学位論文要旨



No 120624
著者(漢字) 折原,秀夫
著者(英字)
著者(カナ) オリハラ,ヒデオ
標題(和) 船舶の波浪中性能推定のためのCFDシミュレーション技術の開発と応用
標題(洋)
報告番号 120624
報告番号 甲20624
学位授与日 2005.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6089号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 教授 山口,一
 東京大学 教授 佐藤,徹
 東京大学 助教授 秋元,博路
 東京大学 助教授 川村,隆文
内容要旨 要旨を表示する

近年,我が国の造船技術戦略会議での議論を端緒として,船舶の製品価値をその生涯価値であるLife Cycle Value(LCV)で評価し,船舶の開発・設計において,LCV向上を図ることの重要性が,海運・造船関係者の間で認識されるようになっている.LCVに基づく船舶の評価は,従来の価値評価指標である新造時船価や,試運転時に確認される平水中船速・燃費等,建造船引渡し前状態を中心とする評価とは大きく異なり,製品の実際の使用環境である就航航路における性能や安全性を,船舶の就航期間全生涯にわたり,累積的に評価するものである.

船舶性能の面でLCVの向上を図るためには,実海域航行時の推進性能の向上と,安全性の確保が重要となる.船舶の開発・設計においてこれらを実現するためには,実海域での船舶の波浪中性能を,設計段階において定量的に推定・評価を可能とするとともに,実船の航海時の計測を通じた推定精度の検証,さらには実船計測結果を設計段階にフィードバックして,実海域での船舶波浪中性能の推定・評価技術の高度化を図ることが求められる.

本研究では,このように近年重要性の高まっている波浪中性能評価に着目し,船舶波浪中性能の定量的評価を可能とする高精度推定技術の実現を目的とし,波浪中船体運動CFDシミュレーションに基づく波浪中性能評価技術を構築して,各種波浪中性能推定に適用しその有効性を検証する.波浪中性能評価手法としてCFDシミュレーション技術を用いることにより,流場や船体形状の非線形性などを含め,波浪中船体まわり流場の直接的な推定に基づく性能評価が可能となり,ストリップ法等既存の近似的推定法に比べ,推定精度の向上が期待される.またCFDシミュレーション技術により,従来の推定手法では評価が困難であった大波高での船体運動やスラミング,海水打ち込みなど非線形性の強い波浪中流体現象が推定可能となり,このうような波浪中非線形現象が波浪中性能に及ぼす影響を,設計段階で詳細に検討することが可能になる.

本研究は,三部より構成される.まず,第1部では,船舶波浪中性能推定の高度化を目的とし,任意波浪中船体運動のCFDシミュレーションコードWISDAM-Xを開発した.第2部では,船舶の波浪中性能推定への適用性の検証を目的とし,WISDAM-Xコードを波浪中船体運動や抵抗増加など各種波浪中性能評価に適用した.第3部では,WISDAM-Xコードを実海域性能評価へ活用するため,CFDシミュレーション結果を援用する短期および長期海象中の船舶性能推定法を構築し,実船航海実績との比較によりその妥当性を検証した.以下,各部の概要を示す.

第1部では,東京大学船型試験水槽において近年開発されてきた各種CFD船体運動シミュレーション技術を基盤として,任意波浪中船体運動のCFDシミュレーションコードWISDAM-Xを開発した.

WISDAM-Xコードでは,波浪中での大振幅船体運動と入射波を高精度で安定的に計算するため,流場計算を船体近傍と遠方とに分割して行う重合格子法を導入した.また,船体まわり流場と船体運動との相互干渉を考慮し,波浪中船体6自由度剛体運動を厳密に計算する船体運動計算法を用いることにより,大振幅動揺を含む波浪中任意船体運動の取扱いを可能とした.自由表面の取扱いには,密度関数法を導入し,船体近傍での非定常砕波などを含む任意の自由表面変形に対応するとともに,成分波の重ね合せによる不規則波浪場モデリング手法を導入し,不規則波中の船体運動シミュレーションにも対応可能とした.

また,入射波のモデリング精度は,波浪中CFDシミュレーションにおいて,船体運動や抵抗等の推定精度に大きく影響することを考慮し,波浪場モデリング手法の妥当性を検証するため,入射波伝播比較計算を実施して,計算領域内での波伝播が精度良く再現されることを確認した

第2部では,WISDAM-Xコードの船舶の波浪中性能推定への適用性の評価を目的とし,WISDAM−Xコードを用い,各種波浪中シミュレーションを実施して,CFDシミュレーションの波浪中性能推定における有効性を検証した.WISDAM-Xコードによる波浪中性能推定実施においては,船体運動や抵抗増加など積分値による評価のみならず,圧力分布や船体まわり波高分布など、CFDシミュレーションによる流場の計算結果に関する評価も実施した.

まず,波浪中船体運動と抵抗増加の推定精度検証を目的とし,SR108コンテナ船型とSR221Cタンカー船型を対象に,向波および斜波中での応答関数を水槽試験結果と比較した.その結果,CFD推定結果は,船体運動と抵抗増加ともに,広範な船速,波向き,波長域で水槽試験と良く一致することを確認した.またSR108コンテナ船型の波浪中船体運動については,ストリップ法およびランキンソース法推定結果との比較も行い,CFD計算結果は既存の線形計算法推定結果に対し推定精度が改善されることを確認した.

次に,WISDAM-Xコード計算結果に基づく波浪中流場構造の検討を実施した.まず波浪中抵抗増加への寄与が大きい低速肥大船の船首フレア部の波浪中圧力に着目し,SR221C船型を対象に,向波中で実験計測結果と計算結果との圧力時系列レベルでの詳細な比較を行った.船首フレア部圧力の計算結果は,圧力ピーク値について計測結果と良く一致するとともに,短波長域での衝撃的圧力波形の発生を含め,圧力波形レベルで流場の特徴を良く再現することが確認された.次に,斜波中低速肥大船まわりの流場について,WISDAM-Xコード計算による検討を行った.その結果,船首近傍の波上側に非定常自由表面衝撃波の発生含む非線形性の強い特徴的な流場が形成され,斜波中での波浪中抵抗増加特性と関連することを明らかにした.また,WISDAM-Xコードによる波浪中船首変更船型の比較シミュレーションより,水面上船首形状変更による波浪中抵抗低減が,船首部非定常造波パターンの変化に起因する船首フレア部の平均圧力レベルの低下によることを示し,船首形状の変化が抵抗増加に及ぼす影響を,船首流場の違いに基づき明らかにした.このように,WISDAM-Xコードによる波浪中シミュレーションにより,抵抗増加など積分量の推定精度向上ともに,従来の推定手法では得ることが難しかった波浪中圧力分布や波高分布など,船体まわり非定常流場情報が得られること,また,それに基づき波浪中性能向上に有益な指針が得られることなど,WISDAM-Xコードの波浪中性能推定手法としての有効性が示された.

第3部では,WISDAM-Xコードの実船の実海域性能評価への適用を目的とし,波浪中CFDシミュレーションを援用した実海域性能推定法を構築し,北太平洋航路のコンテナ船を対象に,実海域海象条件での性能推定を実施して,実船航海実績との比較により妥当性を検証した.波浪中CFDシミュレーション結果を用いた実海域性能推定結果は,短期海象中での船速低下・シーマージンに関し航海実績の平均値と良く一致することを確認した.また航路上での長期平均性能についても,シーマージンに対する季節感変動を良く再現することが確認された.この結果より,WISDAM-Xコードは.実船の実海域性能推定に対しても有効な手法として活用しうることが確認された.

以上のように,WISDAM-Xコードによる性能推定は,波浪中性能推定に関する様々な問題に適用しうるとともに,積分値で与えられる性能評価量を高精度で推定しうるとともに,船体まわり流場に基づく波浪中性能評価が可能となることにより,極めて有効な推定手法として活用しうることが確認された.

本研究は,従来線形算法や実験的手法による取扱いが行われてきた船舶波浪中性能研究の分野に,新たにCFDシミュレーション技術を導入し,船体まわり流場現象の推定に基づくに性能評価手法を構築してその有効性を示すことにより,船舶の波浪中性能推定法の新たな発展の礎を築いたものであると位置付けられよう.

審査要旨 要旨を表示する

近年,我が国の造船技術戦略会議での議論を端緒として,船舶の製品価値をその生涯価値であるLife Cycle Value(LCV)で評価し,船舶の開発・設計におけるLCV向上の重要性が海事産業界で広く認識されつつある.船舶性能の観点では,実海域航行時の推進性能の向上と安全性の確保がLCV向上を図る上で重要となる.このためには,実海域での船舶の波浪中性能を設計段階において高精度な推定に基づく評価を可能とするとともに,実船の航海時の計測を通じた推定精度の検証や,実船計測結果の設計段階へのフィードバックにより,実海域での船舶波浪中性能の推定・評価技術の高度化を図ることが求められる.

本研究は,このように近年重要性の高まりつつある波浪中性能に着目し,船舶波浪中性能の高精度評価を可能とする推定技術の実現を目的とし,波浪中船体運動CFDシミュレーションに基づく波浪中性能評価技術を構築するとともに,推定精度を評価し,各種波浪中性能推定に適用しその有効性を検証するものである.本研究は,3部より構成されている.

第1部では,波浪中性能評価への適用を目的とし,本研究で実施した任意波浪中船体運動のCFDシミュレーションコードWISDAM-Xの数値計算法について述べている.WISDAM-Xコードでは,波浪中での大振幅船体運動と入射波を高精度で安定的に計算するため,流場計算を船体近傍と遠方とに分割して行う重合格子法を導入している.また,船体まわり流場と船体運動との相互干渉を考慮し,波浪中船体6自由度剛体運動を厳密に計算する船体運動計算法を採用し,大振幅動揺を含む波浪中任意船体運動の取扱いを可能としている.自由表面の取扱いには密度関数法を採用し,船体近傍での非定常砕波などを含む任意の自由表面変形に対応するとともに,成分波の重ね合せによる不規則波浪場モデリング手法を構築し,不規則波中の船体運動シミュレーションにも対応可能としている.波浪場モデリング手法については,入射波伝播比較計算を実施し,波伝播が精度良く再現されることを確認しその妥当性を検証している.

第2部では,WISDAM-Xコードの船舶の波浪中性能推定への適用性の評価を目的とし,各種波浪中シミュレーションを実施して波浪中性能推定における有効性を検証している.まず,WISDAM-Xコードの推定精度検証を目的とし,波浪中船体運動と抵抗増加の推定結果を水槽試験結果と比較し,CFD推定結果が広範な船速,波向き,波長域で水槽試験と良く一致することを確認している.波浪中船体運動については,ストリップ法およびランキンソース法推定結果との比較も行い,CFDではこれら既存の線形計算法に比べ推定精度が改善されることを示している.次に,CFDシミュレーションによる各種波浪中流場構造の検討を実施している.まず,波浪中船体表面圧力に着目し,向波中で実験計測結果と計算結果との圧力時系列レベルでの詳細な比較を実施している.計算結果は,短波長域での衝撃的圧力波形の発生を含め圧力波形レベルで流場の特徴を良く再現することを確認し,CFDによる波浪中船体まわり流場推定の妥当性を示している.次に,斜波中低速肥大船まわりの流場について,船首近傍に非定常自由表面衝撃波の発生を含む非線形性の強い特徴的な流場構造を明らかにしている.さらに,波浪中船首変更船型の比較シミュレーションを行い,水面上船首形状変更による波浪中抵抗低減の要因を流場計算結果の考察に基づき流体力学的に明らかにしている.

第3部では,WISDAM-Xコードの実船実海域性能評価における有効性検証を目的とし,波浪中CFDシミュレーションを援用した実海域性能推定法の構築と,北太平洋航路のコンテナ船を対象とした実海域海象条件下の性能推定,および航海実績との比較による妥当性検証結果を述べている.推定結果と実船航海実績との比較では,短期海象中での船速低下・シーマージンに関し航海実績と良く一致することを示している.また航路上での長期平均性能についても,シーマージンの季節間変動を良く再現することを示し,WISDAM-Xコードの実海域性能推定手法としての有効性を検証している.

このように,本研究で開発されたCFDシミュレーション技術は,波浪中性能推定に関する様々な問題に適用可能であるとともに,船体まわり流場に基づく波浪中性能の高度な評価が可能であり,今後船舶設計のための新しい手法として、またLCV向上のため極めて有効な船舶の性能推定手法として活用しうることが期待される.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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