学位論文要旨



No 120629
著者(漢字) 湯川,抗
著者(英字)
著者(カナ) ユカワ,コウ
標題(和) 企業間ネットワークからみた東京におけるインターネット企業のクラスターの研究
標題(洋)
報告番号 120629
報告番号 甲20629
学位授与日 2005.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第6094号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馬場,靖憲
 東京大学 教授 後藤,晃
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 助教授 元橋,一之
 東京大学 教授 荒井,良雄
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、インターネット企業に焦点をあて、東京都区部におけるクラスター内部の企業間ネットワークの生成メカニズムを明らかにし、ネットワークのもつ機能がクラスターの発展に与える影響を考察したものである。

インターネット企業は、1990年代後半以降、IT産業の成長に対して強いインパクトをもつ企業として着目されてきた。しかし、日本標準産業分類に基づく官庁統計ではこれらの企業の活動を正確に捕捉することができないため、当該企業に関する実証研究はなされていない。本論文では、インターネット企業に関する国際標準の定義となった"Measuring the Internet Economy"の定義を援用して、インターネット企業の独自データベースを構築した上で、企業レベルの実証研究を行った。この独自データベースには2003年7月末時点で、上場企業43社を含む1,442社のインターネット企業のサンプルが含まれている。これらの企業が最も集中立地しているのは港区、渋谷区であり、都心5区に集中する傾向があるものの、企業業績に地区による有意な差は見られない。したがって、都区部全体をひとつのクラスターとして捉えることができる。

東京都区部におけるインターネット企業の企業間ネットワークをIT企業のクラスターの成功例とされているシリコンバレーにおける企業間ネットワークと比較すると両者は以下の点で異なることが明らかになった。まず、シリコンバレーでは企業間関係の仲介者は主にベンチャーキャピタルであるのに対して、東京では既存の大企業である。次に、シリコンバレーではこれらの企業間関係の仲介者により濃密な企業間ネットワークが形成されているのに対して、東京の企業間ネットワークは疎な構造になっている。最後にシリコンバレーでは企業間ネットワークがクラスターの発展に貢献したとされているのに対して、東京では企業間ネットワークはクラスターの発展に貢献していない。このことはシリコンバレーのような既に成功したクラスターから、我が国インターネット企業のクラスターが学べることには限界があることを示唆している。

本論文の具体的な内容は以下のとおりである。:第1章、及び第2章では本論文の目的、意義、分析の枠組みに関して述べた上で、クラスター内部の企業間ネットワークに関する実証分析がどのようにクラスター理論の発展へ貢献するのかを論述した。

第3章では、インターネット企業のプロフィール、既存の情報系中小企業との違い等、本論文で用いたデータベースの構造を詳細に論述した。また、インターネット企業の平均売上高増加率は2000年から2001年の間では267%、2001年から2002年の間では64%であり、高い成長性があること、及び2000年は−173%であった平均売上高当期利益率が2002年には−14%へと縮小しており、収益性が劇的に改善していることを明らかにした。これらの事実からインターネット企業はインターネットバブル崩壊後も好調な業績を保っていることを実証した。

第4章では、都区部を更に細かい地域に分割してインターネット企業の立地状況の詳細を確認して分析単位の検討を行った。各地域別の業績データを分析して、企業業績には地域別の有意な差が見られないことを明らかにし、このことから東京都区部をクラスターとしてひとつの分析単位とすることの正当性を論述した。

第5章では、インターネット企業の企業間ネットワークの生成メカニズムに関して分析を行った。具体的には、役員、投資家、取引銀行を媒介にした企業間ネットワーク、及び同一の仕入先、販売先をもつ企業間ネットワークに関する分析から、以下の点を解明した。

企業間ネットワークは兼任役員によってはほとんど形成されていない。また、投資家によって形成された企業間のネットワークは多くの企業に投資を行っているベンチャーキャピタルよって形成されているのではなく、少数の企業に対して投資を行う多くの大企業によって形成されている。

仕入先企業は回線やPC等の標準的ハードウエアを販売する企業であり、インターネット企業に対してほとんど影響力をもっていない。一方で、販売先企業は大手IT企業が多く、これらの企業はネットワークの形成に大きな影響力がある。特にNTTドコモ、KDDI、ボーダフォンといった大手携帯電話会社は、多くの企業から製品やサービスを購入しており、企業間ネットワークの形成に非常に大きな役割を果たしている。

第6章では、第5章で抽出した個々の企業間ネットワークにおける個々のインターネット企業のネットワーク指標を計測し、企業間ネットワークの構造が企業業績に与える影響に関して計測した。この結果、企業間ネットワークが直接的には業績に影響を与えていないことを確認すると共に、企業業績に関するネットワーク分析の限界を明らかにした。

第7章は、以上の分析から得られたクラスター政策への示唆をまとめている。東京都区部のインターネット企業のクラスター内部の企業間ネットワークは、主に大手企業によって形成されており、大企業を中心とした企業間ネットワークの形成や効果に関してもクラスター政策の検討を進める余地がある。

我が国の産業政策は、これまでシリコンバレー型クラスターの発展を目指し、その方法を模索すると共に制度整備を進めてきた。しかし、本論文が明らかにしたクラスター内部の企業間ネットワークに関する分析結果から考察すると、シリコンバレーのような既に成功を収めたクラスターをモデル化して単純に現実に応用する政策対応が必ずしも望ましくいとは限らない。本論文における分析からは、日本の特性を考慮したクラスター政策を検討する必要があることが示唆される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、インターネット企業に焦点をあて、東京都区部におけるクラスター内部の企業間ネットワークの生成メカニズムを明らかにし、ネットワークのもつ機能がクラスターの発展に与える影響を考察したものであり、以下の2点において新規性、及び学術的貢献が認められる。

第1に、官庁統計等日本標準産業分類に基づく統計ではインターネット企業の活動を正確に把握することができないため、データに基づく実証分析はこれまで行われていない。本論文では、インターネット企業に関する国際的定義を援用し、独自データベースを構築した上で、インターネット企業の活動を正確かつ定量的に把握している。データベースに含まれる企業のサンプル数は2003年7月末時点で1,442社であり、インターネット企業は2000年のインターネットバブル崩壊後も好調な業績を保っていることを明らかにしている。

第2に、本論文では、これらの企業がどのような関係の仲介者によって、どのような企業間ネットワークを形成するに至ったのか、その生成メカニズムを明らかにしている。特に、投資家によって形成された企業間のネットワークは多くの企業に投資を行っているベンチャーキャピタルよって形成されているのではなく、少数の企業に対して投資を行う多くの大企業によって形成されており、これら投資家間のネットワークはほとんど構築されていないことを明らかにしている。そして、シリコンバレーを発展させた企業間ネットワークと東京の企業間ネットワークの相違点を明らかにしている。また、販売先企業には大手IT企業が多く、特に大手携帯電話会社が企業間ネットワーク形成に果たした役割から、これらの企業がインターネット企業に対して強い影響力があることを指摘している。

本論文は東京都区部のインターネット企業の企業間ネットワークを詳細に分析することで、シリコンバレーのような既に成功を収めたクラスターをモデル化して単純に現実に応用する政策対応が必ずしも望ましくない点を指摘し、企業間ネットワーク特性を考慮した我が国独自のクラスター政策を検討する必要があることを示唆している。本論文の緻密な分析はこうした結論に十分な根拠と正当性を与えるものである。

審査における以上の試論を経て、本論文が博士論文としての水準を十分にみたすものであることに全審査委員が賛成した。

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認める。

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