学位論文要旨



No 120628
著者(漢字) 高見,和之
著者(英字)
著者(カナ) タカミ,カズユキ
標題(和) 自己組織化する無機/有機ナノ傾斜材料の創製とその特性、および実用化に関する研究
標題(洋)
報告番号 120628
報告番号 甲20628
学位授与日 2005.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第6093号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 渡部,俊也
 東京大学 助教授 瀬川,浩司
 東京大学 助教授 大越,慎一
 東京大学 助教授 芹澤,武
内容要旨 要旨を表示する

序論

昨今の道具の多様化、用途の広範囲化に伴い、材料に期待される特性も既成概念を超えるケースが多くなった。例えば、プラスチックとセラミックの両方を上手く混ぜ合わせた有機・無機ハイブリッド材料は、プラスチックの軽さ・柔らかさと、セラミックスの耐熱性を兼ね備えた、これまでにない新しい物性を実現し実用化するに至っている。

一般的にこれらハイブリッド材料は均質な組成分布をしているが、特殊な用途や目的に適うためには、あえて不均質である方が好ましい場合もある。このような発想から生まれた新規材料がハイブリッド傾斜材料である。傾斜構造中には少なくとも2成分が存在するが、そのサイズの大小を無視すれば、各々の組成からなるドメインは必ず存在する。仮にそのドメインサイズは明確に識別できる大きさであったとしても、そのサイズよりも大きな領域で決定される物理的性質にとって、その構造は連続的であると見ることができる。物理物性の連続的な変化は、応力緩和機能、異種界面の安定的な接合、光学的特性など多くの機能が期待される。

有機基板への無機コーティング技術に対するニーズの高まりと、無機コーティングの技術の目覚ましい進歩から、無機/有機傾斜材料に最も期待される用途も、無機薄膜と有機基板との中間層としての役割であろう。径時的な無機薄膜の剥離やクラッキング現象は、硬度、ヤング率、熱膨張率、熱収縮率等の物理的特性が界面を介して突然変化していることに起因しており、その応力集中を緩和する機能が中間層に求められる。さらにこの場合、有機にはなんらかの意匠が施されている場合が多く、それらのコーティングによって基板の意匠性が損なわれるべきではない。すなわち同時に高い透明性をも維持する必要があることが多い。このような背景から、これまでの例にあるような1mm以上の構造からなる無機/有機傾斜機能材料ではなく、その構造が1mm未満、好ましくは100nm未満の構造からなる無機/有機成分傾斜材料が強く求められている。しかしながらこの様な無機/有機成分傾斜材料は、残念ながら今のところ報告例がない。

また一般的によく使われている傾斜材料の製造方法は、傾斜構造発現の仕掛けをプロセス技術によって行っている。これらの作業は、人為的であるが故制御が容易ではあるが、大がかりな機械を必要とし作業者に熟練の技術や過度の作業を強いることも多い。このような背景から、傾斜材料のプロセス開発における次の課題は傾斜構造の自己組織化にあると考えられる。すなわち、大がかりな機械を必要とせず、また作業者に負担を強いることなく、その材料が自発的に傾斜構造を形成するプロセスの開発こそが次世代の傾斜材料に求められる最大の課題であると思われる。

高分子化合物の吸着過程を利用した自己組織化無機/有機成分傾斜薄膜の設計とその特性

近年、分子間の相互作用を利用し、分子の特異的な配向・構造を自発的に形成させた自己組織化構造の研究が盛んに行われている。これらの構造体は自然界でも多く見出すことができ、いずれも興味深い機能を発揮している。とりわけ高分子化合物はそれ自身が必ずなんらかの高次構造を発現させており、遺伝子・タンパク質がその高次構造の面からも極めて巧妙で特異的であることは周知の通りである。我々はこの高分子の高次構造による自己構造化に着目した。

本章で開発した無機/有機成分傾斜薄膜は、高い透明性を維持しながらも数十nmの大きさの成分傾斜構造を有し、基体の意匠性を損なうことなく有機基板と無機コーティングの接合を極めて安定にすることが期待される。この成分傾斜構造は有機主鎖と無機側鎖を基板の垂直方向に特異配向させた結果であり、その高分子の分子量、分子構造、溶液の濃度、基板の特性、ゾルゲル反応に伴う無機側鎖の伸長反応によって著しく制限されることが明らかになった。とりわけ(2)高分子鎖中の異なる特性を有したセグメント間で、分離の挙動とその干渉がバランス良く生じること。(3)高分子鎖がそれらの要因のみで決まるコンフォメーションを取り得る事など高分子鎖がモノレイヤー吸着した場合の高分子のコンフォメーション制御の重要性が指摘されている。

上記の結果から、成分傾斜層の形成が有機高分子化合物の特性のみで決まり、ゾルゲル反応由来の諸現象には影響を受け難いことを示唆すると同時に、表面無機層の形成は、逆に、ゾルゲル反応由来の諸現象に強く影響を受けることが示唆された。

これらの実験事実を鑑み、成分傾斜薄膜の成膜過程において以下のようなモデルが提案される。成分傾斜構造の発現が高分子の吸着過程に大きく寄与している以上、成分傾斜構造のおおよその形も、高分子の吸着時に形成されると予想される。つまり有機基板を成膜液に接触させると、直ちに成分傾斜構造が形成され始めると考えられる。一方、表面無機膜は従来の成膜過程と何ら相違点はなく、溶媒の乾燥時に薄膜が形成されると考えられる。つまり、成分傾斜構造と表面無機層は同時に成膜されるのではなく、成膜プロセス中に順次形成されると考えられる。例えば、ディッピング法による成膜の場合、基板を成膜液に浸積させた段階で成分傾斜層が形成されるのに対し、基板を成膜液から引き上げる段階で表面無機層が形成されると考えられる。

なおこの成分傾斜構造は、高分子の吸着に形成される高次構造の変化を阻害しない限り、スピンコート法、ディッピング法のみならず、バーコーティング法、スプレーコーティング法などの様々な成膜方法に適応可能であると予想され、無限の市場・用途への展開を可能にできると期待される。またその高次構造の阻害因子を少なくするための溶媒選定、分子設計も行った。これらの成果も、この技術の実用化に大きく貢献する技術であると考えられる。

反射防止機能を有する無機/無機/有機三層傾斜薄膜の自己組織化

我々が開発したSiO2/PMMA系成分傾斜薄膜はその組成がSiO2からPMMAへ連続的に変化しており、その屈折率も連続的に変化していることが示唆されている。結果として、その反射率は表面のシリカ層のみで決まり、被覆前のプラスチック基板よりも優れた透明性が、光の干渉無しに得られることが明らかになっている。

塗工液中に含まれる2種類の金属アルコキシドの組み合わせを、その反応速度速度差が最も大きくなるように設計することによって、2種類の無機層が均一に混合された無機薄膜が形成されることはなく、反応活性なチタニア成分が内部に、反応不活性なシリカ成分が表面に分離した構造を取ることが明らかになった。得られた薄膜の反射率は、シリカ/PMMA系成分傾斜薄膜の反射率よりもさらに低い反射率を発現し、加えて低反射を実現した波長範囲も非常に広いことが明らかになった。

一般的な光学的機能薄膜は、複層化した無機薄膜で形成されることが多い。例えば反射防止機能薄膜は、基板上から順に高屈折層、低屈折率層を複層化することによって得られる。その代表的な構造としてSiO2/TiO2被膜が挙げられる。一般にこれらの反射防止膜を有機基板上に形成させる場合、有機基板への接着層(中間層)の成膜、TiO2層の成膜、SiO2層の成膜と少なくとも3回の製造工程を必要とする。この事実は製造コスト上、反射防止コーティングを狭い高付加価値市場へ展開せざるを得ないことを余儀なくされる。換言すると、より汎用に、より安価に、より広い範囲で利用可能となる反射防止コーティング技術は、膨大な新規市場を創造することも可能であることを示唆している。

無機/有機傾斜材料を用いた高耐久性光触媒フィルムの設計

現在既に多種多様な光触媒コーティング膜が市場を賑わしており、ガラス等無機物への応用のみならず、有機高分子や塗装等にも適応され始めている。有機高分子等に光触媒をコーティングする場合、基材の光触媒劣化を防ぐために、光触媒劣化を受け難く且つ基材及び光触媒層との接着性に優れた中間層を介在させることが必要となる。既に幾つかの商品が上市されているが、経時的な界面接着力の低下や干渉色の発生等が生じることがある。しかしながら、光触媒層と中間層、あるいは基材と中間層との界面で経時的に生じる現象やその機構はよく分かっていない。まずこのような界面での現象を把握・解析し、基材の適応範囲を広げ、信頼性のある中間層素材の開発の指針を得ることを目的に検討を行った。

種々検討の結果から、有機接着剤を光触媒中間層に用いた場合では、薄膜の安定性は十分であるが、光触媒に対する耐久性に欠け、無機接着剤を光触媒中間層に用いた場合では、光触媒に対する耐久性は十分であるが、層形態の安定性に欠けることが明らかになった。すなわち光触媒中間層に理想的な構造とは、有機基板側には有機成分が、光触媒層側には無機成分が配しながらも、その間の有機成分と無機成分の成分比率が膜厚方向に連続的かつ顕著に変化した有機・無機成分傾斜薄膜が好ましい。つまり、我々の開発した成分傾斜薄膜が、光触媒中間層の理想的な構造の一つに完全に一致することが明らかになった。

実際に成分傾斜薄膜を中間層に用いた光触媒コーティングは、加速耐光試験にて市販品を遙かに凌駕する優れた耐光性を示すことが実証された。実用面において大いに期待されていながらも、実用化への課題が満載であった有機基体への光触媒コーティング技術において、本技術が大きな技術革新の先駆けになると大いに期待される。なおこの技術は、既に宇部日東化成株式会社に技術移転され、事業化に向けての検討が進められ、平成14年下期に上市されている。現在もさらなる改善のために検討が進められている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章より構成されており、有機成分と無機成分の組成比が過去に類を見ない数十nm〜100nmの範囲で連続的に変化し、かつこの構造が自発的に発現する傾斜材料を、二つの視点から検討している。一方は高分子の吸着過程を利用するものであり、他方は高分子のIPN構造を利用したものである。またこれらの傾斜材料への多機能化や実用化についても検討を行っている。

第1章では傾斜材料の紹介と研究の目標が設定され、それに続く第2章、第3章では、それぞれが異なるアプローチによって検討された、有機成分と無機成分の組成比が数十nm〜100nmの範囲で連続的に変化した自己組織化無機/有機成分傾斜薄膜の具体的な研究成果が示されている。第4章では、第2章で得られた自己組織化無機/有機成分傾斜薄膜の表面無機層内に新たな傾斜構造を付与することによってその光学特性を改善した低反射薄膜の具体的な研究成果が示されている。第5章では、光触媒酸化チタンを塗工した機能表面プラスチックフィルムを例に挙げ、第2章で得られた自己組織化無機/有機成分傾斜薄膜の具体的な実用化例が示されている。最終章では、全体の総括と研究に関する将来展望が述べられている。

第1章は序論である。傾斜材料が日本発の機能材料であり、生物の特殊な構造材料や世界の最先端材料で特に高強度材料として注目を集めている傍ら、近年ではその傾斜構造を利用した光学的特性、電気・磁気的特性など様々な物性も期待され、かつ研究が進められていることをまとめている。一方、その傾斜構造は数mm以上の大きさであることが多く、光学的特性を期待するために好適な100nm未満の大きさでの傾斜構造は例が少ないことも指摘している。加えて、傾斜構造を形成させる手法も煩雑になりやすく、簡易な手法で自発的に傾斜構造を発現させる自己組織化プロセスの検討も重要であることに言及している。

第2章では、無機高分子を側鎖に有する高分子化合物が有機基板に吸着したときに形成される吸着形態(高分子の高次構造)に着目している。無機側鎖を有した無機・有機共重合高分子化合物が有機基板に吸着した際、有機主鎖や無機側鎖が基板の垂直方向に傾斜分布する。この薄膜を乾燥・熱処理することで無機側鎖をゲル化させ傾斜分布を固定することによって、数十nmの大きさの無機/有機傾斜薄膜を完成させている。この傾斜構造は、高分子の分子量、分子構造、溶液の濃度、基板の特性、ゾルゲル反応に伴う無機側鎖の過度な伸長反応によって著しく制限されることも明らかになっており、その無機側鎖の伸長に伴う阻害因子を少なくするための溶媒選定、分子設計も行われている。またこの傾斜構造は高分子の吸着時に形成される高次構造を阻害しない限り、スピンコート法、ディッピング法のみならず、バーコーティング法、スプレーコーティング法などの様々な成膜方法に適応可能であり、また基体の意匠性を損なうことなく有機基板と無機コーティングの接合を極めて安定にすることも期待できることから、無限の市場・用途への展開や貢献が大いに期待される。

第3章では、有機高分子化合物の混合技術の一種であるInterpenetrating Polymer Network(相互侵入網目構造)に着目し、無機高分子の三次元網目構造に絡み合った有機高分子鎖がゆっくりと解絡する途中で薄膜を乾固させて得るという新しい手法によって、他に類を見ない100nmスケールでの傾斜薄膜を完成させている。IPN構造は通常、本質的に混じり合わない2種類の高分子化合物の絡み合い構造を幾何学的障害によって安定させるが、本研究ではその幾何学的障壁が少ないsemi-IPN構造や架橋密度の低いfull-IPN構造を有した無機・有機ハイブリッド分子を作成し、成膜時に高分子の解絡に伴う2成分の相分離挙動が生じるように調整した。次に溶媒を選定することで乾燥速度を調整し、その相分離挙動の途中で薄膜を乾固させることで100nmスケールでの傾斜薄膜を作成している。また、その傾斜構造を容易に形成されるための分子設計も行われている。この傾斜構造もまた様々な成膜方法に適応可能であり、また基体の意匠性を損なうことなく有機基板と無機コーティングの接合を極めて安定にすることも期待できる。

第4章では、第2章で得られた自己組織化無機/有機成分傾斜薄膜の表面無機層内に新たな傾斜構造を付与することによって機能化を図っている。塗工液中に含まれる2種類の金属アルコキシドの組み合わせを、その反応速度差が最も大きくなるように設計することによって、反応活性なチタニア成分が内部に、反応不活性なシリカ成分が表面に傾斜分布した構造を取ることを明らかにした。得られた薄膜の反射率は、第2章で得られたシリカ/PMMA系成分傾斜薄膜の反射率よりもさらに低い反射率を発現し、加えて低反射を実現した波長範囲も非常に広いことが明らかになった。

第5章では光触媒酸化チタンを塗工した機能表面プラスチックフィルムを例に挙げ、第2章で得られた自己組織化無機/有機成分傾斜薄膜の具体的な実用化例が示されている。有機高分子基板に酸化チタン光触媒をコーティングする場合、基材の光触媒劣化を防ぐために、光触媒劣化を受け難く且つ基材及び光触媒層との接着性に優れた中間層を介在させることが必要となる。有機接着剤を光触媒中間層に用いた場合では薄膜の安定性は十分であるが光触媒に対する耐久性に欠け、無機接着剤を光触媒中間層に用いた場合では光触媒に対する耐久性は十分であるが、薄膜の安定性に欠ける。これに対し傾斜薄膜を中間層に用いた光触媒コーティングは上記の問題は発生せず、加速耐侯試験にて市販品を遙かに凌駕する優れた耐久性を示すことが実証された。実用面において大いに期待されていながらも実用化への課題が満載であった有機基体への光触媒コーティング技術において、本技術が大きな技術革新の先駆けになると大いに期待される。

第6章では、全体の総括と研究に関する将来展望が述べている。高分子の高次構造を利用した自己組織化材料は生体内の機能材料では多く認められるが、傾斜材料分野では他に類を見ない新しい手法である。本研究が自己組織化する傾斜薄膜の研究を100nm以下というナノスケール傾斜材料という新しい領域へと展開させたことを指摘し、その将来展望について述べている。

以上のように、本論文では新規材料の創製と応用並びに実用化について多くの提案が成されており、材料化学を始めそれに関連する様々な学際領域の発展に寄与しうるものと認められる。

よって本論文は博士(学術)の学位申請論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク