学位論文要旨



No 120619
著者(漢字) 森,英之
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ヒデユキ
標題(和) 銀河系バルジにおける低質量X線連星系の空間分布と光度関数
標題(洋) Spatial Distribution and Luminosity Function of Low-Mass X-ray Binaries in the Galactic Bulge
報告番号 120619
報告番号 甲20619
学位授与日 2005.07.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4737号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山崎,典子
 東京大学 教授 中川,貴雄
 東京大学 教授 福嶋,正己
 東京大学 助教授 中村,典雄
 東京大学 教授 久保野,茂
内容要旨 要旨を表示する

銀河系バルジ

銀河バルジとは、銀河中心を約1kpcに渡って取り囲む回転楕円状の構造である。Population IIと呼ばれる古い種族の星が多く存在しているため、バルジは銀河進化の名残を示していると考えられている。銀河の形状進化の順序を表すハッブル系列では、このバルジの有無、形状が銀河の分類の重要な因子となる。さらに近年の研究から、楕円銀河から渦巻き銀河に至る広い範囲で、銀河中心核ブラックホール(以下BH)の質量とバルジの総質量の間にきれいな相関が見られることが分かってきた(Magorrian et al.1998)。この相関は、中心核BHとバルジの進化に密接な関係があることを示唆している。銀河バルジは、銀河の進化を理解する上で鍵となる要素と考えられる。

古い構造であるバルジの中では、質量の比較的重い星はすでにその一生を終え、中性子星(NeutronStar.以下NS)またはBHに進化している。これらは近接連星系をなして、伴星からの質量降着によりX線で輝く。伴星は進化の遅い低質量星に限られるため、X線源は低質量連星系(Low-Mass X-rav Binaries.以下LMXBs)を成している。従来の可視光による観測から得られたバルジの知見は、軽い種族の星に限られたものであった。一方でLMXBsは、重い星が進化した末裔であるために、質量の異なる種族でバルジを観測するという新たな研究手段を与える。

当論文において、私は銀河バルジに属するLMXBsの空間分布に着目し、それを質量の軽い星の分布と比較することで、銀河バルジの力学的系としての状態を探った。またLMXBs自身の、連星系としての環境を反映した光度関数に関する研究も行なった。

本研究の遂行のため、私は最も距離の近い観測対象である銀河系バルジを選択した。系外銀河の場合と比較して距離が近いために、低光度のLMXBsまで拡張した探査が可能になる。また銀河系におけるLMXBsの分布に関するこれまでの研究でも(Grimm et al.2002)、古い構造としての銀河系バルジには注目されていなかったことも理由である。無バイアスなX線源のカタログとして、私は軟X線衛星ROSATが行なった全天サーベイ、ROSAT All-Sky Survey Bright Source Catalogue(以下RBSC)に着目した。ROSAT衛星はX線望遠鏡と撮像型検出器を有しており、〜5"という精度でX線源の位置を決定することができる。半径約10度の広がりを持つ銀河系バルジ全体を完全にカバーした撮像観測は、現在に至るまでこのROSAT衛星による全天サーベイ以外には存在しない。

一般に銀河面においてX線は強い吸収(NH〓1022 cm-2)を受けるが、今回私が着目した銀緯の絶対値が2度以上という範囲では、ROSAT衛星の検出エネルギー帯域(0.1-2.4 keV)でも光学的に薄くなり、銀河中心領域まで見通すことが充分可能である。さらにRBSCサンプルを使うことで、今まで非撮像型の検出器を使って行なわれた、より高いエネルギー帯域での全天サーベイと比較して、検出限界を1桁以上低くできたことも本研究の特色である。

解析と結果

私は視線方向の吸収量によって変化する色情報(2つの異なるエネルギー帯域におけるX線カウントレートの比)を用いて、銀河系バルジに属する天体だけを取り出すことに成功した。

私はまず、銀河系バルジのX線源が受ける、視線方向の吸収量をモデル化した。この吸収量は主に、銀河系ディスクに分布する星間物質中を通過する距離に比例するため、強い銀緯依存性を示す。銀河系の任意の方向に対する中性水素の柱密度は、21cm輝線放射の観測からすでに知られている(Dickey&Lockman 1990)。しかしながら、銀河系バルジに位置する、明るいLMXBsのX線スペクトル解析から得られた水素柱密度(X線の吸収量から見積もられる重元素密度を、元素の存在比を仮定して換算した量)は、21cm輝線の観測から見積もられる柱密度よりも有意に高いことが分かった。これは銀河中心方向が、21cm輝線に対して光学的に厚いことを反映している。一方でX線はより透過力が強いために、NH〓1.0×1022cm-2の水素柱密度でも正確に推定できる。そこで私は先のLMXBsの観測結果を用いて、銀緯が2度以上の銀河系バルジ方向(この範囲では元素の存在比が太陽系近傍と同じであると仮定できる)における吸収量の銀緯依存性を決定した。

この吸収量のモデルと、適切なX線スペクトルの仮定から、銀河系バルジに属するX線源が示すべき色を求めることができる。私は、銀河中心からの離角が90度以下で、銀河面から2度以上離れた8779個のRBSC天体一つ一つに対して、色に関する実際の値と銀河系バルジに属する場合に取るべき値とを比較した。その上で両者が一致する可能性が少なくとも10%以上あるものを、候補天体として選択した。X線スペクトルとして、LMXBsでは典型的な指数1.7の幕型関数を仮定した場合は3458天体、指数を0.5-3.0の範囲まで拡張した場合は6896天体が選択された。

本研究の目的の1つは、銀河系バルジに固有のX線光度関数を決定することである。銀河系バルジの形状を、本研究では半径約12度の球と仮定した。従って銀河系中心までの距離を8.5 kpcと仮定すると、銀河系バルジのサイズは〜1.8 kpcとなる。色情報によって選択された天体の内、この範囲に含まれるX線源の個数はそれぞれ63(指数1.7),78(指数0.5-3.0)であった。私は銀河バルジに位置するこれらのX線源を使って、個数密度のフラックス依存性(LogN-LogS関係)を求めた。奥行き方向のサイズも同じく1.8kpcだとすると、銀河系バルジに属するX線源は2割程度の不定性を持ってほぼ一定の距離にあることになる。そこで距離の2乗でフラックスを戻し、光度関数を構築することに成功した(図2参照)。この光度関数は指数〜0.4の冪型関数で近似することができる。

銀河系バルジに付随するRBSC天体は、3割しかその種族が特定されていない(63天体中19個)。しかし特定された天体の殆んどがLMXBsであること、バルジが古い種族の星で構成されること、1034 erg s-1以上の光度を持つ激変星や星は稀であることから、残りの天体も殆んどはLMXBsと推定される。よって銀河系バルジの光度関数は一方で、従来より1桁以上低いX線光度(1034 erg s-1)まで踏み込んだLMXBsに関する光度関数を表していることになる。

次に私は色情報によって選択されたX線源の2次元的な空間分布を調べた。検出の完全性が保証されている、10-11 erg s-1 cm-2以上のフラックスを持つX線源は、銀河中心方向に集中している傾向が見えてきた。そこで私は、この中心集中がどの程度有意であるかを調べた。その結果、(l,b)=(-3,-1)において3.5σの有意性でX線源が集中していることが分かった。銀河中心から半径約10度のサイズで広がるX線源の集中領域は、可視光で見える銀河系バルジと位置的に対応していた。従って色情報を用いた私の手法により、バルジのX線源だけを選択的に取り出せていることが実証された。

さらに私は、X線源の中心集中を定量的に評価するため、空間分布の動径方向依存性を調べた(個数密度の銀河中心からの離角に対する依存性:図1参照)。ここで中心集中の程度を表すスケール角度θbulgeを定義し、この動径依存性をN(>Fx,θ)=Aexp(-θ/θbulge)+Bという、指数関数に宇宙背景X線放射(以下CXB)を考慮した定数を組み合わせたモデルで再現した。その結果、銀河系バルジのスケール角度は、約4度となることが分かった。銀河系バルジのみについてX線源の空間分布のスケールを決定したのは、私が初めてである。

議論

光度関数

銀河系バルジに位置するLMXBsの光度関数を(1)Chandra衛星による近傍の渦巻き銀河、M31の観測から求めたバルジ(Kong et al.2002)、(2)同じくChandra衛星による楕円銀河の観測で同定されたLMXBs(Kim et al.2004)、の光度関数と比較した。それぞれ比較できる光度範囲は異なるものの、Bバンドの光度で規格化した所、互いの光度関数を滑らかにつなぐことができた。この事実は、銀河バルジに存在するLMXBsの個数が、Bバンドの光度と相関を持つことを意味する。これは銀河系バルジと楕円銀河の連続性を示す証拠となる。この1034-1040 erg s-lという6桁の光度範囲に及ぶLMXBsの光度関数は、幕型関数を仮定するならば単一の指数では表すことができず、少なくとも3種類の指数(低光度側からそれぞれ〜0.4,0.8,1.8)を必要とすることが分かった。以上の結果から、環境に比例した個数密度の違いも含めて、1O34 erg s-1の低光度にまで踏み込んだ、LMXBsの光度関数のモデルを構築することに初めて成功した。

一方、LMXBsの質量降着率つまりX線光度は、連星系が失う軌道角運動量によって決まるというモデルがある。角運動量を失うプロセスには、伴星の磁気的星風によるものと重力波によるものがあるが(e.g.Postnov et al. 2005)、本研究で初めて求められた銀河系バルジの光度関数の冪は、重力波により角運動量を失うシナリオを支持する。

空間分布

最後に可視光の星の空間分布の動径依存性を、RBSC天体と同じように求め、そこから導かれるスケール角度についてX線天体との比較を行なった。ここでは近赤外線観測から導かれた、銀河系バルジにおける星の数密度のモデルを用いた。結果として可視光の星の空間的な広がりは、2.8度とX線天体より若干小さいことが分かった(図1参照)。次に銀河系バルジと楕円銀河におけるX線天体の空間分布を比較した。各々の動径方向依存性にde Vaucouleursの1/4乗則を適用して有効半径を求めた。これを可視光、つまり星の輝度分布から求めた有効半径と比較したところ、それらの比がre(X線)/re(可視光)=2.4となった。これは銀河系バルジと楕円銀河で共通の結果であり、X線連星と可視光の星の空間分布に関して、規模の違いを除けば両者はよく似ていると言える。

まとめ

本研究では、X線天体の光度関数と空間分布という観点から、銀河系バルジの性質を探った。銀河系バルジと楕円銀河という異なる環境に対して、X線天体と星の空間分布の関係と光度関数を比較することによって、X線で初めて両者の同性質を示すことができた。

図1:各種族の空間分布の動径方向依存性

図2:銀河系バルジに属するLMXRsの光度関数

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、1章ではこの論文の目的と構成、2章では低質量X線連星(Low Mass X-Ray Binary:LMXB)に関するレビュー、3章では本論文で解析に用いたROSAT衛星の解説および全天サーベイ観測の手法、得られる情報を述べ、天体のX線強度と検出される光子数の関係、検出限界とサーベイの完全性について検証を行っている。4章では、実際に全天サーベイデータから銀河バルジに属するLMXBを選び出す解析手法が展開され、LMXBのX線強度--個数関係(log N-log S 関係)、光度関数、空間分布が求められている。5章では銀河系バルジと、系外渦巻き銀河M31のバルジ、系外楕円銀河との比較に基づいた議論が行われ、6章で結論が述べられている。

銀河バルジとは、銀河の中心にある回転楕円体構造で、銀河進化の初期に形成されたと考えられる。バルジの有無、大きさは銀河の形態分類における重要な指標であり、銀河進化を理解する上で、バルジの理解を欠かすことはできない。通常の主系列星の観測によるバルジの研究では、寿命の長い比較的軽い星をプローブとして用いることになるが、本論文では、LMXBに着目し、質量が重く既に中性子星、あるいはブラックホールに進化した星の空間分布を調べ、様々な系で、星の分布と比較することを試みている。

まず、本論文では、X線天文衛星ROSATの行った全天サーベイデータ(Rosat All-Sky Survey Bright Source Catalog:RBSC)を用いて、我々の銀河系バルジに属するLMXBを拾い出し、光度関数を求めている。このサーベイは、0.1-2.4 keVのエネルギー範囲でX線望遠鏡と撮像型検出器を用いて全天をカバーしており、バルジ全体をカバーする唯一の撮像観測である。銀河中心方向のX線源の中から、バルジに属するLMXBのみを選び出すために、本論文では、ディスクによるX線吸収量のモデル化を行った。通常は、星間物質として太陽組成のガスを仮定し、水素原子の超微細構造に起因する波長21cmの輝線放射強度から推定される中性水素量から、X線吸収量を推定する。しかし銀河中心方向では柱密度が大きいために光学的に厚くなること、X線吸収に寄与する重元素存在比が増えること、等から上記の単純な仮定がなりたつかは自明ではない。本論文では、9個の距離が判明しているLMXBのX線スペクトルから実際にX線吸収量を求め、柱密度10^21/cm2の範囲では21cm輝線による推定値よりも有意に高いことを示し、X線吸収量の銀緯依存性を経験側として導いた。LMXBのスペクトルを冪型関数で表したときの光子指数を仮定し、ある銀緯、銀経にあるX線天体について、それがバルジに属するLMXBである時に予想されるX線スペクトルと、RBSCの2つの色情報を比較することで天体の選択を行った。

バルジ領域として半径12度(1.8kpc)の範囲を選んだ時、光子指数1.7を仮定して選択された天体数は63個であった。これらを用いて個数密度関数、光度関数を構築すると、光度10^34~10^38 erg/sの範囲で 指数約1.4の冪型で表せることがわかった。これはLMXBの光度関数としては、光度の下限値を従来より1桁以上引き下げたものである。さらに、近傍の渦巻銀河M31のバルジおよび楕円銀河のLMXBの光度関数と比較を行い、それぞれの光度範囲は異なるものの、Bバンドの光度で規格化することで10^34~10^40erg/sの広い範囲で滑らかにつなぐことができることを示した。

RBSCから選択された天体は銀河中心方向に有意に集中しており、その分布として指数関数を仮定したときに、スケール角度は約4度となり、近赤外線の観測から導かれた星の数密度分布よりも広がっていることが分かった。銀河系バルジ、M31のバルジ、および4個の楕円銀河についてde Vaucouleursの1/4乗則を用いて有効半径を求めたところ、(X線天体の有効半径)/(可視光での有効半径)=2.4であることが明らかになった。

本論文は、我々の銀河系バルジに含まれるLMXBを、吸収量のモデル化に基づく選択によって、これまでより1桁以上暗い天体までほぼ完全にサンプルすることに成功し、光度関数、空間分布を導いた。系外銀河も含めた渦巻銀河のバルジと楕円銀河との比較を行い、両者が同一性を示すと同時に、X線天体の空間分布が可視光天体の分布よりも広がっていることを示した。この違いの起源についての研究は今後の課題であるが、独自の手法による新たな観測的知見であると考えられる。

なお、本論文は井上 一、上田 佳宏、前田 良知との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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