学位論文要旨



No 120588
著者(漢字) 植田,英治
著者(英字)
著者(カナ) ウエダ,エイジ
標題(和) 同時性大腸多発癌及び併存腺腫のマイクロサテライト不安定性
標題(洋)
報告番号 120588
報告番号 甲20588
学位授与日 2005.06.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2566号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 助教授 宮澤,恵二
 東京大学 助教授 大西,真
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

大腸癌は多発する傾向がある癌であることが知られている。大腸多発癌を呈する遺伝性疾患として、家族性大腸腺腫症(FAP;Familial Adenomatous Polyposis)と遺伝性非ポリポーシス大腸癌(HNPCC;Hereditary Non-Polyposis Colorectal Cancer)がよく知られている。前者のFAPは多段階発癌モデルによる発癌の典型例であり、後者のHNPCCはDNAミスマッチ修復遺伝子の異常による発癌の典型例である。多段階発癌モデルでは、癌遺伝子、癌抑制遺伝子に変異が蓄積して、発癌のステップが段階的に進行していく。APC癌抑制遺伝子の不活化、ras遺伝子の活性化、p53遺伝子の欠失が段階的に生じ発癌へと至るこのステップはAdenoma-carcinoma sequenceとして知られており、大腸癌におけるもっとも典型的な発癌モデルと考えられている。一方、DNAミスマッチ修復遺伝子に異常があると、DNA複製時に誤って複製された塩基配列を元に戻すことができない。マイクロサテライトと呼ばれる単純な塩基の繰り返し配列は複製時に誤りを生じやすく、細胞増殖をコントロールするTGFβR-ll遺伝子やアポトーシスに関係するBAX遺伝子などのDNA複製時にエラーが生じると、細胞増殖をコントロールすることができなくなり、癌化が進むと考えられている。このように、大腸多発癌を呈する疾患のうち、遺伝性大腸癌に関しては発癌の機序が詳細に研究され、報告されている。しかし、非遺伝性大腸多発癌の発癌機序に関しては、今日まで詳細な検討が行われていない。よって、非遺伝性大腸多発癌の特徴及びその発癌機序を明らかにすることは、大腸多発癌患者に対して適切な診断、治療及び経過観察を行う上で非常に重要であると考えられる。

本研究ではまず、同時性大腸多発癌を対象として、その臨床病理学的特徴を明らかにする目的で大腸単発癌との比較・検討を行った。さらに、同時性大腸多発癌を他臓器重複癌の有無により他臓器癌重複群、他臓器癌非重複群の二群に分け、その臨床病理学的特徴の差についても検討を行った。次に、同時性大腸多発癌の発癌機序を明らかにする目的で、同時性大腸多発癌及び併存腺腫のマイクロサテライト不安定性(MSI)を調べ、DNAミスマッチ修復遺伝子タンパクhMSH2、hMLH1の発現を免疫組織化学染色法を用いて調べた。さらに、同時性大腸多発癌の中でも他臓器癌重複群、他臓器癌非重複群の間で、癌及び腺腫のMSIに差があるか検討を行った。

同時性大腸多発癌の臨床病理学的特徴を検討したところ、大腸単発癌に比べて粘液癌の頻度が高く、腺腫の合併頻度が高いことが明らかとなった。同時性大腸多発癌の中でも他臓器癌重複群では、他臓器癌非重複群に比べて粘液癌の頻度がさらに高くなる傾向が認められた。術後生存率、その他の比較した項目には有意差を認めなかった。本研究における臨床病理学的特徴の検討から、同時性大腸多発癌において粘液癌を認めた場合には、他臓器重複癌を考慮することが大切と考えられた。

同時性大腸多発癌及び併存腺腫のMSIを検討した結果、同時性大腸多発癌のMSI-H(高頻度MSI)は18%であり、大腸単発癌のMSI-H(11%)より高かったが、統計的には有意でなかった。術後生存率についても、同時性大腸多発癌症例と大腸単発癌症例の間に統計的有意差を認めなかった。

一方、今回検索し得た範囲では、同時性大腸多発癌の併存腺腫のMSIについてはまだ報告がなされておらず、本研究が同時性大腸多発癌の併存腺腫のMSIについての初めての報告である。同時性大腸多発癌に併存する腺腫のMSI-Hは18%で、大腸単発癌の併存腺腫のMSI-H(0%)より有意に高かった。この腺腫のMSI-H頻度は組織の異型度が増すと有意に高くなり、また、腺腫の大きさの増大に伴い高くなる傾向を認めた。MSIによる発癌過程において、HNPCC症例では早期からMSIが生じ、非HNPCCでは発癌の遅い段階にならないとMSIが関与してこないことが知られているが、同時性大腸多発癌に併存する腺腫では、組織異型度および大きさの増大に伴ってMSI-H頻度が高くなっていたことから、同時性大腸多発癌の発癌過程におけるMSIの関与は、通常のHNPCCとは異なる可能性が示唆された。また、HNPCC症例は一般大腸癌に比べて予後が良いことが知られているが、本研究では、同時性大腸多発癌症例の術後生存率は大腸単発癌と同程度であり、統計的有意差を認めなかった。この点でも同時性大腸多発癌は、HNPCCとは異なる特徴を有していることが明らかとなった。

免疫組織化学染色の結果より、同時性大腸多発癌及び併存腺腫の中でMSI-Hを呈した病変の約半数にhMSH2またはhMLH1の少なくとも一方の発現異常を認めた。同時性大腸多発癌及び併存腺腫の各々18%にMSI-Hを認めたが、DNAミスマッチ修復遺伝子タンパクの免疫組織化学染色の結果より、MSI-Hを呈した癌、腺腫の約半数において、hMSH2またはhMLH1の発現異常がMSI-Hの原因となっていることが示唆された。本研究では、HNPCCを含む遺伝性大腸癌を対象から除外したが、これらのMSI-Hを呈し、かつ、hMSH2またはhMLH1に発現異常を認める症例は、HNPCCの発端者である可能を否定できないと思われた。

同時性大腸多発癌を他臓器重複癌の有無により、他臓器癌重複群、他臓器癌非重複群に分けて検討した結果、他臓器癌重複群の癌では他臓器癌非重複群に比べてMSI-H頻度が有意に高く、他臓器癌重複群の併存腺腫のMSI-H頻度は他臓器癌非重複群の併存腺腫のMSI-H頻度と比較して高頻度であった。同時性大腸多発癌で、癌、併存腺腫がMSI-Hであった場合、他臓器重複癌を考慮することが大切と考えられた。

本研究より、同時性大腸多発癌症例では、MSIが発癌の遅い段階で関与している可能性があること、および、術後生存率が一般大腸癌と差がないことより、HNPCCとは異なる発癌機序を有している可能性が示唆された。その反面、臨床病理学的には粘液癌が多く、一部にDNAミスマッチ修復遺伝子タンパクhMSH2、hMLH1の発現異常がMSI-Hの原因となっている症例が含まれており、HNPCCの発端者を含んでいる可能性が否定できなかった。MSIの+/-により同時性大腸多発癌症例の予後に有意差がなかったことから、MSIを同時性大腸多発癌患者の予後を予測する指標として用いることはできなかった。しかし、今回の研究結果より、同時性大腸多発癌症例のMSIは他臓器重複癌を考慮する際のよい指標となる可能性があり、同時性大腸多発癌症例においてはMSIを積極的に調べることが、臨床上も有用であると考えられた。同時性大腸多発癌症例において粘液癌を認めた場合、または、MSI-Hの癌、腺腫を認めた場合には、他臓器重複癌の可能性に配慮することが重要であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は非遺伝性大腸多発癌の特徴及びその発癌機序を明らかにするため、非遺伝性同時性大腸多発癌症例の臨床病理学的特徴について検討し、非遺伝性同時性大腸多発癌及び併存腺腫のマイクロサテライト不安定性の解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

同時性大腸多発癌では大腸単発癌と比較して粘液癌の頻度が高く、腺腫を合併する率も高かった。他の因子(性別、年齢、病変部位、癌家族歴、Dukes分類、術後生存率)には有意差を認めなかった。

同時性大腸多発癌の臨床病理学的特徴を他臓器癌重複の有無に分けて検討したところ、他臓器癌重複群では粘液癌の頻度が高かったが、他の因子(性別、年齢、病変部位、リンパ節転移、リンパ管侵襲、腺腫合併の有無、Dukes分類、術後生存率)には有意差を認めなかった。

同時性大腸多発癌は大腸単発癌に比べてマイクロサテライト不安定性(MSI)が高かったが統計的には有意でなかった。同時性大腸多発癌におけるMSI頻度と術後生存率の問には相関を認めなかった。同時性大腸多発癌の併存腺腫のMSIは大腸単発癌の併存腺腫に比べて有意に高いことが初めて明らかとなった。癌と併存腺腫でMSIの結果に異なる傾向を認めた理由として、症例数の影響が否定できなかった。

同時性大腸多発癌及び併存腺腫のうち、高頻度MSI(MSI-H)を認めた病変の各々半数にDNAミスマッチ修復遺伝子タンパクhMLH1又はhMSH2の発現異常を認めた。

他臓器癌非重複群に比べて他臓器癌重複群の癌のMSI-Hの頻度は有意に高かった。他臓器癌重複群の併存腺腫のMSI-Hは他臓器癌非重複群に比べて約2倍の頻度であったが統計的には有意でなかった。

以上、本論文は同時性大腸多発癌の臨床病理学的特徴として粘液癌の頻度が高いことを明らかにした。また、同時性大腸多発癌の発癌経路としてMSIが関与するものは大腸単発癌と同程度であったが、他臓器癌重複群の癌及び併存腺腫ではMSIが関与している割合が高いことが明らかとなった。MSIを同時性大腸多発癌患者の予後を予測する指標として用いることはできなかったが、同時性大腸多発癌のMSIと他臓器癌の有無との間には良い相関が見られ、同時性大腸多発癌症例のMSIを調べることは臨床上有用であると考えられた。本研究はこれまで詳細な検討がなされていない非遺伝性大腸多発癌の発癌機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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