学位論文要旨



No 120659
著者(漢字) 建石,良介
著者(英字)
著者(カナ) タテイシ,リョウスケ
標題(和) 肝細胞癌患者に対する経皮的局所療法後の予後因子の検討
標題(洋)
報告番号 120659
報告番号 甲20659
学位授与日 2005.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2575号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 助教授 大西,真
 東京大学 講師 池田,均
内容要旨 要旨を表示する

研究1 経皮的局所療法を受けた肝細胞癌患者の予後解析―Tokyo Scoreの提案

[研究の背景および目的]

肝細胞癌患者の予後は腫瘍の進展度のみならず、背景肝機能の影響を大きく受ける。腫瘍因子と背景肝因子を含む肝細胞癌の予後分類として、古くは奥田の分類があげられる。当時の医療状況を反映して、平均生存期間の中央値が41ヶ月という患者群を対象として構築されたために、現在の日本の状況にそぐわなくなってしまっていた。近年、イタリアの研究者がCLIP (Cancer of the Liver Italian Program)という肝癌の新しいステージ分類を提唱した。奥田分類と比較し、腫瘍の個数、脈管侵襲という要素を導入したものの、腫瘍径に関しては、いまだ肝体積の50%以上、以下という大まかな基準を採用しているため、3cm前後の肝細胞癌の予後を判別するには、不充分と言わざるをえない。もうひとつの広く認知されている肝細胞癌のステージ分類として、スペインの研究者が提唱しているBCLC(Barcelona Clinic Liver Cancer)分類がある。予後分類というよりは、治療アルゴリズムという側面が強く、複雑で分かりにくい。本研究の目的は、経皮的局所療法を施行された肝細胞癌患者の予後から新たなステージ分類を構築し、CLIP およびBCLC分類と比較することにある。

[方法]

1990年から1997年の間に403人の初発の肝細胞癌患者が、東京大学消化器内科にて経皮的局所療法(PEIT及びPMCT)にて治療された。この連続403人をtraining sample として採用した。経皮的治療前の以下のデータを、解析対象とした。年齢、|性、腫瘍径、腫瘍数、病変の局在(一葉か両葉か)、肝外転移の有無、腹水の有無、肝性脳症の有無、血清アルブミン値、総ビリルビン値、AST・ALT値、アルファフエトプロテイン(Alpha-fetoprotein、以下AFP)値、HBs抗原、HCV抗体、飲酒量。Okuda分類、CLIP Score及びBCLC stageもそれぞれこれらの値から計算された。生存をEnd-pointとし、Cox比例ハザードモデルを用いた生存解析を行った。アルブミン値や腫瘍径のような連続変数は、カテゴリカル変数に変換した。我々は、まず403人の内科症例を無作為に202人のtesting sampleと201人のtraining sampleに分割した。次にtraining sampleについてCox 比例ハザードモデルを用いた多変量解析を行い、Akaike Information Criteria (以下AIC)を指標としたstepwise変数選択を行った。この過程を20回行い、それぞれの変数が何回選択されたかをカウントした。上位4変数を選択したモデルと上位5変数を選択したモデルを作成し、比較検討した。こうして残った変数の回帰係数に応じて0-2点の点数を割り振り、新しく構築された予後分類を、Tokyo Scoreと命名した。内的妥当性の検討のため、内科症例の残りの201人についてLikelihood Ratio testのX2乗値、Liner trend testのX2乗値、AICを用いてCLIPスコア、BCLCとTokyoScore を比較した。外的妥当性は、外科で治療を受けた症例を用いて上記と同様に検討した。

[結果]

AICを指標としたStepwise変数選択を行った結果、対象とした10個の変数の中で、腫瘍径が20回のサンプリング中20回、腫瘍数3個超が18回、アルブミン値が17回、ビリルビン値が11回、AFP値が11回それぞれ選択された。モデルの簡便性と腫瘍因子、背景肝因子のバランスを考え、腫瘍径、腫瘍数、アルブミン値、ビリルビン値を含む4変数モデルを第1候補とし、それにAFP値を加えた5変数モデルを第2候補として、それぞれtesting sampleを対象にAICを20回分計算した。結果、AICの減少は平均0.24と軽微であった為、4変数モデルを最終モデルとして選択した。Tokyo Scoreによる各ステージの予後は明瞭に分離され、Tokyo 0,1,2,3,4-6の5年生存率はそれぞれ78.7%、62.1%、40.0%、27.7%、14.3%であった。

内的妥当性の検討において、Likelihood ratio testのX2乗値、Linear trend testのX2乗値、AICのいずれの指標においても20回のサンプリング中20回ともTokyo Scoreは、CLIP Score、 BCLCステージよりも良好な値を示した。外的妥当性の検討において三つのステージ分類を同様に比較したところ、Tokyo Scoreは、Likelihood ratio testとAICにおいて他2者よりも優れていたが、Linear trend testにおいてCLIP Scoreの方が高いX2乗値を示した。

[考察]

どんなに優れた予後分類であったとしても、その分類が特殊な一部の施設でしか測定されていないようなパラメータを採用していた場合、その分類は一般には普及しないであろう。奥田分類の非常に優れた点は、4つのどこでも測定できるようなシンプルなパラメ一夕を採用した点にある。Tokyo Score も同様の主旨で、候補として、どこの施設でも測定されるような一般的な項目を採用するようにした。結果、出来上がったスコアは、容易に暗記でき、ベッドサイドや外来でも簡単に計算できるものとなった。また、他の施設でretrospective に患者データを解析する場合でも、まず欠損値がでない組み合わせとなっている。

腫瘍因子として我々は、腫瘍径と腫瘍個数の2つを採用した。腫瘍径は、2cm未満と2-5cm、5cm超の3つに分類される。2cmという腫瘍径は、ちょうど高分化肝癌が中分化になる境目と考えられており、また癌結節の血管支配が動脈優位になる境界としても良く知られている。また、5cmという腫瘍径は、微小門脈浸潤と関連していることが、主に肝細胞癌に対する肝移植例の検討から導き出されており、実際に移植の適応基準でも採用されている。

腫瘍数も肝細胞癌患者の予後を反映する因子として、とくに手術例を対象とした予後解析で有意であるとされている。ただし、多くの研究が単発と多発の間に予後の差があるとしているのに対し、本研究では、単発と2-3個の間に有意な予後の差を認めなかった。この理由として以下の2つが想定される。まず、局所療法の対象となるような進んだ肝硬変の場合、2つの結節を肝内に認めた場合でも、それぞれが同時に異所性に発生した癌であり、ひとつの癌から肝内に散布したものではない可能I性が非肝硬変症例に比べて相対的に高くなることが考えられる。これは、高度に肝硬変が進行している移植例の検討でも腫瘍の個数は移植後の再発に関係しないという結果とも一致する。また、最大腫瘍径が小さい場合、複数の腫瘍があっても2番目、3番目の大きさの腫瘍が肝内転移である可能性が低くなることも考えられる。

背景肝機能を反映する指標として、アルブミン値と総ビリルビン値が残った。この2項目は、奥田分類やChild-Pugh分類にも含まれ、臨床現場でももっとも頻用されている。そのほかにもプロトロンビン時間やICG試験、腹水や脳症も一般に使われているが、これらは、最終モデルには残らなかった。おそらく症例数を増やせばいずれも有意になると思われる。

Tokyo Scoreの限界は、それが局所療法の対象患者を元に構成されたという点にある。よって、非常に進行した癌を持つ症例や、肝機能が極めて悪い患者の予後分別にはあまり有効ではない。全ての肝癌患者の予後を正確に判別するために、パラメータの数をふやし、あるいは複雑な計算式を必要とするよりは、むしろ対象を絞ってより簡単な分類を使い分けた方がよいというのが我々の主旨である。例えば移植以外に適応のない高度肝不全患者には、MELDScoreを用いればよい。門脈腫瘍浸潤や肝外転移を有する患者の予後は、それを有しない患者の予後とは比較できない。現在、日本では高危険群の囲い込みとスクリーニング機器の進歩によってより多くの肝細胞癌患者がより早期に発見されている。このような時代にTokyo Score は、より正確な予後推定とより妥当な比較基準をもたらすものと思われる。

研究2 肝細胞癌患者に対するラジオ波焼灼療法1000症例のまとめ

[背景及び目的]

東京大学消化器内科は、1999年2月より肝細胞癌に対してラジオ波焼灼療法(RFA)を導入し、2003年2月の時点で累積症例数が1000例に達した。本研究の目的は、その短期成績について述べることにある。

[方法]

対象は、1999年2月より2003年2月までの間に当科に入院し、RFAを受けた肝細胞癌患者664人である。この期間中に再発し、再治療を受けた患者がいたため、1回の入院を1症例と数えると累積1000症例に達した。短期及び長期の合併症は、症例ベースで検討した。664人の予後は、初発症例319人と前治療後再発時にRFAを受けた345人に分けて検討した。再発率については、初発症例で根治的に治療された306人について検討した。

[結果]

重篤な合併症を40例(内、30日以内25例)に認めた。内訳は、腹腔内出血4例、肝膿瘍7例、気管支胆汁 2例、消化管穿孔3例、播種15例などであった。開腹手術を要した症例が2例あった。治療関連死はなかった。1,2,3,4,5年累積生存率は、初回治療例で94.7%、86.1%、77.7%、67.4%、54.3%で、再発治療例では、91.8%、75.6%、62.4%、53.7%、38.2%であった。1,2,3,4年累積再発率は、20.4%、43.4%、59.8%、65.9%であった。

[考察]

1000症例のうち、重篤な早期合併症は2.5%で治療関連死亡はなく、RFAは、肝硬変合併肝細胞癌の治療法として、比較的安全に行えることが示された。消化管穿孔や播種などは、現在対策を検討中である。局所根治性は、PEITと比べて上昇したが、異所性再発の頻度は変わらず、更なる予後の改善のためには背景肝の治療を含めた対策が必要である。長期的の予後の検討には、さらに時間が必要だが、RFAは、今後経皮的局所療法の中心を担っていくと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、肝細胞癌患者に対する局所療法後の予後に影響を与える因子について、1990年〜1997年に東京大学消化器内科においてエタノール注入療法およびマイクロ波凝固療法を施行した患者を対象に検討を加えたものである。さらに近年導入された新しい局所療法のひとつであるラジオ波焼灼療法の短期成績と予後因子についても検討した。

研究1 経皮的局所療法を受けた肝細胞癌患者の予後解析―Tokyo Scoreの提案

上述のとおり、1990年〜1997年までに東京大学消化器内科においてエタノール注入療法およびマイクロ波凝固療法を受けた肝細胞癌患者403人の予後データをもとに、Cox比例ハザードを用いた統計解析を行い、新しい肝癌予後分類であるTokyo Scoreを構築した。Tokyo Scoreは、同時期に東京大学肝胆膵外科にて肝切除を施行された203人の肝細胞癌患者の予後データに当てはめて検討が行われ、有用であるとの結果を得た。

研究2 肝細胞癌患者に対するラジオ波焼灼療法1000症例のまとめ

1999年2月の東大消化器内科における肝細胞癌患者に対するラジオ波焼灼療法の導入後2003年2月までに1000症例が同治療法にて加療された。これらの症例について、合併症、短期予後、予後因子について検討した。合併症については、重篤な合併症を40例に認めたが、治療関連死は、認められなかった。5年生存率は、初回治療例で54.3%、4年累積再発率は、65.9%であった。予後因子として、背景肝機能に加え、腫瘍径、AFP値、PIVKA-II値が有意な因子であった。

以上、本論文は肝細胞癌患者に対する経皮的局所療法後の予後について多数例を対象に検討を加えたものである。既存の予後分類の問題点を明らかにし、新たな分類を構築した点が評価され、学位の授与に値するものと考えられる。

尚、審査会時点から、論文の内容について以下の点が改訂された。

内科症例403例を202人のtraining sampleと201人のtesting sampleに無作為にわけ、training sampleをもとに構築したTokyo Scoreの内部妥当性をtesting sampleにおいて検討するという方法に改めた。妥当性の指標としてAICに加え、Likelihood Ratio Test及びLinear Trend Testを加えた。

外科症例の検討方法についても1同様にLikelihood Ratio Test及びLinear Trend Testを加えた。

エタノール注入療法、ラジオ波焼灼療法について、最初に発表した研究者のpriorityを明示すべきであるとの審査員の助言に従い、杉浦ら及びMcGahanらの論文を参考文献に加え た。

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