学位論文要旨



No 120581
著者(漢字) 尹.亭仁
著者(英字) Yoon,Jeong In
著者(カナ) ユン,チョンイン
標題(和) 韓国語と日本語のヴォイスに関する対照研究 : 動作主の格標示と構文の生産性を中心に
標題(洋)
報告番号 120581
報告番号 甲20581
学位授与日 2005.05.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第586号
研究科 総合文化研究科
専攻 言語情報科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 生越,直樹
 東京大学 助教授 坪井,栄治郎
 東京外国語大学 教授 早津,恵美子
 帝京大学 教授 坂梨,隆三
 東京大学 助教授 福井,玲
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、文法カテゴリーの中で中核をなしているヴォイス、とりわけ、受身構文と使役構文における動作主の格標示を手がかりとして、韓国語と日本語のヴォイス構文に見られる構造的相違の一面を明らかにしようとしたものである。

受身と使役で代表されるヴォイスは、テンス、アスペクト、モダリティーといった文法カテゴリーの中でもっとも文構造と関係している。そのため、一つの言語の構造を記述または他の言語と対照する上で、ヴォイスは要になる文法要素であると言える。

韓国語のヴォイスは日本語と同様、「ガ(〓ga)格」「ヲ(〓leul)格」「ニ(〓e/〓ege)格」の移動とヴォイス接辞の付加により述語の形態が変わることで成り立っている。すなわち、構造格の交替によって文構造が操作されるのである。したがって、ヴォイスは両言語の内部構造を知る上で一番手がかりとなるカテゴリーである。

ところが、両言語においてヴォイスの機能を担っている接辞に派生上または格標示との共起上相違があるため、ヴォイスの対応において構文的にも意味的にもずれが生じている。今まで、両言語のヴォイスに関する対照研究、例えば、持ち主の受身、間接受身、漢語動名詞の受身、使役構文における再帰性や結果含意など、両言語のヴォイスが持つ相違点を取り上げた研究は数多くある。しかし、これらの研究が両言語のヴォイスのどのような側面と関わっているのか、また指摘された現象が両言語のヴォイスにおいてどれほど特徴的あるいは比重を占める現象なのか、その関連性がはっきりしていない。両言語においてヴォイスが文構造と密接に関わっている以上は、構造的枠組みを用いて全体的に捉える必要がある。多角度からの両言語のヴォイスに関する対照研究が相互にどのような関連性を持つものかを明らかにするためにも、この作業は必要であると考える。

本研究では、受身と使役は、(1)と(2)のようにガ(〓)格標示、ヲ(〓)格標示、ニ(〓/〓)格標示を中心に事態を対称的に捉え、言語化していると考えている。すなわち、両方とも格標示による働きかけの方向性や語順に違いはあるにせよ、2項動詞または3項動詞の構造を用いて受身構文と使役構文を派生しているのである。

(1)両言語の受身構文における名詞句の格標示と文構造

KP. X-〓 (Y-〓/〓) (Z-〓) V(N) -〓/〓/〓/〓/〓/〓〓・〓・〓

-i/hi/li/gi/u/gu/chu-da/ge hada/sikida

JP.X-が (Y-二) (Z-ヲ) V(N) - (r)areru

(2)両言語の使役構文における名詞句の格標示と文構造

KC.X-〓 (Y-〓/〓) Z-〓 V(N) -〓/〓/〓/〓/〓/〓/〓/〓/〓

JP.X-が (Y-二) Z-ヲ V(N) - (s)areru

(1)と(2)に見られる韓国語と日本語の受身構文(KP・JP)と使役構文(KC・JC)をそれぞれ「形態レベル」「統語レベル」「意味・語用レベル」の3つのレベルから対称的に捉えた本研究の分析により、以下のような点が明らかになった。

まず、受身を形態レベルから見ると、日本語の受身動詞は<V(N)-(r)areru>という一つの形態的まとまりをなしているのに対して、韓国語の受身動詞はI類の<V-〓 i/〓 li/〓 gi-〓 da>、II類の<V-〓 eo/〓 ajida>、III類の<VN-〓 doeda><VN-〓 badda><VN-〓 danghada>の5つの異なる形態を用いている。I類の受身動詞の場合、現代韓国語において新たな派生は見られない。現在、その数は200語を越えないと思われるが、本研究での調査結果によると、小説、新聞、雑誌などで実際使われているのは163語くらいである。この中で41ほどの動詞がヲ格標示の名詞句が共起する用法を見せている。II類の受身動詞の場合、語形成における制約が指摘されたことはほとんどないが、用例の分析から「〓ttaelida(殴る)」「〓kkujijda(叱る)」など意志動詞との結合に制約が見られた。III類の<VN-〓>の場合も状態変化の意味を帯びにくいVNとの結合に制約が見られた。

受身を統語レベルから見ると、韓国語の5種類の受身接辞はそれぞれ派生上に制約があるにもかかわらず、日本語の受身構文における動作主の格標示ニ格・デ格・カラ格と共起関係が平行している。しかしながら、受身接辞とニ格標示、受身接辞と<〓/〓>の共起力の違いが両言語の受身構文の生産性、すなわち非対応の様相を呈している。特に、II類の受身接辞<-〓>の場合、実例を用いて受身接辞と動作主標示との共起関係を考察した結果、また日本語の受身構文との用例の対照を試みた結果、多くの先行研究で取り上げられているほど韓国語の固有語の受身化を行っていない。ヲ格標示はもちろんニ格標示との共起制約を受けているのである。I類の受身動詞に派生できない固有語動詞はII類の受身動詞に派生できる、II類の受身接辞は述語との結合に制約がない、などの従来の捉え方は見直されなければならない。受身は構造格を用いて構文を生産している統語的仕組みであるため、受身接辞と構造格との共起制約は受身構文の生産性の制約に繋がるからである。

「間接受身」(「被害の受身」、「はた迷惑の受身」)、「相手の受身」、「使役受身」などが日本語の受身の特徴として取り上げられるのは受身接辞とニ格標示との共起力によるものである。日本語の受身構文におけるこのようなニ格標示の共起力に対して、韓国語の受身構文の制約、特に5種類の受身接辞を用いても日本語に対応できないのは受身接辞と<〓/〓>標示との共起制約による部分が大きい。

受身の意味・語用レベルからは、両言語の対訳小説での受身構文の対応関係を分析した結果、受身構文の機能上の相違が見られた。日本語の受身構文はニ格標示との共起力に支えられ主に有情物主語が被る「受影」という機能に重心が置かれているとすれば、<〓/〓>標示との共起力が弱い、つまり制約を受けている韓国語の受身構文は非情物主語が被る「状態変化」または「結果状態」に重心が置かれている。

さらに、受身構文での考察結果を踏まえながら対称的に使役を形態レベルから見ると、日本語の使役動詞が<V-(s)aseru>という一つの形態的まとまりをなしているのに対して、韓国語はI類の<V-〓>、II類の<V-〓>、III類の<VN-〓>という3種類の異なる形態を用いている。I類の使役動詞の場合、現代韓国語において新たな派生は見られない。本研究での調査結果によると、現在、小説、新聞、雑誌などで実際使われているのは115語くらいである。この中で半数近くのI類の使役動詞が再帰動詞としての用法を見せている。II類の使役動詞の場合、その派生が生産的と捉えられてきたが、用例の分析から意志動詞との結合に制約が見られた。III類の使役動詞の場合、意図性の高い他動詞VNはもちろん自動詞VNとも結合に制約が見られた。

使役を統語レベルから見ると、韓国語の3種類の使役接辞はそれぞれ派生上に制約があるにもかかわらず、日本語の動作主標示ヲ格、ニ格、ヲシテ格と共起関係が概ね平行している。しかしながら、使役接辞とニ格標示、使役接辞と<〓/〓>標示との共起力の違いが両言語の使役構文の生産性の違い、すなわち多くの非対応の様相を呈している。日本語における「V-テアゲル構文」「V-テクレル構文」「V-テモラウ構文」などが使役構文と関わりが持てるのはいずれの構文もニ格標示との共起力を持っているからである。日本語の使役構文におけるこのようなニ格標示の共起力に対して、韓国語のI類の使役構文においての多様な再帰用法、すなわち、動作主標示が<〓(ヲ)>標示に留まっていること、II類の使役構文において意志動詞の用法があまり見られないこと、日本語の外部格動作主標示ヲシテ格より外部格の<〓eulo hayeogeum>が多様な条件で他動詞派生使役構文に用いられていることなどには使役接辞と<〓/〓>標示との共起制約が関係している。III類の使役構文において意図性の高い自動詞VNおよび他動詞VNと<-〓sikida>が結合できないのもこの<〓/〓>標示の制約で説明できる。

使役の意味・語用レベルからは、受身構文と同様、両言語の対訳小説での使役構文の対応関係を考察した結果、ニ格標示が安定している日本語、<〓/〓>標示に制約がある韓国語においてそれぞれの使役構文の機能に相違が見られた。韓国語の使役構文は意図性動作主への働きかけより非意図性動作主への働きかけが多く、この場合日本語は他動詞構文が対応する。韓国語の使役動詞は日本語の他動詞が担っている対象の状態変化を表わす用法も持っているのである。両言語のヴォイス構文に見られる相違は概ねヴォイス接辞と動作主標示のニ格および<〓/〓>の共起関係の相違に還元できる。

以上のように、本研究では動作主標示を手がかりとした統語的枠組みを通して、韓国語の5種類の受身構文および3種類の使役構文の全体の様子、統語的特徴および構文それぞれの制約の様相などを提示することができた。韓国語におけるこのようなヴォイス構文の生産性の提示は類似した統語構造を持つ日本語との対照研究によって得られたものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は韓国語と日本語の受身構文と使役構文について、豊富な実例に基づいて、対照言語学的に研究したものである。2つの言語を扱ってはいるが、分析の中心は韓国語にあり、日本語については、主に、韓国語のヴォイスの特徴を浮き彫りにするために比較対象として用いられている。

本論文は、全体で325ページ、1章から6章までと序章、結章からなり、前半の1〜3章では受身構文について分析を行っている。第1章では、韓国語の受身形式をI類からIII類までに分類し、それらの受身形式と述語との結合関係とその制約について考察した。特に、語彙的受身動詞と呼ばれているI類の受身形式については、それぞれの形態について、実例の収集・分類を行い、実際の使用頻度、動作主の格表示の様相、ヲ格との共起の有無について詳細に分析している。

第2章では、韓国語の3つの受身形式について、動作主がどのような格表示をとるのか、つまり動作主の格表示に関してその全体的な様相を記述し、それぞれの受身構文の構造的特徴を明らかにしている。さらにその結果から、韓国語の受身構文が日本語の受身構文と対応しない理由について考察を加えている。第3章では、韓国語と日本語の小説の翻訳を使い、韓国語と日本語の受身形式について、それぞれの形式と動作主の格表示の関係を考察している。

後半の4〜6章では使役構文の分析を行っている。第4章では、受身の場合と同じく、韓国語の使役形式をI類からIII類までに分類し、述語との結合関係とその制約について考察している。特に、使役動詞と呼ばれているI類の使役形式については、個々の形態の使用頻度や統語的特徴を詳細に述べている。第5章では、韓国語の3つの使役形式について、それらが使われている使役構文と動作主の格表示との関係を分析し、その構文的特徴を明らかにしている。第6章では第3章と同様、韓国語と日本語の小説の翻訳を使って、使役形式と動作主の格表示の関係を分析し、両言語の特徴について論じている。

以上のような構成で考察した結果、本論文で明らかになったのは、次のような点である。

韓国語の受身と使役について、それぞれの構文を作るのに用いられる形式としてどのようなものがあるかを整理し、それぞれについて、形態論的制約、格の共起関係を中心とする構文上の特徴、意味論的特徴を明らかにした。

受身については、I類からIII類まで大きく分けて3つのタイプを設定し、I類は受身形式として用いられる語数は少ないが、構文の種類は多様で、再帰動詞としての用法が多い、などの特徴を持つ。II類は、構文上、大きな制約が存在し、ヲ格目的語と共起しない、また、意思を持つ動作主表示としてのニ格とは共起しない、という特徴をもつ。III類は、形式によってさらに3つに分けられるが、それぞれについて、動作主の格表示に制約が見られ、これら3つが相互に補い合うような働きをしている。

使役についてもI類からIII類までの3つのタイプを設定し、それぞれについて、形態論的、構文論的、意味論的特徴を明らかにした。ここでも受身の場合と同様、動作主の格表示に関する制約が見られ、受身の場合とある程度並行していることを示した。

以上のような分析の上に立って、日本語と対照することにより、両者の違いの原因を従来の研究より詳細に特定することができるようになった。

これらのうちで、特に、格表示に関する構文上の制約を詳細に明らかにしたことは本論文の大きな功績であると言える。これは従来あまり指摘されてこなかったものであり、それを豊富な実例によって、それぞれの構文のタイプごとに詳細に示したのは本論文が初めてであると考えられる。また、それによって、これまで断片的に行われてきた韓国語と日本語の構文上の不一致に関する研究についても、それが生じる理由について従来よりも説得力をもって示すことが可能になった。

その他、本論文に関して特筆すべき点としては、受身と使役というヴォイスに関する現象を包括的に扱っており、特に韓国語についてその全体像を示すことに成功している点である。また、使用した用例の量が膨大であることも特徴であり、この点も従来の研究を凌駕していると考える。

問題点としては、基本的な概念規定において若干不十分な点がみられること、両言語を対照するにおいて形式のみにこだわり、意味的な面からの考察が不足していること、動作主の格表示に関してニ格との結びつきを強調しすぎていることなどが挙げられるが、それらの点も本論文の学術的価値を損なうものではない。

以上の点から、本審査委員会は本論文を博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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