学位論文要旨



No 120630
著者(漢字) 金城,聖文
著者(英字)
著者(カナ) カネシロ,キヨフミ
標題(和) 癌抑制遺伝子p53の転写制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 120630
報告番号 甲20630
学位授与日 2005.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6095号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 井原,茂男
 東京大学 教授 小宮山,眞
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 助教授 南,敬
内容要旨 要旨を表示する

細胞は、一定のバランスでホメオスタシス(恒常状態)を維持しながらも、一方で、外部の刺激に応答して、その状態を変化させるという、しなやかな性質を持つ。細胞のこうした生命活動は、その多くが遺伝子発現の変化によってもたらされ、これを精緻にコントロールする、複雑な転写制御機構によって維持されている。哺乳類細胞においては、遺伝子発現を正、または負に制御する転写因子が多数存在していることが知られ、こうした転写因子が、遺伝子のプロモーター領域のどこの部位に結合するかが転写制御研究の中心であった。しかし、最近の網羅的ChIP-chip解析により、転写因子結合部位の多くが、いわゆる遺伝子プロモーター領域に限らず、広くゲノム領域全体に渡って存在していることが明らかとなってきた。ゲノムの各領域において、転写因子はどのような役割をもっているのか。転写因子の、こうした非従来型結合の役割を調べるため、ヒトENCODE領域(ヒトゲノムの約1%)における、p53結合部位、並びにヒストンH3、H4修飾領域を観察し、その結果生じる遺伝子発現変化との相関を調べることとした。

一定の閾値を満たす、p53結合部位、及びヒストンH3、H4アセチル化部位、ヒストンH3ジメチル、トリメチル化部位は、それぞれ40、512、416、541、275箇所存在することが分かった。p53結合部位においては、高い割合でp53結合コンセンサス配列が見られ、半数以上の領域において、ヒストンアセチル化が同時に観察された。p53結合部位をRefSeq遺伝子構造に基づいて、5'UTR上流5kb、第一イントロン、その他イントロン、エクソン、3'UTR下流5kb、非遺伝子領域の6つに分類したところ、領域毎にヒストンアセチル化率が異なることが分かった。また、各p53結合部位におけるp53濃縮率を定量的PCRによって定量したところ、領域毎に差があることが分かった。こうした結果は、p53結合部位が、ゲノム領域毎に機能的多様性を持つことを示唆する。特に、5'UTR上流5kb、3'UTR下流5kbにおいては、ヒストンH3、H4共にアセチル化が観察され、5'UTR上流に結合する際には遺伝子発現は増加し、3'UTR下流に結合する場合には遺伝子発現は減少する傾向が認められた。

これらの結果から、p53結合は遺伝子プロモーター領域外においても何らかの機能を担い、ゲノム領域毎に機能的多様性を持つことが示唆される。特に、遺伝子の5'UTR上流、3'UTR下流における結合は、遺伝子発現調節との関係において重要な役割を果たしている可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

平成17年8月9日、審査委員会は論文提出者に対し、学位請求論文の内容及び専攻分野に関する学識について口頭による試験を行った。

本論文は、ヒトゲノムにおけるChIP-chip解析法(転写因子結合部位の網羅的同定方法)の確立を柱に、ゲノムワイドなp53結合、ヒストン修飾、ならびに遺伝子発現変化を同時に観察し、p53による転写制御を統合的視点で理解することを目的とする研究である。第1章では、p53、及びヒストン修飾と転写制御との関係について先行研究を紹介し、ゲノムワイドな視点の必要性について述べている。第2章では、p53下流遺伝子の網羅的遺伝子発現解析を行い、下流候補遺伝子におけるプロモーター解析の結果、p53結合コンセンサス配列が遺伝子プロモーター領域のみならず、広くゲノム領域全体に存在することを示している。これは、p53結合部位をゲノムワイドに観察する必要性の根拠の一つとなっている。第3章では、ゲノムタイリングアレイを用いたChIP-chip解析法の確立に必要となった条件検討を紹介し、最終的な実験プロトコルを提示している。第4章では、ENCODE領域(全ゲノムの約1%)におけるp53結合部位、及びヒストン修飾部位のChIP-chip解析を行い、ゲノムの広い領域において複数のp53結合部位を同定している。次に、p53結合部位の約80%がp53結合コンセンサス配列をもつことを明らかとする一方で、p53結合コンセンサス配列をもたないp53結合部位については、CREB、IRF-1等の結合コンセンサス配列が存在することを示している。これは、他のDNA結合蛋白質を介した、間接的なp53結合の可能性を示唆するものである。また、RefSeq遺伝子構造に基づいて、p53結合領域をゲノム領域毎に分類し、各領域において、異なるヒストン修飾パターンを持つことを示している。これは、p53結合部位がゲノム領域毎に機能的多様性をもつこと、及びヒストン修飾との協調的作用が存在することを示唆するものである。さらに、ゲノム領域毎に、p53結合部位周辺の遺伝子発現変化を調べ、遺伝子の5'UTR上流領域にp53が結合する場合には、発現が増加する傾向があること、及び遺伝子の3'UTR下流領域に結合する場合には、発現が減少する傾向にあることを示している。但し、一方で本研究の対象は全ゲノム領域の約1%に限られ、現象論を展開するほどのデータ蓄積がないとの見解も述べている。最後に、非遺伝子領域におけるp53結合領域については、予測される未知遺伝子の存在確立は高くなく、より離れた領域の転写調節に関わっている可能性について述べている。

論文提出者は、ヒトゲノム上の転写因子結合部位を網羅的に同定する方法(ChIP-chip解析法)を確立し、p53結合部位、ならびにヒストン修飾部位をゲノムレベルで観察することに成功している。従来、転写制御研究の多くは遺伝子プロモーター領域を中心に行われてきたが、それ以外の領域における転写因子の役割についても昨今注目されるようになってきている。転写因子結合部位の網羅的解析は、今後の転写研究の柱となりうるものであり、その基礎となる手法を確立した点で、本論文の貢献は大きいと言える。

また、p53による転写制御について、p53結合部位のゲノム領域毎の機能的多様性に着目し、ヒストン修飾パターンとの組合せによる転写制御機構という新しい現象を捉えることに成功している。遺伝子構造上の部位によって、p53結合部位は異なるヒストン修飾パターンを示すことを明らかにしており、転写調節の網羅的研究におけるコンセプトを提示している点で、本論文の独創性は高いと言える。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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