学位論文要旨



No 120610
著者(漢字) 山川,恵子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマカワ,ケイコ
標題(和) 縦書き、横書き文字の視覚認知に関する脳磁場研究
標題(洋)
報告番号 120610
報告番号 甲20610
学位授与日 2005.07.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2571号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 高山,吉弘
 東京大学 助教授 坂井,克之
 東京大学 講師 笠井,清登
 東京大学 講師 村山,陵子
内容要旨 要旨を表示する

 縦書き・横書きの両方の書式を有する文化は、日本、中国、韓国などアジアの一部の国においてのみで、その読みについての比較を行った心理学的な行動実験からは、いずれも横書きの方が縦書きよりも読みの効率が早いという結果が示されている。だがこれらで用いられた実験刺激は、眼球運動を要する文章課題などで、視野の広い横書きの方が、縦書きよりも眼球運動の回数も少なく、これが横書きの読みの処理の早さにつながっていると考えられる。

そこで本研究では眼球運動を極力排除するために、文字、及び視覚刺激を中心視野に配置し、縦書き。横書きの文字の処理に本質的な違いがみられるか脳磁場計測(Magnetoencephalography ; MEG)を用いて検討した。実験刺激として、(1)ひらがな2文字の有意味単語、(2)シンボル、(3)ラインを用い、男性7名、女性6名、計13名の右利き健常被験者を用いて、視覚誘発脳磁場を測定した。全被験者より得られたMEG波形について、まずは全頭の総和(Grand RMS : Root Mean Square)を算出し、脳全体の活動についてその傾向を確認した。さらに後頭部および左右側頭部のそれぞれのRMS(Occipital RMS、LTRMS、RT RMS)を算出し、およそ5ms毎に書式(縦書き/横書き) ×刺激の種類(文字/シンボル/ライン)の2×3の分散分析を行い、条件ごとの反応に有意差がみられる時間帯を検討した。さらに、MRI画像の得られた8人の被験者については得られた波形データをもとに等価電源双極子(ECD)を求め、3D画像上へ投影して脳内での活動部位の推定を行った。

その結果、RMS波形から刺激提示後約140msから400msまでの間に単語の処理において出現する(1)150msあたり(M150)、(2)横書き条件で180ms、縦書き条件で190msあたり(M185)、(2)250msあたり(M250)、(3)380msあたり(M380)をピークとする4つの成分が観察された。M150は後頭部視覚野に特に強く見られる反応で刺激条件に差はなかったが、M185、M250、M380は文字刺激に特有に見られる反応であった。さらにRMS波形からM185では縦書き条件のピークの信号強度が強く、遅く出現する傾向がどの部位でも見られたが、t検定で確認した結果、強度に関してはすべての部位で、速さに関しては全頭RMSで有意差(p<.o1)、後頭RMSでは有意傾向が示された。M250は右半球では観察されず、左半球のみで非常に強いピークを示した。また、電源推定の結果、M185は左右の脳底部紡錘状回付近に、M250は左頭頂側頭付近にECDが求められたが、M380では信頼できる場所に活動源は認められなかった。

4つの成分に関しては、その出現した時間帯と場所の特徴から、それぞれ文字の読みの処理段階である(1)形態認知、(2)書字処理、(3)音韻処理、(4)意味処理に関わる活動を反映している可能性が示された。さらにM185成分では、縦書きの処理が遅く信号強度も強いことから、縦書き文字を処理する時の何らかの困難さが示唆された。これは、視野の狭い垂直方向では視野内の刺激の含有率も水平方向よりも高くなり、文字の同定や並び方、書式の認知といった刺激イメージとの心理的なかかわりを要する文字条件では、縦書き処理の負担が横書きに比べ大きくなることに起因すると考えられる。また、この活動は、両側の紡錘状回を活動源とした反応であり、文字刺激の場合でも1-2文字の言語的特徴が少ない場合は、選択的に言語優位半球のみで処理されるのではなく、視覚情報処理の一部として両側で行われることが示唆された。

本研究により、縦書きと横書きの読みには、認知処理において本質的な違いがあることが明らかになり、これまでの研究で議論されてきたような読みにおける縦書きの効率の悪さは、サッケードや眼球運動によってのみ起因するものではない可能性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、日本語の縦書きと横書きの読みの脳内における処理機構についての仮説を示すことを試みたものである。脳磁場計測(Magnetoencephalography ; MEG)を用いて、縦書きと横書きの(1)ひらがな2文字の有意味単語、(2)シンボル、(3)ラインを用い、男性7名、女性6名、計13名の右利き健常被験者を用いて視覚誘発脳磁場を測定し、波形データから各条件のピーク反応について解析し、等価電源双極子(ECD)を求めて3D画像上へ投影して脳内での活動部位の推定を行った。その結果、縦書きと横書き文字の読みにおける脳内処理について下記のような結論を得た。

RMS波形から刺激提示後約140msから400msまでの間に文字条件において出現する(1)150msあたり(M150)、(2)横書き条件で180ms、縦書き条件で190msあたり(M185)、(2)250msあたり(M250)、(3)380msあたり(M380)をピークとする4つの成分が観察され、それぞれ(1)形態認知、(2)書字処理、(3)音韻処理、(4)意味処理に関わる活動を反映している可能性が示唆された。M150は後頭部視覚野に特に強く見られる反応で刺激条件に差はなかったが、M185、M250、M380は文字刺激に特有に見られる反応であることがしさされた。

電源推定の結果、M185は左右の脳底部紡錘状回付近に、M250は左頭頂側頭付近にECDが求められたが、M380では信頼できる場所に活動源は認められなかった。

M185についての詳細な検討結果

M185では縦書き条件のピークの信号強度が強く、遅く出現する傾向がどの部位でも見られた。t検定で確認した結果、強度に関してはすべての部位で、速さに関しては全頭RMSで有意差(p<.01)、後頭RMSでは有意傾向が示された。このことから、縦書きと横書きの弁別はこの段階で行われていることが示唆された。

M185は縦書き文字を処理する時に、ピークの反応が強くて遅いことから、横書きにくらべて何らかの困難さがあることが示唆された。これは、視野の狭い垂直方向では視野内の刺激の含有率も水平方向よりも高くなり、文字の同定や並び方、書式の認知といった刺激イメージとの心理的なかかわりを要する文字条件では、縦書き処理の負担が横書きに比べ大きくなることに起因することが示唆された。

M185は、両側の紡錘状回を活動源とした反応であり、文字刺激の場合でも1-2文字の言語的特徴が少ない場合は、選択的に言語優位半球である左半球のみで処理されるのではなく、視覚情報処理の一部として両側で行われることが示唆された。

以上、本論文は、縦書き・横書きの書式の弁別は、縦書き条件でおよそ刺激提示後180ms、横書き条件で190msという、文字処理の極めて初期の書字処理段階において行われている可能性と、1-2文字の言語的特徴が少ない場合の文字刺激については、左右の紡錘状回が関わっているという可能性を示した点で、これまでにない新しい仮説を提示したものである。よって、学位の授与に値するものと考えられる。

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