学位論文要旨



No 120662
著者(漢字) 柴山,大賀
著者(英字)
著者(カナ) シバヤマ,タイガ
標題(和) インスリン非使用 2 型糖尿病患者への看護師による外来療養相談の効果に関するランダム化臨床試験
標題(洋)
報告番号 120662
報告番号 甲20662
学位授与日 2005.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2578号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 教授 村嶋,幸代
 東京大学 助教授 松山,裕
 東京大学 講師 佐藤,元
内容要旨 要旨を表示する

<目的>

インスリンを使用していない2型糖尿病患者に対して、病院外来で、糖尿病教育の専門性の高い看護師が、看護過程に沿った「外来看護相談プロトコール」に基づいて、個別に継続して療養相談を行う看護支援が、従来型の看護支援に比べて、患者の血糖コントロール状況や健康関連QoLにどの程度の効果をもたらすかを検証した。

<方法>

本研究のプロトコールは、東京大学大学院医学系研究科の倫理委員会で承認された。

東京大学医学部附属病院の外来に通院中の、インスリンを使用していない2型糖尿病患者を研究対象とした。対象者は、看護支援A(以下、支援A)群か、看護支援B(以下、支援B)群のいずれかにランダムに割り付けられた。支援A群では、糖尿病看護認定看護師(以下、認定看護師)1名が、「外来看護相談プロトコール」に従い、専任で、対象者の受診日に、医師の診察以外の在院時間を利用して、プライバシーが配慮された専用の場所で、1回30分程度の時間をかけ、個別に療養相談を実施した。相談では、食事療法、運動療法、薬物療法、合併症などの身体症状のセルフケア、ストレスマネージメントの5領域についての情報・技術提供、モニタリング、心理的サポートを行い、必要に応じて身体計測も行った。一方、支援Bでは、外来勤務の一般の看護師が、診療の補助業務のかたわらで、対象者の希望に応じて、場所にとらわれずに療養相談を実施した。研究期間は1年間とした。

Primary endpintである血糖コントロールの指標はHbA1cとした。Secondary endpintである健康関連QoLは、包括的なものと糖尿病に特異的なものの2つを指標とした。包括的なQoLの測定には、Medical Outcomes Study Short Form 36-item日本語版Ver.l.2(以下、SF-36)を用いた。糖尿病に特異的なQoLの測定には、Problem Areas in Diabetes Survey日本語版(以下、PAID)を用いた。

また、1年間の療養態度・行動変容の程度を、両群の対象者に尋ねた。測定には.研究者が作成した自記式の質問4項目を用いた。さらに、認定看護師が、「外来看護相談プロトコール」に従い、療養行動のうち、食事療法、運動療法、薬物療法、セルフケアの4領域での、支援A群の対象者の行動変容状況について評価した。

<結果>

研究適格者195名のうち、研究参加の同意が得られた先着134名を研究対象者とした。対象者の割り付け結果は、支援A群67名、支援B群67名であった。研究開始後に判明した不適格例は各群1名ずつであり、その他の不完全例は、支援A群6名、支援B群8名であった。不適格例を除く支援A群66名、支援B群66名の計132名を解析対象とした。

各群のベースライン時点での対象者特性は、支援A群、支援B群の順に各々、男性65.2%、65.2%、年齢61.3±8.2歳、62.5±7.4歳、罹病年数11.3±7.1年、13.1±7.3年、BMI25.2±5.6、25.7±5.0、HbA1c7.33±0.75、7.42±0.74%であった。SF-36のサブスケール「活力」については、支援A群は支援B群に比べて統計的に有意に低かった。

研究開始後に糖尿病の教育入院をした者、医師の指示により栄養士の栄養指導を受けた者(教育入院をした者を含む)、研究開始後にインスリン療法が導入された者の数に、群間差は認められなかった。1日あたりに処方された経口血糖降下薬の1年間での変更状況は、各対象者の総処方量(錠数、種類)と、薬剤ごとの処方量(種類ごとの錠数)のそれぞれについて、1年間の変化量を検討した結果、群間に統計的な有意差は認められなかった。

表1に、両群の血糖コントロール状況と健康関連QoLの推移を示した。HbA1c、SF-36の各サブスケール、PAlDのすべてについて、t検定による群間比較の結果、1年間の変化量に統計的な有意差は認められなかった。

HbA1cへの看護支援の効果について、性、年齢、罹病年数、BMI、血糖降下薬の薬剤ごとの処方量、糖尿病教育を受けた経験の有無で調整したGEEによる調整解析を行ったが、看護支援の効果は有意ではなかった。

しかし、対象者の最終学歴の違いによるHbA1cへの看護支援の効果を、罹病年数、BMI、アカルボースの処方量、グリベンクラミドの処方量で調整したGEE解析を行ったところ、「高等学校まで」に対する「大学以上」と支援Aとの間の交互作用について、統計的に有意な回帰係数の推定値-0.52(ロバスト95%信頼区間:-1.02--0.03)が得られた。

療養態度・行動変容の自己評価については、すべての質問項目で、支援A群は支援B群に比べて、統計的に有意に好ましい方向への変容を示した。認定看護師による支援A群の対象者の行動変容評価では、全ての領域で、1年間に適切な行動を継続した者と不適切な行動が変容した者をあわせた数は、ベースライン時点に比べて最終支援時の方が多かった。また、食事療法のうち「食事摂取量」と「栄養バランス」の2項目では.最終支援時の療養行動が適切な者と不適切な者とでHbA1cの変化量を比べた結果、不適切者に比べて適切者の方が統計的に有意に改善していた。しかし、運動療法のうち「有酸素運動」と「家事や通勤などによる身体活動を増やす行動」では、ベースライン時点に行動が不適切であった者の半数以上が、最終支援時になっても行動が変わらなかった。また、「筋力強化・維持運動」では、もともと適切であった者の23.3%に行動低下が認められた。

本研究では看護支援に伴う有害事象は認められなかった。

<考察>

本研究の結果、認定看護師による療養相談には、従来型の看護支援に比べ、血糖コントロールと健康関連QoL上の有効性は認められなかった。

血糖コントロール上の有効性が認められなかった原因としては、以下の可能性がある。まず、本研究は、都内の大学病院で糖尿病専門医集団が患者の継続的なフォローをするという、水準の高い治療環境のもとで実施された。そのため、対照群もHbA1cがよく管理されており、介入群との差が出にくかったことが考えられる。次に、本研究ではインスリンを使用していない患者を対象としたために、血糖コントロールが目標とはいえ、ベースライン時点での血糖コントロールが重症者に比べて相対的に良好であり、大きな改善を認めることが困難であったことが考えられる。すなわち、本研究の介入の有効性は、研究実施施設および研究対象者の特性によって減弱されていた可能性がある。

なお、最終学歴についての調整解析では、最終学歴によって看護支援によるHbA1cの変化パターンが異なり、大学以上の者において支援A群にHbA1cの減少傾向が認められた。最終学歴は、患者の学習能力と関連が深いと考えられ、高学歴者は、支援Aのような患者の認知や関心へ働きかける介入方法に反応しやすいことが推察される。ただし、これは探索的な解析の結果であり、今後さらに追究する必要がある。

健康関連QoL上の有効性が認められなかった原因としては、対象者の健康関連QoLはベースライン時点から非常に良好であり、これ以上の改善が望める状態ではなかったことが、群間差が生じなかった最大の理由であると考えられる。むしろこの結果は、従来診療の継続によっても健康関連QoLを良好に維持しうること、さらに、従来診療に支援Aを取り入れても患者の健康関連QoLは損なわれないことを示唆している。

一方、対象者の行動変容という点では、認定看護師による療養相談は、従来型の看護支援に比べ、概して有効であることが示唆された。すなわち、支援Aは行動変容へのreadinessを高める看護支援であると考えられる。特に、「食事摂取量」と「栄養バランス」の2項目では、支援Aによりもたらされた行動変容は、1年後のHbA1c値の改善にもつながっており、支援Aは、こうした問題を抱える患者の血糖コントロールを、1年以内に改善する効果が期待できる支援方法であることが示唆された。しかし、運動療法のうち「有酸素運動の実施」「家事や通勤などによる身体活動を増やす行動」「筋力強化・維持運動」については、行動が変わらない者や行動が低下してしまう者が認められたことから、「外来看護相談プロトコール」には一部改善の余地があると考えられる。

本研究は東京都内の1大学病院で実施されており、本研究の外的妥当性は不十分である。また、1年間のうちに療養相談によってもたらされた行動変容は、群間では最終的な血糖コントロール上の効果にはつながっていなかった。今後は、本研究とは異なる患者集団に対する、長期的な療養相談の効果について検証することが課題である。さらに、本研究での療養行動変容の評価方法では、評価者によるバイアスの混入が否定できない。今後は、より客観的な測定尺度を用いて、行動変容上の教育効果を評価していくことも必要である。

表1.各群の血糖コントロール状況と健康関連QoLの推移

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、インスリンを使用していない2型糖尿病患者に対して、病院外来で、糖尿病教育の専門性の高い看護師が、看護過程に沿った「外来看護相談プロトコール」に基づいて、個別に継続して療養相談を行う看護支援が、従来型の看護支援に比べて、患者の血糖コントロール状況や健康関連QoLにどの程度の効果をもたらすかを、ランダム化臨床研究によって検証したものであり、以下の結果を得ている。

研究の遂行状況は良好であったが、認定看護師による療養相談には、従来型の看護支援に比べ、血糖コントロール上の有効性は認められなかった。しかし、研究を実施した施設環境が都内の大学病院であり、糖尿病専門医集団が患者の継続的なフォローをするという水準の高い治療を提供していたこと、および、研究対象者の特性として、本研究ではインスリンを使用していない患者を対象としたために、ベースライン時点での血糖コントロールが重症者に比べて相対的に良好であり、大きな改善を認めることが困難であったことなどによって、介入の有効性が減弱されている可能性があると考えられた。

2.認定看護師による療養相談が血糖コントロール上の効果を示す患者のタイプの同定を試みた結果、最終学歴によって看護支援によるHbAicの変化パターンが異なり、大学以上の者において、認定看護師による療養相談群にHbAicの減少傾向が認められた。ただし、これは探索的な解析の結果であり、今後さらに追究する必要があると考えられた。

研究の遂行状況は良好であったが、認定看護師による療養相談には、従来型の看護支援に比べ、健康関連QoL上の有効性は認められなかった。しかし、対象者の健康関連QoLはベースライン時点から非常に良好であり、これ以上の改善が望める状態ではなかったことが、群間差が生じなかった理由であると考えられた。むしろこの結果は、従来診療の継続によっても健康関連QoLを良好に維持しうること、さらに、従来診療に支援Aを取り入れても患者の健康関連QoLは損なわれないことを示唆している。

対象者の行動変容という点では、認定看護師による療養相談は、従来型の看護支援に比べ、概して有効であることが示唆された。特に、食事療法、薬物療法、セルフケアについては、「外来看護相談プロトコール」に沿った現行の方法で、患者の行動変容が期待できる。中でも、「食事摂取量」と「栄養バランス」に限れば、行動変容を通して1年以内に血糖コントロール上の効果をもたらしうる。しかし、運動療法のうち「有酸素運動の実施」「家事や通勤などによる身体活動を増やす行動」「筋力強化・維持運動」については、「外来看護相談プロトコール」に一部改善の余地があると考えられた。

以上、本論文は、糖尿病看護認定看護師が、インスリンを使用していない2型糖尿病患者に対して、看護過程に沿った「外来看護相談プロトコール」に基づいて実施する病院外来での療養相談の効果を、ランダム化臨床研究によって検証したという点で独創的である。さらに、本論文での介入が、患者の行動変容に対して一定の有効性を持つことが明らかとなり、より効果を上げるための「外来看護相談プロトコール」の改善点をも示唆している点で、看護実践上の臨床的有用性をも兼ね備えており、学位の授与に値するものと考えられる。

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