学位論文要旨



No 120636
著者(漢字) 繁桝,博昭
著者(英字)
著者(カナ) シゲマス,ヒロアキ
標題(和) 対象内および対象間における奥行き知覚の研究
標題(洋)
報告番号 120636
報告番号 甲20636
学位授与日 2005.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(心理学)
学位記番号 博人第489号
研究科 人文社会系研究科
専攻 基礎文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,隆夫
 東京大学 教授 立花,政夫
 東京大学 教授 高野,陽太郎
 東京大学 助教授 横澤,一彦
 東京大学 助教授 村上,都也
内容要旨 要旨を表示する

本研究では,両眼立体視による対象内および対象間における奥行き知覚の特性について検討した.両眼立体視は3段階のサブプロセスから構成されていると考えられる.第1の段階は,両眼の輻輳角を調節し,両眼の網膜像を融合させる段階,第2の段階は融合された両眼の網膜情報から両眼視差(以下視差)を検出する段階,第3の段階は,検出された視差を奥行きに変換する段階である.融合可能な刺激の特性や,視差の検出メカニズムの特性といった第1段階,第2段階のプロセスについては,従来の研究によって多くの特性が明らかにされてきた.しかし,視差が検出されれば,その情報がそのまま奥行きとして直接知覚されるわけではなく,視差から知覚される奥行きは,観察距離,対象となる刺激内部の視差の分布の特性,対象周辺の刺激の視差,他の奥行き手がかり等に依存して変化する.そのため,両眼立体視による奥行き知覚の特性を明らかにするには,検出された視差から奥行き知覚へ変換する段階について検討する必要がある.本論文では,この第3の段階である,視差から奥行き知覚への変換プロセスの特性について明らかにすることを目的とした

第I部では,ステレオ写真の対象内部の奥行き構造が平面的に知覚される書き割り効果と呼ばれる現象を取り上げ,この現象の解析を通じて,視差による対象内部の奥行き構造の知覚を抑制する要因を検討した.観察距離が撮影距離よりも短いことで,スケーリングの効果により知覚する奥行き構造が平面に近づくという仮説がHoward and Rogers (1995)によって提案されていたが,本研究では,この観察距離の要因に加えて,背景-対象間の不連続な視差による抑制の効果について検討し,不連続な視差の効果も加わることによって明確な書き割り効果が生じることを示した.この不連続な視差の効果を詳細に検討した結果,この効果は,特に局所的な奥行きの強調によって生じていることを示した.これまで,輝度情報の処理と類似の局所的な奥行きの強調を明確に示す現象は存在しないとされてきたが,本研究において,こうした現象が存在することが確認された.この結果から,両眼立体視によるエッジ強調の効果は,輝度次元の側抑制のメカニズムと直接類推が成立するモデルによって説明できることを示した.また,観察距離の効果を検討した実験では,輻輳角の操作によって奥行き構造の知覚の検出閥が変化した.これまで観察距離情報によるスケーリングによって奥行き量の知覚が変化することは報告されてきたが,本研究では,観察距離の操作,特に輻輳角の操作によって奥行き量の知覚のみならず,奥行きの検出閾も変化することを示した.

第II部では,物体内の奥行き構造知覚と物体間の奥行き差知覚を比較した.先行研究では,連続的な面の奥行きの検出が不連続な奥行き差よりも感度が低いことが報告されているが,物体内,物体間の奥行き知覚の特性について直接比較したわけではない.本研究では,奥行きのピーク位置を統制し,物体内と物体間の奥行き知覚の特性について直接的に比較できる刺激を用いることで,物体内と物体間の奥行き知覚の知覚特性の違いについて検討することが可能となった.実験の結果,物体内の奥行き構造知覚が物体間の奥行き差知覚よりも相対的に検出閾が高く,また,閾上の視差から知覚される奥行き量も小さくなることを示した.さらに,複数の面の刺激の上下端部を連結した場合でも,物体間の知覚をもたらす刺激よりも検出閾が高くなること,視差情報は不連続であっても,アモーダルな補完によって知覚的に連続的な単一の面として知覚されるような刺激であれば,同様に検出間が高くなることを示した.これらの結果から,視差が一部でも連続している場合や,視差情報自体は不連続であっても内部表現では連続的な知覚をもたらす場合では,視覚系は1つの連続した物体として処理し,検出閾が高くなると考えられる.

以上より,本論文では,視差から奥行き知覚への変換プロセスに影響を及ぼす諸要因について,特に物体の奥行き構造の知覚に影響を及ぼす要因,物体の奥行き構造知覚と物体間の奥行き差知覚の知覚特性の違いについて詳細に検討した.実験の結果から,両眼立体視のメカニズムは,物体内部の連続的な奥行き構造の知覚に効率的な処理を行っておらず,物体間の不連続な奥行き差の知覚に特化された処理を行っていること,また,観察距離の情報は,視差から奥行きへの変換プロセスにおいて重要な役割を持ち,スケーリングの情報としてだけでなく,視差の検出感度も規定していることを示した.

審査要旨 要旨を表示する

繁桝博昭氏の論文「対象内および対象間における奥行き知覚の研究」は,両眼立体視による奥行き知覚のメカニズムを,心理物理学的な実験により検討したものである.奥行き知覚は,(1)対象までの絶対距離の知覚,(2)各対象内部の奥行き構造の知覚,(3)複数対象間の相対的な奥行き関係の知覚に大別することができる.このうち(2)と(3)は相対的な奥行き知覚であり,両眼立体視が関与していると考えられるが,両者の特性の違いや媒介メカニズムに関しては,これまで詳細に検討されていなかった.本論文は,序論および2部から構成され,実験的に両眼立体視による二種類の奥行き知覚の差異を明らかにした上で,そうした差異の生じるメカニズムを実証的に検討している.

序論では,両眼立体視を考える上で視差から奥行きへの変換過程を検討することの重要性を,これまでの研究史に言及しつつ指摘し,本論文の研究目的を明確にしている.第1部では「書き割り効果」を取りあげている.「書き割り効果」とは,ステレオ写真を観察した際に,複数の対象相互間の相対奥行きは知覚されるが,個々の対象内の奥行きがほとんど知覚されないという現象である.実画像を用いて検討した結果,この現象は,対象までの距離による視差のスケーリング,および,対象と背景間の視差の不連続性によって規定されていることを明らかにした.第2部では,ランダムドット・ステレオグラムを用いて対象内と対象間の奥行き知覚特性を直接比較し,両者の特性が異なっていることを示すと共に,こうした差異に視差次元における側抑制のメカニズムが関与していることを明らかした.また,二種類の両眼立体視に対する両眼輻輳の寄与についても検討を行っている.さらに,対象内部という概念が,局所的な視差の連続性のみに依存するものではないことを明らかにした.このような実験結果に基づいて,両眼立体視のメカニズムは,複数対象間の不連続な奥行き差を検出し知覚するように特化したものとなっている,と結論している.この結論の妥当性については更なる検討が必要であるが,本論文は対象内と対象間の奥行き知覚というこれまであまり注目されてこなかった側面に新たな知見を加えると共に今後の検討への土台を築いたと言う点で高く評価することができる.

本審査委員会は,本論文が博士(心理学)の学位に値するとの結論に達した.

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