学位論文要旨



No 120584
著者(漢字) 二井,一樹
著者(英字)
著者(カナ) フタイ,カズキ
標題(和) 遺伝子の共進化過程を模倣した蛋白質の進化分子工学的研究
標題(洋)
報告番号 120584
報告番号 甲20584
学位授与日 2005.06.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2920号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 助教授 日高,真誠
内容要旨 要旨を表示する

新しい機能や構造をもつ蛋白質を創出するために、既存の蛋白質の知識を再構築して創り出す方法はいまだ発展途上にある。そのような現状で、生物進化の仕組みを取り入れて蛋白質を創出する進化分子工学的手法は、蛋白質に関する正確な情報が無くても新たな蛋白質の創出が可能な点で非常に有望である。進化分子工学による蛋白質創出の流れは、まず多様なアミノ酸配列からなる蛋白質集団を作製し、そこから目的の機能を持つものを選ぶ。そして、選ばれた蛋白質のアミノ酸配列にランダムな変異を導入し、新たな蛋白質集団を作製し、より優れたものを選択する操作を繰り返す。アミノ酸配列はランダムに変えるので、蛋白質に関する正確な情報は必要無く、いかに多様な蛋白質集団を作製し、どのようにして目的の蛋白質を選ぶかということが重要になる。ただし、作製できる蛋白質集団の多様性には操作上の限度がある。本論文で提唱する"共進化を模倣した蛋白質の進化分子工学的概念"は、この点を克服することに着目して生まれた。選択の対象となる蛋白質はそれ自体を増幅させるため生きた細胞が必要になる。そのため蛋白質をコードする遺伝子を大腸菌細胞内に導入する必要があり、その段階で蛋白質集団の多様性は技術的制約から約105〜6レベルに制限される。そしてこの多様性の制限は、目的の蛋白質を選ぶ際大きな障害となる。例えば殺菌活性の非常に強いヌクレアーゼ型コリシンに対して耐性を与える、優れた蛋白質を選ぼうとしても、蛋白質集団の多様性が低いため目的の蛋白質の存在確率が低くなり、選択が困難になる。しかし、コリシン生産菌自身は殺菌活性の強いヌクレアーゼ型コリシンにも、その活性を抑えるインヒビター蛋白質を創出している。そこには生物進化の巧妙な仕組みが存在するのである。ヌクレアーゼ型コリシンとインヒビター蛋白質は、両者それぞれのもととなる、活性の低い蛋白質どうしが互いに作用し、一方の進化が他方の進化を引き起こす"共進化"で現在の高い活性を獲得したと考えられる。共進化を模倣した進化分子工学は、この"能力の低い蛋白質どうしが互いに進化しあう"仕組みを取り入れたもので、例えば殺菌活性を下げたヌクレアーゼ型コリシンになら耐性を与える蛋白質を選択し、得られた蛋白質をもとに多様な蛋白質集団を作製、そこから殺菌活性を上げたヌクレアーゼ型コリシン対して耐性を与える蛋白質を選択する。このような操作を繰り返すことで、最終的に活性の強いヌクレアーゼ型コリシンに耐性を与える蛋白質の選択を目指すものである。この方法の利点はいきなり優れた蛋白質を選ぶ必要はないので、多様性の低い蛋白質集団からでも目的の蛋白質を選択することが可能になる点である(Fig.1)。

本研究ではこの概念の有用性を、tRNATyr、tRNAHis、tRNAAsn、tRNAAspを切断して大腸菌を死滅させるコリシンE5の低活性化変異体コリシンE5K60Qを選択圧とし、それに対して耐性を与える蛋白質を選択、コリシンの殺菌活性と選択された蛋白質の耐性機能を進化させ、最終的に野性型のコリシンE5に対しても耐性を与える蛋白質を選択することで明らかにする。

スクリーニング系の構築

低活性化変異体コリシンE5K60Qを選択圧とし、それに対して耐性を与える蛋白質を得るためには、耐性を与える蛋白質をコードするDNAをスクリーニングする必要がある。そのような理由から、目的とするDNAの効率の良いスクリーニング系の構築をまず試みた。大腸菌K-12 W3110株のゲノムDNAを制限酵素Sau3AIで部分分解したものをpUC系のプラスミドベクターに組み込み、それを用いて大腸菌DH5α株を形質転換した。そして、その形質転換体をコリシンE5K60Q存在下で培養し、コロニー形成する株を選択した。次に、そのような株からプラスミドを抽出し、そのプラスミドで新たに大腸菌DH5α株を形質転換し、形質転換体を対象にコリシンE5K60Qを用いてクロスストリークテストした。クロスストリークテストでは培地上にまずコリシンをストリークしておき、それに交差するよう形質転換体をストリーク、そしてコリシンと交差した場所にも形質転換体が生育しているかどうかを調べることによりコリシンに対する耐性を判断した。最後に、コリシンE5K60Q耐性を示した株に挿入された大腸菌ゲノムDNA断片をシーケンスにより決定した。その結果、コリシンE5の標的遺伝子の1つであるtRNATyrをコードするDNAを含んだ全く異なる6種類の大腸菌ゲノムDNA断片が獲得された。

E5K60Q特異的に耐性を与える蛋白質の獲得

コリシンE5K60Qに耐性を与える、獲得されたDNA断片を解析し、このDNA断片にコードされた蛋白質が耐性に関与しているのかどうかを調べた。その結果、コリシンE5K60Qに耐性を与えるRffE・D、RstA、TatA-RecNといった蛋白質が確認された。そこで、これらの蛋白質が大腸菌細胞に構造的変化を引き起こし、コリシンの侵入を妨げることによりコリシン類全般に対して耐性を与えるようになるのか、あるいはコリシンE5K60Q特異的に耐性を与えるものか調べたところ、RffE・Dは調べた全てのコリシンに、またRstAは同じE群コリシンであるコリシンE3D510Eにも耐性を与えた。一方、ゲノムDNAの2つのSau3AI断片が偶然繋がることで誕生した蛋白質TatA-RecNはコリシンE5K60Q特異的に耐性を与え、野性型コリシンE5には耐性を与えなかった。TatA-RecN融合蛋白質は大腸菌ゲノム上に遺伝子として存在しない新規な蛋白質なので、この蛋白質を進化させ耐性機能を上昇させることにした。

共進化の模倣による蛋白質機能の進化

野性型コリシンE5には耐性を与えず、殺菌活性の低いコリシンE5K60Q特異的に耐性を与える蛋白質TatA-RecNを用いて、そのアミノ酸配列にランダムに点変異を導入し、野性型コリシンE5に対しても耐性を与える蛋白質を獲得することを試みた。まず、TatA-RecNをコードするDNA配列に変異を導入するためEP-PCRで増幅した。増幅産物をクローニング後、形質転換し、新たな選択圧下でスクリーニングした。選択圧は野性型コリシンE5では強すぎると考え、E5K60Qよりは殺菌活性が強いが、E5よりは弱い変異型コリシンE5I94Mを用いた。スクリーニングの結果コリシンE5I94Mに耐性を与える蛋白質TatA-RecNEP-1-2が得られた。そして、TatA-RecNに点変異を導入した場合と同様の操作を行うことで、蛋白質TatA-RecNEP-1-2をもとに多様な変異を含む蛋白質集団を作製し、野生型コリシンE5に対して耐性を与える蛋白質を選択した。最終的に野性型コリシンE5に耐性を与えるTatA-RecNEP-2-1、EP-2-2の2種の蛋白質が獲得された。最後に、これら蛋白質のアミノ酸配列の決定を行ったところ、いくつかの変異が確認された。特に終止コドンが入ったことでこれら蛋白質が52アミノ酸にまで小さくなっていることが明らかになった。

TatA-RecN系蛋白質の解析

共進化を模倣した進化分子工学を行うことで、野性型コリシンE5に耐性を与えるTatA-RecNEP-2-1、EP-2-2の獲得に成功した。そこでTatA-RecN、EP-1-2、EP-2-1、EP-2-2といったTatA-RecN系蛋白質がどのような仕組みでE5、E5I94M、E5K60QといったE5系コリシンに耐性を与えるのかを考察するため、TatA-RecN系蛋白質を構造的な面から解析した。まず、TatA-RecN系蛋白質のE5系コリシンに対する耐性がTatA-RecNという融合形で発揮されるのかどうかを明らかにするため、TatA、RecN、TatAN末端、RecNC末端それぞれをクローニングし、E5系コリシンに対する表現型を調べた。その結果、いずれもコリシンE5K60Q耐性を示さず、耐性にはTatA-RecNといった融合した形が必要であることが明らかになった。次にTatA-RecN系蛋白質に見られるドメイン構造を調べた結果、TatA由来の内膜貫通ドメインがTatA-RecNに確認され、進化処理を経てもそのドメインが保持されていることが推定された。そこで、この内膜貫通ドメインを除去したTatA-RecNEP-2-1、EP-2-2を作製し、E5系コリシンに対する表現型を調べたところ、いずれもコリシンE5K60Q耐性を示さなかった。これらのことからTatA-RecN系蛋白質は内膜蛋白質で、膜に位置することで、その耐性機能をつかさどっていることが明らかになった。

以上、共進化を模倣した進化分子工学的手法から野性型コリシンE5に対して耐性を与える内膜蛋白質TatA-RecNEP2-1、2-2を獲得した。そして、大腸菌を介した多様性の低い蛋白質集団から目的の蛋白質を獲得する共進化の概念の有用性を明らかにした。この概念を用いれば、多様性の限られた蛋白質集団からでも目的の蛋白質の獲得が可能になり、進化分子工学による蛋白質の創製がさらに発展すると期待される。また、non-coding RNAが極めて重要になりつつあるが、RNaseでそれらを制御する手段は有効で、その制御の際に用いるRNaseのインヒビターを新たに創出する上で本方法は有効な寄与をするかもしれない。

Fig.1 共進化を模倣した進化分子工学の概念

審査要旨 要旨を表示する

進化分子工学的手法は、既存の分子デザインに囚われない蛋白質の新しい機能や構造を、デノボで創出する大きな潜在能力を持つが、ほとんどの場合は既存蛋白質の性質改良に留まっている。tRNAやrRNAを切断する大腸菌のRNase型コリシンは、特異的阻害蛋白質をもつ生産菌によって作られ、それを持たない大腸菌に侵入し効率的にこれを殺す。このコリシンの殺菌活性の高さは、阻害蛋白質の性能と共進化することによって獲得されたものである。本研究はこの選択性の高さと共進化を利用して、コリシンE5の作用を抑える蛋白質を、無関係な素材から進化分子工学的に創出するモデル実験系に挑戦したものである。現在のコリシンは1分子で細胞を殺せるほど活性が高く、それを抑える阻害蛋白質にも高い特異性が要求されるので、それに匹敵する機能を無関係な蛋白質素材から直接得ることは確率的に不可能である。しかし現実の進化の初期段階では、限られた素材の中で、低い性能のRNaseと低い性能の結合蛋白質の組合せから始まり、互いに一方の活性上昇が他方の活性上昇を招くことにより共進化的に性能を向上させていったと考えられる。本研究ではこの仕組みを進化分子工学に取り入れ、敢えて低活性コリシンを最初に用いることで、限られた遺伝子素材の中から、コリシン作用を抑えることのできる蛋白質遺伝子をスクリーニングし、次いでその性能を共進化的に段階的に向上させようと試みている。第1章では、コリシンE5の触媒中心を変異させた低活性型変異体E5K60Qに対して、多コピーで耐性を与えるSau3AI DNA断片を大腸菌ゲノムからスクリーニングし、6種類の異なるDNA領域を得ている。その中にはコリシンE5の最適基質であるtRNATyrをコードするDNAが含まれており、標的を増やして致死を回避するものであった。これは野生型コリシンに対しては依然感受性を示したので、低活性型コリシンを使用することにより、コリシン耐性選択の閾値を実際に下げていたことが示唆された。第2章では、低活性型E5K60Qに対する耐性を与える原因が、DNA断片のコードする蛋白質によると判断された3種類のクローンの性質を調べている。コリシン耐性の原因としてはRNase活性の阻害以外に、コリシンの細胞表層受容体への結合や膜透過を阻止している可能性が考えられる。その可能性を除くため、受容体結合と膜透過に必要なドメインをE5と共有しRNaseドメインだけがE5と異なる、コリシンE3の低活性化型を用意してこれに対する感受性を調べ、3クローンのうちの1つがコリシンE5系に特異的に耐性であることを見出した。これは2つのSau3AI断片が繋がることで誕生した融合蛋白質TatA-RecNがE5K60Q耐性を与えていることが判ったが、野生型E5には耐性を示さないので、いまだ性能の低いE5耐性蛋白質であることが推定された。第3章では、このTatA-RecNを進化させて耐性機能を高める試みを行っている。まず、殺菌活性がE5K60Qより強く野生型よりは弱い中程度活性のコリシン変異体E5I94Mを用意し、TatA-RecNコード領域にランダム変異を導入して、E5I94Mにも耐性を示すようになったTatA-RecNの変異体(1)を得た。(1)は終止コドンの出現で292残基から52残基に短縮されていたほか、点変異を含んでいた。(1)は野生型E5には依然感受性を示したので、性能をさらに上げるべく、(1)のコード領域に再度ランダム変異を導入して、野生型コリシンE5にも耐性を示す(1)の点変異体、(2)と(3)を分離した。第4章では、TatA-RecNとその3種の変異体の示す、E5K60Q、E5I94M、及び野生型E5に対する耐性を分析している。まずTatA-RecNの由来する、TatAとそのN末端領域、及びRecNとそのC末端領域の性質を調べ、E5K60Q耐性にはTatA-RecN融合が必要であることを示した。更にそのN末端52残基の短縮形は、TatA-RecNと同様にE5K60Q耐性を示したが、(1)のようなE5I94M耐性は示さなかった。従って、融合体のN末端52残基がE5K60Q耐性には必要十分で、さらに(1)〜(3)の点変異がその機能を向上させたと推定された。これらはN末端20残基が疎水性、残りが親水性で、いずれの領域も単独では耐性を与えなかったので、イオンチャネル型コリシンの生産菌が作る耐性蛋白質のように、膜結合蛋白質としてコリシンE5を選択的に阻害していると推定された。これらはコリシンE5に備わる阻害蛋白質のような、化学量論的に結合する可溶性蛋白質ではなかったが、それと同等の特異的なE5耐性機能を、まったく無関係の素材から創出することに成功した。

以上本論文は、共進化を模倣した段階的進化分子工学的手法によって、生理的に無関係な素材からコリシンE5に対する耐性蛋白質を獲得することで、多様性の小さい蛋白質集団から希望の蛋白質機能を進化分子工学的に獲得する新しい方法の有用性を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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