学位論文要旨



No 120598
著者(漢字) 車,兪澈
著者(英字)
著者(カナ) クルマ,ユウテツ
標題(和) 必須因子からなるセルフリーの膜・分泌タンパク質合成システムの構築
標題(洋) Development of a minimal cell-free translation system for the synthesis of presecretory and integral membrane proteins
報告番号 120598
報告番号 甲20598
学位授与日 2005.06.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第142号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 助教授 田口,英樹
 東京大学 教授 菅野,純夫
 東京大学 助教授 和田,猛
 東京大学 助教授 佐藤,均
内容要旨 要旨を表示する

序論

ヒトゲノム解析が終了しポストゲノム時代に突入した今、様々な分野においてタンパク質の精微な研究が進められている。このような背景の中、セルフリー翻訳系はタンパク質の生化学的な解析を行う上で、単に生細胞をもちいずにタンパク質を合成するための手段としてだけではなく、翻訳反応の素過程を解析するためや、翻訳後のタンパク質の分子機構を解析するための有効な手段として現在までに多く利用されてきている。これまでのセルフリー翻訳系は一般に、大腸菌や出芽酵母などの細胞を破砕して得られる細胞抽出液に、基質となるアミノ酸やエネルギー源を添加し、in vitvoでタンパク質合成をおこなう手法である。生細胞を用いたタンパク質発現系と比べ、これらセルフリーシステムは生体維持に支障を及ぼすタンパク質を発現する事が出来る点、鋳型となるDNAやRNAを加えるだけでタンパク質が容易に得られる点において優位である。しかしながら、セルフリー翻訳系をもちいたタンパク質の解析においても、膜タンパク質はその扱いにくさから、細胞質タンパク質と比べて研究が遅れているのが現状である。このような背景から、私は膜タンバク質の合成から局在化までを連続して行う事の出来る、セルフリー系の開発に努めてきた。大腸菌をモデルとし、post-translationalにおこるといわれるSec因子依存的なタンパク質の膜透過と、co-translationalにおこるSRP因子依存的なタンパク質の膜挿入を、最小単位の細胞質因子のみで再構築した。また、細胞内を再現する意図をふまえ、両因子を一試験管内に共存させ、タンパク質の膜透過、膜挿入を同時に行いそれぞれの基質タンパク質の局在化も観察した。

構築したセルフリー系の概要

試験管内で、タンパク質の合成から、膜透過/膜挿入までが連続して行われる系の構築を行った。系の基礎となるセルフリータンパク質合成系は、転写翻訳に必要な因子を全て精製し、tRNAやアミノ酸を含む緩衝液中に再構成した試験管内タンパク質合成系PURESYSTEMを用いた。このPURESYSTEMに大腸菌から調製した反転膜小胞(INVs)と、翻訳終了後のタンパク質が膜までターゲティングされるために必要となるSecA/SecB、またはSRP/SRを統合し、膜タンパク質の合成をおこなった。タンパク質の細胞質膜への局在化には主に二つの経路がある。合成を終えリボソームから解離したタンパク質が、SecA依存的に細胞質内膜を透過するSecA依存型と、合成途中からSRP(signal recognition particle;Ffh+4.5SRNA)とSR(SRPreceptor;FtsY)を介して膜までターゲティングされ、膜挿入が起こるSRP/SR依存型である。一般的にSecA依存型は翻訳と共役しないpost-translationalに、SRP/SR依存型は翻訳と共役したco-translationalに進行すると考えられている。本研究では、SecA/SecBによるタンパク質膜透過と、SRP/SRによるタンパク質膜挿入の両方の系の構築を行った(図1)。また、両者を一試験管内にカップルさせた系の構築も行った。モデル膜タンパク質として、SecA因子依存的膜透過タンパク質にpOmpAを、SRP/SR因子依存的膜挿入タンパク質にMflAを、またSecA、SecA、SRP/SR両因子依存的に膜挿入するタンパク質のモデルとしてFtsQを用いた。

膜タンパク質の試験管内合成と可溶化率

まず始めに、PURESYSTEMを用いて、基質の膜タンパク質が系内で正常に合成されるかを確認した。全ての基質膜タンパク質(pOmpA、MtlA、FtsQ)は鋳型DNAプラスミドを投入することで合成を開始した。また転写翻訳反応終了後、合成されたタンパク質の可溶化率を観察した。その結果、細胞質局在タンパク質のDHFR(ジヒドロ葉酸還元酵素)が90%以上の可溶性を示したのに対し、3種の基質膜タンパク質は30-50%と低い可溶化率を示した。

シャペロン添加による分泌タンパク質の可溶化

SecA因子依存的な膜透過タンパク質として知られるpOmpAはリボソームによる翻訳後、N末端に存在する疎水領域の相互作用よって膜透過する前に凝集し不溶化してしまう。この不溶化を防ぐために、シャペロンの補助によって細胞質内で可溶性を維持する必要がある。そこで、SecB、Trigger Factor(TF)、DnaKJ/GrpEをPURESYSTEMに加え、合成されたpOmpAの可溶化率の変化を観察した。その結果、SecB存在化において、pOmpAの可溶度が47%から92%に上昇した(図2)。DnaKJ/GrpEに関してはSecBほど顕著ではないが、可溶化を促進する結果が観察された。それに対し、TFは合成産物の可溶化を促進する結果は観察されなかった。

SecA因子依存的なタンパク質の膜透過

SecBシャペロンの投入により十分な可溶化維持が確認できたpOmpAを、SecA、SesB、反転膜小包(INVs)存在下のPURESYSTEMで合成し膜透過を観察した。pOmpAの膜透過の評価については、反応後INVs内に膜透過されなかったタンパク質をProteinaseK(PK)で分解し、膜により分解を免れたタンパク質をSDS-PAGEで解析することで膜透過の評価とした。その結果、INVs非存在下の系では、PK処理後、合成産物が全て分解されているのに対し、INVs存在下の系ではPK処理後、N末端のシグナル配列が切断された、成熟体型のOmpAが観察された。また、SecAの依存性を検証するため、INVsを尿素洗浄し粗純化したU-INVsを用いて、pOmpA膜透過におけるSecA、SecB、TF、DnaKJ/GrpEの寄与を観察した。その結果、pOmpAは、SecA、SecBに強く依存して膜透過した。その他の因子(TF、DnaKJ/GrpE)に関しては、SecBの効果には劣るものの、若干の膜透過の促進が観察された。

SRP/SR因子依存的なタンパク質の膜挿入

6回膜貫通領域を持つ膜内在性タンパク質MtlAを基質膜タンパク質として、FfH、FtsY、INVs存在下のPURESYSTEMでタンパク質の合成と共役した膜挿入を行った。45SRNAに関してはPURESYSTEMの組成因子内に十分な持ち込みがあるため新たに加えなかった。膜透過の実験同様、反応終了後PK処理により膜に保護されて分解を免れたペプチド鎖(MtlA-MPF;membrane protection fragment)をSDS-PAGEのパターンから解析しMtlAの膜透過を観察した。その結果、膜挿入に十分な量のFfh、FtsYを含むINVs(Urea未処理)存在下の系で、効率のよい膜挿入が観察された。またU-INVsを存在下の系について、Ffh、FtsY依存的なMtlAの膜挿入が観察された。

タンパク質膜透過.膜挿入反応が共存した系

上記のように、SecAまたはSRP/SR依存的なタンパク質の膜透過・膜挿入反応の再構成に成功した。次に、この膜透過・膜挿入反応を一試験管内に共存させることを試みた。PURESYSTEM内にFfh、FtsY、SecA、SecB、INVsまたはU-INVsを投入し、pOmpA、MtlA両基質膜タンパク質を合成させることによって、今までの個別の系よりもより細胞に近い条件で観察できる系を目指した。その結果、図3に表したようにpOmpAはSecA、SecB存在下でのみ、MtlAはFth、FtsY存在下でのみ、互いの膜局在化に干渉することなくU-INVsへの膜透過・膜挿入が観察された。また、新生タンパク質の両経路へのソーティングに関与するとの報告があるT.F.を、系内に投入し、pOmpA、MtlA両者の膜局在化への影響を検討した。その結果、pOmpA、MtlA両タンパク質はT.F.の存在・非存在に関わらず、正しく膜透過、膜挿入されることが明らかとなった。

結論

上述のように我々は、最小単位の細胞質因子のみを用いて、タンパク質の合成から膜透過、膜挿入を行えるセルフリー系の構築に成功した。これにより、タンパク質の膜透過はSecAのみが必須であること、タンパク質の膜挿入はSRPとSRのみが必須であることが証明された。また、両経路を共存させた系においても、良好な膜透過・膜挿入が行われた。これは早急な解析が望まれる膜タンパク質の機能解析を行ううえで、非常に有効な方法であることを表すものである。本セルフリータンパク質合成系の具体的な発展内容として、細胞由来のINVsを、リン脂質とSecYEG(膜タンパク質が分泌・挿入するためのゲートとなるチャネル)から再構成した、プロテオリポソームに置換する事で、完全に純化されたセルフリー系が構築されると期待できる。これにより、試験管内で容易に膜タンパク質が合成できるのみならず、脂質二重膜内でおこなわれる膜タンパク質の分子メカニズムを解析するうえでも大いに貢献できるものと期待される。

図1.系内の概要図

図2.各種シャペロン存在下におけるpOmpAの可溶化率の変化

図3.SecA依存的な膜透過と、SRP/SR依存的な膜挿入

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、膜タンパク質に特化した無細胞系の構築について述べられている。ポストシークエンス時代を迎えた現在、生命現象の多くを担う様々なタンパク質の立体構造や生体内での分子機能を網羅的に解析するプロテオミクスに大きな注目が注がれている。そんな中、無細胞タンパク質合成系はその汎用性の高さと迅速な操作性から、プロテオミクス解析のための有効ツールとしてその期待が高い。しかし全タンパク質の約三割を占めるとされる膜タンパク質は、実験上の困難さからプロテオミクス研究における大きなボトルネックとなっている。膜タンパク質は細胞活性を維持させる上で重要な役割を担うものが多いだけではなく、創薬の分野においても有効なターゲットとされているが、現在の所活性のある膜タンパク質を容易に合成し、機能解析を自在に行える理想的な系は、in vivo、in vitro共に確立されていない。このような背景を踏まえ著者は、リボソームによる膜タンパク質の合成と、機能発現の場である膜への局在化を一系内で共存させる事で、これらの問題を克服する無細胞系の構築を行っている。

本論文で述べられている無細胞系は、Shimizu等の開発した新規無細胞タンパク質合成系PURESYSTEMを基盤として構築されている。このPURESYSTEMは転写。翻訳反応に必要な全ての因子を発現・精製し、至適緩衝液中に再構成したタンパク質合成系である。そのため従来までの無細胞系とは異なり、細胞抽出液は全く含んでおらず、系内の因子が全て認知できる点で今までに無い特徴と優位性を持っている。著者はこのPURESYSTEMに膜局在化のための諸因子や、局在場所である膜標品を導入し、生体内で行われているようなタンパク質の膜局在化を再構築することで膜タンパク質解析に理想的な無細胞系を孝案した。この膜タンパク質に特化した無細胞合成系は、膜タンパク質に関する詳細な解析を可能にする基礎研究のツールとして極めて有効である。特に膜へのターゲティング過程を解析する上では、系内に翻訳以降のプロセスに関わると考えられる因子を投入し局在化の経過を観察するといったアプローチが可能になる。また人工的に膜タンパク質を生産するためのツールとしても大きな期待が持てる手法である。

本系を構築するための方法として著者は、最も研究の進んでいる二つの膜局在過程を、システム構築のためのモデルとしている。一つはSecA/SecB依存的な膜透過過程である。これは外膜構成タンパク質や、ペリプラズム領域存在タンパク質などの局在化によく見られる過程で、脂質二重膜を完全に透過する、いわゆる膜分泌型タンパク質の局在化を促す過程である。もう一つの過程はSRP(Signal Recognition Particle)と、SR(SRP receptor)依存的な膜挿入過程である。これは、膜挿入型タンパク質の局在化に見られる過程である。一般にSecA/SecB依存的な膜透過は翻訳と共役しないpost-translationalとして、またSRP/SR依存的な膜挿入は翻訳と共役したco-translationalとして起こるとされている。

論文の構成はまず序論から始められている。ここではプロテオミクス研究における本系の重要性と系構築のアプローチについて述べられている。材料と方法の項では、PURESYSTEMに投入された膜輸送に必要となる諸因子の精製、膜画分の調製、また実際のアッセイ方法について述べられている。結果の項では、系内で合成された膜タンパク質の可溶化率とシャペロン依存的な外膜タンパク質の可溶化率の変化について、詳しい検証が行われている。その後、SecA/SecB依存的なタンパク質の膜分泌反応、またSRP/SR依存的なタンパク質の膜挿入反応を最小因子のみを用いて、再構築する事に成功している。さらには、両因子依存的なタンパク質の膜挿入と、生体を模倣するような膜分泌、膜挿入反応を一系内で共存させる試みも行っている。ここで得られた結果は、現在までに報告されている見解と完全に一致しているため、信頼性の高いものであるといえる。最後に、結果を総括した考察と今後見込まれる展望についても述べている。

本システムを構築する上での筆者のアプローチは、翻訳と膜局在化を共存させることによって最小因子のみから膜タンパク質を合成することである。精製因子による機能の再構築は、その機能に必要最小限の因子を同定する決定的な実験であるという観点に基づき、タンパク質の合成と膜局在化に関わる必須因子のみを用いた無細胞膜・分泌タンパク質合成システムの構築を行った。本研究で構築された無細胞合成系は、膜タンパク質解析において非常に有効なツールとなる事が期待されるばかりではなく、プロテオーム解析における大きなプラットホームとして位置づけとなるであろう。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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