学位論文要旨



No 120612
著者(漢字) 林,直人
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,ナオヒト
標題(和) 熱噴流乾燥機による有機性汚泥の乾燥に関する研究
標題(洋)
報告番号 120612
報告番号 甲20612
学位授与日 2005.07.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6084号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 島田,荘平
 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 藤田,豊介
 東京大学 教授 佐藤,光三
 東京大学 助教授 新井,充
 東京大学 教授 定木,淳
内容要旨 要旨を表示する

汚泥の排出量は産業廃棄物の約半分を占め,その減量化及びリサイクルが強く望まれている。その目的を果たすために乾燥プロセスは必要不可欠であるが,特に有機性汚泥は乾燥困難物でありかつ付加価値が低く,技術的・経済的に効率の高い乾燥システムが確立されていない。そこで本研究では,有機性汚泥の乾燥に有効であり,かつ装置が非常にコンパクトになる,熱噴流式乾燥法を応用した乾燥機開発に関する研究を行った。その中で核となる乾燥処理タンク内の固気混相流れを把握する実験を行い,シミュレーション結果との比較を行った。シミュレーションはCFDソフトウェア(FLUENT6.1)に,必要な物理モデルを組み込んで計算機能を拡張したものを使用した。また乾燥実験装置を用い,実際に有機性汚泥の乾燥実験を行ってその乾燥性能を把握した。乾燥実験結果をシミュレートし,計算機上で乾燥プロセスを再現しながら現象の理解を深めた。将来的には,実験及びシミュレーションを通して得た知見を基にして,装置の改善点やスケールアップに関し更なる提案を行うことが目標となる。通常,試行錯誤的に行われてゆく乾燥装置の開発に対し,CFDシミュレーションを駆使した方法の確立をも目指している。

第1章は序論であり,研究背景並びに研究目的について述べた。

第2章では,円盤形縦置きの乾燥タンクに,燃焼ガスを比較的低圧・低温・低速な熱噴流として導入することにより,解砕・乾燥を同時に行う有機性汚泥脱水ケーキ専用乾燥実験装置に対し,その乾燥性能を把握するために,下水汚泥脱水ケーキ,おから,染色加工工場排水汚泥脱水ケーキを用いた乾燥実験を行った。その結果,おから及び排水汚泥の乾燥を行うことが出来た。

初めに各材料の一般的性質,物理特性,乾燥特性を調査しておき,実験では熱風温度,熱風量,材料フィード量をパラメーターとして変化させた。そして乾燥機熱効率,伝熱容量係数,乾燥タンク出口熱風温度,乾燥産物水分,有効粒径,均等係数,タンク内粒子平均滞留時間の値そのもの,及びパラメーターとの関係,変化の傾向を把握することが出来た。また,下水汚泥の乾燥を行うための装置改良点について考察し,ランニングコストの計算を行い,経済的な運転条件について考察を加えた。

以下にこの章で述べてきた,実験及び考察によって得た知見をまとめる。

実験に用いた3材料の乾燥特性には余り差がないが,下水汚泥のみ乾燥が不可能であった。実験の結果,排水汚泥よりもおからの方が乾きやすいということが出来,これはおからがより解砕されやすいからであるといえる。ベーンせん断強度はおから<排水汚泥<下水汚泥の順になったが,但しその差は僅かであった。

運転条件によっては乾燥機熱効率が80%,伝熱容量係数が10,000kcal/h・m3-Dryer・℃に達するが,この場合乾燥産物水分が高いため,目的水分の設定値によって熱効率,伝熱容量係数共に決まってくる。例えば目的水分を10%W.B.とすれば,今回の実験範囲では65%,4,000kcal/h・m3-Dryer・℃程度となる。

乾燥産物の有効粒径や,乾燥タンク内における材料粒子の平均滞留時間が,一般的なサイクロンで知られる値よりも非常に大きなものとなった。これはタンクからの粒子排出メカニズムが,サイクロンのそれとは異なることを示している。乾燥産物の粒径分布は緩やかなカーブを描いており,明確な分離粒径は見られなかった。

材料フィード量が少なく,乾燥タンク内における粒子−壁間,粒子−粒子間衝突によって十分解砕され得るうちは,材料種類によらず乾燥されやすさがほぼ同じとなる。今回の実験範囲では,その境界となるフィード量が約25kg/hであり,この値を超えると特に乾燥機伝熱容量係数,乾燥産物水分,有効粒径,タンク内粒子平均滞留時間に差が現れ,乾燥性能が落ちてきたことを示す。従ってこのような値の存在は,本乾燥機の性能を把握する上で重要な指標となり得るだろう。

下水汚泥の乾燥を行うためには,タンクへのフィード方法に工夫が必要不可欠である。これは予め数センチメートルの大きさにしてタンク内に入れておき,乾燥機を動かした際に容易に乾燥されたことから裏付けられる。

おから1tを水分10%W.B.まで乾燥する場合のランニングコスト計算を行ったところ,今回の実験範囲では6,500〜13,000円程度であった。これは産業廃棄物処理委託費より安価であるが,スケールアップにより更に下がると予想された。

第3章では,熱噴流乾燥機の中で核となる乾燥タンク内固気混相流れの把握,及びタンク出口からの粒子排出メカニズムを解明するため,室温空気を用いた滞留時間測定実験を行った。材料には精白米を用いた。実験のために模擬乾燥タンクをアクリル製にした実験装置を製作し,また熱噴流乾燥実験装置も使用した。

更に実験結果を,CFDソフトウェアを用いた数値計算結果と比較した。計算結果にある程度の精度があるとし,測定を行っていない特性に関する考察も加えた。

以下に実験及び計算によって得た知見についてまとめる。

熱噴流乾燥機で採用されている円盤形縦置きタンクでは,その内部における気流の合成速度が接線方向速度とほぼ同じであり,一次元流れ測定用風速計によって測定することが出来る。これは接線方向速度分布及び風向分布の実験値が,CFDによる計算結果とほぼ一致したことから裏付けられる。

タンク内にはサイクロン同様,強制渦と準自由渦の組み合わせ渦が発生する。噴流はノズルから出た直後に広がってゆくため,ノズル出口付近のみ速度が大きく,出口パイプ中心を軸とした軸対称とはいえないことが分かった。従って三次元旋回流としての解析が必要となる。

タンク内に粒子が投入されると気流の速度が落ちてゆき,重力に打ち勝てず内壁に沿って旋回出来なくなり,ある位置で壁から離れカスケーディングを行うようになる。従って粒子の排出メカニズムは,このようにして排出口の前を横切る粒子のうち一部が,出口に向かう気流に乗って排出されるというものであることが分かった。この現象は,two-way coupling手法による固気混相流計算により再現出来た。

タンク内の精白米粒子平均滞留時間を測定した結果,乾燥実験でも得られたように数百秒であった。これらの結果は粒子−壁間衝突摩擦係数を0.8,動摩擦係数を0.3とした計算結果とほぼ一致した。

CFDソフトに粒子角運動方程式,Magnus揚力,粒子−壁間衝突理論の計算機能を追加した上で,タンク内粒子挙動シミュレーションを行った。その結果,実際に観察された挙動に近く,粒子はノズル入口流速の10〜15%程度の速度で旋回していることも予想された。また滞留時間分布を計算し,実験結果と比較したところ,タンク内固気混相流れには完全混合流れを仮定出来ることが分かった。これにより乾燥効率が低下する可能性があり,タンク形状の改善を今後の課題とした。

第4章では,第2章で行った乾燥実験において,解砕されず乾燥出来なかった下水汚泥脱水ケーキを乾燥するため,スクリューフィーダーパイプの絞り部分をなくし,またフィード口にメッシュを設けることによって,乾燥することに成功した。実験パラメーターに熱風温度,熱風量,フィード量をとり,乾燥機熱効率や伝熱容量係数,乾燥タンク出口熱風温度,乾燥産物水分,有効粒径,均等係数,タンク内粒子平均滞留時間の値そのもの,及びパラメーターとの関係,変化の傾向を把握することが出来た。それらの結果を,おから及び染色加工工場排水汚泥脱水ケーキのものと比較した。

またCFDを用い,乾燥プロセスを伴った,乾燥タンク内固気混相流れのシミュレーションを行った。解砕プロセスは考慮しなかったが,材料種類による乾燥特性を反映させるため,減率乾燥モデルを独自に組み込んだ。実験結果と比較し,数値計算の精度を確認し,その上でタンク内熱風速度・温度・水蒸気濃度分布,粒子滞留時間分布,乾燥産物水分分布等の予測も行った。

乾燥性能の違いを考察するため,タンク内粒子滞留時間に影響を与えると予想される出口パイプ断面積を,2.56倍にしたもの,及び0.64倍にしたもので乾燥実験を行った。更に,滞留時間への変化の影響を予測するため,出口を偏心させた場合,及びタンク自体を傾けた場合に関してコールドモデルシミュレーションも行った。

以下に考察によって得た知見をまとめる。

スクリューフィーダーのパイプ径を8cmのままとなるよう改造し,乾燥タンクへのフィード口にメッシュ(穴の径1cm)を取り付けた結果,下水汚泥脱水ケーキが直径1cm程度の棒状でフィードされ,タンク内における乾燥を問題なく行うことが出来た。

下水汚泥の乾燥実験結果は,概ねおから及び染色加工工場排水汚泥の場合と同じ傾向を示した。但し下水汚泥の方が解砕されにくく,従って乾燥もされにくいことが,実験結果となって現れていた。特に乾燥産物有効粒径は,フィード量が増えると他の2材料と比べ3〜5倍も大きかった。一方,タンク内粒子平均滞留時間に関しては材料の違いが余り見られず,解砕・乾燥や材料種類・物性が,粒子の基本的な流れに与える影響が少ないことが分かった。

下水汚泥の乾燥産物粒子には,表面に乾燥した堅い皮膜が形成され,内部が湿ったままのものが多く観察された。この現象が乾燥産物有効粒径を大きくしている。このような皮膜が形成されないような対処法の確立が今後の課題である。

下水汚泥を用いた場合にも,タンク内における粒子−壁間,粒子−粒子間衝突によって十分解砕され得る限界となるフィード量が約25kg/hであった。これは特に,フィード量と乾燥機熱効率,伝熱容量係数,乾燥産物有効粒径との関係より読み取れる。

伝熱及び乾燥プロセスを考慮した,two-way couplingによるタンク内固気混相流れのシミュレーションを行った。新たに減率乾燥モデルを組み込んだ。計算において粒子−壁間反発係数を0.7,摩擦係数を0.3とすることにより,計算結果にある程度の予測精度が認められた。しかしタンク出口熱風温度が高めに算出された。これは主に,粒子同士の相互作用によって,粒子が単独の場合よりも伝熱係数が下がる影響であろう。

粒子をフィードすることにより,熱風の速度と共に温度も落ちてゆくことが分かった。特に速度の減少が激しい。粒子は旋回している間,比較的高温度・低湿度に保たれた下で乾燥が行われており,これは通常の並流式乾燥機にはない特長といえる。また粒子の滞留時間分布を調べた結果,コールドモデル実験シミュレーションと同様ほぼ完全混合流れが仮定出来,乾燥プロセスが粒子の挙動に与える影響が少ないことを示している。但し,乾燥して小さく軽くなった粒子は排出しにくくなるため,分布の広がりが更に大きくなることが分かった。

タンク出口パイプ径を変化させて実験を行ったが,予想よりも乾燥性能に差が見られなかった。この原因の1つは,出口の大きさによる排出しやすさの変化と,出口に向かう軸方向速度の大きさの影響とが相殺したからであろう。但し変化の幅を大きくしたり,位置を偏心させたり,タンク形状を変化させれば違いが見られる可能性はある。

出口を偏心させることにより,フィード直後に排出される粒子,及びタンク内に長時間滞留する粒子の両方が減る可能性が予測された。粒子流れ特性自体は変化しないが,滞留時間をコントロールする1つの方法として有効である。

第5章は結論であり,研究成果のまとめと今後の展開について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

汚泥の排出量は産業廃棄物の約半分を占め,その減量化及びリサイクルが強く望まれている。その目的を果たすために乾燥プロセスは必要不可欠であるが,特に有機性汚泥は乾燥困難物でありかつ付加価値が低く,特に中小規模処理において技術的・経済的に効率の高い乾燥システムが確立されていない。そこで本論文は「熱噴流乾燥機による有機性汚泥の乾燥に関する研究」と題し,有機性汚泥の乾燥に有効であり,かつ装置が非常にコンパクトになる,熱噴流式乾燥法を応用した乾燥機開発に関する研究を行っている。

第1章は「序論」であり,研究背景並びに研究目的,研究の位置付けについて述べている。

第2章は「熱噴流乾燥機の乾燥特性」と題し,円盤形縦置きの乾燥タンクに,燃焼ガスを比較的低圧・低温・低速な熱噴流として導入することにより,十分な滞留時間を確保しつつ解砕・乾燥を同時に行う熱噴流乾燥実験装置を用いた一連の実験を行っている。被乾燥材料としておから及び染色加工工場排水汚泥脱水ケーキを用いたところ,熱噴流乾燥機は構造が簡単でコンパクトとなるメリットを有しながら,その乾燥性能は気流乾燥機や流動層乾燥機と同等であること,また乾燥性能には,被乾燥材料の持つ乾燥特性よりも解砕特性の与える影響が大きいことが示された。乾燥産物有効粒径及び乾燥タンク内粒子平均滞留時間が,通常のサイクロンのそれらよりも数百倍大きいという結果より,タンクからの粒子排出メカニズムが,サイクロンとは全く異なることが予想された。更にタンク内解砕特性に差が現れる限界フィード量が存在し,この値を超えると乾燥性能が落ちることから,このような値は乾燥性能を把握する上で重要な指標となり得ると述べている。

第3章は「乾燥タンク内における固気混相流れ特性」と題し,熱噴流乾燥機の中で核となるタンク内固気混相流れの把握,及びタンク出口からの粒子排出メカニズムを解明するため,室温空気と精白米を用いた滞留時間測定実験を行っている。実験のため,新たにアクリル製模擬タンクを有するコールドモデル実験装置を製作し,実験結果をCFDソフトウェアによる数値計算結果と比較した。CFDソフトには粒子角運動方程式,Magnus揚力,粒子−壁間衝突理論の計算機能を独自に追加している。その結果,タンク内部にはサイクロンと同様,強制渦と準自由渦の組み合わせ渦が発生するが,粒子の存在による風速の低下と重力の影響によってカスケーディングが起こり,タンク出口より粒子が排出されるというメカニズムを明らかにした。タンク内固気混相流れ現象を,two-way coupling手法を用いたCFD計算により再現し,粒子流れがほぼ完全混合流れであることを示している。

第4章は「下水汚泥を用いた熱噴流乾燥機の乾燥性能」と題し,解砕が困難な下水汚泥脱水ケーキを乾燥するため,実験装置スクリューフィーダーパイプの絞り部分をなくし,またフィード口にメッシュを設ける工夫を行って乾燥を成功させ,他材料との乾燥性能の違いを比較している。下水汚泥の場合は乾燥性能が低下するが,これは粘着性に起因する解砕されにくさと共に,粒子表面に微生物由来の乾燥皮膜を形成することが原因であると指摘している。またCFDを用い,乾燥プロセスを伴った,タンク内固気混相流れシミュレーションを行っている。ここでは解砕プロセスまで考慮しなかったが,材料種類による乾燥特性を反映させるため,減率乾燥モデルを独自に組み込んでいる。実験結果と比較し,解砕・乾燥プロセスがタンク内粒子流れに与える影響は小さく,ほぼ完全混合流れであること,従ってタンク内ではほぼ一定温度,一定湿度の定常乾燥が行われており望ましいことが分かった。更に,CFD計算を用いたタンク最適設計の第一歩として,出口位置を偏心させた場合のシミュレーションを行い,粒子流れ特性自体は変化しないが,滞留時間をコントロールする1つの方法として有効であることを示している。

第5章は「結論」として,研究成果のまとめと今後の展開について述べている。

以上のように,本論文では,気流乾燥式の特長を有し,簡単かつコンパクトな構造であるため,中小規模汚泥処理施設への設置が期待される熱噴流乾燥機において,乾燥実験による基礎データの蓄積を行い,円盤型縦置き乾燥タンク内固気混相流れの実験的・理論的解析によって乾燥性能並びに種々の特性を明らかにしている。また,現在まで殆ど試みられていない,CFD計算を用いた乾燥機設計の第一歩として,two-way coupling手法の適用を提案し,予測精度を考察しており,これらより得られた知見は,今後の工学の進展に寄与するところが少なくない。

よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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