのない大規模空間に、島型対向式デスクを繰り返し規則的に配置するレイアウトを取り入れることが多くなった。このようなオフィスの中で常に大勢の人々の顔が見え、見られている状況は、ワーカーにとってパーソナルスペースが犯されたようになり心理的な負担が大きいと考えられる。これに対してオフィス家具やレイアウトのデザインの上で何等かの対応が求められていることがこの研究の背景にある。

はじめに第1章、第2章で、研究の背景、目的、位置づけを明らかにし、予備調査で実空間における大空間の特徴を対人および物理的側面、行動的観点から検討した。

第3章では、大空間を想定し、大勢の人が居合わせる状況のなかで、他者による心理的影響として他者の存在と視線に着目した実験によりその特性を明らかにした。他者の存在、視線の影響度合はともに前方に拡がり、正面方向は対面する人に隠れるため背後は影響を受けにくく、視線の影響度合は存在に比較すると小さく、ほとんどが対面する人からの影響となる。また島と島の間隔の変化よりもフロントパーティションや中通路を設けた方が、他者の影響度合に差がみられ、距離や集団の数が増えても、他者の影響度合の傾向は変わらないことがわかった。集団の中での位置の違いから生じる他者による心理的影響の変化を人やレイアウトとの関係から考察すると、他者による影響は方向により異なり、正面以外の斜め方向においても人の背後に隠れる人の影響度合は小さく、正面から左右30度の方向では他の方向に比較してより影響を受けることがわかった。集団の中の位置では、中央部においてレイアウトによる差が最もよくみられ、他者の存在はサイドパーティション、クロスパーティション、中通路を設けるとその方向に対して効果がみられ、また視線はフロントパーティションにより対面者3人について影響度合が減少し、コーナー部では前にパーティションを設けると効果がみられることがわかった。大空間における集団の中でのパーソナルスペースの拡がりについて、他者による影響度合が15%(少数だが無視できない領域)と50%(気になる−ならないの転換点)となる領域を検討すると、存在では集団のコーナー部で斜め方向はフロントパーティションによる違いがみられ、集団の中央部では15%の拡がりは75度方向についてはフロントパーティション、45度から真横方向についてはサイドパーティションの影響がみられ、50%の拡がりは斜めと真横方向においてサイドパーティションの影響、真横方向には中通路の影響がみられた。視線では集団のコーナー部において50%の拡がりは小さく、斜め45度方向の拡がりはフロントパーティションの影響がみられ、15%の拡がりは75度方向に大きく、斜め方向は2列目までを含み、集団中央部では15%の拡がりと50%の拡がりに差が無く斜め方向はサイドパーティションの場合に変化がみられ、50%の拡がりは75度方向に大きく次島までの対面者を含むことがわかった。集団における特徴が顕著な中央部のパーソナルスペースの拡がりを物理的スケールで表し、既往研究によるコミュニケーションの観点も考慮に入れ検討した。存在におけるスケールでは、正面方向はどのレイアウトにおいても大きな違いはないが、およそ3m以内ではサイドパーティションに最も効果がみられ、フロントパーティションはほとんど基準型と同様の傾向であるが、75度方向は基準型より効果があり、4mを超えた場合に最も効果が得られる。また、中通路は基準型とほぼ同じ傾向であるが、真横方向はサイドパーティションに次いで効果がみられ、クロスパーティションについては、4m以内ではサイドパーティションとフロントパーティションの中間的なスケールとなることがわかった。視線に関するスケールでは、真横と45度方向以外はレイアウトによるスケールの違いはなく、サイドパーティションは最も効果があることがわかった。

第4章では、集団におけるスケールとレイアウトの意味をまとめ、集団および大規模な空間を計画する際の適度な分節感の指針を示し、結論とした。サイドパーティションは近くの他者の影響に効果があり部分的な効果が得られ、フロントパーティションは正面にはあまり効果はないがフロア全体の他者の影響を減少させる効果が得られるとした。

 以上のように本論文では、実験により集団に囲まれたなかでの人間のパーソナルスペースの度合いや空間的拡がりを家具や空間レイアウトと関係づけて明らかにすることにより、大規模無柱空間オフィスにおける適度な分節の指標の基礎的知見が提示できた。オフィス空間に対して集団の中の人間という視点からの研究は少なく、本論文によりオフィス空間と家具レイアウトの問題点のひとつが明らかにされ、パーティションの高さやより細かいデスクサイズや配置などの提案など解決への糸口が示されたことの意義は大きい。以上のように本論文は建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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