学位論文要旨



No 120653
著者(漢字) 高野,誠二
著者(英字)
著者(カナ) タカノ,セイジ
標題(和) 都市中心部における駅周辺地区の機能とその開発
標題(洋)
報告番号 120653
報告番号 甲20653
学位授与日 2005.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第596号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷内,達
 東京大学 教授 荒井,良雄
 東京大学 助教授 松原,宏
 東京大学 助教授 永田,淳嗣
 明治大学 教授 川口,太郎
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、駅周辺地区と中心街における現在の状況と都市整備事業の実施の過程を明らかにして、都市中心部の更なる理解を深めると共に、そこでの問題点を整理し、今後の都市中心部の変容における中心街と駅周辺地区の持つ意味を考察することである。

日本における都市中心部の構造は変容を続けてきた。明治時代以降に開業した鉄道駅が都市の新たな玄関となると、都市の中心は江戸時代の商人地区が起源である中心街から、駅周辺地区へと移動するようになった。駅を拠点とする新興の駅周辺地区と、衰退しつつある中心街との競合関係は、現在の都市中心部における変容の焦点である。

零細商業者の保護に大きな関心があった日本では、衰退しつつある商店街の維持、活性化のために様々な政策や公共事業が実施されてきた。零細な商業者で構成される都市中心部における商店街の保護のために、大規模小売店舗法が長い間機能してきたが、逆に近年では規制緩和の流れを受け、大規模小売店舗法の緩和とその後の廃止に伴い、新たに大店立地法の制定と都市計画法の改正等が行われた。しかしその一方で、都市中心部の商店街の支援を目的とした中心市街地活性化法が新たに成立する等、中心街の活性化は依然として重要課題となっている。

また近年、駅をはじめとする鉄道設備や周辺地区の高度な開発を目指した、いわゆる「駅と街づくり」事業が増えている。そこでは多くの場合、駅構内の自由通路を設置したり、ガードや陸橋の設置による鉄道と道路の立体交差や、連続立体交差事業による鉄道の高架化を行うことによって、鉄道線路を横断する交通路の確保が図られ、「鉄道による市街地分断」問題を軽減することが大きな目的の一つとなっている。「駅と街づくり」事業によって、駅表側地区だけでなく駅裏側地区での開発も一挙に進むため、駅周辺地区は大きく変わりつつある。

このような状況下にある都市中心部について、その理解を進めるためには、一つには都市中心部の変容のこれまでの状況をより詳しく把握する必要がある。これまでは個別の都市の事例研究に終始することが多く、これらの既存研究の成果が十分に整理統合されて、一般的な見解が出されているとは未だ言えないからである。またもう一つには、都市中心部の変容に対して大きな影響を及ぼす、各種の公共投資や商業振興政策の動向を分析する必要がある。単にそれらが行われる場所やその周辺地区をどう変えたかという点だけでなく、都市中心部の構造変容のダイナミズムとどのように関連しているかを明らかにしなければならない。そのためには、都市中心部に関係するさまざまなアクターが、どのような政治権力構造のもとでどのような発言や影響力の行使を行い、その結果としてどのような地理的状況がもたらされたのか、という実証分析が必要である。

本研究ではまず、全国の中規模以上の都市の悉皆調査を行い、都市中心部の変容の状況を定量的に明らかにした。従来の都市の中心であった旧中心街に対して、駅周辺地区が競合するようになり、多くの都市において都市の中心は駅周辺地区に移動した。また近年盛んになりつつある「駅と街づくり」事業によって、駅周辺地区の開発が進展している。高度な都市機能集積の受け皿として、駅表側地区の近代化が進むだけでなく、「鉄道による市街地分断」問題によって都市の中心部から隔絶されてきた駅裏側地区では、駅構内横断通路の設置等によるアクセスビリティの改善を受け、高度な都市利用が進みつつある。

本分析における意義の1つは、都市中心部を単一の地域としてではなく、中心街・駅表側地区・駅裏側地区の3地区のそれぞれの変化と互いの関係性を軸にして、都市中心部の変容のダイナミズムを描くことを可能にした点である。またもう1つの意義として、多数の都市中心部の内部構造の変容を、駅から最高地価点までの距離という指標を用いることにより、定量的な分析に基づいた都市間比較を行った点である。このような手法により、多数の個別事例の研究を集めてただ比べるだけでは明らかにし得なかった、さまざまな都市の性質に基づいた都市中心部の変容の状況を明らかした。古い都市では歴史に裏打ちされた確固たる中心街が依然として中心性を維持する場合がある一方で、乗降客数が多い中心駅を有する大都市圏内の都市では、都市の中心の駅周辺地区への移動が起こりやすいという基本的な傾向の存在が判明した。これらの性質を踏まえれば、個別の都市における都市中心部の変容について、一般性と特殊性を峻別するのがより容易になるだろう。

また、駅周辺地区においては、市街地再開発事業をはじめとする公共事業が多く行われ、大型店の集積も大きいことが、駅周辺地区への都市の中心の移動を促進している点も明らかになった。様々な政治的な要因が絡む駅周辺地区の開発や大型店の出店状況の理解のためには、その政治的な背景や関係者の行動を分析することが重要である。そのような状況を明らかにするため、本研究の後半において八王子市での詳細な事例調査を行った。

駅周辺地区での都市整備事業を支持する意見は、経済的機会を求める事業者だけでなく、「都市の玄関」として捉えることで、都市の繁栄やライバル都市に対する顕示欲の象徴としての意味を駅に持たせることを介して、多様なアクターによって共有されている。その一方で、甲州街道沿いに歴史の古い旧中心商店街を持つ八王子市においては、旧中心商店街に根を下ろした旦那衆と呼ばれる実力者達の動向が、政策決定や事業の実施に対して様々な形で影響を与えていた。彼らの関心は衰退しつつあるかつての栄えある旧中心商店街の復権にあるのだが、それは同時に競合相手である駅周辺地区における開発への無関心や、時には妨害につながる。歴史の古い八王子市において、商工会議所を始めとする市内の主要な商工団体の中枢を古くから占めてきた旦那衆は、これらの組織を通じて自らの利益に合致するような活動を展開し、市政に対しても大きな影響力を行使できたからである。このことはつまり、駅周辺地区の変容を理解するためには、昨今の社会の大きな注目を集めている、中心市街地の活性化をめぐる問題との関連も考える必要性を示している。八王子市の場合のように、都市機能の集積において、旧中心商店街と駅周辺地区が都市中心部における限られたパイを奪い合う競合関係にあると、旧中心商店街の活性化を求める意見と駅周辺地区の開発を求める意見とが、鋭く対立するからである。中心市街地の活性化と「駅と街づくり」事業という、現在の都市中心部での開発事業における2つの動向が影響を及ぼし合う中で都市中心部の変容が進んでいくという視点は、今後の都市地理学の研究において重要である。

また、駅周辺地区の変容においてもう1つ重要な意味を持っていたのが、鉄道事業者の行動である。都市は駅周辺地区の整備を強く望む一方で、鉄道事業者は自社の経営方針に合致する範囲内においてのみ、駅に関連する事業を推進するという立場に立っている。ディベロッパーとしての民鉄が行う開発事業と、鉄道事業者が関与する「駅と街づくり」事業の双方は、都市にとって大きな影響を与える点はこれまでも認識されていた。これに対して本論文で示されたことは、1つの駅という具体的な場所に対する意味付けが、都市と鉄道事業者との間で往々にして異なっているという現実である。都市にとっては唯一無二の拠点駅であっても、鉄道事業者にとっては沿線上にある多数の拠点駅のうちの単なる1つでしかない。都市は駅を取捨選択できないが、鉄道事業者は駅を取捨選択でき、それはつまり、鉄道事業者は都市を取捨選択できる、ということでもある。このことは、駅周辺地区での都市整備事業に対する都市と鉄道事業者との温度差となって表出し、両者の間の交渉における立場の強弱につながる。そして都市と鉄道との間の交渉の様子は、駅周辺地区の変容に対して非常に大きな影響を与えるのである。

本研究では、「駅と街づくり」事業における問題点も明らかになった。都市における公共の場であるとともに、鉄道事業者によって私有される場である、駅を舞台にした「駅と街づくり」事業では、都市と鉄道事業者の利害が鋭くぶつかる。駅をめぐる様々な諸問題の中には、都市と鉄道事業者との間での利害調整を行う法制度が整っていないものもあり、それが両者の間での紛争につながったり、解決に要する時間や労力の増大をもたらしたりしている。駅裏側地区の開発にとって不可欠な、駅裏改札口や自由通路等の駅構内自由通路の設置にあたっても、不十分な法制度に起因するこのような問題が顕著に見られる。他にも最近ではたとえば、駅における駐輪場整備において、都市にとっては鉄道事業者の態度が協力的とは受け止められなかったことから、駐輪場整備に要する財源として鉄道事業者に対して自治体が独自に課税を行おうとする動きがみられ、鉄道事業者との間で争いとなっている。これらの問題は、現行の法制度が両者の利害調整や、役割分担を明確に位置付けることができていないことに、多分にその原因が求められる。「駅と街づくり」事業の今後の増加に伴って、このような法制度の不備は、迅速な事業の実施を妨げる問題点になりうるため、早急な解決策の確立が求められる。

このように、日本の都市中心部の変容において、駅周辺地区は極めて重要な役割を果たしており、その学問的な理解が一層求められるのと共に、都市中心部での都市整備事業に関わるさまざまな政治的・法律的困難を解決しく必要性が認められるのである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,都市の中心部における鉄道駅の持つ重要性を,駅周辺地区と伝統的な中心街との関係に着目して,実証的に明らかにしたものである。都市地理学においては,都市の中心部における鉄道駅の重要性に関する研究は,これまではきわめて僅かであり,しかも断片的なものにとどまっていた。その理由は,第1に,海外の多くの都市では,中心部における伝統的な中心街に比べて駅周辺地区が果たす役割が一般に小さかったことである。そして第2に,日本の多くの都市では,駅周辺地区が伝統的な中心街に匹敵するかあるいは後者を凌駕することがいわば自明のこととされており,あらためて研究の対象にされてこなかったことである。たとえば,海外及び日本の都市の中心部に関する研究には,中心部と郊外との比較や両者の競合に関するものが多く見られるが,中心部の内部での駅周辺地区と伝統的な中心街とは一括して扱われており,両者の関係は十分に論じられてはこなかったのである。このような状況に鑑み,この研究課題に取り組んだ本論文の意義は高く評価される。

本論文は7章から成る。第1章は,研究展望を含む研究方法の提示である。ここでは,都市の中心部に関する先行研究を整理しつつ,従来の研究では十分に扱われていなかった鉄道駅及び駅周辺地区に着目してその重要性を指摘し,伝統的な中心街との関係とその変化,そしてそれらとの関係において都市の整備事業を再検討するという,独自の研究視角を提示した。

第2章及び第3章では,日本の都市を対象として多くの統計的データに基づいて包括的に分析した。まず第2章では,多くの都市を対象として,位置,人口規模,及び歴史的背景によって分類し,駅と中心街との距離,土地利用,大型店の立地,市街地再開発事業の実施状況などを,これらの都市カテゴリーと対比させることにより,都市の中心部における駅周辺地区の重要性を実証的に明らかにした。そして第3章では,前章で対象とした都市の中から人口規模の大きい都市を選んで,特に駅周辺地区と伝統的な中心街との競合関係に重点を置いてより詳細に分析し,一般的に駅周辺地区の重要性が増してゆく傾向を明らかにするとともに,各都市の中心部の個別の動向が鉄道駅との関係で説明し得ることを示した。

第4章は,鉄道駅と直接関係する都市整備事業について,鉄道による市街地分断との関係で論じており,海外においてしばしば論じられている鉄道による市街地分断の問題について整理するとともに,特に日本を事例にして,構内横断自由通路などを中心とする駅の表側と裏側との関係に重点を置いて分析した。

第5章及び第6章は,前章までの分析結果を踏まえて,八王子の中心部の都市整備事業を事例として,詳細な現地調査及び資料調査に基づいて論じたものである。まず第5章では,自治体や商工会議所などの各主体の相互関係に着目しつつ,特に駅周辺地区と伝統的な中心街との競合関係に重点を置いて論じた。続く第6章では,駅周辺地区での整備事業における自治体と鉄道事業者との間の利害の対立とその調整の過程を詳細に分析することにより,都市の整備事業における鉄道駅の重要性を具体的に明らかにした。そして最後の第7章では,結論として,これまでの各章において得られた知見を整理した。

以上のように本論文は,都市の中心部における鉄道駅及び駅周辺地区の役割とその重要性について,包括的・統計的な分析と事例研究の両面から詳細に分析することにより,都市地理学に新たな知見を提供し,多大な寄与をなしたと評価出来る。したがって,本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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