学位論文要旨



No 120600
著者(漢字) 山下,高広
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,タカヒロ
標題(和) 海洋生物由来の血管新生阻害物質に関する研究
標題(洋) Studies on metabolites with anti-angiogenic activities from marine organisms
報告番号 120600
報告番号 甲20600
学位授与日 2005.07.01
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2933号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松永,茂樹
 東京大学 教授 阿部,宏喜
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 教授 尾崎,博
 東京大学 助教授 岡田,茂
内容要旨 要旨を表示する

海洋生物はユニークな構造と強力な生物活性を有する化合物の宝庫であると言われ、医薬品素材などの探索源として注目されている。Folkmanらによるエンドスタチンとアンジオスタチンの報告以来、ガン治療における新たなターゲットとして血管新生が注目され、その阻害剤の探索が活発に行われている。血管新生は、内皮細胞の活性化に始まり、基底膜の消化、内皮細胞の遊走、そして管腔の形成という過程からなるが、現在、臨床試験中の血管新生阻害剤の多くがこの前半部をターゲットにしており、後半過程に対する阻害剤の報告は少ない。そこで、本研究では血管新生後期過程に注目し、血管内皮細胞の遊走と管腔形成に対する阻害活性を指標として、スクリーニングを行った。一方、細胞の遊走に関与することが知られているカテプシンBに対する阻害スクリーニングも並行して行い、海洋無脊椎動物から血管新生阻害剤を探索した。概要は以下の通りである。

管腔形成阻害活性試験法の確立

細胞毒性を示すサンプルは血管内皮細胞に対する細胞毒性のため、管腔形成試験において擬似陽性を示す可能性がある。そこで、試験法に改良を加え、プレインキュベーションを行うこととした。すなわち、ディッシュ上に血管内皮細胞を播種し、サンプルを投与後24時間インキュベートした。この段階で、細胞が死滅したサンプルを細胞毒性を示すサンプルとし、以下の実験に供さなかった。ついで、細胞をトリプシン処理し、あらかじめマトリゲルを敷いておいたディッシュ上に播種した。サンプルの存在下、24時間インキュベートし、管腔形成の有無を顕微鏡にて観察した。

スクリーニング

伊豆諸島、伊豆半島、九州、四国、南西諸島など日本各地で採集した197検体の海洋無脊椎動物の抽出物から水溶性画分および脂溶性画分を調製し、P388マウス白血病細胞に対する細胞毒性を指標とした一次スクリーニングを行った。一次スクリーニングで細胞毒性を示したサンプルを除いた138検体について、上述の管腔形成阻害スクリーニングを行った。スクリーニングの結果、37検体に活性が認められた。一方、カテプシンBに対する阻害活性を指標として、上述の197検体についてスクリーニングを行い、40検体に活性を認めた。これらの検体を原料として活性成分の単離・構造研究を行った。

既知化合物の管腔形成阻害物質としての再発見

鹿児島県中甑島産の2種の海綿から、既知のヒドロキノン誘導体3種および環状デプシペプチドのjaspamideを活性成分として得た。これらは1-4 mg/mLと低濃度で管腔形成阻害活性を示した。

鹿児島県中甑島産ソフトコーラルSinularia sp.からの新規C24オキシリピンの単離および構造決定

鹿児島県中甑島産のソフトコーラルSinularia sp.(湿重量310 g)をメタノールで抽出後、水とクロロホルムで二層分配して得た有機層をヘキサンと90%メタノール、さらに水層をクロロホルムと60%メタノールでそれぞれ二層分配した。活性を示したクロロホルム層をCPCで分画後逆相HPLCで精製して、既知のオキシリピンである11-HETEおよび9-HOTEとともに、C24の炭素鎖からなる新規オキシリピン1を活性成分として単離した。オキシリピン1の分子式はHRMSおよびNMRデータからC24H38O3と決定した。二次元NMRデータを詳細に解析して、1に示すような構造を有することを明らかにした。

この化合物は15位に二級水酸基を有するため、改良Mosher法による絶対配置の決定を試みたが、化合物が不安定なためMTPAエステルを調製できなかった。そこで、化学分解による絶対配置の決定を試みた。すなわち、メチル化後還元的オゾン分解、ついでブロモベンゾイル化を行い、ブタン-1,2,4-トリオールのトリブロモベンゾエートを調製した。キラルカラムを用いるHPLCで標品と比較したところ、本化合物はラセミ体であることが判明した。したがって、化合物1もラセミ体であると結論づけた。この結果は、化合物1が旋光性を示さないことと矛盾しない。

化合物1は25 mMの濃度で管腔形成を阻害した。また、同時に単離した11-HETEおよび9-HOTEもそれぞれ25 mMの濃度で活性を示した。そこで、これら3つの化合物と共通の部分構造を有する9-HODEについて調べたところ、やはり25 mMの濃度で活性が認められたことから、この共通部分が活性発現に必要なユニットであることが示唆された。なお、DHA、EPAおよびアラキドン酸などの高度不飽和脂肪酸は弱い活性を示すにとどまった。

鹿児島県口之永良部島産海綿からの新規ペプチド化合物2‐5の単離および構造決定

鹿児島県口之永良部島産未同定海綿の粗抽出物は、管腔形成およびカテプシンBの両者を阻害した。そこで、本海綿(湿重量1.5 kg)を水、メタノールおよびクロロホルムで順次抽出した。それぞれの溶媒による抽出物を別個にクロロホルムと水による二層分配に付し、得られた水層をさらにブタノールで抽出した。このようにして得た12画分のうち、活性は3つの水層にのみ認められたので、これらを合一した。これをODSフラッシュクロマトグラフィーならびに逆相HPLCを用いて繰り返し精製し、4種の新規ペプチド(2-5)をそれぞれ7.4 mg、6.0 mg、8.0 mgおよび6.8 mgの収量で得た。これらのペプチドは管腔形成を阻害しなかったが、カテプシンBを阻害した。

化合物2の分子式はHRMSデータからC51H62N12O13Sであることが判明した。また、NMRデータより9個のアミノ酸からなるペプチドであることが示された。さらに、二次元NMRデータを詳細に解析したところ、グルタミン酸、ヒスチジン、チロシン、アラニン、グリシン各1残基とプロリン2残基を含むこと、また、通常のアミノ酸のほかにトリプトファンのβ位がヒスチジンのt位の窒素と結合した珍しい構造を含むことが判明した。一方、メチオニンのg位の化学シフト値から、メチオニンはスルホキシドに酸化されていることが示唆された。化合物2をヨウ化アンモニウムで還元した後に酸加水分解に付した。酸加水分解物を誘導体化後、キラルカラムを用いるGC分析に付すことで、すべてのアミノ酸がL型であることを明らかにした。なお、側鎖間で共有結合を形成する異常アミノ酸の立体化学は現在検討中である。NOESYおよびHMBCデータなどから、アミノ酸の結合順を明らかにした。本化合物がニンヒドリン陰性であることから、N末端のグルタミン酸残基がピログルタミン酸になっているものと予想しているが、現在、この点を解明するための実験を進めている。

化合物3は、化合物2のメチオニンスルホキシド中の硫黄原子における立体異性体であった。化合物4および5は、化合物2および3のC末端のグリシン残基がそれぞれ欠落した化合物であった。化合物2‐5のカテプシンBに対するIC50値はいずれも25 mMであった。

以上に示したように、本研究において管腔形成阻害を調べる生物試験法を確立し、この方法を用いて海産無脊椎動物の抽出物のスクリーニングを行った。また、同時に、細胞の遊走に関わる酵素のカテプシンBに対する阻害活性を指標としてスクリーニングを行い、それぞれの生物試験において活性を示した検体に含まれる有効成分の探索を行った。この結果、11種の活性化合物を単離し、そのうちの新規化合物5種の化学構造を決定した。

審査要旨 要旨を表示する

海産無脊椎動物は、ユニークな構造と強力な生物活性を有する化合物の宝庫であると言われ、医薬品素材などの探索源と用いられている。一方、ガン治療における新たなターゲットとして血管新生が注目されている。血管新生は、内皮細胞の活性化に始まり、基底膜の消化、内皮細胞の遊走、そして管腔の形成という過程からなるが、その阻害剤はガン細胞でなく正常細胞を標的とするため、薬剤耐性が生じないこと、および、既存の抗ガン剤との併用が可能であることなどから、内因性のタンパク質や微生物由来の二次代謝産物などから、有効な薬剤の探索が続けられている。本研究では、海産無脊椎動物、特に、海綿および刺胞動物から、血管新生阻害物質の探索を行った。具体的には、血管内皮細胞の遊走と管腔形成に対する阻害活性を指標として、有効成分の単離・構造決定を行う一方、細胞の遊走に関与するといわれる酵素のカテプシンBに対する阻害物質も探索した。

細胞毒性を示すサンプルは、その毒性のため、管腔形成試験において擬似陽性を示すことがある。そこで、試験法にプレインキュベーションを導入し、細胞が死滅したサンプルをあらかじめ除去した上で、管腔形成阻害スクリーニングを行った。日本各地で採集した海洋無脊椎動物の抽出物から水溶性画分および脂溶性画分を調製し、一次スクリーニングで細胞毒性を示したサンプルを除き、管腔形成阻害スクリーニングを行った。スクリーニングの結果、37検体に活性が認められた。一方、カテプシンBに対する阻害活性を指標としてスクリーニングを行い、40検体に活性を認めた。これらの検体を原料として活性成分の単離・構造研究を行った。

まず、鹿児島県中甑島産の未同定海綿から、既知のヒドロキノン誘導体3種を活性成分として得た。これらは1-4 mg/mLと低濃度で管腔形成阻害活性を示した。

次いで、鹿児島県中甑島産のソフトコーラルSinularia sp.に含まれる活性成分の単離・構造決定を行った。このソフトコーラルをメタノールで抽出後、水とクロロホルムで二層分配して得た有機層をヘキサンと90%メタノール、さらに水層をクロロホルムと60%メタノールでそれぞれ二層分配した。活性を示したクロロホルム層をCPCで分画後、逆相HPLCで精製して、既知のオキシリピンである11-HETEおよび9-HOTEとともに、C24の新規オキシリピンを活性成分として単離した。この分子式はHRMSおよびNMRデータからC24H38O3と決定し、二次元NMRデータからこの化合物をtetracosa-15-hydroxy-6,9,12,16,18-pentaenoic acid (15-HTPE)と帰属した。15位の二級水酸基の絶対配置は、化学分解により決定した。すなわち、カルボキシル基をメチル化後、還元的オゾン分解、ついでブロモベンゾイル化を行い、ブタン-1,2,4-トリオールのトリブロモベンゾエートを調製した。キラルカラムを用いるHPLCで標品と比較したところ、本化合物はラセミ体であることが判明した。したがって、今回単離した15-HTPEもラセミ体であると結論づけた。15-HTPEは25 mMの濃度で管腔形成を阻害した。また、同時に単離した11-HETEおよび9-HOTEもそれぞれ25 mMの濃度で活性を示した。そこで、これら3つの化合物と共通の部分構造を有する9-HODEについて調べたところ、やはり25 mMの濃度で活性が認められたことから、この共通部分が活性発現に必要なユニットであることが示唆された。なお、DHA、EPAおよびアラキドン酸などの高度不飽和脂肪酸は弱い活性を示すにとどまった。

鹿児島県馬毛島産未同定海綿の粗抽出物は、管腔形成およびカテプシンBの両者を阻害したため、これらの活性成分の探索を行った。まず、本海綿の抽出物を溶媒分画に付し、そこで得られた水画分を各種クロマトグラフィーを用いて精製し、magejimide A-Dと命名した4種の新規ペプチドを得た。これらのペプチドは管腔形成を阻害しなかったが、カテプシンBを阻害した。Magejimide Aは分子式がC51H62N12O13Sで、NMRデータから9個のアミノ酸を含むペプチドであることが示された。さらに、二次元NMRデータを解析し、グルタミン酸、ヒスチジン、チロシン、アラニン、グリシン各1残基とプロリン2残基を含むこと、また、通常のアミノ酸のほかにトリプトファンのβ位がヒスチジンのt位の窒素と結合した珍しい構造を含むことが判明した。一方、メチオニンのg位の化学シフト値から、メチオニンはスルホキシドに酸化されていることが示された。酸加水分解物のキラルGC分析から、すべてのアミノ酸がL型であることを示した。NOESYおよびHMBCデータなどから、アミノ酸の結合順を明らかにし、本化合物がニンヒドリン陰性であることから、N末端のグルタミン酸残基がピログルタミン酸になっているものと予想した。Magejimide Bは、magejimide Aのメチオニンスルホキシド中の硫黄原子における立体異性体であった。Magejimide CおよびDは、magejimide AおよびBから、C末端のグリシン残基がそれぞれ欠落した化合物であった。Magejimide類のカテプシンBに対するIC50値はいずれも25 mMであった。

本研究において、管腔形成阻害活性生物試験法を確立し、この方法および酵素阻害試験を用いて海綿およびソフトコーラルから血管新生阻害剤の候補となりうる化合物を合計10種単離し、新規化合物の構造決定を行った。海洋生物から血管新生阻害剤を探索した例は他になく、本研究は、海産無脊椎動物が、血管新生阻害剤の有望な探索源となりうることが初めて示した意義深い研究である。したがって、審査委員一同は学位(農学)を与えるにふさわしい内容であるものと判断した。

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