学位論文要旨



No 120649
著者(漢字) 中澤,渉
著者(英字)
著者(カナ) ナカザワ,ワタル
標題(和) 高校入試改革のプロセスと帰結に関する社会学的研究 : 推薦入学制度の変容に着目して
標題(洋)
報告番号 120649
報告番号 甲20649
学位授与日 2005.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教第110号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 苅谷,剛彦
 東京大学 教授 矢野,眞和
 東京大学 教授 小川,正人
 東京大学 教授 南風原,朝和
 東京大学 教授 藤田,英典
内容要旨 要旨を表示する

本研究は,公立高校における高校入試,特に推薦入学制度の拡大普及という現象に焦点を当てて,日本の教育改革のあり方を振り返り,入試改革を政策の転換として位置づけることにより,政策の検証の重要性を訴えること,教育改革においてこれまで責任ある政策評価や検証が行われることがほとんどなかった原因は何か,という点に関して考察を深めようとするものである。

かつて日本の教育において,入試は強い関心を集めていた。そして教育改革の中心も,入試改革に置かれていたような時期もあった。このような入試への関心,着目は日本固有の現象とはいえないが,論じられ方が大きく異なる。臨教審において,多様な個性を評価するものとして積極的に評価されたアメリカにおける大学入試について,冒頭で,実際は全く日本と異なる文脈で,現行の制度が完成したことを指摘する。アメリカにおける入試の焦点は,人種間格差の問題である。言い換えれば,どの人種にも,公正な競争の機会が与えられているか,であり,目的が達成されているかどうかに関して,厳しい検証に晒される。日本においても,制度の改革が行われる以上,何らかの選抜メカニズムの変化が起こっているはずである。ところが,そういった検証作業が行われてきた形跡はない。日本の入試改革は,それが過酷な競争をもたらすから問題なのであり,偏差値を基準とした学校間のハイアラーキーを取り崩すことが主たる目的であった。というのも,学力を過度に重視した入試制度は,人々の目を歪め,学歴社会を助長し,多様な子どもの個性を過小評価してきた,とみなされてきたからである。

このような入試改革をめぐる論点の違いに着目した上で,本論文では,上記のような根拠のもとで,近年急速な普及を遂げてきた推薦入学制度に着目する。入試制度は,学校における地位の配分を正当化するシステムであり,その中で高校入試をとりあげることは,一部が進学するに過ぎない大学入試に比較して普遍的な現象であるという点でインパクトが強い。それのみならず,高校入試が,実際は都道府県によって異なっていること,地方の裁量に任されているという点も,時宜に適った対象であるといえる。なぜなら地方分権化の流れの中で,教育分野における地方の裁量権が大きくなっており,その時代背景の中で自治体が独自にある政策を取り入れるか否かを決定するプロセスを考察することは,今後の動向を占う上で非常に有効だと考えられるからである。また本研究で,入試を選抜という単なる現象としてみるのではなく,入試制度という制度の改変という政策転換として解釈することで,検証という文脈で,事後の影響に目を向けることが可能になるのである。

第2章において,本研究の対象である推薦入学の歴史が検討される。その結果,推薦入学が必要とされる根本的な原因は,新制高等学校の発足にまで遡り,高校三原則,特に普通科と職業学科の統合をめざす総合制高校が実質的に採用されず,全国でその両学科が残されたままになっていたことが挙げられる。特に進学熱の上昇で,普通科の人気は高まるのに,職業学科は凋落気味であった。特に不本意入学者に悩まされた職業学科では,単に学力だけではなく,学科に関心のあるやる気のある生徒を,積極的に集めようということになった。しかしながら,1980年代に,推薦入学は「不振の学科に,やる気や適性のある生徒を優先的に入学させる制度」から大きく転換を遂げることになった。臨教審において,「個性重視」の方針が打ち出され,学歴社会をあおる偏差値重視の既存の入試制度が批判の対象とされたからである。学科試験を課さず,調査書によって多様な個性を評価する(ようにみえる)推薦入学は,「個性重視」という理念に適った入試制度だとして注目され,全国の普通科に広まった。では,そういった推薦入学の質の転換は,どういった形で起こったのか,実際に何が異なっていたのか,推薦入学をめぐる言説や,自治体が政策として採用してゆくプロセスに着目することで,引き続き明らかにすることを試みた。

第3章では,まず政策側が,入試改革というものをどう捉えていたかについて,行政側からは主として中央教育審議会の答申(内閣直属の諮問機関なので,中教審とは区別すべきだが,ここでは臨教審の答申も分析対象に含む),立法府側からは国会の議事録,世間一般からのイメージについては,新聞記事を探索した。その結果,(中等・高等)教育政策の中心として入試が前面に出てくるのは,臨教審以降の80年代から90年代に顕著な特徴であること,特に臨教審以降,入試改革が,個性重視と絡めて論じられるようになるという転換が起こったことが発見された。つまり偏差値重視の入試ではなく,多様な個性を評価する入試でなければならない,というロジックが,このとき誕生したのである。実際,推薦入学の導入に着目した新聞記事群を見ても,あるいは1992年に端を発する,いわゆる業者テスト問題に着目しても,推薦入学は個性を評価する入試として,その理念が評価されており,問題なのは,理念がいかされる形で実施されているかであって,実施の結果ではなかった。だから推薦入学といいながら,学科試験を課しているということが「問題視」されたりしたのであり,その後の推薦入学の改革の際も,推薦入学の理念自体は正しいものとして不問にされ,さらに校長の推薦状を外してさらなる規制緩和を進めるなど,帰結に対する評価のないまま,普及拡大を続けているのである。

第4章では,全国に推薦入学制度が普及していく要因を,職業学科と普通科,それぞれについて,計量分析から明らかにしようとした。ここで用いられたのはイヴェント・ヒストリー分析で,どういった変動が起こったときに推薦入学の導入が起こる傾向があるか,観察期間全体を通して推薦入学を導入する要因となっていたものは何かを追究した。結果として,職業学科の推薦入学は,学校間格差が開きやすい大学区制をとっているところ(そのことは職業学科の不振を招きやすいと思われる)で日教組組織率が減少しているところ,普通科の推薦入学は全く逆で,普通科の比率や公立高校定員比がもともと少ないところで(そのことは,入学への競争が相対的に厳しいことを意味する),さらに公立高校定員比を減らしながら,公立高校の枠内では普通科の比率を高めている自治体で導入される傾向があることが明らかになった。つまり両学科における推薦入学の性質は異なることが推察されるが,特に注目すべきことは,表向きには「個性重視」という曖昧なスローガンの下で推薦入学を推進しながら,普通科においても推薦入学の採用に関して,特定の規定要因を確認できたという事実であり,自治体が何らかの判断に基づいて,戦略的に態度を決定していることがうかがえる。

第5章では,実際に生徒がどういう選択行為を行っているかを確かめるため,同一地区における中学生と高校生の質問紙調査のデータによる実証分析を行った。推薦入学では,個性重視などといった政策側の意図する理念に導かれて(そういった政策側の意図を内面化して),実際の生徒が選択行動を行っているわけではない。個人は様々な制約の中で,ある程度打算的な選択を行わざるを得ない。そういった選択行為を,ミクロ=マクロ・リンクを解決する枠組みとして提唱されたコールマンの説明枠組みに基づいて説明した。これは,当事者の合理的と判断した行為が集結すると,全く予想もしなかった意図せざる結果が起こるというメカニズムを説明するものである。実際に分析した結果,ここで評価されている個性も結局ある側面に偏らざるを得ず,しかもその多くが批判の対象であった学力と相関があることがわかった。したがって推薦入学は,もともと学力の高い層の競争性を高めるという結果を導き,新たに評価されるべきとして付加された個性を保持しない層にとって,学力検査という負担のない楽な入試という位置づけになった。これが推薦入学によって個人の選択行為が集積して導かれた結末である。つまり競争の性質が,学業成績上位層と,それ以外の分化をもたらしたのである。推薦入学では,政策の意図した「個性重視」という理念を適えることすら,必ずしも成功したとはいえないし,競争の緩和は部分的に達成したかもしれないが,そのことが新たな問題を生じさせたともいえる。

こういった分析を踏まえて,第6章では,本研究の今後の可能性が指摘される。実際は,推薦入学も2000年以降,徐々に改変の兆しが見られている。それは近年盛んな学力低下問題や,絶対評価の導入による調査書の配点の信頼性が揺らいでいることが,原因として考えられる。このように繰り返される改革は,一つは5章にあるようなミクロ=マクロのパラドックスによって説明できるが,実際には教育外システムからの影響,あるいはこのミクロ=マクロのメカニズムとは全く無関係の外生変数からの影響をも考慮する必要がある。そして,第3章でみられたような,教育的(理念的)な言説に基づく改革は,現在教育改革の現場のあちこちで観察できるが,それは「理念どおり実施されているか」ということばかりに注目が集まり,帰結の検証という思考を遮断している可能性がある。さらにいえば,多様な選抜方法が浸透して,競争も弛緩した入試は,今問い直されることが少なくなっているが,それは問題の解決を意味しているのではない。日本の入試に関して,選抜プロセスやその効果,地位配分原理など,問い直されなければならないことは多数残っている。入試に関する競争が弛緩し,個性重視の方向が強まっているから,問うべき問題がなくなったのではなく,選抜に関する研究課題は,依然多く残されている。

審査要旨 要旨を表示する

公立高校の入試改革は長年にわたり、日本の教育改革の主要なテーマの一つをなしてきた。1980年代以後盛んに導入されるようになった推薦入学制度も、そうした改革の一つである。だが、推薦入学制度が、どのような経緯で導入され、いかに普及し、改革がめざした意図通りの成果を上げたかどうか。こうした教育改革の政策評価につながる実証研究は、これまでほとんど行われてこなかった。

そうしたなかで、本論文は、推薦入学制度の拡大普及という現象に焦点を当て、この制度がいかなるメカニズムを通じて普及したのかを解明すると同時に、改革がめざした意図とは異なる結果が、選抜の過程で生じるプロセスを実証的に明らかにすることで、教育改革をめぐる政策研究に寄与しようとするものである。

本論文は、6章よりなる。1章では、教育改革の政策研究として、推薦入学制度を取り上げる理由を示し、さらに「政府の失敗の社会学」、「ミクロ−マクロリンクに関する合理的選択理論」、「政治過程論」について先行理論の検討を通じて、分析枠組みを構築する。2章では、推薦入学制度導入を歴史的に検討し、職業科への導入と普通科への導入とでは異なる政策意図があったことを明らかする。3章では、推薦入学制度を推進する際に用いられたロジックを、審議会答申、国会答弁、新聞紙上の言説を分析することで明らかにする。その結果、「個性化」をめざす教育の論理が、推薦入学制度推進の論理として用いられたことが実証される。

これらの分析をふまえ、4章、5章では高度な統計分析を用いた実証研究が展開される。4章では、推薦入学制度の普及メカニズムについて、職業科と普通科のそれぞれに都道府県を単位としたイベントヒストリー分析を行い、職業科では競争原理が働きにくい場合に、普通科では競争原理が働きやすい場合に、導入が促進されることが示される。5章では中学生、高校生を対象とした質問紙調査データを用い、どのような特性の生徒が推薦入学制度を利用し、合格したのかをピロビット・モデルによって明らかにする。その結果、成績上位者を受け入れる「進学校」では推薦で評価される「個性」をもった生徒が選抜されるが、職業科や進路多様校では成績の影響が強く、「個性」の影響が弱いことが示される。最後の6章では、これらの知見をもとに、教育改革において「意図せざる結果」が生じるメカニズムについて、マクロ−ミクロリンクの視点から検討が加えられ、教育改革が教育理念の自己目的化に陥りやすい点が理論的に明らかにされる。

以上のように、本論文は入試改革を対象に、これまで理論的・方法的に十分な確立を見ていない教育改革の政策研究に新たな理論と方法を提供し、さらには選抜結果までを組み込んだ選抜研究の可能性を示すものとして、今後の教育研究に貢献すると考えられる。これらの点から、博士(教育学)の学位論文として十分な水準に達していると認められる。

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