学位論文要旨



No 120608
著者(漢字) 赤松,雅俊
著者(英字)
著者(カナ) アカマツ,マサトシ
標題(和) 遺伝子型別にみたC型肝細胞癌の予後とインターフェロン治療の影響
標題(洋)
報告番号 120608
報告番号 甲20608
学位授与日 2005.07.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2569号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 川邊,隆夫
 東京大学 助教授 大西,真
 東京大学 講師 丸山,稔之
内容要旨 要旨を表示する

[研究の背景および目的]

1989年にC型肝炎ウイルスが発見され、HCVウイルスがnon-A,non-Bウイルスの多数を占め、肝硬変と肝癌を引き起こす事が明らかになった。HCV-RNAウイルスは多くの遺伝子型が存在し、HCV-RNAのウイルス量を測定する技術も確立されている。

ジェノタイプ1b型のHCV感染は肝障害度の進展の速度に関連し、結果として肝細胞癌のリスクが高いと考えられてきた。しかしながらこの問題は意見が分かれている。例えば、いくつかの研究によればジェノタイプ1b型感染は他のジェノタイプに比較して肝臓の線維化がより進行しており、肝癌発生のリスクが高いとされている。他の研究ではHCVジェノタイプと組織学的進行度や肝癌発生のリスク、肝移植後の肝炎の関連はないとする相反した研究も報告されている。

近年の内科学、外科学的進歩により、癌組織はしばしば根治的に治療されている。しかしながら残肝組織は高率な肝癌再発のリスクがある。もしジェノタイプ1bが肝細胞癌発生のリスクが高いと考えられれば、初発肝癌が根治的に治療された後の再発率はジェノタイプ1bでより高くなるはずである。同様にジェノタイプ1bと肝障害の急速な進行の関連があると仮定すれば、結果として肝不全への進行率がジェノタイプ1bで高くなると考えられる。このようにHCVに関連した肝細胞癌はジェノタイプにより異なるかもしれない。第1にこの研究は肝細胞癌治療後の肝癌再発率と生存率をジェノタイプとウイルス量の観点から調査した。

第2の研究としてC型肝癌患者とインターフェロン(IFN)治療が予後に及ぼす影響について調査を行った。

[方法]

研究1

対象は1993年1月から1999年12月まで東大病院消化器内科に入院した初発C型肝細胞癌患者が連続的に登録された。HCV感染はHCV抗体が陽性かつHCV-RNAが陽性の場合と定義した。大酒家(>80g/日)、B型肝炎、自己免疫性肝炎、原発性胆汁性肝硬変のような他の肝疾患を合併した患者は除外した。他の病院で初回治療を受けた患者や以前IFN治療を受け既にウイルスが消失している患者も除外した。観察期間中に肝癌治療後に18人の患者がIFN治療を受けておりそれも除外した。以上より合計371人、男性258人、女性113人年齢中央値66歳(37-88歳)が本研究に登録された。腫瘍生検された肝細胞癌はエドモンドソン分類で分類した。肝細胞癌の腫瘍マーカーはAFP,AFPレクチン分画、PIVKA-IIを測定しカットオフ値をそれぞれ100ng/ml,10%,40IU/lとした。

HCVジェノタイプはドットブロットアッセイやセロタイプ分類により決定した。日本ではHCVの大多数がgenotype lb,2a,2bであり、他のgenotypeは稀である。したがって、われわれはセロタイプ分類についてはgenotype 1bがセロタイプ1型に相当するとし、genotype 2aとgenotype2bをセロタイプ2型と判定した。

血清HCV-RNAはCRT-PCR法を用いて定量されるか,アンプリコアHCVアッセイを用いて定量された。HCVウイルス量は高ウイルス量群と低ウイルス量群に分類した。低ウイルス量は105copies/50μlまたは100kIU/ml未満とされ、高ウイルス量はそれ以上とした。

371のうち346人が根治的加療をうけた。265人がPEIT、36人がPMCT,42人がRFA,3人が外科的切除によって加療され、その内307人が全ての腫瘍を完全に焼灼または切除された。一方39人は腫瘍が残存した。

371人のうち25人は腫瘍数や遠隔転移、肝機能の低下の為、根治的治療を受けなかった。23人はTAEを受け、2人は全身化学療法を受けた。初回治療後、AFP,AFP-L3,PIVKA-IIの腫瘍マーカーを1-2ヶ月毎に測定し、腹部エコーを3ヶ月毎に行い、腹部CTを4-6ヶ月毎に撮影することで肝癌再発が規則正しく調べられた。再発が発見された時は再治療が行われた。条件があえばPEIT,PMCT,RFAが行われた。それに合わなければTAE,全身化学療法、放射線治療が行われた。

研究2

1993年1月から2004年2月まで合計1306人のHCV-Ab陽性の入院患者を対象とした。それらの中で234人は過去にIFNの治療歴があった。18人がSVRの状態で216人がnon-SVRであった。肝癌治療入院後、腫癌を根治的に焼灼した患者64人にIFNを投与した。患者は5つのグループに分けた。肝癌発症以前にIFNの投与を受けていた群でSVRはグループA,non-SVRはグループBとした。グループCとグループDは肝癌治療後にIFN投与を受けた群でSVRはグループC,non-SVRはグループD。対象群グループEはIFN治療を受けていないChild-PughAの患者とした。

度数分布の差異はX2検定やFisher検定で行った。平均の差異はt検定で評価した。生存期間は肝癌の初回治療日から計算した。生存曲線と再発曲線はカプランマイヤー法も用いて計算し、log-rank法で検定した。生存、再発予測因子はCOX比例ハザードモデルを用い計算した。P<0.05を有意とした。

[結果]

研究1

HCVジェノタイプは328人で測定されていた。ジェノタイプ毎の患者数は1aが2(0.61%),1bが266(81.2%),2aが48(14.6%),2bが12(3.66%)だった。セロタイプは351人で測定されていた。タイプ1は280人(79.8%),タイプ2は71人(20.2%)だった。316人の患者はジェノタイプとセロタイプの両方が測定されていた。全体で291人(78%)の患者がタイプ1で72人(19%)がタイプ2だった。8人が決定できなかった。

タイプ1とタイプ2では年齢、性、腫瘍数、腫瘍径、TMN stage,飲酒歴、肝障害度、肝機能、腫瘍マーカー、初回治療内訳に有意差を認めなかった。

ウイルス量は307人でRT-PCR法で測定され、64人はAmplicore法で測定された。201人(54%)の患者は高ウイルス量群で170人(46%)の患者は低ウイルス量群であった。ウイルス量別に背景が比較された。高ウイルス量群の方がプロトロンビン時間が高く(P=0.001),DCP陰性例が多かった(P=0.001)。その他の項目は両群で違いは認められなかった。

患者は平均5.3±2.7年観察された。371人の肝癌患者の1,3,5年生存率は92.4%,71.7%,48.9%であった。タイプ1とタイプ2の患者で生存に有意差は認められなかった(P=0.391)。高ウイルス量群と低ウイルス量群でも両群に有意差を認めなかった(P=0.913)。死因は癌死が最も多く、肝不全死がそれに続いていた。死因の分布はジェノタイプとウイルス量間で差異は認めなかった。

PEIT,PMCT,RFA,外科切除で根治した307症例で再発期間が調査された。307人の中でセロタイプ別(P=0.212),ウイルス量別(P=0.817)で両群で有意差を認めなかった。307人の1,3,5年無再発生存率は77.3%,34.2%,15.5%だった。初回治療で根治的治療を行った患者の割合はタイプ1とタイプ2で同様であった(245/289,61/72P=0.991)。無再発生存率は両群で有意差はなかった(P=0.472)。高ウイルス量群と低ウイルス量群で根治的治療の率は同様であった(144/170,166/201 P=0.736)。無再発生存率は両群で有意差は認めなかった(P=0.911)

生存と無再発生存に対するジェノタイプとウイルス量の効果がCox比例ハザードモデルを用いて調べられた。肝癌治療前の年齢、肝癌の分化度、肝機能、AFPが生存に関与していたが、ジェノタイプ(risk ratio:1.062 P=0.814)やウイルス量(1.011,P=0.958)は関与していなかった。無再発生存については、性別、AFPが肝癌再発に関与していた。ジェノタイプ(risk ratio 1.145P=0.505),ウイルス量(0.945P=0.736)は寄与していなかった。

研究2

IFN無治療でChild-Pugh分類AのグループEの累積生存率(3,6,9年)は77.2%,45.9%,23.3%だった。これと対照的にグループA群は94.1%,85.6%,85.6%だった。グループB群は79.8%,53.2%,35.8%,グループC群は93.8%,81.3%,57.&%,グループD群は91.4%,67.8%,52.8%だった。

各群は癌死と肝不全死が主な死因であった。肝不全死がグループBで10症例(13.5%),グループDで8例(40.0%),グループEで28例(14.0%)認められた。いずれもHCV感染は持続していた。対照的にグループAとグループCでは肝不全死はみとめられず、それらは肝癌治療前後でSVRの状態だった。

多変量解析ではグループAとグループCはそれぞれオッズ比0.225(95%CI0.056-0.910,P=0.036)、0.467(95%CI 0.226-0.965 P=0.040)で生存期間に関与していた。

続いて、累積無再発生存率を肝癌根治治療できたグループで解析した。グループA15人(グループA'),グループBで176人(グループB'),グループCとグループDすべての患者とグループE399人(グループE')を対象とした。再発に関してはこれら5群で著明な差は認められなかった。そこでグループA'とグループB',グループCとグループDで別々に比較した。無再発生存率はグループA`の方がグループB'よりよい傾向が認められたが、有意差はなかった(P=0.06)。しかしながら2年目以降では生存率のグラフで両群に開きがみられた。グループCとグループDより無再発生存率が高かった(P=0.04)

[考察]

われわれはHCVジェノタイプとウイルス量がC型肝癌患者の予後に影響を与えるか否かについて分析した。今回の結果はこれらの因子が肝癌患者の生存や再発に関連しないことを示した。

IFN治療により、肝癌の予防に加えて、慢性c型肝炎の患者間で肝硬変からの転換と肝不全死を回避させることが可能と思われる。この効果は肝癌が発症し、癌治療後の患者においても期待でき、実際、この研究においてコントロール群に比較した肝癌発症前や発症後にSVRとなった患者においても生存率を改善した。

われわれはSVRの患者では肝癌再発率が下がると期待した。しかしながらグループA'とグループB'間に差異は認めなかった。しかし観察後期では各群間で差が開く傾向があった。SVRは早期の再発と考えられる肝内転移には影響を与えないが、後期の再発と考えられる多中心性発生を抑制しているのかもしれない。

現研究ではSVRとならなかったIFN治療は予後にわずかな影響しか及ぼさない。そしてIFN本来の目的は可能であればSVRとするべきことも示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、C型肝細胞癌の特徴を明らかにする為にHCVの遺伝子型とウイルス量からみた生存と再発を検討し、続いてインターフェロン治療によりその予後がどのように改善されるかを東大入院患者対象としてレトロスペクティブに解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1993年1月から1999年12月まで入院した初発C型肝細胞癌患者371人について調査した。HCVをジェノタイプ別で分けるとタイプ1が291人(78%)、タイプ2が72人(19%)だった。タイプ1とタイプ2では患者背景に有意差を認めなかった。ウイルス量では201人(54%)が高ウイルス量群は170人(46%)だった。高ウイルス量群の方がプロトロンビン時間が高く(P=0.001)、DCP陰性例が多かった(P=0.001)。

371肝癌患者の1,3,5年生存率は92.4%,71.7%,48.9%であった。タイプ1とタイプ2の患者間で生存に有意差を認めなかった(P=0.391)。高ウイルス量群と低ウイルス量群でも両群に有意差を認めなかった(P=0.913)。死因の分布はジェノタイプとウイルス量間で差異を認めなかった。

371人中根治治療を行った307例で再発期間が調査された。307人の中でセロタイプ別(P=0.212)、ウイルス量別(P=0.817)で両群で有意差を認めなかった。生存と無再発生存率に対するジェノタイプとウイルス量の効果がCox比例ハザードモデルを用いて調べられた。ジェノタイプ(P=0.814)とウイルス量(P=0.958)は関与していなかった。

引き続き1993年1月から2004年2月までの合計1306人のHCV-Ab陽性の患者を肝癌発症以前にIFN投与を受けていた群でSVRはグループA,non-SVRはグループB,肝癌治療後にIFN治療を受けた群でSVRはグループC,non-SVRはグループD,対象群はIFN投与を受けていないChild-Pugh Aの患者(グループE)とし解析した。Cox比例ハザードモデルの多変量解析で肝癌治療前後にSVRとなったグループA(P=0.036)とグループC(P=0.040)が生存に関与していた。

無再発生存率をIFN投与時期別で肝癌根治治療できた患者で解析した。肝癌発症前にIFNを行った患者でSVRのグループA'とnon-SVRのグループB'では両群に有意差は認められなかった(P=0.06)。肝癌治療後にIFN投与をうけSVRとなったグループCはnon-SVRのグループDより無再発生存率が高かった(P=0.04)。

以上、本論文は遺伝子型から肝癌の予後を解析し、肝癌発症前後でのIFN投与とその治療効果から肝癌の予後を明らかにした。本研究からは、遺伝子型とウイルス量はC型肝癌の予後と関連せず、IFN治療によりウイルスを消失させることが肝癌の予後を改善させる可能性をしめし、今後の肝癌治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

尚、審査会時点から、論文の内容について以下の点が改訂された。

1.Kaplan-Meier法にnumber at riskを記入するよう求められた。

2.図の説明を入れるように求められた。

3.全体の文章構成を見直し、不適切な表現を改めた。

4.考察を書き改め、本研究の意義を明らかにした。

5.論文内容の要旨を適切な表現に改めた。

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