学位論文要旨



No 120578
著者(漢字) 原,佳子
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ヨシコ
標題(和) 微小球共振器による光波操作
標題(洋)
報告番号 120578
報告番号 甲20578
学位授与日 2005.05.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6078号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 助教授 古澤,明
 東京大学 助教授 染谷,隆夫
 東京大学 助教授 香取,秀俊
内容要旨 要旨を表示する

微小な領域における光波操作は、応用、基礎どちらの観点からも重要であり、特に構造の共鳴効果を用いた光波操作は、光学特性の設計の自由度から光信号処理や量子情報処理など様々な応用面から注目されている。そのアプローチには2つあり、フォトニック結晶による散乱の重ね合わせを用いるものと、高い閉じ込め効率をもつ微小共振器(high-Q共振器)の共鳴的連結を用いるものがある。High-Q共振器の共鳴的連結構造において光は各共振器に強く閉じ込められつつ隣接する共振器間の弱い結合を介して伝搬し、強束縛近似的描像に従う。この系の単位構造の候補には、微小ファブリーペロー型共振器、フォトニック結晶中の欠陥構造、マイクロディスク、微小球等がある。

微小光共振器の中でも、微小球共振器は、誘電媒質と外部との境界における内部での全反射によって、かつ三次元的構造によって光を閉じ込めることで、小さなモード体積と高い閉じ込め効率を実現でき、3次元的な輻射場の制御にあたり最も有力な系であると考えられている。以上を踏まえ、本研究では誘電体微小球共振器を単位構造とするhigh-Q共振器の共鳴的連結構造における光波操作を試みた。

本論文ではまず、色素ドープ単一微小球の共鳴発光の観測及びレーザー発振の観測を用い、色素の様に媒質の均一幅が広い場合の共振器量子電気力学効果について考察を試みた。次に、1次元的な連結構造の直線性を保持する基板の微小球モードへの寄与について考察を行った。また直径$4 - 5 mu$mの球径の良く合わせた2連球におけるモードの空間分布やレーザー発振の観測を用い、連結球構造におけるWGモードの結合について調べた。更に、球径を良く合わせた2-7個の微小球を連結させ1次元フォトニックチェイン構造を作成し、共鳴発光及び共鳴散乱の観測を通して1次元フォトニックバンドについての考察を行った。

本論文は以下のように構成される。

第一章は序論として、光微小共振器やhigh-Q共振器の連結構造のこれまでの研究を述べ、本研究の位置付け及び目的、構成について述べる。

第二章では、理論的背景として、単一微小球のモード構造、均一幅の広い媒質を用いた微小球共振器における共振器量子電気力学効果について述べる。また、連結微小球構造における共鳴モードについても述べる。

第三章では、球径と色素のドープ濃度を変えた微小球の共鳴発光及びレーザー発振の観測について述べ、結果を共振器量子電気力学効果の観点から解釈する。

第四章では、微小球の外皮部分にのみ色素をドープしたコア・シェル構造のサンプルの共鳴発光及びレーザー発振の観測について述べる。

第五章では、微小球連結構造の保持法についての考察を述べ、球径を合わせた2連球構造におけるモードの空間分布測定及びレーザー発振観測の実験と2連球におけるWGモードの結合についての考察を述べる。

第六章では、微小球を1次元的に連結させた1次元フォトニックチェインにおける共鳴発光と共鳴散乱の観測について述べ、重い光子状態について考察する。

第七章では、本研究のまとめと今後の展望について述べる。

自然放出の変調は、ファブリーペロー共振器における議論で、媒質のスペクトル関数の幅と共振器モード間隔の大小に依存することが示されている。微小球共振器における自然放出率は、それと同時に球内の外縁部分に局在するWGモードの電場分布を反映し、球の外縁部において大きく増強されると考えられ、媒質のスペクトル関数が共振器モード間隔程度に広い場合においても自然放出の増強が期待される。自然放出光のモードへの寄与分は、単一で発振するモードの発振閾値前後の入出力特性から評価することができる。

微小球共振器における共振器量子電気力学効果の検証を行うには、モード同定をした上でレーザー発振閾値近傍の振る舞いを定量的に評価する必要があり、それには高いQ値と密でないモード分布の特徴を共に持つ直径数ミクロンの微小球が適していると考えられる。一方、色素ドープ微小球は比較的容易にドープ濃度を調整できる為、定量評価を行うのに適した系と言える。そこで、濃度と球径をそれぞれ$10^{-3} - 10^{-2}$ mol/{it l}、 $phi 2.9 - 6.9 mu$mの範囲で変えた色素ドープ単一微小球において、共鳴発光の観測を行い、蛍光スペクトルにあらわれる微小球内の光子状態密度より微小球による自然放出の変調の効果を考察した。色素には、量子収率が高く、蛍光の損失が少なくレーザー媒質に適した準位構造を持つPyrromethene580を用いた。また、この系においてレーザー発振の観測を行い、レーザー発振閾値近傍の入出力特性に対して孤立4準位系を媒質とした単一モード発振におけるレート方程式を適用し、自然放出光のモードへの寄与を見積もった。その結果は、双極子同士の相互作用によるエネルギーの譲渡の効果(F"orster energy transfer)や、有効モード体積内における色素分子数のレーザー発振への効果を考慮することで理論と対応させることが出来た。また、コア・シェル構造における共鳴発光及びレーザー発振の観測を行い、同様の議論を行った。

1次元的な連結構造の作製にあたって、構造の直線性を保持する基板は重要である。そこで、基板の微小球モードへの寄与についてFDTD法を用いた電磁波解析と蛍光スペクトルの観測の両面より考察を行った。その結果、V字の溝(V溝)構造においては、溝と溝に載せた微小球の間に空隙が生じ、溝方向に平行かつ基板に垂直な面内を廻る微小球モードが保たれることを確認した。

次に、シリコンのV溝構造上の直径$4 - 5 mu$mの2連球におけるWGモードの結合について詳細な議論を試みた。バンドルファイバーを用いてサンプルの拡大像を分光器出口にあるCCDカメラ上に結像することで、空間情報と周波数情報を同時に解析し、モードの空間分布を測定した。その結果、2連球モードはそれぞれbonding, anti-bondingな振る舞いを示すことがわかった(図1(a))。また、2連球モードのレーザー発振を観測し、その自然放出結合係数として単一球モードの約半分の値を得た。これらの結果は、連結微小球においてWGモードのコヒーレントな結合が生じていることを示唆している。

V溝構造上に球径を良く合わせた微小球を連結させて$2 - 6$個の1次元フォトニックチェイン構造を作成し、共鳴発光の観測を行った。その結果、図1(b)に示すように連結球の数に等しい共鳴的結合モードを観測した。これらの共鳴周波数の波数空間へのプロットより得られるバンドは、2連球の実験から得た最近接球間の結合係数をパラメーターとして調和振動子モデルで計算した結果と比較すると、近傍に存在する高次のオーダーのモードとの相互作用によるノーマルモードの分裂幅の非対称性も含め、良い一致を示した(図1(c))。これは、1次元フォトニックチェインにおける光の伝搬が最近接近似を用いた強束縛近似描像に従っていることを示しているといえる。

次に、光の伝搬特性についての考察を行う為、共鳴散乱の方法を用いて1次元フォトニックチェインの共鳴を観測した。図2(a)に示すように入射の位置や偏光等の制御によって、連結球モードのみを選択的に励起することが可能であり、色素の蛍光を用いる場合よりも高い精度でフォトニックチェインの共鳴周波数を決定することができる。この共鳴周波数より得られるバンド図(図2(b))から、40という大きな群屈折率を得た(図2(c))。無限個の微小球の連結による1次元フォトニックバンドを作成した場合、バンド端の傾きは0に漸近する為、バンド端における群屈折率はバンドの幅、即ち各微小球共振器の$Q$値によって決まる。熔融シリカのような透明性の高い物質を用いれば$10^6$程度の$Q$値が可能であり、その際、バンド端での群屈折率は200以上になる。

以上の結果から、球径のよく合わせた微小球の連結構造を用いた1次元フォトニックチェインが、究極的な光波操作の有力候補であることを確認できた。本研究において議論した誘電体微小球の連結構造による1次元フォトニックチェインの作製方法は、単位構造である微小球の球径を選別した後に構造を組み上げる方法である。この場合、フォトニックチェインの性能は、個々の微小球に依存し、共鳴スペクトルを利用して微小球の選別を行えば高い精度での制御が可能となる。このスキームは、マイクロファブリケーション技術によって作製されるフォトニック結晶やマイクロディスクの方法とは全く異なるアプローチであると言える。

図1: (a)2 連球における2 連球モードの空間分布. (b)1 次元フォトニックチェインにおけるTE29, 1モード近傍での蛍光スペクトルおよび(c) バンド図.

図2: 1 次元フォトニックチェインにおける(a)TE27, 1 モード近傍での共鳴散乱スペクトル,(b) バンド図,(c) 群屈折率.

審査要旨 要旨を表示する

透明な誘電体微小球は小さな体積に光を長時間閉じこめることが出来る究極の光共振器として働く。この光閉じこめモードはWhispering Gallery Mode(WGM) と呼ばれ閾値の無いレーザーやフォトンレベルで動作する光双安定素子、さらには単一光子発生源として利用することが期待されている。このような機能と光素子に要請される高速応答性を両立させるためには、光閉じこめの体積が出来るだけ小さくしかつ、光閉じこめの指標となる光子寿命が光の周期の数千倍以上とすることが必要である。本研究では直径が数ミクロンの十分透明なポリマー微小球がこの条件を満たすことに着目し、広い均一広がりをもつ色素分子を微小球内に導入した試料を用いて、誘電体微小球の微小光共振器としての基本特性を系統的に調べた。さらにその結果をふまえ、微小球の連結構造によって、光波をミクロンスケールで操作する方法について議論した。

本論文は以下の7章からなる。以下に各章の内容を要約する。第1章では、微小領域における光波操作技術の必要性、微小光共振器の特徴と用途、微小共振器の共鳴的連結構造について述べ、本研究の背景を紹介している。さらに、これらを踏まえた上で本研究の目的を示し、さらに本論文の構成について述べている。また、本研究の直接的な背景となった、サイズの揃った2つの微小球の共鳴的結合モードの観測に関する過去の実験について紹介している。第2章では、本研究の理論的背景として、微小球光共振器の電磁気学、単一微小球のモード構造及びその寿命について述べまた、微小光共振器による自然放出確率の変調効果の一般論について述べている。これらをもとに、微小球共振器内に配置された励起分子の自然放出寿命が共振器効果によってどのように変化するかを2つの立場から議論している。第一は球面波の散乱振幅を計算し、微小球内の真空場強度を計算する方法である。これを用いて、励起分子の均一幅が十分広い場合には、全自然放出確率は一様媒質の場合と同じになるが、共振器Q値の高いWGMモードに優先的に放射され、いわゆる自然放出結合係数が特異的に高くなることを示している。第2の方法として、古典的な振動双極子を配置し、その放射電磁波が微小球を介して振動双極子に作用しその反作用として減衰の時定数が変化することに着目し、その変化量から放射減衰の共振器効果を評価する方法である。両者の方法による表式を見比べ、両者が等価であることを示している。また、2つの計算法について、角運動量量子数を指数とする部分波に分けて、数値計算すると、第一の計算法では評価する周波数領域に共鳴ピークをもつWGモードまでの角運動量量子数の寄与を考慮すれば十分収束するのに対し、第2の方法では、より高い次数のモードの寄与までを加算しなければ収束しないことを見いだしている。第3章では、球径と色素のドープ濃度を系統的に変化させ、色素ドープ微小球の光励起による発光およびレーザー発振特性について実験を行った結果について述べている。色素分子の発光特性は共振器の効果を反映したスペクトル構造を示す。このスペクトルと2章で議論した自然放出率の計算によって得られたスペクトルを比較した。球内部に配置された色素分子はWGモードによってその発光スペクトルは変調され、かつ球内部での色素吸収による効果と球から外部に漏れ出す効率の競合によってスペクトル形状が決定していることを示した。人為的にモードの球外への損失を大きくした測定では、発光スペクトルが理論とよく一致することを見いだした。また、色素ドープ濃度と球径を変えた色素ドープ単一微小球におけるレーザー発振を観測し、閾値近傍の入出力特性からWGモードの自然放出結合係数を見積もっている。その結果、直径3-4ミクロンの色素ドープ微小球において、自然放出結合係数が約7%の値となることを見出している。第4章では、活性媒質となる色素分子をWGモードの電場強度が強くなる外縁部のみに配置する、シェル構造を持つ試料を用意し、発光およびレーザー発振について調べた。直径10ミクロンのシェル構造微小球サンプルで、レーザー発振閾値特性評価からs=3のモードが約7-10%の自然放出結合係数を示すことを見いだしている。この値が、一様に媒質をドープした直径10ミクロンの微小球におけるs= 3のモードの自然放出結合係数3.5%の約2倍であり、第2章の議論とつじつまがあうことを示している。第5章では、微小球を保持する方法について検討するために、高い屈折率を持つ板と微小球の相互作用について、FDTD法による電磁波解析を用いて考察した。球と基板の間に500 nm以上の距離があればWGモードは基板の影響を受けないという結果を見出した。また、V字型の溝構造を持つSiliconの基板上に色素ドープ微小球を載せ空間分解測定を行い、その蛍光スペクトルのWGモードのピーク構造からV溝と球の間の空隙はWGモードの高いQ値を損なわずに保持できることを示した。これをもとに、V溝上の2連球を構成し、発光スペクトルの空間分布測定とレーザー発振閾値特性評価を行った。その結果、結合モードと反結合モードの球内部電場分布の違いが明瞭に観察された。また閾値特性の評価から、2連球の結合モードがコヒーレントな結合によって生じており、Q値がほぼ保存されていることが示された。第6章では、1次元連結微小球構造へと拡張し、球径の揃った3個から6個の微小球をV溝上に並べて1次元的フォトニックチェイン構造を作製し、生じる1次元フォトニックバンドモードについて考察している。各連結球構造における蛍光スペクトルから結合モードを観測し、各結合モードの共鳴が、最近接の結合係数のみをパラメーターとして用いる強束縛近似に基づく結合調和振動子モデルと良く一致することを見出した。この結果は、シンプルな結合調和振動子モデルによって、連結微小球構造という3次元的構造の共鳴周波数を波動光学による電磁波解析と同程度に精度良く予測することができることを示すものであり、応用上大きな意義を持つと結論している。次に、連結微小球構造による光波操作の可能性の検証を目的とし、1次元フォトニックチェインにおける共鳴散乱スペクトルを観測し、その共鳴特性から群屈折率を評価し、40という大きな値を得た。更に、光遅延導波路としての応用について、群速度分散や球径の揺らぎ、微小球のQ値による影響などの考察を行った。2種のフォトニックチェインを直列につなぎ、群速度分散の補償を行い、遅延導波路の帯域を確保する方法を提案した。第7章では、本研究の結果をまとめ、最後に課題と今後の展望を述べている。

以上のように、本研究は、微小領域における光波操作について、高い閉じ込め効率と高い自然放出結合係数を両立させることのできる微小球共振器をサイズを厳密に選別した上で連結させた構造について調べ、微小球連結構造が微小領域における光波操作について有効な手法となることを見いだした。これは、サイズを揃えた微小球を部品として、多様な微小光導波構造を構成する方法として大きな可能性を持っていることを示している。これらは、微小領域における光遅延回路や低閾値動作微小非線形素子の実現への指針を与えるものであり、物理工学の発展への寄与は大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認める。

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