学位論文要旨



No 120620
著者(漢字) 高橋,美和
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ミワ
標題(和) 細胞培養密度に依存するコレステロール細胞内輸送制御機構の研究
標題(洋)
報告番号 120620
報告番号 甲20620
学位授与日 2005.09.05
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2922号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 理化学研究所 主任研究員 小林,俊秀
 東京大学 助教授 堀内,裕之
内容要旨 要旨を表示する

哺乳類の細胞においてコレステロールの分布はオルガネラ間で大きく異なる。細胞内のコレステロールプールである細胞形質膜は細胞全体のコレステロールの60-80 %を含んでいる。次いで、エンドソームやトランスゴルジネットワークにも多くのコレステロールが分布している。一方、小胞体はコレステロール合成の場であり細胞のコレステロールセンサーの中心的役割を果たすが、そのコレステロール含量は全体の0.5-1 %と非常に少ない。哺乳類の細胞において、コレステロールホメオスタシスは生合成、エステル化、低密度リポタタンパク質(LDL)を介した細胞内へのコレステロールの流入、高密度リポタンパク質(HDL)を介した細胞外への流出の主に4つの要因によって制御されている。

コレステロールは胚形成に関与するHedgehogシグナルに重要な機能を果たしている。また、コレステロール代謝異常は動脈硬化の直接的な原因であることや、幾つかの遺伝病の原因遺伝子がコレステロール代謝や動態を制御する因子であることも報告されている。コレステロールは細胞内のシグナル伝達や膜輸送においても重要な機能を果たしており、細胞内のコレステロールバランスが崩れると様々な細胞機能が損なわれることも知られている。

このように、コレステロールは生体、細胞において重要な機能を担っているが、細胞内のコレステロール輸送経路や輸送制御のメカニズムは不明な点が多く残されている。そこで、本研究ではコレステロールの細胞内輸送機構の解明を目的とした。

分裂細胞を用いたコレステロール細胞内輸送機構の解析

コレステロールは細胞形質膜から小胞体へと運ばれてエステル化される。コレステロールの細胞形質膜から小胞体への輸送機構を解明するために、これまでに阻害剤や輸送が欠損している変異体を用いた研究が行われてきた。それらの研究報告があるのにも関わらず、細胞形質膜から小胞体への輸送機構は未だ明らかとされていない。小胞輸送で輸送されるのか、輸送タンパク質が媒体するのか、細胞形質膜と小胞体膜が直接ドッキングするのかも分からないのが現状である。分裂期の細胞では小胞輸送が停止することが知られている。この分裂期の細胞の特性を利用して、様々な脂質の輸送機構が解明されている。そこで、私は分裂前期に同調したChinese hamster ovary(CHO)細胞を用いて、コレステロールの細胞形質膜から小胞体への輸送が小胞輸送に依存するかを検討した。

分裂前期に同調した細胞と分裂間期の細胞にコレステロールエステルの前駆体である[14C]オレイン酸または[14C]コレステロールを処理して [14C]コレステロールエステルの合成量を測定した。その結果、どちらの前駆体を使用した場合においても分裂細胞のコレステロールエステルの合成は間期の細胞と比べて10分の1以下と顕著に減少していた。また、分裂期の細胞と間期の細胞でコレステロール及び、コレステロールエステルを定量したところ、分裂期の細胞は間期の細胞と比べてコレステロール、コレステロールエステルともにやや少なかった。しかし、その減少の程度はコレステロールエステル合成と比べると僅かなものであった。このことから分裂期の細胞でコレステロールエステルの合成が少ないのはコレステロールエステラーゼによってコレステロールエステルの加水分解が促進しているためではなく、コレステロールエステル合成の減少に起因すると考えられる。

LDLの取り込みによって細胞内のコレステロールレベルが上がると、コレステロールのエステル化が促進される。分裂期の細胞では小胞輸送が停止しているために、LDLを細胞内に取り込むことが出来ない。LDLを取り込めないことが分裂期の細胞でコレステロール合成が少ない原因であることも考えられる。そこで、LDLを含まない培地で間期の細胞に前処理を行った後に、コレステロールのエステル化を測定したところ、前処理を施すことによりコレステロールエステルの合成が半分ほどに減少した。しかし、分裂期の細胞ではコレステロールエステル合成が1/10以下にまで減少していたことから、分裂期の細胞でコレステロールエステル合成が減少しているのは、LDLの取り込みが阻害されていることの他にも原因があると考えられる。

G1期の細胞では小胞輸送が再開することが知られている。G1期に同調した細胞でLucifer yellowの取り込みを検討したところ、Lucifer yellowは細胞内に取り込まれており、小胞輸送が正常に機能していることが確認できた。しかし、コレステロールのエステル化を測定したところ、コレステロールエステルの合成はG1期の細胞でも回復していなかった。

以上の結果より、コレステロールのエステル化は細胞周期により変化するが、この変化は小胞輸送の有無ということでは説明出来ないことが明らかとなった。

細胞培養密度に依存したコレステロール細胞内輸送制御の解析

G1期の細胞と間期の細胞の大きな違いは細胞同士の接触の有無である。細胞培養密度に依存して細胞増殖のシグナル伝達や、細胞の形、アドヘレンスジャンクションの形成など多くのことが変化することは広く知られているが、それらに加えてコレステロール代謝が大きく変化することも報告されている。また、1.の実験を行っている中で、コレステロールエステル合成が細胞培養密度の違いにより変化することを見出した。そこで、私は細胞培養密度に依存したコレステロールの細胞内動態の制御を解析することにした。

培養密度が低いとき(30-40 % confluency)と培養密度が高いとき(100 % confluency)のコレステロール、コレステロールエステルを定量したところ、コレステロール、コレステロールエステル含量ともに培養密度が高いときの方が多かった。続いて、コレステロールエステル合成を比較したところ、細胞培養密度が増えるにつれてコレステロールエステル合成が増加することが明らかとなった。更に、蛍光を有してステロールを認識する抗生物質であるFilipinを用いて、細胞のコレステロールを染色したところ、培養密度が低い細胞ではゴルジ体と核近傍の部位に染色が見られた。一方、培養密度が高い細胞ではそれらに加えて細胞形質膜も強く染色されていた。Filipinの染色結果より、培養密度が高い細胞では培養密度が低い細胞に比べて細胞形質膜のコレステロール量が多いことが考えられたので、Streptolysin O(SLO)の感受性を調べることにより細胞形質膜のコレステロール量を比較した。SLOはコレステロール特異的に膜に結合して膜に穴を開ける毒素で、細胞形質膜のコレステロール量が多い程、細胞が死にやすくなり感受性が高くなる。培養密度が高い細胞では培養密度が低い細胞に比べて6倍程度SLOの感受性が高く、細胞形質膜のコレステロール量が多いことが明らかとなった。また、LDLの取り込みやコレステロール合成の細胞培養密度の影響を調べたところ、どちらも細胞培養密度に依存した変化は見られなかった。

続いて、蛍光脂質アナログを用いて、脂質の細胞内取り込みが細胞培養密度に依存して変化するかを検討した。その結果、蛍光コレステロールアナログや蛍光スフィンゴミエリンアナログの細胞内への取り込みは細胞培養密度に依存して変化するが、蛍光ラクトシルセラミドの取り込みは変化しないことが明らかとなった。培養密度が低い細胞では蛍光コレステロールや蛍光スフィンゴミエリンはリサイクリングエンドソームに分布するのに対して、培養密度が高い細胞では初期エンドソームに分布していた。更に、コレステロールホメオスタシスや細胞内輸送を制御するとされている低分子量Gタンパク質Rab11の局在も細胞培養密度に依存して変化することが明らかとなった。培養密度が低い細胞ではRab11はゴルジ体に局在するのに対して、培養密度が高い細胞ではリサイクリングエンドソーム様の部位に局在した。一方、Rab4ではこのような細胞培養密度に依存した局在変化は観察されなかった。また、蛍光コレステロールあるいは蛍光スフィンゴミエリンの細胞内取り込みの変化やRab11の局在の変化は、methyl-beta-cyclodextrin(mbCD)処理による細胞形質膜のコレステロールの減少やチロシンホスファターゼ阻害剤処理によっても引き起こされることを示した。更に、脂質がリサイクリングエンドソームから輸送されるのにはRab11のGTPがGDPへと加水分解されることが必要であることも明らかとなった。

以上の結果から、Rab11は自身の局在を変化させることによって細胞培養密度に依存する膜の輸送を制御しており、この制御はコレステロールやチロシンリン酸化によって調節されていることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

多彩な機能を担うコレステロールは、細胞レベルにおいては、生合成、エステル化、低密度リポタタンパク質(LDL)を介した細胞内へのコレステロールの流入、高密度リポタンパク質(HDL)及びapo-AIを介した細胞外への流出等によって制御されている。リポタンパク質を介した血漿中におけるコレステロール輸送とその細胞における受容の研究は進んでいるが、細胞内におけるコレステロール輸送経路や輸送制御の機構には不明な点が多い。本研究はコレステロールの細胞内輸送機構の解明を目的として行われたものである。

第一章は分裂期Chinese hamster ovary(CHO)細胞を用いたコレステロールエステル合成が細胞周期によって変動することを見出し、その変動の細胞内小胞輸送との関わりについて論じている。

分裂期の細胞では小胞輸送が停止する。それゆえ、もしコレステロールの輸送が小胞輸送に依存するならば、分裂期の細胞では形質膜から小胞体へ送られてエステル化されるコレステロールの量が減少することが予想された。分裂前期に同調した細胞と分裂間期の細胞に、コレステロールエステルの前駆体となる[14C]オレイン酸または[14C]コレステロールを投与して [14C]コレステロールエステルの合成量を測定したところ、分裂期細胞のコレステロールエステルの単位時間当たりの合成量は間期の細胞と比べて10分の1以下に減少していることを見出した。しかしながら、小胞輸送が再開するG1期の細胞でコレステロールのエステル化を測定したところ、コレステロールエステル合成は回復せず、結果として、コレステロールのエステル化は細胞周期によって変動するが、この変動は小胞輸送の有無によってのみでは説明困難であることを示唆することとなった。

第二章では培養密度に依存したコレステロールの細胞内動態を解析している。

同一の培養由来の同数のCHO細胞を径の異なるペトリ皿に撒いて一定時間培養し、異なる培養密度を設定した。低培養密度(30-40% confluent)の時と高培養密度(100% confluent)の時の細胞のコレステロール、コレステロールエステル量を測定したところ、高培養密度細胞はコレステロールについては約1.8倍、コレステロールエステルについては約2.6倍、低培養密度細胞よりも多かった。続いて、[14C]オレイン酸を2時間取り込ませてコレステロールエステル合成を比較したところ、高培養密度細胞のコレステロールエステル合成は低密度培養細胞の約2.8倍であった。さらに、コレステロールに特異的に結合するFilipinによる染色では、高密度培養細胞は強く染色され、低密度培養細胞でも見られたゴルジ体と核近傍の部位に加えて、形質膜も染色されていた。コレステロール特異的に膜に結合して膜に穴を開ける毒素であるStreptolysin Oに対する高密度培養細胞の感受性は、低密度培養細胞に比べて約6倍高く、高密度培養細胞の形質膜のコレステロール量が多いことを示唆した。

蛍光標識脂質をプローブとして用いて、脂質の細胞内分布が培養密度に依存して変化するかを検討した。蛍光コレステロールプローブと蛍光スフィンゴミエリンプローブが、低密度培養細胞ではリサイクリングエンドソームに分布したのに対して、高密度培養細胞では初期エンドソームに分布していた。また、蛍光スフィンゴミエリンプローブの形質膜へのリサイクリングを測定したところ、低密度培養細胞では高密度培養細胞よりも速度が速かった。さらに、コレステロール含量の制御や細胞内輸送に関わるとされる低分子量Gタンパク質Rab11の細胞内分布を蛍光抗体法およびGFP-Rab11によって検討したところ、低密度培養細胞ではRab11がゴルジ体に局在したのに対して、高密度培養細胞ではリサイクリングエンドソームに局在した。また、短時間のmethyl-b-cyclodextrin処理によって高密度培養細胞の形質膜のコレステロール量を減少させると、上記蛍光脂質プローブとRab11は低密度培養細胞の場合のような分布を示した。さらに、GFP-Rab11の構成的活性型を高密度培養細胞に発現させると、蛍光脂質プローブがリサイクリングエンドソームに分布するようになった。

以上及びその他の結果から、申請者は、Rab11は形質膜のコレステロール量に応じて局在を変化させ、コレステロールなどの膜脂質成分の細胞内輸送を調節するというモデルを提案した。

これらのことから、本研究で得られた知見は、学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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