学位論文要旨



No 120593
著者(漢字) 五十川,泰史
著者(英字)
著者(カナ) イソガワ,ヤスシ
標題(和) MYO18Aの生化学的機能解析
標題(洋)
報告番号 120593
報告番号 甲20593
学位授与日 2005.06.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第590号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 助教授 奥野,誠
 東京大学 助教授 豊島,陽子
 東京大学 助教授 上村,慎治
 東京大学 助教授 栗栖,源嗣
内容要旨 要旨を表示する

(研究背景)

ミオシンは18のクラスに分類される巨大な「スーパーファミリー」を形成するタンパク質群である. その中で, ミオシンXVIIIは最も新しく同定された18番目のクラスに属するミオシンであり, XVIIIAとXVIIIBふたつのサブクラスが存在する. ミオシンXVIIIAは初め, マウスの骨髄間質細胞に由来する培養細胞から同定され, モーター領域のN末端側にPDZ (PSD-95/Discs-Large/ZO-1)ドメインを持つという顕著な特徴を持っているため, MysPDZ (Myosin containing PDZ domain)と命名された. マウスにおいてミオシンXVIIIAは, 間質細胞由来の培養細胞のうち, 高い血球分化支持能を持った系統で特に多く発現しているが, 筋肉など他の複数の組織においても比較的普遍的に発現している. また, ミオシンXVIIIAはヒトとマウスにおいて, αとβ, 2つのスプライスバリアントを持っている. ミオシンXVIIIAαはN末端側から順に, リジン(K)とグルタミン酸(E)に富む領域(KE領域)とPDZドメインを含む特徴的なN末端領域, モーター領域, 1ヶ所のIQモチーフ, コイルドコイル, および球状になっていると予想される尾部(球状尾部), で構成されている. ミオシンXVIIIAβはミオシンXVIIIAαからN末端領域が欠落した形をしている. 一方, ミオシンXVIIIBは肺がんの抑制遺伝子の候補として同定された. ミオシンXVIIIBはミオシンXVIIIAと似た構造をしているが, N末端領域のPDZドメインは機能未知のアミノ酸配列に置き換わっている.

特徴的なN末端領域に加え, クラス18に属するミオシンは, モーター領域に他のクラスには見られない特徴的配列を持っている. 例えばスイッチ2ループはATP加水分解活性にとって必須の役割を担っており, ミオシンスーパーファミリーの間で最も高度に保存されている配列の一つであるが, クラス18に属するミオシンはこのスイッチ2ループの直後に, 他のどのクラスにも見られない特徴的な挿入配列を持っている. 実際, モーター領域の配列をもとに進化系統樹を作成すると, ミオシンXVIIIはミオシンスーパーファミリーの中で他のクラスから最もかけ離れたミオシンの一つであることがわかる.

ミオシンXVIIIAの発現量は, それを発現している間質細胞の血球分化支持能と相関があることが報告されている. また, ミオシンXVIIIAβは調べられた限りすべての間質細胞由来の培養細胞の系統で発現しているが, ミオシンXVIIIAαはそのうちの一部でのみ発現している. さらに, マクロファージ様の細胞に分化する培養細胞においては, 分化誘導後にミオシンXVIIIAαの発現が誘導される. このように, ミオシンXVIIIAは血球分化に関与していることが示唆されているが, その細胞内機能および生化学的性質に関しては全く知見が得られていない. そこで本研究ではヒトのミオシンXVIIIAであるMYO18Aに関して, N末端領域およびモーター領域に注目して機能解析を行った.

(結果)

MYO18Aの機能に関する知見を得るため, MYO18Aαの全長のN末端にGFPを融合したコンストラクト(GFP-M18A)を作成し, その細胞内局在を観察した. GFP-M18Aは細胞質中に広く分布していたが, その一部分はアクチン繊維と共局在していた. この結果から, MYO18Aαが細胞内でアクチン繊維と相互作用する可能性が示唆された.

次にアクチン繊維との共局在に対するMYO18Aの球状尾部の関与を検証するため, MYO18Aαの全長から頸部と球状尾部を除き, N末端領域とモーター領域のみからなるコンストラクト (GFP-ND-motor)を作成し、細胞内局在を観察した. GFP-ND-motorは核内および細胞質中にもほぼ均一に分布したが, 一部はアクチン繊維と明確に共局在した. このことから, アクチン繊維と共局在するためにはMYO18Aαの球状尾部は必要ではなく, N末端領域とモーター領域のみで十分であることが示された. 次に, GFP-ND-motorからさらにN末端領域を欠失し, モーター領域のみからなるコンストラクト(GFP-motor)を作成した. 観察の結果, GFP-motorは細胞質中に拡散的に分布するのみで, アクチン繊維とは共局在しなかった. この結果から, MYO18AのN末端領域にアクチン結合部位が存在するという可能性が示唆された.

MYO18Aαの尾部にはコイルドコイルが存在するため, MYO18Aαは二量体を形成すると予想される. 一方, GFP-ND-motorおよびGFP-motorはいずれもコイルドコイルを含まず, 単量体であると予想されるため, MYO18Aα全長におけるN末端領域やモーター領域の本来の活性を厳密には保持していない可能性がある. よってより全長に近い形態を持つと予想されるheavy mero myosin (HMM)様のコンストラクトを作成した. HMMとはミオシン IIにおいて, N末端のモーター領域, IQ領域, および短いコイルドコイルを含む部分を指す名称である. MYO18Aαにおいては, N末端領域, モーター領域, IQ領域, およびコイルドコイルの一部を含む部分をHMMとする. MYO18AαのHMMコンストラクトのC末端には, 短いコイルドコイルを安定的に二量体化させるため, GCN4のロイシンジッパー配列を融合し, ロイシンジッパーのC末端にGFPを融合した(HMM-L-GFP). GCN4のロイシンジッパー配列は, 安定な二量体を形成することが報告されているアミノ酸配列である. HMM-L-GFPは細胞内でM18A-GFPより明確にアクチン繊維と共局在した. 次に, HMM-L-GFPコンストラクトからN末端領域を欠失したHMMΔN-L-GFPコンストラクトを作成した. HMMΔN-L-GFPは細胞内でアクチン繊維と共局在せず, 細胞質中に拡散的に分布した.

次にHMM-L-GFP, HMMΔN-L-GFPおよびN末端領域のみからなるND-L-GFPをHeLaで発現し, アクチン繊維との共沈降実験を行ったところ, N末端領域にATP非依存的なアクチン結合部位が存在することが示された. また, モーター領域はATPの非存在下においてもアクチン繊維と共沈降せず, ミオシンモーターとしての活性を保持していない可能性も示唆された.

さらにN末端領域の欠失変異体を大腸菌で発現して共沈降実験を行うことで, より詳細にアクチン結合部位を探索した. その結果,アクチン結合部位はN末端領域のうちKE領域とPDZドメインの間の領域(MD領域と命名した)に存在することが示された. この領域の配列は, 既知のアクチン結合部位とは相同性が見られなかった.

また, 共沈降実験の結果から, MYO18Aのモーター領域がミオシンモーターとしての活性を保持していない可能性が示唆されたが, このことをより直接的に検証するため, モーター領域のATP加水分解活性を測定した. MYO18AのN末端領域およびモーター領域を含むコンストラクトを昆虫細胞において発現, 精製し, ATP加水分解活性を測定したところ, 滑り運動を駆動するのに十分な活性はほとんど検出されなかった. これらの結果から、MYO18Aのモーター領域は他のクラスのミオシンのモーター領域と異なり, アクチン繊維に沿った滑り運動をする活性は持っていないと考えられる.

(考察)

本研究では, MYO18AのN末端領域のMDにATP非依存的アクチン結合部位が存在することを示した. このMDは既知のいかなるアクチン結合部位とも相同性が見られない. 尾部に第二のアクチン結合部位を持つミオシンIやミオシンIIIは単量体であるのに対し, MYO18Aは二量体を形成するため, 2個のATP非依存的アクチン結合部位が1個の二量体上に存在することになる. よってMYO18Aは細胞内において, アクチン繊維同士を安定的に架橋することで, アクチン繊維による高次構造の形成に関与している可能性がある.

また, MYO18Aは非常に安定的にアクチン繊維と結合することが示されたが, 細胞内においてMYO18Aがアクチン繊維と結合したまま解離しないとは考えにくく, 結合活性に対して何らかの制御機構が働いている可能性が高い. たとえば球状尾部を欠失したHMM-L-GFPは, 球状尾部を含むGFP-M18Aよりも明確にアクチン繊維と共局在した. よって球状尾部は, MYO18Aのアクチン結合活性を制御している可能性がある. また, N末端領域に存在するPDZドメインに対しては, 何らかのタンパク質が相互作用する可能性が高く, そのタンパク質がMYO18AのATP非依存的アクチン結合活性を制御している可能性もある. いずれにせよ, MYO18AのATP非依存的アクチン結合活性の制御機構に関しては, さらなる研究が必要である.

審査要旨 要旨を表示する

ミオシンXVIIIは, 巨大な「ミオシンーパーファミリー」の中でも最も新しく同定された18番目のクラスに属するミオシンであり, XVIIIAとXVIIIBふたつのサブクラスが存在する. ミオシンXVIIIAはN末端側から順に, リジン(K)とグルタミン酸(E)に富む領域(KE領域)とPDZドメインを含む特徴的なN末端領域, モーター領域, 1ヶ所のIQモチーフ, コイルドコイル, および球状尾部で構成されている. こうした 特徴的なN末端領域に加え, クラス18に属するミオシンは, モーター領域に他のクラスには見られない特徴的配列を持っている. また, モーター領域の配列をもとに進化系統樹を作成すると, ミオシンXVIIIはミオシンスーパーファミリーの中で他のクラスから最もかけ離れたミオシンの一つであることがわかる.

こうしたさまざまな特徴をもつミオシンXVIIIAの細胞内機能および生化学的性質に関しては全く知見が得られていない. そこで本論文提出者は、ヒトのミオシンXVIIIAであるMYO18Aに関して, N末端領域およびモーター領域に注目して生化学的機能解析を行った.

まずMYO18Aの機能に関する知見を得るため, ヒトMYO18AにGFPを融合したさまざまな長さの欠失コンストラクトを作成し, GFPを標識としてその細胞内局在を観察した. この結果から, MYO18AのN末端領域にアクチン結合部位が存在するという可能性が示唆された. 次に, コイルドコイルを安定的に二量体化させるために GCN4のロイシンジッパー配列を融合して二量体化したさまざまな欠失MYO18Aコンストラクトを作成した. こうして作成したコンストラクトの細胞内局在を調べるとともに、アクチン繊維との共沈実験をおこなった. この結果, N末端領域にATP非依存的なアクチン結合部位が存在することが示された. さらにN末端領域の欠失変異体を大腸菌で発現して共沈降実験をおこないアクチン結合部位を探索した. その結果, アクチン結合部位はN末端領域のうちKE領域とPDZドメインの間の領域に存在することが示された. この領域の配列は, 既知のアクチン結合部位とは相同性が見られなかった.

また, 共沈降実験の結果から, MYO18Aのモーター領域がミオシンモーターとしての活性を保持していない可能性が示唆された. このことをより直接的に検証するため, MYO18AのN末端領域およびモーター領域を含むコンストラクトを昆虫細胞において発現, 精製し, ATP加水分解活性を測定したところ, 滑り運動を駆動するのに十分な活性はほとんど検出されなかった.

このように本論文は, MYO18Aがモータータンパク質としてよりアクチン架橋タンパク質としてアクチン繊維の高次構造形成に関与している可能性を示唆するもので,これまでまったく研究の進んでいなかったクラス18ミオシンに関する重要な知見をもたらすものである. したがって, 本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するのにふさわしいものと認定する.

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