学位論文要旨



No 120621
著者(漢字) 長谷川,専
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,アツシ
標題(和) 時間管理概念の観点から見た社会資本整備の実施マネジメントに関する研究
標題(洋)
報告番号 120621
報告番号 甲20621
学位授与日 2005.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6086号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 教授 上田,孝行
 政策研究大学院大学 教授 森地,茂
内容要旨 要旨を表示する

バブルの崩壊以来、景気の低迷が長引く中、現在、わが国の国、地方自治体等の財政は逼迫し、短期的には従来のような積極的な公共投資は行い得ない。また、中長期的にも、かつてのような経済成長が見込めない一方、人口減少高齢社会の到来による構造的要因から、公共投資余力は減退していく。さらに、大量の社会資本ストックの維持・更新圧力により、新規公共投資余力はさらに急激に減退していく。一方、社会資本未充足地域の存在に加え、価値観の多様化や社会ニーズの高度化、高齢社会への対応など、新規の社会資本整備も依然として必要である。このため、ストックの有効活用とともに、より一層、効率的かつ効果的な社会資本整備を進めていくことが求められる。そのためには、コストと時間といった2つの限られた資源を有効に活用して、期待されるアウトカムを適切に達成することが重要である。

コスト面での効率化については、これまで行政によって重点的に取り組まれてきているが、限界に達しつつある。一方、時間の効率化についてはこれまで配慮がなされてきていない。社会資本整備事業では、様々な要因により、事業の供用開始が当初の計画よりも大幅に遅延することが少なくない。供用開始が遅延すると、事業費の数倍にも及ぶ大きな社会的損失が生じることもある。しかし、事業全体の時間を管理することでこうした損失の発生を回避する方策については、ほとんど議論されてきていない。

このような状況の中で、1999年に森地茂東京大学教授(当時)により時間の効率化に焦点を当てた「公共事業への時間管理概念の導入」が提唱された。以来、行政において多種多様な取り組みが行われてきている。しかし、それらは個別施策としてばらばらに導入されたに過ぎず、依然として社会資本整備事業のあらゆるプロセスに体系的にビルトインされておらず、全体最適化も図られていない。

かかる背景の下、本研究では、時間管理概念の体系化を図った上で、社会資本整備事業の実施プロセスにおいて時間管理に係る諸施策を体系的に検討し、主たる施策を全体最適化したパッケージ施策の提言を行うことを目的としている。

以下、本論文を構成する各章について、その内容を要約する。

第2章では、時間管理概念の体系化を図っている。そこでは、時間管理概念を、事業期間を可能な限り短縮することで社会的厚生を最大化することを究極の目標とし、時間管理に係る諸施策が自律的かつ持続的に検討・実施されるための「(1)事業関係者の時間管理意識の向上」が基盤となって、「(2)時間管理に係る法制度の改善・構築」および「(3)その全体最適化」により時間管理の発想に基づく法制度の枠組みを与え、この枠組みの中で「(4)時間管理にかかる法制度の運用改善」および「(5)事業実施に係るマネジメント等の方法論の整備・充実」を図る考え方として捉え、これらの諸施策が「(6)標準事業期間の設定」によって適切に実施されるものとして体系化している。

第3章では、既往の時間管理概念に係る研究や行政の取り組みを包括的にレビューし、時間管理概念というコンセプトに基づいて位置づけるとともに、その問題点・課題を把握している。

第4章では、標準事業期間の設定方法について検討している。そこでは、個々のプロセスや工程の所要期間を、主に施工数量に基づいて設定する理想所要期間と、過去のデータに基づいて分析的に設定する余裕期間に分けて設定した上で、事業期間をクリティカルチェーン法に基づいて設定することを提案している。また、事後評価を活用したデータ収集システムや、効率的かつ正確なデータ収集のためのモニタリング・記録システムを提案している。さらに、これらを社会資本整備事業の実施プロセスにおいて時間に係る基準や目標を設定する際に適用する時間積算制度として制度化することを提案している。

第5章では、時間管理意識の向上方策として、事業関係者全般を対象とした遅延損失の計測手法とその活用方法を提案している。そこでは、現行の計測手法の問題点や課題を明確化した上で、計測時点や計測結果の活用目的に応じた遅延期間の設定や計測手法を提案している。このほか、事業主体を対象としたマイルストーン・供用目標等の公表、関係行政機関を対象とした行政間手続き・調整期間の迅速化方策(所要期間の公表、ベンチマーキング、繁忙期・閑散期比較分析)についても提案している。

第6章では、これまで取り組みが皆無あるいは不十分な事項を中心に事業遅延防止・事業促進策を検討・提案している。主な成果として、違法性の継承の遮断を図るためのPIの位置づけと計画策定手続の法制化、総合評価落札方式の評価項目と評価方法の改善方策、総価契約の運用の改善方策、シームレスな複数年度予算・補助執行方策、民間事業者による立替施行制度の適用促進方策を提案している。

第7章では、第4章から第6章で個別に検討・提案した施策を体系的に導入し、適切に組み合わせることで全体最適化を図る施策パッケージを提言している。具体的には、短期、中長期のそれぞれについて、「時間管理概念の基盤形成および時間管理体制の構築」「合意形成と権利取得」「シームレスな複数年度予算執行と工期短縮」、「シームレスな複数年度補助執行と工期短縮」の4つを提言している。

以上、本研究は、時間管理概念の体系化を図った上で、この体系に沿って社会資本整備の実施プロセスにおける時間管理概念に係る具体的かつ実務的な諸施策を提案・提言するものである。これにより、社会資本整備事業におけるあらゆるプロセスにおいて、自律的かつ持続的に時間管理概念に係る施策の体系的な導入および全体最適化を図る施策として、あるいは今後、施策を検討する上での基礎的資料となって、より一層の効率的かつ効果的な社会資本の整備に寄与することが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

バブルの崩壊以来、景気の低迷が長引く中、現在、わが国の国、地方自治体等の財政は逼迫し、短期的には従来のような積極的な公共投資は行い得ない。また、中長期的にも、かつてのような経済成長が見込めない一方、人口減少高齢社会の到来による構造的要因から、公共投資余力は減退していく。さらに、大量の社会資本ストックの維持・更新圧力により、新規公共投資余力はさらに急激に減退していく。一方、社会資本未充足地域の存在に加え、価値観の多様化や社会ニーズの高度化、高齢社会への対応など、新規の社会資本整備も依然として必要である。このため、ストックの有効活用とともに、より一層、効率的かつ効果的な社会資本整備を進めていくことが求められる。そのためには、コストと時間といった2つの限られた資源を有効に活用して、期待されるアウトカムを適切に達成することが重要である。

コスト面での効率化については、これまで行政によって重点的に取り組まれてきているが、限界に達しつつある。一方、時間の効率化についてはこれまで配慮がなされてきていない。社会資本整備事業では、様々な要因により、事業の供用開始が当初の計画よりも大幅に遅延することが少なくない。供用開始が遅延すると、事業費の数倍にも及ぶ大きな社会的損失が生じることもある。しかし、事業全体の時間を管理することでこうした損失の発生を回避する方策については、ほとんど議論されてきていない。

このような状況の中で、1999年に森地茂東京大学教授(当時)により時間の効率化に焦点を当てた「公共事業への時間管理概念の導入」が提唱された。以来、行政において多種多様な取り組みが行われてきている。しかし、それらは個別施策としてばらばらに導入されたに過ぎず、依然として社会資本整備事業のあらゆるプロセスに体系的にビルトインされておらず、全体最適化も図られていない。

かかる背景の下、本研究では、時間管理概念の体系化を図った上で、社会資本整備事業の実施プロセスにおいて時間管理に係る諸施策を体系的に検討し、主たる施策を全体最適化したパッケージ施策の提言を行うことを目的としている。

以下、本論文を構成する各章について、その内容を要約する。

第2章では、時間管理概念の体系化を図っている。そこでは、時間管理概念を、事業期間を可能な限り短縮することで社会的厚生を最大化することを究極の目標とし、時間管理に係る諸施策が自律的かつ持続的に検討・実施されるための「(1)事業関係者の時間管理意識の向上」が基盤となって、「(2)時間管理に係る法制度の改善・構築」および「(3)その全体最適化」により時間管理の発想に基づく法制度の枠組みを与え、この枠組みの中で「(4)時間管理にかかる法制度の運用改善」および「(5)事業実施に係るマネジメント等の方法論の整備・充実」を図る考え方として捉え、これらの諸施策が「(6)標準事業期間の設定」によって適切に実施されるものとして体系化している。

第3章では、既往の時間管理概念に係る研究や行政の取り組みを包括的にレビューし、時間管理概念というコンセプトに基づいて位置づけるとともに、その問題点・課題を把握している。

第4章では、標準事業期間の設定方法について検討している。そこでは、個々のプロセスや工程の所要期間を、主に施工数量に基づいて設定する理想所要期間と、過去のデータに基づいて分析的に設定する余裕期間に分けて設定した上で、事業期間をクリティカルチェーン法に基づいて設定することを提案している。また、事後評価を活用したデータ収集システムや、効率的かつ正確なデータ収集のためのモニタリング・記録システムを提案している。さらに、これらを社会資本整備事業の実施プロセスにおいて時間に係る基準や目標を設定する際に適用する時間積算制度として制度化することを提案している。

第5章では、時間管理意識の向上方策として、事業関係者全般を対象とした遅延損失の計測手法とその活用方法を提案している。そこでは、現行の計測手法の問題点や課題を明確化した上で、計測時点や計測結果の活用目的に応じた遅延期間の設定や計測手法を提案している。このほか、事業主体を対象としたマイルストーン・供用目標等の公表、関係行政機関を対象とした行政間手続き・調整期間の迅速化方策(所要期間の公表、ベンチマーキング、繁忙期・閑散期比較分析)についても提案している。

第6章では、これまで取り組みが皆無あるいは不十分な事項を中心に事業遅延防止・事業促進策を検討・提案している。主な成果として、違法性の継承の遮断を図るためのPIの位置づけと計画策定手続の法制化、総合評価落札方式の評価項目と評価方法の改善方策、総価契約の運用の改善方策、シームレスな複数年度予算・補助執行方策、民間事業者による立替施行制度の適用促進方策を提案している。

第7章では、第4章から第6章で個別に検討・提案した施策を体系的に導入し、適切に組み合わせることで全体最適化を図る施策パッケージを提言している。具体的には、短期、中長期のそれぞれについて、「時間管理概念の基盤形成および時間管理体制の構築」「合意形成と権利取得」「シームレスな複数年度予算執行と工期短縮」、「シームレスな複数年度補助執行と工期短縮」の4つを提言している。

以上、本研究は、時間管理概念の体系化を図った上で、この体系に沿って社会資本整備の実施プロセスにおける時間管理概念に係る具体的かつ実務的な諸施策を提案・提言するものである。これにより、社会資本整備事業におけるあらゆるプロセスにおいて、自律的かつ持続的に時間管理概念に係る施策の体系的な導入および全体最適化を図る施策として、あるいは今後、施策を検討する上での基礎的資料となって、より一層の効率的かつ効果的な社会資本の整備に寄与することが期待される。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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