学位論文要旨



No 120656
著者(漢字) 木村,良一
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,リョウイチ
標題(和) 副腎髄質の空砲型逐次開口放出
標題(洋) Vacuolar sequential compound exocytosis in adrenal medulla.
報告番号 120656
報告番号 甲20656
学位授与日 2005.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2572号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 講師 辻本,哲宏
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

神経を含む多くの分泌細胞において、小胞の開口放出は、小胞が原形質膜へ移動し、形態的に原形質膜とドッキングし、融合能力を獲得し、原形質膜と融合すると考えられている。すなわち、小胞の開口放出は、細胞質の最外層で起こると考えられている。しかしながら、細胞質の深い層にある小胞を観察するのは難しく、最外層の小胞との間の融合準備状態について、比較検討されていなかった。そこで、我々は、深部解像に優れた二光子励起イメージングを用いて、原形質膜から離れた小胞についても観察できるようにした。さらに、水溶性トレーサーを外溶液中に用いることで、小胞の開口放出を可視化した。また、細胞間の組織構造を保った状態の試料を採用し、より生体中に近い状態で開口放出様式を観察できるようにした。この二光子励起を用いた開口放出の可視化法は、膜融合機構と融合後の小胞の運命についても、詳細に観察できることから、新な現象く空胞型逐次開口放出・ "vacuolar sequential exocytosis">を明らかにできた。

方法

我々は、より生体中に近い開口放出を観察するために、単離細胞ではなく、組織構造を保った状態の副腎髄質を試料として用いた。

副腎髄質は、主に豚のものを用いた。いくつかの初期の実験は、牛の副腎髄質を用いたが、二種間に違いは観察されなかった。副腎髄質を弱くコラゲナーゼ処理して小さな細胞塊に分離したのち12時間以上培養を行なった。その副腎髄質細胞塊を140 mM NaCI,5 mM KCl,2mM CaCl2, 1 mM MgCl2, 10 mM Hepes-NaOH,2.8 mM glucoseを含むpH7.3の水溶液で潅流しながら、観察を行なった。二光子励起イメージングは水浸対物レンズを備えた倒立顕微鏡をもちい、レーザー走査装置により画像化した。レーザーパワーは3〜10mW、波長は830nmを使用した。

結果

内腔用構造を伴う開口放出の観察

灌流液に水溶性トレーサーとして0.5 mMのSRB(sulforhodamine B)を加え、細胞間隙を可視化した。このSRBを用いた開口放出可視化法は、開口放出が起こると細胞外液が融合細孔を通って、小胞内に急速に入ることで、その小胞が蛍光の輝点として示される。副腎髄質細胞を70mMカリウム溶液で脱分極刺激すると、細胞内に多くの蛍光の輝点が細胞間隙に近接して現れた。輝点の直径は0.4-0.7umであり、大型有芯小胞を染色するアクリジンオレンジで観察した小胞の大きさと矛盾しない。よって、その点を一つの小胞の開口放出とみなした。

詳細に観察すると、細胞質のより深い部分まで穎粒が逐次的に開口放出を起こし、その多くが膜融合後、大きく膨張して内腔を形成した。この内腔様構造は、しばしば原形質膜から3-5umまで届いた。この構造の膨張は、小胞の体積の約5倍以上にもなった。また、この構造の細胞膜の面積の膨張分は、開口放出により挿入されるすべての小胞の膜とよく一致していた。このことから、内膜様構造は開口放出によって形成されると考えられる。さらに、単位膜面積当りの開口放出の出現率が、原形質膜と内腔様膜では差がなかった。このことから、小胞の膜融合準備状態は、原形質膜近傍の小胞と内腔様構造が到達した細胞深部における小胞との間に差はないと考えられる。さらに、逐次開口放出が起ける二段目の開口放出は、しばしばその内腔様構造の上に発生し、02s以内に内腔膜と平滑化した。内腔様構造で開口放出をおこす小胞の大きさは、単一小胞の大きさと一致した。このことから、小胞同士の膜融合が開口放出の前に起こる複合型開口放出である可能性を排除する。

また、ケージドCa2+化合物、NPEの光分解により細胞質内のCa2+濃度([Ca2+]i)を急激に、かつ均一に増加させることによって開口放出を引き起こした場合も、カリウム刺激と同様の逐次開口放出が引き起こされた。ケージドCa2+化合物刺激による開口放出の内腔形成は、5s以内に急速に原形質膜から3umまで届いた。この内腔構造は可逆的で、刺激を取り除くと段々と小さくなった。また、刺激の種類に関係なく、細胞間空間に面していない原形質膜の表面ではほとんど観察されなかった。

内腔用構造による開口放出機構の促進

内腔様構造の膨張を抑制する目的で、SRBとともにフィコール(14%,Ficoll)を加えてコロイド浸透圧を変化させた。その結果、ケージドCa2+化合物により十分なカルシウム上昇が与えられていても、開口放出に伴う内腔様構造の膨張が強く阻害された。つまり、内腔様構造の膨張は膜融合細孔と狭い細胞間隙によって内腔内に閉じ込められたヒドロゲル《水を分散媒とするゲル》の膨張に起因することを示す。さらに、フィコール存在下でも、逐次開口放出が起こった。このことから、フィコールは膜融合反応そのものに影響しない。しかしながら、フィコールはいちじるしく逐次開口放出における二段目の開口放出が示す単位膜面積当りの出現率を減らしたので、内腔用構造の膨張が内腔膜上の開口放出を促進していると言える。

内腔用構造の形成に必要な要因

小胞内のゲルが開口放出においてどのような空間的な制約を受けるのか、それが開口放出にどのように影響するかを調べるために、2 mMの蛍光デキストラン(Fluorescein dextrans:FD,10,70or500kDa)とSRBの同時蛍光測定の実験を行った。10,70,500kDaデキストランの直径は、はそれぞれ6,12,20nmとした。

この実験により、内腔様構造において基質ゲルが膨張するためには二つの異なったゲルの拡散の障壁があることが明らかになった。一つには組織構造を保った副腎髄質の細胞間隙は、20-40nmに保たれるということである。つまり、この細胞間隙は12nmの70kDaのFDの進入を許し、20nmの500-kDのFDの進入は許さなかった。実際、完全に融合した開口放出の高速画像が得られたとき、我々はしばしばゲルが小胞内で膨張して融合細孔を通り細胞間隙にゲルがでてもなお、細胞間隙でゲルが膨張している様子を観察した。これは細胞間隙が効果的に膨張したゲルの細胞外への拡散を妨げるという考えの独立した証明を与えている。

第二として小胞の融合細孔の制御もまたゲル拡散の障壁であると考えられる。FDを用いて小胞の融合細孔の大きさを見積もり、融合様式と融合細孔の関係を調べた。完全平滑化する膜融合様式の場合は、70kDaのFDと500kDaのFDの両方が小胞内に侵入した。また、内腔構造に発展する膜融合形式の場合は、前者は侵入するが、後者ではしなかった。このことは、内腔様構造の膨張を最も効果的に行なうために、膜融合細孔の直径が12nmから20nmの間に制御されていることを示す。さらに、融合細孔が一時的に開いて再び閉じる膜融合様式の場合は、刺激後に小胞に10kDaのFDが侵入し、灌流液からSRBを除去しても小胞内にSRBが保持されていた。つまり、融合細孔の大きさが20nmより大きくなる小胞は完全に融合し、融合細孔が12から20nmの間を保たれるならば、ゲルは保持されて小胞は膨張する。融合細孔が6nm以下の場合は、キスエンドラン開口放出であった。このように融合後の小胞の運命は、融合細孔の大きさに依存していたことが明らかになった。

まとめ

副腎髄質細胞にける開口放出では、最外層の小胞もさらに深い細胞質層にある小胞も膜融合準備状態に差はなく、より組織構造を保った副腎髄質においては小胞内のゲルは膜融合前の制御に働いて開口放出を促進していた。今回、新たに報告した空胞型逐次開口放出は、活発な小胞内基質ゲル、融合細孔の正確な制御、そして組織構造を保った副腎髄質の狭い細胞間隙を有効に使った、全く新しい機構であることが解明された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、小胞が原形質膜へ移動し、形態的に原形質膜とドッキングし、融合能力を獲得し、原形質膜と融合すると考えられている小胞の開口放出の機構を明らかにするため、電気生理学的研究、電子顕微鏡による研究においてスタンダードなモデルである哺乳類(牛、豚)の副腎髄質クロマフィン細胞の開口放出を、二光子励起顕微鏡を用いて可視化した。その結果、下記の結果を得ている。

細胞間の組織構造を保った状態の複数の細胞からなるクラスター試料を採用し、灌流液に水溶性トレーサーとして0.5mMのSRB(sulforhodamineB)を加えて細胞間隙を可視化した。開口放出が起こると細胞外液が融合細孔を通って小胞内に急速に入るので、その小胞を蛍光の輝点として示すことができる。副腎髄質細胞を70mMカリウム溶液で脱分極刺激し、開口放出して0.2s以内に原形質膜と平滑化する様式(フル・フュージョン型)、細胞質のより深い部分まで顆粒が逐次的に開口放出を起こし膜融合後、大きく膨張して内腔を形成する様式(空砲型)、開口放出後に細胞内の再び取り込まれる様式(キス&ラン型)の三種類の開口放出を確認した。

特徴的な空砲型の開口放出を詳細に解析するために、ケージドCa2+化合物、NPEの光分解により細胞質内のCa2+濃度([Ca2+]i)を急激に、かつ均一に増加させる方法でも開口放出を観察した。どちらの場合も単位面積あたりの開口放出の出現率において、もともとの原形質膜上よりも内腔上のほうが高かった。よって、内腔の形成は開口放出の効率の上昇につながることが示唆された。

内腔形成の機構を調べるためにSRBとともにフィコール(14%,Ficoll)を加えてコロイド浸透圧を変化させた。その結果、ケージドCa2+化合物により十分なカルシウム上昇が与えられていても、逐次開口放出が起こったが開口放出に伴う内腔様構造の膨張が強く阻害された。つまり、内腔様構造の膨張は膜融合細孔と狭い細胞間隙によって内腔内に閉じ込められたヒドロゲル《水を分散媒とするゲル》の膨張に起因すると考えられる。

小胞内のゲルが内腔様開口放出においてどのくらいの空間的な制約を受けるのか、それが開口放出にどのように影響するかを調べるために、 2mMの大きさの違う蛍光デキストラン(Fluoresceindextrans:FD,10,70or500kDa)とSRBの同時多重染色イメージングを行った。10,70,500kDaデキストランの直径は、はそれぞれ6,12,20nmとした。その結果、内腔の膜融合細孔の直径と組織構造を保った副腎髄質の細胞間隙が12nmから20nmの間に制御されていることがわかった。

小胞の開口放出の準備性についても検討した。抗体免疫染色法を用いて膜融合に必要とされるSNAP24の局在を調べると、コントロールでは原形質膜にしか存在しないが、刺激後は内腔の膜に拡散しているのがわかった。また、SNAP24に蛍光タグ(ECFP)をつけてSRBと同時多重染色イメージングを行い、同じ結果を得た。よって小胞同士の膜融合が開口放出の前に起こる複合型開口放出ではなく、逐次開口放出であることが示唆された。このことから、小胞の膜融合準備状態は、原形質膜近傍の小胞と内腔様構造が到達した細胞深部における小胞との間に差はないと考えられる。

以上、本論文は、より組織構造を保った副腎髄質において開口放出を可視化することにより、初めてその様式が明らかになり、小胞内のゲルが膜融合前の制御に働いて開口放出を促進していることを見出した。また、最外層の小胞もさらに深い細胞質層にある小胞も膜融合準備状態に差はないことも示すことができた。今回、新たに報告した空胞型逐次開口放出は、活発な小胞内基質ゲル、融合細孔の正確な制御、そして組織構造を保った副腎髄質の狭い細胞間隙を有効に使った、全く新しい機構であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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