学位論文要旨



No 120622
著者(漢字) 佐々木,誠
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,マコト
標題(和) 「自由設計」型集合住宅の建築計画的研究
標題(洋)
報告番号 120622
報告番号 甲20622
学位授与日 2005.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6087号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

集合住宅に住まうこと、これはもはや郊外庭付き一戸建てに住むまでの仮の宿ではなくなった。戸建住宅からマンションに転居する高齢者やマンションへの定住を志向する層が目立ちはじめている。

一方、公団や公庫の解体に象徴されるように、集合住宅供給の主役は公共から民間に移った。その大部分はディベロッパーによる分譲方式であるが、入居者が事業主体となるコーポラティブ住宅の供給に増加傾向がみられ、また、分譲マンションでも新築の供給プロセスに個人的な意向をとりいれる例が目立ちはじめている。販売や建設上の効率などから対応の範囲は限定的ではあるが、「オーダーメイド」「フリープラン」「設計変更」「自由設計」などと呼ばれ、入居者の個別の要望に応じて住戸プランの注文設計や設計変更に応じる事例である。

これまで概念があいまいだったこともあり、ディベロッパーの販売戦略の一つとして入居者にアピールするために用いられる例もあり、「自由」というイメージが魅力付けとして独り歩きしている感は否めない。現実は制限が多いか、あるいは入居者をはじめ関係者への手間と時間の負担も大きく、期待と現実は必ずしも噛み合っていない。

「自由」とは束縛や依存から解放されることであり、また自らの意志で判断・行動することでもある。本研究での「自由」は後者に重きをおいている。このような自由には「責任」が伴い、また周囲のサポートやそれを得るための対価を要する場合もあるが、本研究ではそれらを「制約」として注目する。自由には様々な意味で制約が存在し、自由は制約とセットで成立するともいえる。このようにイメージが先行しがちな「自由」について、様々な位相から整理を行い、それぞれの位相や場面で自由の位置づけを明らかにしメリットやデメリットを示せれば、自由が必要なのか、どのような自由が必要なのか、考える手掛かりが得られるのではないかと考えた。

特に集合住宅は、戸建住宅と比べると格段に「制約」が多い。隣接する住戸の側には窓が開けられないという単純なことだけでなく、同一型の住戸を反復して同時に供給することにより供給時の手間やコストを効率よく低減できるためでもある。逆に住み手ごとに異なる要望に個別対応すると相当な手間とコストを要し、集合化による効率や合理性を損ないかねずデメリットになり得る。その意味で、自由に対する「制約」の役割は重要である。つまり「制約」は、自由を担保し、自由を最大限に引き出す枠組みとなる。そこで制約は、「自由」を否定するものではなく自由を確保する「枠」として積極的に捉え、「枠」をいかにつくるかという視点に立つと、得られる自由の質や内容が見えてくる。

また制約からかたちづくられる「枠」は、住人同士や生活とまちをつなぐ部分であり、共同性や公共性、経済性、価値観をも担う。住み手の働きかけや参加が創造的に働き、私益を越えた公共性やコモンといわれるものが「枠」とつながり、大きな力や結果につながればさらに価値は高まり、集合住宅に伴われがちな問題点を補い解消する方向をも見いだし得る。本研究では、このような「自由」の責任やコントロールや可能性や魅力を担う「制約」あるいは自由の「枠」について考えた。そしてこのことは、役割が変わりつつある建築計画の限界と可能性を考える一助になるのではないかと考える。

「自由設計」という語を本研究では、新築の集合住宅をつくるプロセスにおいて、住戸設計に入居者が主体的に参加することとする。この語はまだ一般名称化しておらず、文字通り解釈しても意味がよくわからない。しかしこの「自由」という語は、集合住宅に内在する画一的、冷たい、規格化、貧相などというマイナスイメージをくつがえす魅惑的な力を持ち得ており、マンションの売り文句にもなり得ていた。しかしそれだけでなく、戦後の集合住宅供給におけるもつれた糸をときほぐす鍵の一つが隠されているように思う。そして、あいまいに多用されている「自由設計」というブラックボックスを解体し、そこにあるメリットや課題が日の目をみることを目指したい。

本研究の目的は、集合住宅の自由設計における「制約」をいくつかの側面から整理し、「枠」がどのように構成されているかを整理し、入居者を中心とした、時間の流れを含めた総体としての「意志決定の枠組み」と専門家の役割を明らかにすることである。

1章では、自由設計型集合住宅に関連する先行事例を整理してたどり、また関連する視点や概念を整理した。また、本研究において問題にしている自由設計において、住戸設計上の「制約」として、「物理的要素」として建築空間上の諸問題、「人的要素」として入居者と専門家のありかたと他要素との関わり方、「時間的要素」として意志決定のプロセスを検討すべき点として指摘し、研究の視点を明らかにした。

2章では、空間をかたちづくる基本的な要素として物理的要素に注目し、住戸計画からみた自由設計の制約や内容がどのように構成されているかを明らかにした。採り上げた項目は、住戸設計に影響が強いと思われる要素として、「階・アクセスあたりの戸数」や「単位面積あたりの外接壁面長」「水まわりレイアウトと室構成」などである。住戸計画は、住戸の設計における制約に大きく影響する。70m2程度の一般の分譲マンションは、間口が狭く水まわりが外接しない定型3LDKに代表される平面型に定型化している現象が確認できた。そして、水まわりレイアウトに注目すると外接壁面の多さが配置の選択肢に影響し、住戸平面計画上の自由度として大きく働く。住戸面積が大型化するほど面積あたりの外接壁面の確保が難しくなるため、住戸設計の自由度を確保するには、角住戸のように外接壁面を多く確保する住棟計画が有効であることを仮説的に示した。

3章では、自由設計に関する人的要素に注目し、自由設計の意志決定主体である入居者、そして枠組みを設定し、自由設計のプロセスを支援するコーディネイター、建築に直接関わる設計者を採り上げ、自由設計の内容をいかにつくりあげ、制約としてどのような役割があるか検討した。自由設計では、物理的な空間構成は一つの条件にすぎず、それをどのような枠組みとプロセスでつくり上げるかという部分も重要である。各意志決定要素に対して、意志決定の主体と支援をする専門家が必要な時期に情報交流を行い、意志決定を行う。自由設計に関わる専門家は、コーディネイターと設計者であるが、専門家の役割としては、設計コーディネイトとスケルトン設計、インフィル設計であり、これらは、制約として事前に設定された企画と役割の兼務が関わり、業務の過多や時期的な問題が想定以上の制約となる場合もあり、前提条件の設定と共有、そしてそれを支援する専門家の能力と経験が重要であることが明らかになった。

4章では、調査対象の集合住宅について時間的要素に注目した。時間要素は、設計や建築生産の現場、そして竣工後の入居者の生活、全てに関わる。つまり、物理的要素や人的要素が介在し、時間的要素は他の要素を包括するより上位の要素となる。プロジェクトごとのプロセスの違いから、自由設計の枠や制約として、自由設計の期間だけでなく、設計者をはじめとした人的要素の支援体制を含んだ総合的な要素であることが明らかになった。特に自由設計では、入居者がつくるプロセスに参加することが最大の特徴であるが、プロジェクトをスムースに進めるために、時間的なコントロールが欠かせない。専門家でない入居者をサポートしつつ、よい方向に誘導すること、そして制約の範囲を検討し、いかにプロセスと期間を設定するかという前提条件を事前に明らかにして共有することが重要であり、また、時間的な制約も、スケルトン竣工や専門家のサポートにより緩和可能であり、自由設計の自由度に企画や支援の専門家の職能も時間的制約を補完する機能があることが明らかになった。

5章では、1章から4章を総括して、自由設計の自由度を確保する様々な制約がどのように構成されているか整理し、意志決定主体や枠と内容の中間領域に「利用」「所有」「意志」などでズレが存在し、これらの関係を明確にすることが企画や計画プロセス上の要点であり、プロジェクトの特徴となり、価値を高める可能性を秘めていることを論じた。

これらの考察から、「自由設計」の概念を整理し、自由と制約の位置や範囲と、それらを企画・計画する際の要点をまとめることができた。「自由」は一見魅力的だが、それに伴う負担がある。その負担を、「制約」そして、それらを構成する「枠」として積極的に捉え、コントロールすることにより、集合住宅の住戸に入居者が積極的に関わる「自由」を享受することができる。ただし、それらをよりよいかたちで実現するためには、生産技術やコーディネイト技術の発展、そしてなにより、バランスのとれた計画の枠組み(企画)の提案が欠かせない。経験の検証とその蓄積が、その鍵を握る。

審査要旨 要旨を表示する

集合住宅での定住が一般化し、それを志向する層が目立ちはじめた現在、民間事業者が販売や建設上の効率などから、対応の範囲は未だ限定的ではあるが「オーダーメイド」「フリープラン」「設計変更」「自由設計」などと呼んで、入居者個々の要望に応じた住戸プランの注文設計・設計変更に応じる事例がある。本論文は,自由には様々な意味で制約が存在することを前提として、このような「自由設計」における「制約」からかたちづくられる「枠」がどのように構成されているかをいくつかの側面から整理し、入居者を中心とした時間の流れを含めた総体としての「意志決定の枠組み」と「専門家の役割」を明らかにして、今後の集合住宅の建築計画に資することを目的にしている。

論文は全5章から構成される。第1章では研究の背景と目的、そして調査の対象を示している。第2章では集合住宅の住戸計画上の課題の整理、第3章では「自由設計」の供給者と利用者の関係、第4章では意思決定プロセスについて考察を行っている。第5章では,全体の総括的な考察と結論を述べている。

1章では、まず自由設計型の集合住宅に関連する先行事例、関連する視点・概念を整理・考察している。また、自由設計における住戸設計上の「制約」として、「物理的要素」として建築空間上の諸問題、「人的要素」として入居者・専門家の関係、そして他の要素との関わり方、「時間的要素」として意志決定のプロセスを検討項目としてあげ、研究の視点を明らかにしている。

2章では、空間形成の基本的要素として物理的要素に注目し、自由設計の制約や内容の構成について明らかにしている。住戸設計への強い影響要素として、「階・アクセスあたりの戸数」や「単位面積あたりの外接壁延長」「水まわりレイアウトと室構成」などを指摘している。70m2程度の分譲住戸ユニットは、間口が狭く水まわりが外接しない3LDKの平面型に定型化している現象が確認している。また外接壁面の数が水周り配置の選択肢と平面計画上の自由度に大きくに影響していることから、住戸設計の自由度確保には、外接壁面を多く確保する住棟計画が有効ではないかという仮説を提示している。

3章では、自由設計に関する人的要素、すなわち自由設計の意志決定主体の入居者、そして枠組みを設定しプロセスを支援するコーディネイター、建築に直接関わる設計者を採り上げている。物理的空間構成だけでなく、それをどのような枠組みとプロセスでつくり上げるかも重要であり、入居者と専門家が必要な時期に情報交流を行い、意志決定を行うこと、設計コーディネイトとスケルトン・インフィル設計は、制約として事前設定された企画・役割の兼務が関わり、多量の業務や時期的制約が想定以上なる場合もあること、前提条件の設定・共有、支援専門家の能力・経験が重要であることを明らかにしている。

4章では、調査対象の集合住宅について、設計や建築生産現場、竣工後の入居者の生活、全てに関わる時間的要素に注目している。つまり、物理的要素や人的要素を包括した要素であり、プロジェクトごとのプロセスの違いから、自由設計の枠や制約として、期間だけでなく設計者をはじめとする人的要素の支援体制を含む総合的な要素であることが明らかにしている。自由設計では、入居者による建物をつくるプロセスへの参加が最大の特徴であるが、建築家は時間的なコントロールについて入居者を支援して、制約の範囲を検討し、専門家としてよい方向に誘導すること、そして、それらを事前に明らかにして入居者と共有することが重要でることを明らかにしている。

5章では、1章から4章を総括し、自由設計の自由度を確保する様々な制約の構成様態を整理し、意志決定主体や枠と内容の中間領域のなかに「利用」「所有」「意志」などでズレが存在し、これらの関係を明確にすることが企画や計画プロセス上の要点であり、プロジェクトの特徴となり、価値を高める可能性を秘めていることを論じている。

最後に、これらの考察から、一見魅力的な「自由」は、それに伴う負担があり、れを、「制約」とそれらを構成する「枠」として積極的に捉えることにより、集合住宅の住戸入居者が積極的に関わる「自由」を享受することができることを確認している。そして。SI方式や生産技術、コーディネイト技術などの発展が今後この方向性を支援するためには不可欠であることを指摘している。

以上のように、本論文は、都市部における主要な住居環境を形成する集合住宅において、居住者の意思を住戸に反映するための方式の一つとして「自由設計」方式」について基本的な知見を明確に示して、建築計画学の発展に寄与したものである。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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