学位論文要旨



No 120589
著者(漢字) 相模,あゆみ
著者(英字)
著者(カナ) サガミ,アユミ
標題(和) 児童虐待リスク要因としての1歳半健診受診・未受診の検討と未受診関連要因の探索に関する研究
標題(洋)
報告番号 120589
報告番号 甲20589
学位授与日 2005.06.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2567号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 数間,恵子
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 助教授 綱島,浩一
 東京大学 講師 春名,めぐみ
内容要旨 要旨を表示する

[目的]

児童虐待のリスク要因として1歳半健診の受診・未受診を検討すること、(2)未受診に関連する要因を探索することを目的として本研究を実施した。

[対象および方法]

対象

対象地域は福岡県北九州市である。対象者の選択は以下の手順で行った。まず、受診者については、平成13年4月〜平成14年3月の1年間に1歳半健診を受診した児8、038名の受診票番号から、妊娠届けデータベースおよび住民基本台帳データベースを用いて現住所不明、該当児なし等の者を除外した後、無作為抽出法にて200名を選択した。

未受診者の選択については、まず、平成13年度1歳半健診受診表に記載された母子手帳連続番号の空白番号を未受診可能性ありの番号として抜き出した(2,964名)。次に、受診者選択の手順と同様に、妊娠届けデータベースおよび住民基本台帳データベースを用いて現住所不明、該当児なし等の者を除外した後、無作為抽出法にて200名を選択した。方法

調査票は平成15年1月9日に郵送配布し、後日調査会社の回収員が訪問回収を行った。主な調査項目は、父母および児の年齢、児の性別、家族構成、結婚の状態、就労状況、最終学歴、母親の抑うつ症状、虐待的養育態度などである。回収率は、受診者76.2%(153名)、未受診者60.0%(120名)であった。

[結果]

分析対象者の選択

調査項目の中の虐待的養育態度に関する項目は、末子である1歳半健診該当児への虐待行動に限定して聞いているため、末子の年齢を統制する必要があることから、調査時においてその下に末子が誕生しているケースは分析より除外した。次に、残った受診者142名、未受診者110名について、健診対象期間内の受診票の有無による当方の受診未受診に関する判断と回答者による回答の一致をみたところ、一部相違が認められた。特に、平成13年度1年間の受診票の中に母子健康手帳の番号がないことから未受診であると判断し、調査票を郵送した母親の中に相違が多く認められ、110名中62名(56.4%)が「1歳半健診受診」と回答していた。この中には、健診期間以降に受診、虚偽の回答、誤回答のケースが混在しており、分類不可能であることから分析から除外した。結果、受診者137名、未受診者48名を対象に以下の分析を行った。

受診および未受診群の属性比較

母親の年齢については、未受診群の母親は受診群と比較して有意に若かった(Fisher直接法,p<0.05)。初産年齢についても同様の結果が得られた(Fisher直接法,p<0.01)。子どもの数については、未受診群は受診群と比較して子どもの数が有意に多かった(X2=14.99,p<0.01)。最終学歴も群間に有意差が認められ、未受診群は義務教育のみ修了者の割合が高かった(Fisher直接法,p<0.01)。夫(パートナー)との居住形態については、未受診群は別居の割合が高い傾向にあった(Fisher直接法,p<0.1)。関連して未受診群は実父母と同居する者の割合が高かった(Fisher直接法,p<0.05)。就業形態では、未受診群はパートやアルバイトなど非常勤勤務者の割合が高く、一方、無職の割合が低かった(Fisher直接法,p<0.01)。年収についても有意差が認められ、未受診群は年収200万円未満の割合が高かった(X2=10.18,p<0.05)。

受診および未受診群の抑うつ症状の比較

抑うつ症状について二群比較を行ったところ、未受診群は抑うつ症状平均得点が有意に高く、受診群の10.4点に対し、未受診群は14.6点であった(t=-2.8、p<0.01)。また、カットオフポイント(15/16)を用いて抑うつ群に属する者の割合を比較したところ、受診群(18.9%)に比して未受診(34.2%)は抑うつ群の割合が有意に高かった(X2=3.92,p<0.05)。

未受診群の児童虐待に関するリスクの検討

受診群と未受診群の虐待尺度平均得点の比較では、未受診群(平均=6.0点,SD=3.6)は受診群(平均=4.8点,SD=2.6)と比較して有意に高かった(t=-2.19,p<0.05)。

次に、未受診群にリスクが高い虐待の内容を検討するため、虐待項目別に比較分析した。各虐待行為に対して、「ときどきある」または「しばしばある」と回答した群を「虐待行為を有する者」とし、受診および未受診群それぞれに占める割合を比較したところ、身体的虐待の「蹴る」(X2=6.12,p<0.05)、「物を投げつける」(X2=3.75,p<0.1)の2項目に有意またはその傾向が認められた。心理的虐待、ネグレクトでは、いずれの項目においても有意差は認められなかった。

また、虐待得点ごとにみた未受診者の占める割合は10点以降顕著に高くなる傾向が認められ、9点以下では全体における未受診群の割合は24.3%(41/128)であるのに対し、10点以上では63.6%(7/11)であり、未受診者が6割以上を占めていた。

健診未受診に関連する要因

健診未受診の関連要因探索のため、健診受診未受診を目的変数として、ロジスティック回帰分析を行った。説明変数は、受診および未受診群の属性比較で有意差が認められた項目を用いたが、母親の年齢と初産年齢は相関が高いため(r=0.69)、初産年齢を選択した。また、就業形態はその内容により、常勤群(常勤+自営)、非常勤群(非常勤+内職)、無職群(無職+休職)の3群に再分類した。年収については、生活保護基準額を参考に、200万円未満/以上の2群に再分類した。

分析の結果、未受診関連要因として、母親の抑うつ症状、子どもの数に有意差が認められた。また、未受診群における、これらの要因と虐待得点との関連について検討したところ、母親の抑うつ症状のみ関連が認められ、抑うつ群(13名)の平均虐待得点(8.3点,SD=3.3)は、非抑うつ群(25名)の得点(5.0点,SD=4.4)と比して有意に高かった(t=-2.6,p<0.05)。

[考察]

未受診群の児童虐待リスク

未受診群は、受診群と比して虐待得点が有意に高く、未受診群における児童虐待リスクの高さが示唆された。また、心理的虐待やネグレクトよりは、身体的虐待のリスクが大きいこと、その中でも衝動性、攻撃性の高い行為を含む高得点の者が多く危険性が高いことなどから、児童虐待の予防、早期発見の観点からも、未受診者への積極的な支援は重要である。

健診未受診の関連要因

子どもの数と未受診の関係は他の要因と比較して最も強く、特に3人以上の子どもをもつ母親は、ひとりっ子の母親と比較して、未受診傾向が約5倍であった。本研究では、未受診群の約4割が3人以上の子どもをもつ母親であったが、この中には、育児経験が豊富になるにつれ、出産や育児に伴う不安が軽減され、受診へのニーズが低下したため受診しなかったという家庭も含まれているものと思われる。しかし、一方では、他児の養育に関する負担の増大、過重な育児ストレスなど育児問題を抱えながらも、受診する余裕がない母親も多数存在することが予想されること、また、子どもの数が多いことが虐待のリスク要因として検証されていることなどから、未受診者への訪問など支援事業を通してこれらの家庭と接触を保つことで、具体的な援助の可能性を共に探ることができよう。

抑うつ症状と未受診の関連については、抑うつ症状の高い母親は、社交性の低下により公的資源を利用しにくいことが報告されており、未受診と抑うつ症状の関連も同様の理由によるものと思われる。母親の高い抑うつ症状は良好な母子関係の育成を阻害するのみならず、児の成人後の精神障害発症、身体的不健康の予測因子としても作用することから、家庭訪問などの際、援助者が母親の抑うつ症状を適切に評価し、抑うつ症状の緩和に焦点を当てた支援計画の作成や医療機関の紹介など、必要に応じた対策を講じることが重要であろう。

[結論]

乳幼児健診未受診群における児童虐待リスクの高さが示唆された。また、未受診群に特徴的な虐待的養育態度の検討から、躾的要素の低い衝動的な身体的暴力が多く、幼児に対する行為としては危険度が高く、重大な事故につながる養育態度も含まれていることが示された。更に、健診未受診関連要因として、子どもの数が多いこと、母親の抑うつ症状が高いことが挙げられた。これらは児童虐待のリスク要因としても広く知られていることから、未受診者への支援の際には十分な注意を払い、それぞれの状況を適切に判断しながら、ニーズに応じた支援提供に努めることが必要であろう。

審査要旨 要旨を表示する

本調査研究は、児童虐待のリスク要因としての乳幼児健診の受診・未受診を検討することを主目的として実施したものである。また、健診未受診に関連する要因の探索も併せて行い、今後の母子保健事業対策検討に資するデータを提供した。

福岡県北九州市の平成13年度1歳半健診受診者200名・未受診者200名を妊娠届けデータベースおよび住民基本台帳データベースを用いて選択し、研究対象とした。調査票は郵送配布し、後日調査会社の回収員が訪問回収を行った。主な調査項目は、父母および児の年齢、児の性別、家族構成、結婚の状態、就労状況、最終学歴、母親の抑うつ症状、母親の虐待的養育態度などである。

主要な結果は下記の通りである。

属性比較では、未受診者の母親は受診群と比して(1)年齢が若く、また初産年齢も低いこと、(2)子どもの数が多いこと、(3)義務教育のみ修了者の割合が高いこと、(4)別居の割合が高いこと、(5)パートやアルバイトなど非常勤勤務者の割合が高く、無職の割合が低いこと、(6)家庭年収が低いことが明らかになった。

抑うつ症状については、未受診群は受診群と比して抑うつ度が有意に高かった。母親の高い抑うつ症状は良好な母子関係の育成を阻害するのみならず、児の成人後の精神障害発症、身体的不健康の予測因子としても作用することから、家庭訪問などの際、援助者が母親の抑うつ症状を適切に評価し、抑うつ症状の緩和に焦点を当てた支援計画の作成や医療機関の紹介など、必要に応じた対策を講じることが重要であろう。

未受診は受診群と比して虐待得点が有意に高く、未受診群における児童虐待リスクの高さが示唆された。また、心理的虐待やネグレクトよりは、身体的虐待のリスクが大きいこと、その中でも衝動性、攻撃性の高い行為を含む高得点の者が多く危険性が高いことなどから、児童虐待の予防、早期発見の観点からも、未受診者への積極的な支援は重要である。

健診未受診の関連要因としては、子どもの数が多いことと、母親の抑うつ症状が高いことであった。特に3人以上の子どもをもつ母親は、ひとりっ子の母親と比較して、未受診傾向が約5倍であった。未受診者の中には、児の養育に関する負担の増大、過重な育児ストレスなど育児問題を抱えながらも、受診する余裕がない母親も多数存在することが予想されること、また、子どもの数が多いことが虐待のリスク要因として検証されていることなどから、未受診者への訪問など支援事業を通してこれらの家庭と接触を保つことで、具体的な援助の可能性を共に探ることができよう。

以上、本論文は、健診未受診者が実際に児童虐待のハイリスク群であるかどうかを検証したものである。これまで一般に未受診者がハイリスク群であるとは言われていたが、関連する研究報告はきわめて少なく、実際に比較対象群を用いて比較したのは本調査研究が初めてである。本研究結果は今後の母子保健事業施策検討の際に有益な情報を提供するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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