学位論文要旨



No 120583
著者(漢字) 土井,祐介
著者(英字)
著者(カナ) ドイ,ユウスケ
標題(和) 高等真核細胞におけるmRNApoly(A)鎖分解制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 120583
報告番号 甲20583
学位授与日 2005.05.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1145号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 助教授 東,伸昭
 東京大学 助教授 武田,弘資
 東京大学 講師 黒川,健児
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

真核生物における遺伝子発現は,核内でのmRNAへの転写,スプライシング,5'-cap構造および3'-poly(A)鎖の付加などを経た後,核から細胞質へと輸送され,タンパク質に翻訳されるというように連続的に進行する.真核細胞では,転写と翻訳の場が核膜によって物理的に遮断されているため,遺伝子発現を調節することを考えた場合,転写レベルでの調節だけではなく転写以降の調節,すなわち翻訳量やmRNA量の調節も重要であると考えられる.なかでも細胞質におけるmRNA量(mRNAの安定性)を制御することは,細胞が必要なタンパク質を必要な量だけ産生する上で理に適っている.通常のmRNA分解は3'-poly(A)鎖の分解を引き金としてはじめて行われるが,翻訳中のpoly(A)鎖にはポリ(A)結合蛋白質PABPが結合し,無秩序に分解されることを防いでいる.したがって,mRNAの安定性を制御する上で,PABPは非常に重要な役割を担っていると考えられる.

このような中で,当研究室では先に翻訳終結因子eRF3として同定していたGSPTが翻訳終結過程を制御するのみならず,PABPと相互作用しmRNA分解にも寄与することを出芽酵母を用いた解析により示してきた.また,翻訳終結と共役した形で,poly(A)鎖分解酵素であるPAN複合体およびCAF1/CCR4複合体がpoly(A)鎖分解を制御することを明らかにした.さらにpoly(A)鎖分解の最も初期段階においては翻訳終結後のGSPTがPABP上でPAN複合体と入れ替わり,翻訳終結からpoly(A)鎖分解が連続して進行するモデルを提示している.

しかしながら,この入れ替わりがどのように起こるか,また,poly(A)鎖分解の大部分を担うと考えられるCAF1/CCR4複合体によるpoly(A)鎖分解のメカニズムに関しては明らかでなく,この点を解明することを目的として研究を行った(図1).この際,出芽酵母では生化学的解析が困難であったため,系を高等真核細胞に移して行うこととした.

【結果】

PABP上でGSPTとPAN複合体とが入れ替わる分子メカニズム

mRNA poly(A)鎖分解の初期におけるPABP上でのGSPTとPAN複合体の入れ替わりのメカニズムを解析するにあたり,PABPと両者の結合に着目した.GSPTとPABPとの結合に関しては詳細な解析がなされており,PABPのC末端側領域−なかでも進化上よく保存された約75アミノ酸残基からなるPABCドメインーを特異的に認識する配列(PABC結合モチーフ)がGSPTのN末端側領域に同定されている.一方,PAN複合体に関しては,PABPとの結合サブユニットであるPan3がPABPのC末端側と相互作用することおよびこの相互作用はGSPTによって競合されることを見出している.そこで,この入れ替わりはPABCドメインとPABC結合モチーフという共通のドメイン間相互作用により制御されるのではないかと考え,Pan3の一次配列を検索した結果GSPTのPABC結合モチーフ様の配列をN末端側に二つ見出した.実際にこの配列がPABPとの結合に必要かを,配列中に点変異を導入した変異体を用いて検討したところ,二つ目の配列が結合に必要であることが明らかとなった(図2A).さらにPABP側の結合ドメインを決定するために,PABCドメインに点変異を導入した変異体を作製し,Pan3との結合を免疫沈降により検討した結果,Pan3はPABCドメインを介してPABPと結合することを見出した(図2 B,C)すなわちPan3とPABPはPABCドメインとその結合モチーフにより相互作用することが明らかとなった.

以上より,poly(A)鎖分解の初期におけるPABP上でのGSPTとPAN複合体の入れ替わりはPABCドメインとPABC結合モチーフという共通のドメイン間相互作用によることが強く示唆された.

CAF1/CCR4複合体とPABPとの相互作用に介在する因子Tobの同定

出芽酵母による解析から,CAF1/CCR4複合体はPABPと相互作用するものの,その結合は直接的なものではなく,何らかの分子が介在することが示唆された.そこで,CAF1/CCR4複合体とPABPとの相互作用に介在する因子を想定し,その探索を行うこととした.CAF1/CCR4複合体とPABPとの結合に介在する因子もまたPABC結合モチーフに相当する配列を有するものと考え,CAF1/CCR4複合体と相互作用することが報告されている分子の中から,PABC結合モチーフに類似の配列を持つ分子を検索した.その結果,CAF1の相互作用因子の中からPABC結合モチーフ様の配列を一分子中に二つ有する分子Tobl,Tob2を見出した.

このような方法で見出したTob1のcDNAをHeLa細胞より単離し,PABPとの相互作用を免疫沈降法により検討した結果,両者は細胞内で実際に結合することが確認された.また,PABC結合モチーフ様配列を欠く欠損変異体および配列中に点変異を導入した変異体を作製しPABPとの結合を検討したところ,C末端側の配列が結合に必要であることが明らかとなった(図3A).さらにPABP側の相互作用部位を明らかにする目的で,PABCドメインに点変異を入れた変異型PABPを用いてToblとの相互作用を検討した.その結果,Toblは変異型PABPには結合できないことが判明した.以上よりTobとPABPとの結合もまたPABC結合モチーフーPABCドメインによることを明らかとした(図3B).

TobはCAF1と相互作用する一方でPABPとも結合することが明らかとなった.そこで,三者が同時に結合しうるかどうかを免疫沈降法により検討した結果,CAF1/Tob/PABPは三者複合体をとることが明らかとなった(図3 C).その後の解析により,Tobは翻訳中のmRNA上への分布が認められたことから,PAN複合体によるpoly(A)鎖分解と同様,PABPがTobを介してCAF1/CCR4複合体のpoly(A)鎖分解に寄与することが期待された.

PABPのTobを介したCAF1/CCR4複合体のpolv(A)鎖分解活性の亢進

CAF1,CCR4はともにヌクレアーゼドメインを有していたため,どちらがpoly(A)鎖分解活性の本体であるかin vitroヌクレアーゼアッセイにより検討することとした.種々のRNaseを活性化することで知られているspermidine存在下,遺伝子導入した培養細胞より精製したCAF1標品にpoly(A)RNA分解活性を認めたものの,CCR4は活性を示さなかった(図4 A).したがって,高等真核細胞のCAF1/CCR4複合体においてはCAF1が活性本体であると考え,以降はCAF1のpoly(A)鎖分解活性をCAF1/CCR4複合体のそれとみなして解析を行った.

CAF1/CCR4複合体のpoly(A)鎖分解活性に対するPABPの寄与を検討するため,遺伝子導入した培養細胞よりCAF1を含む画分を精製し,そのpoly(A)RNA分解活性に対するPABPの添加効果を検討することにした.PABPは大腸菌から精製したGST-PABPを用いた.まず,GST-PABPを添加しないときについてである.Spermidine存在下においてはCAF1さえ存在すればpoly(A)RNAの分解が認められたが,非存在下においては,CAF1を含む画分においても活性がみられなかった.そこで,spermidine非存在下においてGST-PABPを添加したところ,CAF1とともに野生型Toblを遺伝子導入した培養細胞から得られた画分にのみ,poly(A)RNA分解活性を認めた(図4B).すなわち,PABPはTob依存的にCAF1/CCR4複合体のpoly(A)鎖分解活性を冗進することを明らかにした.

細胞内におけるCAF1/CCR4複合体のpoly(A)鎖分解機構の解析

in vitroで明らかにしたPABPによるCAF1/CCR4複合体のpoly(A)鎖分解の制御が,細胞内においても保持されているかを検討するため,培養細胞より調製したmRNAの動態をノザンブロッティングにより解析することにした.

PABC結合モチーフに点変異を導入しPABPとの結合能を完全に失った変異型Toblを細胞に過剰発現させpoly(A)鎖分解の速さを解析したところ,poly(A)鎖分解が有意に遅くなった(図5 A).また,同様にmRNAの蓄積量に関しても検討したところ,PABPと結合できないTobl変異体を過剰発現させた場合にmRNAの異常な蓄積が認められた(図5B).以上の結果より,PABPは細胞内においてPABCドメインを介してpoly(A)鎖分解酵素CAF1/CCR4複合体を制御し,mRNAの安定性を制御していることを明らかにした.

【まとめと考察】

本研究において,1)poly(A)鎖分解酵素であるPAN複合体およびCAF1/CCR4複合体がPABCドメインを介してPABPと相互作用すること,2)高等真核細胞においてPABPがTobを介してCAF1のpoly(A)鎖分解活性を制御し,mRNAの安定性を制御していることを示した.CAF1/CCR4複合体のpoly(A)鎖分解については,in vitroにおける酵素活性についての記述はなされているもののその詳細については明らかになっておらず,PABCドメインとその結合モチーフによって活性が制御されるという今回の知見はその点において新しい.

以前に我々のグループは,PABPがPAN複合体のpoly(A)鎖分解活性を活性化することや,GSPTのN末端側領域を欠いた出芽酵母の変異株においては翻訳と共役したpoly(A)鎖分解の遅延が見られることを報告している.これらの事象も結合様式を考えるとPABCドメインにより制御されていると推定できることから,本研究の結果と考え合わせ次のようなモデルを想定している(図6).翻訳終結因子であるGSPTはeRF1と相互作用することにより翻訳終結反応を促進する一方で,PABCドメイン上でPAN複合体と入れ替わり,poly(A)鎖分解が始まる.PAN複合体は最も初期段階のpoly(A)鎖分解を担うと考えられることから,PAN複合体によるpoly(A)鎖分解がある程度進むと,今度はTobを介してCAF1/CCR4複合体へと入れ替わり,さらに反応が進行する.こうしてpoly(A)鎖が十分に短くなると,PABPはもはやpoly(A)鎖に結合できなくなり,活性化因子を失ったCAF1/CCR4複合体はpoly(A)鎖の分解を終え,mRNA全体の分解へとつながっていく.このように翻訳終結からpoly(A)鎖分解への状態シフトがすべてPABCドメインによって制御されているというモデルである.

PAN複合体とCAF1/CCR4複合体の生理的役割の違いについては不明な点が多いが,翻訳終結とpoly(A)鎖分解がPABCとその結合モチーフという共通の分子機構で結び付られたことは大変興味深い.

図1 poly(A)鎖分解に残された未解明な点

図2 PABCドメインを介したPan3とPABPの相互作用

図3 CAF1/CCR4複合体とPABPとの相互作用に介在する因子Tob

図4 PABPのTobを介したCAF1 poly(A)煩分解活性の亢進

図5 細胞内におけるCAF1/CCR4複合体のpoly(A)鎖分解の解析

図6 PABCドメインを介した翻訳終結からpoly(A)鎖分解までの連続した制御モデル

審査要旨 要旨を表示する

真核生物における遺伝子の発現は,核内でのmRNAへの転写,スプライシング,5'-cap構造と3'-poly(A)鎖の付加等に引き続き,成熟mRNAの細胞質への輸送,そして蛋白質に翻訳される過程からなる.遺伝子発現の調節という観点からは,転写レベルでの調節に加え,mRNA量(安定性)の制御が重要な要因となり得る.一般的に,3'-poly(A)鎖の分解はmRNA分解の引き金であり,poly(A)鎖分解酵素としてPAN複合体とCAF1/CCR4複合体が知られている.翻訳中のmRNAのpoly(A)鎖にはポリ(A)結合蛋白質PABPが結合し,無秩序な分解から保護されているが,このPABPに結合している翻訳終結因子GSPTとPAN複合体とが入れ替わり,翻訳終結と共役してpoly(A)鎖分解が起こるというモデルが提唱されている.しかしながら,このモデルを裏付ける詳細な分子機構は不明であった.「高等真核細胞におけるmRNApoly(A)鎖分解制御機構の解析」と題する本論文においては,CAF1/CCR4複合体とPABPとの相互作用に介在する新規因子としてTobを同定し,Tobを介してCAF1/CCR4複合体とPAN複合体とがPABP上で入れ替わることが最終的なmRNA分解を誘起する重要な過程である可能性を示した.また,PABP上での一連の入れ替わりは,GSPT,PAN複合体(Pan3),CAF1/CCR4複合体(Tob)が共通に有するPABPのC末端側(PABC ドメイン)結合モチーフとの相互作用を介するという,新たな分子機構を提示している.

GSPTとPAN複合体はそれらに共通するPABP結合モチーフを介してPABP上で入れ替わる

PABPはそのC末端側領域に,進化上よく保存されたPABCドメインを有している.一方,GSPTはN末端側領域にPABCドメインを特異的に認識する配列(PABC結合モチーフ)を有し,これを介してPABPと結合している.以上の知見から,PAN複合体におけるPABPとの結合サブユニットPan3の1次配列を検索したところ,N末端側に2つのPABC結合モチーフ様配列を見出した.PABP,Pan3両者の変異体を用いた解析より,PABPとPan3との結合にはそれぞれのPABCドメインと2番目のPABC結合モチーフ様配列が必要であることを明らかにした.Pan3とGSPTがPABPのC末端側領域を介して競合的に結合することから,PABCドメインとPABC結合モチーフという共通のドメイン間相互作用を介し,PABP上でGSPTとPAN複合体(Pan3)の入れ替わりが起こることが示唆された.

CAF1/CCR4複合体とPABPとの相互作用はTobの介在を必要とする

PAN複合体とともにpoly(A)鎖分解酵素として同定されているCAF1/CCR4複合体も,PABPと結合する.この結合も上述のドメイン間相互作用を介していることが想定された.しかしながら,CAF1/CCR4複合体とPABP

との結合は直接的なものではないため,PABP結合モチーフをもつ新規介在因子の存在が示唆された.この基準を満たす分子を探索した結果,CAF1相互作用因子群の中にPABC結合モチーフ様配列を2個有する分子Tob1/2を見出した.PABP,Tob,CAF1が3者複合体を形成すること,TobとPABPがそれぞれPABC結合モチーフとPABCドメインを介して結合することから,CAF1/CCR4複合体をPABP上にリクルートする新規分子としてTobを同定した.

PABPはTobを介してCAF1/CCR4複合体の有するpoly(A)鎖分解活性を促進する

CAF1,CCR4は共にヌクレアーゼドメインを有するが,高等真核生物におけるCAF1/CCR4複合体の活性本体はCAF1であることを明らかにした.またin introにおいてCAF1は単独ではpoly(A)RNA分解活性をほとんど示さないが,PABPとTobが同時に存在する場合にのみ,poly(A)RNAの分解活性が顕著に出現することを見出した.さらに,細胞内においても,PABPとTobの結合の解離がmRNA量の蓄積につながることを示した.これらの結果から,PABP,Tob,CAF1/CCR4複合体の三者が複合体を取った際に最も効率の良いpoly(A)鎖分解反応が起こることが考えられた.

本研究において,PABP上での翻訳終結因子GSPTとpoly(A)分解酵素群の入れ替わりに関し,PABCドメインとPABC結合モチーフを介する共通のドメイン間相互作用の存在を見出した.翻訳の終結と共役して,まずGSPTとpoly(A)鎖分解酵素PAN複合体(Pan3)が,それらのPABC結合モチーフでの競合を介してPABP (のPABCドメイン)上で入れ替わり,初期のpoly(A)鎖の分解が始まる.ある程度分解が進んだ後,PAN複合体(Pan3)とTobが,それらのPABC結合モチーフでの競合を介してPABP上で入れ替わり,Tobと結合しているCAF1/CCR4複合体がpoly(A)鎖分解を担うようになる.そして,CAF1/CCR4複合体によってpoly(A)鎖が充分に短縮化されることが,mRNA全体の分解に寄与することを示している.これらの研究成果は,mRNAの分解を誘起するpoly(A)鎖短縮機構の分子基盤の理解に有用な知見を提供しており,博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる.

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