学位論文要旨



No 120609
著者(漢字) 髙田,恭臣
著者(英字)
著者(カナ) タカダ,トシオ
標題(和) ヒト卵巣癌におけるWnt拮抗遺伝子SFRP1のメチル化に関連した発現抑制
標題(洋)
報告番号 120609
報告番号 甲20609
学位授与日 2005.07.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2570号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 助教授 渡邉,聡明
 東京大学 講師 大須賀,穣
内容要旨 要旨を表示する

序論

SFRP1遺伝子は染色体8p11.2上に存在し、Wntシグナルに拮抗する働きをもった遺伝子である。最近、ヒトの大腸癌においてSFRP1遺伝子のプロモーター領域がメチル化されていることがわかり、新規の癌抑制遺伝子として認識された。一方、卵巣癌でもWntシグナル伝達経路が関連していると考えられており、類内膜腺癌においてβ-カテニンの変異(mutation)が認められている。また、漿液性腺癌ではβ-カテニンの蓄積量の増量があるにも関わらず、β-カテニンの変異(mutation)が認められることはまれであり、Wntシグナル伝達経路における他の遺伝子の関与が考えられた。そこでヒト卵巣癌におけるSFRP1遺伝子のプロモーター領域のメチル化について研究した。

材料と方法

漿液性腺癌3株(OV-90,HTOA,JHOS-2)、粘液性腺癌3株(MCAS,RMUG-L,RMUG-S)、明細胞腺癌3株(ES-2,TOV-21G,RMG-I)、類内膜腺癌1株(TOV-112D)、低分化型癌1株(RTSG)、未分化型癌2株(TYK-nu,KURAMOCHI)の卵巣癌細胞株13株、手術によって得られた卵巣癌患者の臨床検体17検体、子宮内膜症性嚢胞患者の臨床検体7検体を材料とした。抽出したゲノムDNAを過去の論文に従ってbisulfite処理した。

細胞株、臨床検体におけるSFRP1遺伝子のメチル化をMethylation-specificPCR(MSP)を用いて調べた。MSPプライマーの配列は大腸直腸癌での実験で使用されたものと同じものを使用した。

定量的RT-PCRを用いて卵巣癌細胞株のSFRP1遺伝子の発現量を調べた。SFRP1遺伝子のメチル化と発現抑制が認められる細胞株4株MCAS、RMUG-L、RTSG、TYK-nuに関しては5-aza-2'deoxycytidineを添加して、脱メチル化と発現の回復を確認した。

結果

SFRP1遺伝子のプロモーター領域のメチル化を、MSPを用いて調べた。MCAS、RMUG-L、RTSG、TYK-nuの4つの細胞株ではMSPにてメチル化DNAのみ検出された。OV-90とRMG-Iの2種類の細胞株ではメチル化DNAと非メチル化DNAの両方が検出された。残りの細胞株とHOSE細胞では非メチル化DNAのみ検出された。

定量的RT-PCRを用いたSFRP1遺伝子の発現量の実験では、メチル化DNAのみ検出された細胞株4株、および、メチル化DNAと非メチル化DNAの両方が検出された細胞株2株のうち1株では、まったくSFRP1が発現していなかった。

5-aza-2'-deoxycytidine、脱メチル化酵素を用いた実験では、MCAS細胞に5-aza-2'-deoxycytidineを0.1μM以上の濃度で添加したところ、プロモーター領域のメチル化が脱メチル化され、SFRP1の発現が回復した。プロモーター領域のメチル化によって,SFRP1の発現抑制が起こっていることが確認された。

卵巣癌臨床検体17検体を使って、SFRP1のプロモーター領域のメチル化を、MSPを用いて調べたところ、17検体中2検体(12%)でメチル化DNAが検出された。一方、子宮内膜症性嚢胞7検体ではメチル化DNAは検出されなかった。PCRのサイクル数をさらに4サイクル上げたところ(計36サイクル)、卵巣癌臨床検体4検体と子宮内膜症性嚢胞1検体において、メチル化DNAのバンドが認められた。これらの検体では、わずかながらメチル化されたDNAが存在することが認められた。

考察

プロモーター領域のメチル化によるSFRP1の発現抑制を、卵巣癌において初めて証明した。卵巣癌臨床検体のうち、粘液性腺癌1例中1例、漿液性腺癌11例中1例でSFRP1のメチル化が認められた。卵巣癌細胞株では、粘液性腺癌3株中2株と低、未分化型癌3株中2株でSFRP1のメチル化が認められた。一方漿液性腺癌3株では1株もSFRP1のメチル化が認められなかった。検体数が少ないが、粘液性腺癌においてSFRP1の発現抑制が認められる傾向があった。卵巣癌臨床検体4検体と子宮内膜症性嚢胞1検体において、わずかながらSFRP1のメチル化DNAが存在した。卵巣癌臨床検体では、メチル化DNAの存在は腫瘍細胞の不均一性(heterogeneity)によると考えられた。繰り返す出血とその結果起こる、ひどい炎症が子宮内膜症性嚢胞の発生に関与するとされており、慢性的な炎症はDNAのメチル化を促すことが知られている。このため、子宮内膜症性嚢胞の非癌細胞中にメチル化されたDNAが存在している可能性があると思われた。SFRP1の発現抑制が大腸癌の初期段階で起こっており、発癌に関与していることから考えると、非癌卵巣上皮細胞中のDNAメチル化は卵巣癌の発癌の初期段階にも関与していると予想される。大腸癌と同じく、卵巣癌でも発癌におけるSFRP1遺伝子のメチル化の関与が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は大腸癌において、Wntシグナルに拮抗する働きをもち、新規の癌抑制遺伝子として認識されたSFRP1遺伝子の、ヒト卵巣癌におけるプロモーター領域のメチル化と発現抑制について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

卵巣癌細胞株13株とヒト卵巣表面上皮細胞(HOSE細胞)における、SFRP1遺伝子のプロモーター領域のメチル化の状態を、Methylation-specificPCR(MSP)で解析した。MCAS(粘液性)、RMUG-L(粘液性)、RTSG(低分化)、TYK-nu(未分化)の4つの細胞株では、メチル化DNAのみ検出された。OV-90(漿液性)とRMG-I(明細胞)の2種類の細胞株では、メチル化DNAと非メチル化DNAの両方が検出された。残りの細胞株とHOSE細胞では、非メチル化DNAのみ検出された。卵巣癌細胞株においても、SFRP1遺伝子のメチル化を認めることが示された。

定量的RT-PCR法を用いて、卵巣癌細胞株13株におけるSFRP1の発現量を調べた。メチル化DNAのみ検出された細胞株4株(MCAS,RMUG-L,RTSG,TYK-nu)では、全く発現は認められなかった。メチル化DNAと非メチル化DNAの両方が検出された細胞株2株のうち、RMG-Iではまったく発現していなかったが、OV-90ではわずかな発現が検出された。非メチル化DNAのみが検出された7細胞株のうち、TOV-112D、RMUG-S、KURAMOCHIの3細胞株ではわずかな発現を、HTOAではHOSEと同レベルの発現を、ES-2、TOV-21G、JHOS-2では過剰発現を認めた。卵巣癌細胞株では、プロモーター領域のメチル化がSFRP1の発現抑制と強く関連していることが示された。

SFRP1の発現抑制における、プロモーター領域のメチル化の役割を検討するために、メチル化DNAのみ検出された細胞株4株、MCAS、RMUG-L、RTSG、TYK-nuについて、5-aza-dCにより脱メチル化を誘導、発現の変化を解析した。いずれの細胞株でも、濃度依存性にSFRP1の発現の回復が認められた。特にMCASでは、5-aza-dCを0.1μM以上の濃度で添加したところ、濃度依存性にSFRP1の発現が回復し、その傾向が強いことが示された。MCAS細胞での、SFRP1遺伝子プロモーター領域のメチル化状態を、MSPを用いて確認した。5-aza-dCを0.1μM以上の濃度で添加したところ、プロモーター領域が脱メチル化され、非メチル化DNAが検出された。2の結果と合わせ、プロモーター領域のメチル化が原因で、SFRP1の発現抑制が起こっていることが卵巣癌において確認された。

卵巣癌臨床検体17検体を使って、SFRP1のプロモーター領域のメチル化を、MSPを用いて解析した。17検体中2検体(粘液性腺癌1検体、漿液性腺癌1検体)で、メチル化DNAが検出された。一方、子宮内膜症性嚢胞7検体ではメチル化DNAは検出されなかった。PCRのサイクル数をさらに4サイクル追加したところ(計36サイクル)、卵巣癌臨床検体4検体(case8(漿液性),case14(扇平上皮),case15(漿液性),case17(明細胞))と子宮内膜症性嚢胞1検体において、メチル化DNAが認められた。これらの検体では、SFRP1がメチル化されたDNAが少数存在すると考えられた。

以上、本論文はプロモーター領域のメチル化によるSFRP1の発現抑制を、卵巣癌において初めて証明した。粘液性腺癌、低、未分化型腺癌において、SFRP1のメチル化が高頻度に認められる傾向があった。粘液性腺癌、低、未分化型腺癌は化学療法に抵抗性があることが知られており、SFRP1のメチル化を解析することにより、症例の化学療法抵抗性の有無を検索できる可能性も考えられた。本研究はSFRP1遺伝子が、卵巣癌の診断や治療上、新しい標的となることを期待させるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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