学位論文要旨



No 120594
著者(漢字) 板東,高功
著者(英字)
著者(カナ) バンドウ,タカヨシ
標題(和) 新規膜タンパク質NLRR4(Neuronal Ieucine-rich repeat 4)による永続的長期記憶形成メカニズムの解析
標題(洋) Neuronal leucine-rich repeat protein 4 functions in hippocampus-dependent long-lasting memory
報告番号 120594
報告番号 甲20594
学位授与日 2005.06.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4734号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 多羽田,哲也
 東京大学 教授 森,憲作
内容要旨 要旨を表示する

哺乳類において記憶は、短期記憶、長期記憶、永続的長期記憶に大別される。マウスにおいて、文脈学習により獲得された記憶は海馬依存的に短期記憶から長期記憶へと変換され、その後、大脳皮質へと送られ永続的長期記憶に変換されると考えられている。様々な変異マウスの解析から、海馬における長期増強の発現が短期および長期記憶の形成に関わっていることが明らかになってきている。最近になって、aCalcium-Calmodulin dependent kinase II (aCaMKII)の変異マウスの解析から大脳皮質の長期増強が永続的長期記憶の形成に関っていることが明らかになってきた。さらに薬理学的解析から永続的長期記憶と大脳皮質の関係が明らかになってきている。しかしながら、永続的長期記憶の形成の分子メカニズムはほとんど未知のままである。

Neuronal leucine-rich repeat 4 (NLRR4) は、申請者が同定した新規のI 型の膜タンパク質であり、海馬および皮質V, VI層に発現していた。近年、leucie-rich repeat (LRR)を持つ膜タンパク質が、軸索誘導、神経再生やシナプスの可塑性に関ることなどが明らかになり注目されている。そこで、NLRR4の神経系での機能を解析する目的で、この遺伝子のノックアウトマウスを作製し解析を行なった。

NLRR4 欠損マウスは、外見上、および解剖学的構造上、正常に発生した。NLRR4が海馬および皮質V, VI層に発現していること、海馬が学習記憶の中枢であること、海馬CA1の錐体細胞は場所細胞として知られており空間認知に重要であり嗅皮質のV層に投射していることが知られており、NLRR4が海馬から皮質へと記憶が移っていく際にNLRR4が機能しているのではないかと考えて学習、記憶に関する行動解析を行なった。海馬依存的学習課題である状況恐怖条件付け(contextual fear conditioning)およびモリス水迷路の課題において学習終了1日後では正常に記憶されているにも関らず、学習終了4日後では記憶の消失が認められた。獲得した記憶は、学習後数時間のうち新規タンパク質合成に依存して短期記憶から長期記憶へと変換される。この過程を細胞内固定化と言う。これは、学習前にタンパク質合成阻害剤を投与した薬理学的解析やcAMP responsive element binding protein (CREB)などの変異マウスも短期記憶は正常で長期記憶に異常が出るといった実験結果から明らかにされた。NLRR4欠損マウスは、学習終了1日後では正常に記憶が保たれているので細胞内固定化は、正常であると考えられる。長期記憶は、システム内固定化され永続的長期記憶へ変換され、海馬から皮質へと置き変る。したがってNLRR4欠損マウスで見られる異常は、システム内固定化の異常と考えられる。システム内固定化に関る因子はaCaMKIIしか知られておらず、申請者の研究は永続的長期記憶の形成の分子機構に新しい知見を与えるものである。

次にNLRR4欠損マウスで見られる異常が海馬の異常であるかどうか海馬非依存的学習課題において検討した。音恐怖連合条件付けは海馬の除去を行なって海馬特異的にNMDARを不活化しても正常に行われ、扁桃体依存的に音恐怖連合学習が行われている。音恐怖連合学習おいては、NLRR4欠損マウスは学習4日後以降も正常に行われていた。以上の結果は、NLRR4の遺伝子欠損により扁桃体には異常が無いことを示唆している。

様々な生物において、転写因子CREBは長期記憶形成に必須の転写因子として知られている。申請者は、NLRR4遺伝子欠損マウスの海馬において、CREBのタンパク質量が野生型に比べ減少していること、また、CREBの標的遺伝子である14-3-3 etaも減少していることを明らかにした。この結果は、NLRR4がCREB経路で働いていおり、そのためにNLRR4欠損マウスでは記憶形成に異常が生じる可能性を示唆している。

次にNLRR4欠損マウスの海馬でのlong-term potentiation (LTP)を検討した。NLRR4遺伝子欠損マウスでは、海馬CA3-CA1 synapseにおける初期のLTPは正常に行われていた。この結果は、行動解析で学習後1日において正常に記憶が維持され、細胞内固定化が正常である結果と一致している。

また、NLRR4はマウスの発生に伴って嗅球および嗅皮質で発現が劇的に変化することを見出した。嗅覚系において、嗅細胞は非常に秩序だった投射をすることが知られているが、その分子機構には不明な点が多い。NLRR4の発現パターンの変化は、NLRR4が嗅覚の発生において機能する可能性を示唆するものである。

以上のように、NLRR4の遺伝子欠損マウスの解析から、NLRR4が海馬依存的永続的長期記憶の形成に関与する膜タンパク質であることを明らかにした。また、NLRR4が何らかの形で転写因子CREBの活性に関与し、それが永続的長期記憶の形成に重要である可能性を示唆した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、新規膜タンパク質NLRR4の同定、発現解析、遺伝子欠損マウスの作製及び記憶形成におけるNLRR4機能解析について述べられている。序論、実験方法の章に続き2章にわたり結果、考察が述べられている。

4章では、NLRR4遺伝子の同定から発現解析および遺伝子欠損マウスの作製が述べられている。造血発生の研究の過程で、血管血球の共通の前駆細胞であるヘマンジオブラストの抗原の同定を試み、新規の膜タンパクであるNLRR4(Neuronal-leucine rich repeat 4)の同定と発現解析を行い、NLRR4が成体の肺、心臓、卵巣や海馬に発現していることを明らかにしている。次にジーンターゲティング法を用いてLacZ遺伝子をNLRR4遺伝子座に導入したNLRR4遺伝子欠損マウスを作製してβ-gal染色による発現解析を行い、胎生胚では末梢神経節、三叉神経節、目髭の毛穴、手足の軟骨や耳に発現していることを明らかにしている。また、嗅覚発生におけるNLRR4の詳細な発現解析を行い、発生に伴ってNLRR4の発現が嗅球、嗅皮質で急激に変化することを明らかにし、NLRR4遺伝子が神経系の発生に関与する可能性について考察している。

次に、5章では、NLRR4が海馬や皮質に発現していることから、NLRR4遺伝子欠損マウスの脳高次機能の解析として、学習記憶に関する行動解析を行っている。NLRR4遺伝子欠損マウスが海馬依存的な学習課題において永続的長期記憶の形成に異常を示し、NLRR4が海馬依存的な永続的長期記憶に必要な遺伝子であることを初めて明らかにしている。一方、海馬非依存的学習課題においては正常に記憶が形成されることを明らかにし、海馬依存的記憶と海馬非依存的記憶での分子機構の違いを示唆している。また、NLRR4遺伝子欠損マウスの海馬において、長期記憶の固定化に必須の転写因子であるCREBのタンパク量が減少していることを示し、NLRR4遺伝子欠損マウスの記憶異常の原因である可能性を考察している。

近年、様々な遺伝子改変マウスの作製により学習、短期記憶、長期記憶の固定化に関る分子が明らかになってきている。しかしながら、永続的長期記憶の形成に関与する分子・細胞レベルでのメカニズムはいまだ不明な点が多い。この遺伝子欠損マウスを用いることで永続的長期記憶形成のメカニズムの一端を解析できる可能性が示された。このように、論文提出者が発見したNLRR4分子の記憶形成における機能は、脳神経科学の分野に大きく貢献するもの考えられる。

なお、本論文の内容は、関根圭輔、小林静香、渡部文子、 Armin Rump、田中稔、須田芳國、加藤茂明、森川吉博、真鍋俊也、宮島篤との共同研究としてMolecular and Cellular Biologyに発表したが、本研究においては論文提出者が主体となって実験および考察を行っている。従って、論文提出者の寄与が十分であると判断し、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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