学位論文要旨



No 120657
著者(漢字) 増田,賢嗣
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,ヨシツグ
標題(和) β‐neurexin はゼブラフィッシュ嗅神経系において軸索終末への VAMP2‐EGFPの集積を抑制する
標題(洋) β‐neurexin suppressed VAMP2-EGFP accumulation in axon terminals of zebrafish olfactory sensory neurons
報告番号 120657
報告番号 甲20657
学位授与日 2005.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2573号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 助教授 金井,克光
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 講師 辻本,哲宏
内容要旨 要旨を表示する

β-Neurexinはプレシナプスの細胞接着分子で、ポストシナプスのneuroliginと結合してシナプス形成の引き金を引く分子である可能性があることがin vitroの実験から示唆されている。しかし、そのin vivoでの機能はわかっていない。そこで我々は、体外で発生し胚が透明で、発生が早く、多産であるために、生きたまま神経回路網の形成過程を可視化して観察できるという特長をもつゼブラフィッシュをモデル動物として用いて、β-neurexinのin vivoでの機能を調べた。はじめに、β-neurexinのゼブラフィッシュにおけるオルソログをクローニングした。ゼブラフィッシュゲノムデータベースサーチにより、6個のneurexin 候補配列が得られ、そのうち、ラットのneurexin Iβに相同性が最も高いものをクローニングし、neurexin Iaβと名付けた。ゼブラフィッシュneurexinla Iaβは、全長でラットneurexin Iβに対して69%の相同性を有していた。Neurexin Iaβとhuman lgG Fc領域との融合タンパクは、 neuroligin 1-EYFP融合タンパクを発現した細胞に特異的に結合した。またneurexin Iaβ-Fcを用いたpull down法によっても、neuroligin 1-EYFPが沈降されてきた。いっぽうイーストツーハイブリッド法により、neurexin Iaβの細胞内領域がzebrafish CASKbと結合することがわかった。これらから、ゼブラフィッシュのneurexin Iaβは、ラットのneurexin Iβと同様に細胞外でneuroligin lと、細胞内でCASKと結合することが示唆された。これまでにゼブラフィッシュの嗅神経細胞軸索終末が喚球でシナプスを形成する際に、VAMP2-EGFPで標識されたシナプス小胞が軸索終末に集積し、一方でGAP43-EGFPで可視化した軸索終末は複雑な構造から単純な構造へと変化することが分かっている。Neurexin Iaβの、シナプス形成におけるin vivoでの機能を試験するために、VAMP2-EGFPとneurexin Iaβが同一の嗅神経細胞で発現するダブルカセットベクターを構築した。Neurexin Iaβをゼブラフィッシュ喚神経細胞に発現させると、軸索終末への小胞マーカータンパクVAMP2-EGFPの集積が抑えられた。しかしneurexin Iaβを発現させても軸索のマーカータンパクtau-EGFPを指標とした軸索の伸長および細胞膜のマーカータンパクGAP43-EGFPを指標とした軸索終末の形態変化には影響が認められなかった。 Zebrafish neurexin Iaβの細胞外N末端領域を欠失した変異体を発現させてもVAMP2-EGFPの集積への影響は認められなかったが、細胞内C末端領域を欠失した変異体を発現させると、VAMP2-EGFPの集積は抑えられた。またzebrafish neurexin IaβとEYFPの融合タンパクは軸索終末に蛍光が認められ、その軸索は嗅神経細胞と僧帽細胞間が形成する糸球体構造に相当すると考えられる非細胞体領域に投射していた。以上の結果より、neurexin Iaβは、シナプス小胞の集積に特異的に関わっていることがわかった。Neurexin Iaβが、シナプス形成の引き金を引くというよりはむしろ、シナプスの成熟の場面で、特定の現象に限定的に関与していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はシナプス形成の分子機構を明らかにする目的で、シナプス形成の引き金を引く分子の候補と見られてきた膜分子β-neurexinのシナプス形成期での役割を、発達期のゼブラッフィッシュ嗅神経細胞を生きたまま観察することによって解析したもので、下記の結果を得ている。

ほ乳類のβ-neurexinの、ゼブラフィッシュにおけるホモログをデータベース検索し、6種類の候補配列を得た。そのうちneurexin Iβに最も相同性が高いものをクローニングし、neurexin Iaβと名付けた。ついでin situ hybridization法とRT-PCR法によりneruxin Iaβが発達期に発現していることを確認した。

NeurexinIaβとヒトIgGFc 領域との融合タンパクを精製して、neuroligin 1を発現したHEK293細胞にかけることにより、またneuroligin 1を発現した細胞破砕物からのプルダウン法により、neruxin Iaβがほ乳類のneurexin Iβ同様、細胞内で足場分子CASKと結合することがわかった。

Neurexin Iaβとマーカータンパクとを同一のベクターに組み込み、一過的に胚に導入することによってneurexin Iaβを発現した細胞だけを可視化できるダブルカセットベクターを用いて、neurexin Iaβを喚神経細胞に過剰発現させてシナプス小胞マーカータンパクVAMP2-EGFPの蛍光を観察し、その結果、発達に伴う軸索終末へのシナプス小胞の集積がneurexin Iaβ過剰発現によって抑えられることがわかった。

同様にダブルカセットベクターを一過的に導入する方式を用い、neurexim Iaβを嗅神経細胞に過剰発現させて軸索マーカータンパクtau-EGFPまたは軸索終末の細胞膜マーカータンパクGAP43-EGFPの蛍光を観察することによって、neurexin Iaβを過剰発現させても軸索の投射には影響がなく、発達に伴う軸索終末の形態変化も正常に起こることがわかった。

同様にダブルカセットベクターを一過的に導入する方式を用い、neurexin Iaβの細胞外N末端領域を欠失した変異体ではシナプス小胞の集積に影響が見られないが、細胞内c末端領域を欠失した変異体ではシナプス小胞の集積が抑えられることがわかった。

以上、本論文はこれまでシナプス形成の引き金を引くと見られていたβ-neurexinが、シナプス形成期に見られる2つの現象であるシナプス小胞の集積と軸索終末の形態変化のうち、シナプス小胞の集積に選択的に関与することを明らかにした。本研究は、これまでほとんど知られていなかったシナプス形成を司る生体内での分子機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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