学位論文要旨



No 120654
著者(漢字) 車,恩貞
著者(英字) Eun-Jeong,Cha
著者(カナ) ウン,チョンチャ
標題(和) 北半球における季節予測可能性に関する診断的数値的研究
標題(洋) A Diagnostic and Numerical Study on Seasonal Predictability over the Northern Hemisphere
報告番号 120654
報告番号 甲20654
学位授与日 2005.09.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4738号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 住,明正
 東京大学 教授 木本,昌秀
 東京大学 助教授 中村,尚
 東京大学 助教授 松本,淳
 東京大学 助教授 升本,順夫
 東京大学 助教授 高薮,縁
内容要旨 要旨を表示する

産業が発達した近代社会においては、自然災害による被害を未然に防いだり少なくしたりするために、正確で信頼できる情報と予報技術に対する必要性がより高まっている。アジアの国々では、洪水、早魅、豪雨、さらに台風の直撃など、異常気象が頻発する状況にある。正確な予報によってそれらの災害による被害を減少させることができる。そのため、長期の気象予報は人々の生活や経済活動にとって非常に重要である。過去の多くの研究でも新しい理論が提唱されているが、一方で大気の長期変動のさまざまな様相に対するわれわれの研究の発展がまだまだ不十分であることも指摘されている。

本研究では、東アジアを中心とした北半球の季節スケールでの予測可能性に焦点をあてる。本論文の目的は、階層的に大気モデルを用いることによって、北半球の季節スケールでの予測可能性メカニズムを提案することである。また、検証のために大気の観測データの解析も行った。まず、北半球の季節スケールの予測可能性をもたらすものとして重要であるが、メカニズムと詳細の明らかになっていない夏季ユーラシア大陸への熱帯海面水温変動の影響を明らかにし、さらに、熱帯とは独自の力学で乱雑に変動する冬季中高緯度循環偏差の形成において陸面状態の効果により長期予測が可能になる場合があることを示す。

夏の北半球の大気循環に対するエルニーニョ・南方振動(El Nino-Southern Oscillation;ENSO)の影響を、観測データの解析と乾燥及び湿潤過程を含む線形傾圧モデル(Linear Baroclinic Model;LBM)を利用した実験によって研究した。過去の顕著なENSOの合成図に現れるシグナルを見ると、夏の中央赤道太平洋上に正の海面水温偏差の極大が現れているときに、ユーラシア大陸の上部対流圏で東西方向に伸びた負の高度偏差が現れる。このユーラシア・テレコネクション(ET)はユーラシア大陸での地表面気温の負偏差が特徴である。このパターンは、ほぼ東西に一様で赤道について、対称的である。鉛直方向には深い構造を持ち、その振幅は上部対流圏で最大である。エルニーニョの発達ステージにあたる北半球の夏には、ETは東アジアに冷夏をもたらす役割を果たしていることがわかった。

さまざまな海域に海面水温偏差を置いたときのLBMの応答を比較したところ、インド洋の海面水温偏差が赤道太平洋域の海面水温偏差と結びついて変動するときに、観測データの解析から得られた(ETの)特徴の多くがモデルで表現されることが明らかになった。北半球、とくにユーラシア大陸の夏の気候を熱帯太平洋の海面水温偏差から診断するためには、インド洋の海面水温偏差に関しても考慮に入れる必要があるということが本研究において示された。

次に、2000年10月中旬にユーラシア大陸東部で地表面温度が低かったことが引き続く冬の北半球の大気循環にどのような影響を及ぼしたかを、観測データの解析と大気大循環モデル(Atmospheric General Circulation Model;AGCM)実験によって調べた。東アジアでは2000/01年の冬は非常に寒く、降雪が多かった。ほぼ3カ月間にわたって、非常に強い負の温度偏差が中国北東部から朝鮮半島、日本にかけての広い領域で観測された。観測データの解析から、循環偏差を半球規模でみたときに2000/01年の冬には極域と中緯度域の間で気圧偏差が環状に変動する、北極振動(Arctic Oscillation;AO)もしくは北半球環状モード(Northern Annular Mode;NAM)と呼ばれる偏差パターンが現れていた。

観測データの解析から北半球冬の大気環状モードの出現に先立って、降雪がおよそ2ヶ月先行することが示された。環状偏差は北半球全域に広がり、時間とともに増幅される。定常波成分の波の活動度フラックス(Wave Activity Plux;WAF)を計算し、水平方向と鉛直方向に伝播する波の通り道を調べた。上層での水平方向のWAFは、2000年10月から東シベリアからユーラシア大陸を横切って東アジアと北太平洋へと徐々に伝播し、寒波は2001年2月まで続いた。鉛直方向のWAFの伝播の強化は10月に気温の低い領域上で起こり、低気圧偏差域に向かう。シベリアの平年よりも多い降雪は、局所的な上向きの定常波の活動度フラックスを増加させる。このような水平方向と鉛直方向のWAFは2000年の10月からその年の冬を通じて観測された。

気候値の海面水温と米国環境予測センターの日平均再解析データから作成した初期値をAGCMに与えて時間積分を行った。ユーラシア大陸東部の秋の積雪量が最大の年(2000)と最小の年(1988)について時間積分を実行しアンサンブル平均結果を比較することによって、積雪量がその冬のNAMの形成にどのように寄与するかを調べた。時間積分の結果、モデルにおいても観測値の解析から得られた多くの特徴が表現できた。しかし、最大積雪のケースと最小積雪のケースの差は、アンサンブル数値実験では観測値の約40〜50%程度であったが、積雪最大期と積雪最大直前期をそれぞれ初期値にした実験結果から、秋にユーラシア大陸東部の地表面が平年より低温であることが引き続く冬にNAMの概形を形成するのに影響を及ぼすということが示された。

数値実験結果から、環状モードに関連した、2ヶ月先の冬の天候の予測可能性を示すことができた。本研究におけるこのような発見によって、中高緯度域の冬季の大気循環を予測する際の地表面条件の重要性が示された。

本研究の結果は夏季と冬季の気候変動とその予測可能性についていくつかの重要な示唆を与えるものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる。第1章は、イントロダクションであり、北半球における季節予測可能性に関する過去の研究の総括と本研究の目的を述べている。第2章は、本研究で用いる数値モデルとデータの説明を行っている。第3章では、エルニーニョ・南方振動(El Nino-Southern Oscillation; ENSO)のもつ予測可能性について研究している。夏の北半球の大気循環に対する影響を、観測データの解析と乾燥及び湿潤過程を含む線形傾圧モデル(Linear Baroclinic Model; LBM)を利用した実験によって研究した。過去の顕著なENSOに伴う合成図を見ると、夏にユーラシア大陸の上部対流圏で東西方向に伸びた負の高度偏差および地表面気温の負偏差(ユーラシア・テレコネクション(ET)と呼ばれる)が現れるのが特徴である。このETは東アジアに冷夏をもたらす役割を果たしていることがわかった。

さまざまな海域に海面水温偏差を置いたときのLBMの応答を比較したところ、インド洋の海面水温偏差が赤道太平洋域の海面水温偏差と結びついて変動するときに、観測データの解析から得られたETの特徴の多くがモデルで表現されることが明らかになった。北半球、とくにユーラシア大陸の夏の気候を熱帯太平洋の海面水温偏差から診断するためには、エルニーニョに伴う太平洋の海面水温偏差のみならずインド洋の海面水温偏差に関しても考慮に入れる必要があるということが本研究において示された。

3次元の基本場の下でのLBMモデルをENSOの影響の研究に応用することは数少なく、数値実験結果を解析することにより北半球夏季の冷夏の予測の可能性を示したことは評価できる。

第4章では、ユーラシア大陸東部での秋の地表面状態が引き続く冬の北半球の大気循環にどのような影響を及ぼすかを、1988/9年(暖冬)と2000/1年(寒冬)の対照的な2年を例として、観測データの解析と大気大循環モデル(Atmospheric General Circulation Model; AGCM)を用いた数値実験によって調べた。2000/01年の冬には極域と中緯度域の間で気圧偏差が環状に変動する、北極振動(Arctic Oscillation; AO)もしくは北半球環状モード(Northern Annular Mode;NAM)と呼ばれる偏差パターンが現れていた。観測データの解析から北半球冬の大気環状モードの出現に先立って、降雪がおよそ2ヶ月先行することが示された。この降雪に伴い局所的な上向きの定常波が強化され、AOの励起につながることが確認された。

気候値の海面水温と米国環境予測センターの日平均再解析データから作成した初期値をAGCMに与えて時間積分を行った。1998年と2000年の2例のアンサンブル平均結果を比較することにより、積雪量がその冬のNAMの形成にどのように寄与するかを明らかにした。以上のことから、秋にユーラシア大陸東部の地表面が平年より低温であることが引き続く冬にNAMの概形を形成するのに影響を及ぼすということが示され、中高緯度域の冬季の大気循環を予測する際の地表面条件の重要性が示された。

第5章は結論であり、夏季と冬季の季節予報の予測可能性について本研究結果をまとめている。本研究結果は、季節予報の予測可能性についての物理的根拠を提示しているものと評価される。

なお、 本論文第3章及び第4章は木本昌秀氏との共同研究ではあるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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