学位論文要旨



No 120614
著者(漢字) 岡,光夫
著者(英字)
著者(カナ) オカ,ミツオ
標題(和) 準垂直衝撃波における非熱的粒子の観測的研究
標題(洋) Observational Studies of Non-thermal Particles at the Quasi-Perpendicular Bow Shock
報告番号 120614
報告番号 甲20614
学位授与日 2005.07.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4735号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 篠原,育
 東京大学 助教授 横山,央明
 東京大学 教授 向井,利典
 京都大学 助教授 小嶋,浩嗣
 京都大学 助教授 齋藤,義文
 京都大学 教授 星野,真弘
内容要旨 要旨を表示する

1960年代における高エネルギー電子の発見以来、地球前面定在衝撃波(バウショック)における電子加速過程の問題は未解決の課題として残されてきた。電子の加速が遷移層に集中して「スパイク」状の空間分布を呈すること、電子のエネルギースペクトルがベキ型であることが1980年代に判明したものの、その具体的な生成過程は未だに不明である。

かかる状況において、我々はバウショックにおいて電子の衝撃波統計加速(DSA)過程が働いていることを示す決定的な証拠を得た(図1)。「スパイク」イベント(たとえば図2)と異なり、電子フラックスは遷移層の上流から指数関数的に増大していた。ただし、観測されたDSA過程は上流で励起される電磁流体波動を介して粒子を散乱する古典的描像とは異なり、バウショックにより直接放射される「分散性ホイッスラー波」を介して粒子を散乱していた。一般に、このような分散性ホイッスラー波を上流に放射できるのは上流の磁場と衝撃波法線方向のなす角、衝撃波角、が比較的小さい(〜60度)斜め衝撃波に特有のものであることが理論的に示されており、境目にあたるマッハ数と衝撃波角を組み合わせて「ホイッスラー臨界マッハ数」が定義されている。

このホイッスラー臨界マッハ数を観測的に確認するため、統計解析を行った(図3、図4)。具体的には87例のイベントを収集・解析し、エネルギースペクトルのベキ指数、電子フラックスやホイッスラー波の空間分布・パラメータ依存性を調べた。このような包括的かつ定量的な電子加速の観測的研究は初めてである。解析の結果、遷移層におけるベキ指数(図3)とホイッスラー波の上流における強度(図4)はともにホイッスラー臨界マッハ数を境にして値が大きく異なることが分かった。亜臨界の場合はホイッスラー波が上流に伝播しうるため、上流の波強度が大きい。この場合、これらの波を介してDSA過程が起きる可能性がある。実際、DSAで説明可能であることを示した図1のイベントは亜臨界であったことが分かっている。また、電子の空間分布はスパイク的ではなく、なだらかであることの方が多かった。他方、超臨界の場合はホイッスラー波が上流に伝播することがないため、別の加速機構を考える必要がある。空間分布は「スパイク」的であることが多く、エネルギースペクトルも亜臨界の場合と比べて硬いため効率の良い加速過程でなければならない。

スパイクイベントの加速機構を探るためには衝撃波の内部構造を詳細に調べなければならないが、一般に時間分解能などの制約により内部構造を分解することは難しい。しかしながら図2で示したイベントでは例外的に内部構造を分解していたうえ、全ての計測器が完全に機能しており、良質のデータが取得された。詳細な解析により、6種類の波が遷移層内部で観測され、それらのうち広帯域静電ノイズ(Broadband Electrostatic Noise, BEN)が電子の加速領域として同定されたランプ領域に対応していた。ここで、 BENとして観測される実際の静電波の波形はソリトン的な孤立波や乱流的な擾乱である。このような静電波の存在下では電子を捕捉して誘導電場で加速するサーフィン加速が起きる可能性が最近議論されているが、今回の結果はこの加速モデルと矛盾しない。ただし従来から有力視されているドリフト加速を完全に否定するものではなく、両者の関係が課題として残った。

亜臨界の場合に注意すべきことは、衝撃波角が比較的小さいことである。この場合、イオンの一部が磁力線に沿って上流側に逃散し(Field-Aligned Beam, FAB)、イオンフォアショックを形成することが知られている。しかしながら、 FABイオンについては生成過程や生成率のパラメータ依存性など不明な点が多く残されていた。そこで例外的にGeotail衛星が長時間バウショックに沿ってFABイオンを観測していた1995年10月19日のイベントを解析した。マッハ数は3.2程度で維持されていた一方、衝撃波角が60-80度程度まで変化しており、理想的な状況下での解析が可能であった。まずイベント解析を数値シミュレーションとあわせて行い、従来議論のあった漏出説と反射説のうち後者を支持する結果を得た。また、統計解析によりFABイオンフラックスの衝撃波角依存性を定量的に取得したほか(図5)、このような広いパラメータ範囲に渡ってFABイオンが存在することが確認された。このパラメータ範囲は先に解析した電子加速の亜臨界の場合と重なっており、これらFABイオンが存在することで電子加速にどのような影響を与えるのか、新たな課題が浮上した。

図1. 1995年2月11日に地球磁気圏尾部探査衛星Geotajlが取得した磁場と電子のデータ。03:10 頃の衝撃波通過前から磁場の擾乱が観測されており、それに伴い電子フラックスの指数関数的な増大が認められた。これらの現象がDSA過程で説明できることが詳細な解析で確かめられた。

図2. 1996年7月1日に地球磁気圏尾部探査衛星Geotailが取得した磁場とイオンと電子のデータ。10:47 頃の衝撃波通過の前後において、磁場構造の厚みに比べてずっと小さい領域に電子が閉じ込められていることが分かる。磁場データでは上流ではなくむしろ遷移層において擾乱が強いことが見てとれる。

図3. エネルギースペクトルのベキ指数 「 を、ホイッスラー臨界マッハ数で規格化したアルフベンマッハ数に対して整理したもの。 「 は亜臨界の場合は幅広い値を取るのに対して、超臨界の場合は3.0-3.5の間に集中している。

図4. 直上流で観測されたホイッスラー波帯の磁場擾乱root mean squareを、ホイッスラー臨界マッハ数で規格化したアルフベンマッハ数に対して整理したもの。フットホイッスラーは例外で、上流ではなく遷移層での観測に相当する。

図5. 従来観測頻度から推測するしかなかった沿磁力線イオンビームフラックスを定量的に観測した。ビームのフラックスは太陽風フラックスで規格化されており、おおむね反射率に近い値になっている。

審査要旨 要旨を表示する

宇宙空間における高エネルギー粒子の衝撃波を介した生成機構は,宇宙プラズマ分野や宇宙線分野などにおける未解決の問題としてこれまで精力的に研究されてきた.しかし,遙か彼方の宇宙空間に発生する高エネルギー現象は,その結果として放射されるX線などを観測するよりほかに観測手段はなく,加速の現場を直接調べることはできない.

一方,地球前面定在衝撃波(バウショック)においては人工衛星による直接探査が行われており,まさに加速の現場を観測することができる.特に,磁気圏探査衛星GEOTAILは十年以上にもわたって継続的に観測を行っており,その豊富な観測データからバウショックを形成するプラズマの総合的な診断が可能になった.

本論文では,GEOTAIL衛星の観測データを包括的に解析することによって,バウショックにおける粒子加速の実態について論じられている.とりわけ,これまでほとんど報告がなされていないバウショックにおける電子加速について重点的な解析が行われており,太陽風パラメータに応じて電子の加速条件がどのように変化するか,など,新しい重要な知見が含まれている.論文は全七章と五つのappendixで構成されており,その中核は三章から六章である.以下に各章の内容を述べる.

(第三章)電子の衝撃波統計加速

これまでに知られていた被加速電子が衝撃波遷移層に局在化する「スパイク」状の電子加速イベントとは明らかに異なり,被加速電子の空間プロファイルがなだらかに分布する電子加速イベントの発見について報告がなされた.観測データの様相から,粒子が衝撃波遷移層を行き来することで加速される「衝撃波統計加速理論(以下DSA理論)」の適用可能性が詳細に論じられた.適用に際しては,(1) 電子が指数関数的に上流にしみだしているか,(2) 電子がDSA過程で衝撃波を行き来しているか,(3) 電子のピッチ角散乱を担うホイッスラー波が存在するか,(4) 観測されたエネルギースペクトルはDSA理論と矛盾しないか,の4つのポイントを中心に議論がなされた.その結果,観測された冪型のエネルギースペクトルは,その冪指数が標準的なDSA理論で予言されるものとは異なっているものの,空間拡散係数の評価をより現実的なものになるようDSA理論を修正した結果,大きな矛盾なくDSA理論で解釈可能なことが示された.

(第四章)ホイッスラー臨界マッハ数

本章ではバウショックにおける電子加速イベントの統計解析結果が論じられた.電子が有為に加速されている「非熱的イベント」に対して,エネルギースペクトルの冪指数のマッハ数および衝撃波角に対する依存性などが示された.冪指数はホイッスラー臨界マッハ数を境にして値が異なることが明らかになり,超臨界の場合は「スパイク」状で冪指数は3.0〜3.5,亜臨界の場合は空間的になだらかで冪指数は3〜5の幅広い値をとること,がわかった.ホイッスラー臨界マッハ数による電子加速の性質の差異が観測的に確認されたのははじめてのことである.第三章に示されたDSAイベントのように,亜臨界の場合はホイッスラー波が上流に存在するためにDSAが起きる可能性があることが指摘されている.

(第五章)衝撃波内部構造

第三,四章ではホイッスラー亜臨界の場合は電子加速現象がDSA理論によって解釈可能であることが示されたが,本章では衝撃波の内部構造をよく分解できていた1996年7月1日の観測例を解析することにより超臨界の場合の加速機構について議論している.高エネルギー電子は衝撃波ランプ領域で観測され,電子加速が明らかに非断熱的なものであることが示された.衝撃波遷移層中では6種類のプラズマ波動が観測されており,それぞれ暫定的にモードの議論がなされ,被加速電子の出現と対応してランプ領域で観測されたものは広帯域の静電波(BEN)であることが示された.これらの観測結果は最近提案されたサーフィン加速と矛盾していないこと,加速領域がランプであったことからドリフト加速・リップル加速の寄与も考えられること,など,観測事実に基づいた加速機構についての議論がなされた.本章における観測は今後の理論・数値シミュレーション研究による素過程の解明に重要な示唆を与えている.

(第六章)沿磁力線イオンビーム

ホイッスラー臨界マッハ数に対して亜臨界の場合は概して衝撃波角が小さく,電子のみならずイオンも上流に逃げることが知られている(沿磁力線ビーム, FAB).しかしながらFABの生成機構や生成率のパラメータ依存性はこれまで数値シミュレーション研究はなされてきたものの,観測的には未だに明らかになっていない.本章では,FABイオンを長時間継続して観測したイベント(1995年10月19日)について詳細な解析結果が報告された.イベント解析をテスト粒子シミュレーションとも組み合わせて行うことにより,従来議論のあった漏出説ではなく反射説を支持する結果を示した.また,従来よりも高精度のバウショックモデルを用いて解析することにより,衝撃波角が70度以上に達するまでの広い角度範囲で有為なFABフラックスが検出されることが示された.この結果は,バウショックの幅広いパラメータ範囲において反射イオンが衝撃波ダイナミクスに影響を与えていることを示唆する重要な結果である.

以上をまとめるに,本論文提出者はバウショックにおける非熱的粒子の生成について膨大な観測データに対して緻密なデータ解析研究を行い,宇宙空間における衝撃波を介した非熱的粒子加速機構について重要な新しい成果を挙げた.本論文には,寺澤敏夫氏,小嶋浩嗣氏,松本紘氏,藤本正樹氏,笠羽康正氏,斎藤義文氏,向井利典氏,篠原育氏との共著論文の内容が含まれるが,本論文提出者が主体となって研究遂行したものであると認められる.

以上により,審査員一同は博士(理学)の学位を授与するに十分値するものと判定した.

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