学位論文要旨



No 120627
著者(漢字) 岸本,健史
著者(英字)
著者(カナ) キシモト,ケンジ
標題(和) 異方的イオン伝導性高分子材料の構築と構造制御
標題(洋) Development and Structural Control of Anisotropically Ion-Conductive Polymer Materials
報告番号 120627
報告番号 甲20627
学位授与日 2005.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6092号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 溝部,裕司
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 助教授 橋本,幸彦
内容要旨 要旨を表示する

液晶は動的・異方的特性を併せ持つ、代表的な自己組織性分子である。単独では秩序構造を持ち得ない機能性分子を、液晶の自己組織化プロセスを利用して低次元秩序化する手法は、ナノレベルでの分子素子開発などの観点から非常に注目すべき手法であると考えられる。機能性分子の液晶化には、様々な分子相互作用を利用することが有効である。中でも、相溶しない分子コンポーネント同士が形成する、ナノメーターレベルでの相分離構造を利用すれば、機能性分子を高度に組織化することが可能であると考えられる。さらに、この低次元相分離構造を巨視的なレベルまで配向させることができれば、バルク材料として異方的機能を持つ新しい高機能材料の開発が行えると考えられる。

本研究では、比較的高いイオン伝導性を示すことが知られているオリゴエチレンオキシド、および液晶性メソゲン構造を有する様々な液晶性分子を設計・合成し、それらが形成するナノ相分離構造を利用して、異方的イオン伝導性高分子材料の開発を行った。これにより作製される材料は、新しいエネルギー・情報伝達材料、電池用電解質材料、生体を模倣した透過膜材料などへの応用が期待できる。

イオン伝導部位であるオリゴエチレンオキシド、絶縁性であり、分子配向・液晶性を誘起するメソゲン構造、構造固定化のための重合基をブロック的に化学結合させた液晶性モノマーを設計、合成した。この化合物に対してリチウム塩を添加して得られた複合体は、室温を含む温度範囲で層状の秩序構造を有するスメクチック液晶相を形成した。また、等方相からスメクチック液晶相に徐冷した試料は基板上で均一に垂直配向した。複合体に光ラジカル発生剤を少量添加し、垂直配向させた状態で紫外光照射を行った。これにより、側鎖型液晶性高分子/リチウム塩複合体を得た。この複合体は、比較的熱安定性に優れた透明なフィルムとして得られた。電界放出走査型電子顕微鏡により、フィルムを観察したところ、ナノレベルで相分離したレイヤー構造が、巨視的なオーダーまで精密に配向していることが確認できた。また、X線測定によりフィルムのナノ構造を詳細に調べたところ、このフィルムでは、主鎖から上下に伸びたエチレンオキシドからなるイオン伝導層とメソゲン部位からなる絶縁層が、交互に巨視的なオーダーまで積層していることがわかった。この場合、配向構造に基づく異方的なイオン伝導性を示すことが期待される。このフィルムに対して、複素インピーダンス法を用いてイオン伝導度測定を行った。その結果、このフィルムはスメクチック相のレイヤー方向のイオン伝導度が、レイヤーに垂直な方向よりも高い値を示す異方的イオン伝導材料であることがわかった。具体的には例えば、35 °C付近においては、それぞれレイヤーに平行な方向のイオン伝導度が1.6 × 10-6 S/cm、 レイヤーに垂直な方向の伝導度が3.4 × 10-10 S/cmであった。このときの伝導度の異方性値は、約4.5 × 103倍と非常に大きく、モノマー状態で得られた配向構造が高分子化したことにより大きく安定化していることが示唆された。また、レイヤーに平行な方向のイオン伝導度は、別途作製した配向構造を持たないフィルムの伝導度と比較しても高かった。このことは、ナノ構造を巨視的なスケールまで精密に配列させることにより、効率のよいイオン伝導パスが形成されていることを示唆している。これは明確な異方的イオン伝導性を示す初めてのフィルム材料となった。

低分子液晶の配向構造を固定化するという手法を用いることにより、明確に異方的イオン伝導性を示すフィルム材料を作製することができた。しかし、室温でのイオン伝導度は10-6 S/cm 程度であり、実用的な観点から言えば充分な値とはいえない。固体イオン伝導材料としてのイオン伝導度の値は、一般的に10-3 S/cm 程度が必要と言われている。そこで、イオン伝導性部位を高分子液晶のナノ構造中に効率よく組み込むことにより、高イオン伝導性を示す異方性フィルムの開発を試みた。

前述した配向ポリマーは、イオン伝導部位が側鎖のスペーサーとして導入されているため、直接結合している主鎖骨格、およびメソゲン部位により運動性が低下していると考えられる。そこで、新たに側鎖の末端にエチレンオキシド鎖を持つ側鎖型スメクチック液晶性ポリマーを設計、合成した。この場合、エチレンオキシド鎖がポリマー主鎖からの運動性の束縛を受けないために、重合後においても高イオン伝導性を示すことが期待できる。

配向したスメクチック液晶性ポリマーの合成は、前述した方法と同様に、モノマー状態で均一配向制御したリチウム塩複合体に対し、光照射により配向構造を固定化することにより行った。得られた高分子複合体の異方的イオン伝導性を調べたところ、レイヤーに平行な方向のイオン伝導度は室温付近でも1.3 × 10-3 S/cmと非常に高いことがわかった。また、DSC測定の結果から、末端に導入されたエチレンオキシド鎖由来のガラス転移点は-45 °Cであることがわかった。これは、室温以上の温度範囲では非常に運動性の高い状態であることを示唆している。このように、運動性の高いエチレンオキシド鎖を、液晶の形成するナノ相分離構造中で効率よく組織化することにより、高イオン伝導性を示す液晶性高分子材料が開発できた。

配向構造を持った液晶性高分子材料は、異方的イオン伝導性、および自立性を併せ持つ新しいイオン機能材料となったが、これら高分子の巨視的な配向構造は、いったん崩れてしまうと、その回復が非常に困難であると考えられる。そこで、配向特性に優れた低分子量のイオン伝導性液晶を高分子のネットワーク内に膨潤させることによって、自立特性に優れ、動的に配向構造を回復させることが可能な異方的イオン伝導性液晶化学ゲルの開発を行った。

エチレンオキシド鎖・メソゲン部位を有するブロック型の低分子液晶と、それに類似した構造をもつ二官能モノマーを同時に設計・合成した。これらの化合物とリチウム塩との複合体は、様々な混合比においてスメクチック液晶相を示した。液晶相において配向させた試料に対して光照射を行うことで、二官能モノマーの重合反応を行った。これにより、異方的イオン伝導性を示す低分子液晶を溶媒とした液晶化学ゲルの作製に成功した。このゲルは低分子量成分とポリマーネットワークがミクロ相分離した構造を形成しており、巨視的にはフィルム状の固体材料となった。このゲルは、均一配向した低分子液晶のナノ相分離構造に基づく異方的イオン伝導性を示した。また、得られたポリマーネットワークは元の配向構造を反映しており、この配向したネットワーク中では膨潤した低分子液晶が熱可逆的に配向構造を回復させることもわかった。このように、ナノ相分離構造、およびミクロ相分離構造を階層的に巨視的な秩序まで組み上げることにより、自立性・異方的イオン伝導性・配向構造回復能を併せ持った新しい液晶性複合材料の開発に成功した。

本論ではイオン伝導性分子構造、および絶縁性分子構造からなるナノ相分離構造を有する液晶分子を用い、異方的なイオン伝導性を示す種々の高分子材料を構築した。これらの材料では、液晶中で各分子コンポーネントが形成するナノ相分離構造を、効率よくデザインすることが高機能・高性能発現の鍵となる。また、ナノレベルで相分離した液晶とミクロ相分離したネットワークを階層的に組み上げることにより、自立性・動的特性・高イオン機能を併せ持つ材料の開発も行うことができる。このように、液晶、および液晶性複合体が形成する様々なスケールの相分離構造を巨視的なレベルまで制御する試みは、イオン伝導機能を示す材料のみならず、新しい異方的機能性材料の設計指針となると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

液晶性化合物が形成する低次元の秩序構造の活用は、分子の組織化による機能発現に有用である。本論文においては、液晶分子の形成するナノ相分離構造の配向構造制御、及びそれらの配向構造を固定化して得られる異方的イオン伝導性高分子材料について述べられており、6章から構成されている。

第1章は序論であり、液晶の構造と液晶性発現のための要因について述べ、それらを利用して作製した機能材料について記述している。また、イオン伝導性高分子材料における近年の発展とイオン伝導機能向上のためのアプローチを系統的に紹介している。さらに、本論文の内容との関係が深い、これまで報告のある液晶性を持つイオン伝導体について詳細を述べ、それらの材料では達成されていない、巨視的な配向構造を持った高分子イオン伝導体の開発への意義を述べている。

第2章では、巨視的な配向構造を持ったイオン伝導性高分子液晶の合成と、そのイオン伝導性について述べている。ここではまず、ナノ相分離構造を有する低分子量の液晶性モノマー/リチウム塩複合体の基板上での均一配向制御ついて述べている。このようにして得られた配向試料に光重合反応を行うことにより、目的の配向した高分子液晶複合体が得られたことを示している。これは異方的なイオン伝導性を示す初の有機固体材料である。ここでは、イオン絶縁部位とイオン伝導部位が形成するナノ相分離の形成・構造の固定化が、材料の開発の鍵となることを示している。

第3章では、第2章で合成された、巨視的な配向構造を持ったイオン伝導性高分子と類似構造を有する低分子量の液晶性化合物を設計・合成し、そのナノ構造とイオン伝導性について調べた結果について述べている。このような低分子量の液晶性化合物と比べると、第2章で得られた液晶性高分子の内部には非常に効率のよいイオン伝導パスが形成されていることを示している。これは、高分子化によりナノレベルで相分離したイオン伝導パスが構造的に安定化したためであると結論付けている。また、この液晶性高分子は、構造自立性を持っているために汎用性の高い材料であることも述べている。

第4章では、配向構造を持った高分子材料について、大幅にイオン伝導性を高速化するアプローチ、及びそれに基づく実験結果について述べている。第2, 3章で述べられた低分子液晶の形成する配向ナノ相分離構造の固定化というアプローチに加え、液体電解質のような流動性の高い状態のイオン伝導部位をナノ相分離構造に効率よく導入・組織化することで、単独の高分子材料としては初めて、室温付近で10-3 S cm-1オーダーのイオン伝導性を示す材料の開発に成功している。この高イオン伝導性は、イオン伝導部位を側鎖型液晶の側鎖末端に導入することにより達成される。同一の分子コンポーネントを有する、側鎖のスペーサー部位にイオン伝導部位を導入した材料や、無定形の側鎖型イオン伝導性高分子との構造の違いとイオン伝導性についての比較を行い、本章におけるアプローチの有用性を証明している。

第5章では、低分子量の異方的イオン伝導性液晶を溶媒として用いたゲル材料について、その作製法、相分離構造、イオン伝導性を調べた結果について述べている。ここでは、低分子異方的イオン伝導性液晶、及びそれらと類似構造を持つ多官能モノマーからなる液晶性複合体に対して、配向制御した後に光重合反応を行うことで、巨視的な配向構造を持った化学ゲルの作製に成功している。この材料においては、低分子液晶のナノ相分離構造と、それらとミクロ相分離するポリマーネットワークによる階層的な相分離構造の形成が異方的イオン機能の鍵となる。この場合、異方的イオン伝導性を示す低分子液晶が、ネットワーク中で何度でもその配向構造を回復することができる。このため、自立性・異方的イオン伝導性・可逆的な構造形成能を併せ持った、これまでにない高機能・高性能の固体イオン伝導性材料が得られたとしている。

第6章は、本論文のまとめと、得られた材料についての展望を述べている。ナノ相分離構造を有する液晶性材料の配向構造制御と構造の固定化というアプローチは、本論文で述べられたように高異方性・自立性・高イオン伝導性材料の開発のみならず、様々な機能性分子部位の高機能化に応用が可能であると考えられ、本論文で得られた知見は新規液晶性機能材料の発展に寄与するところが大きいと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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