学位論文要旨



No 120664
著者(漢字) 吉村(浅田),美穂
著者(英字)
著者(カナ) ヨシムラ(アサダ),ミホ
標題(和) サイドスキャンソナー画像解析に基づいた中部マリアナトラフの拡大様式の研究
標題(洋) Styles of seafloor spreading along the central Mariana Trough:Insights from sidescan sonar and multibeam bathymetry data
報告番号 120664
報告番号 甲20664
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4740号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浦辺,徹郎
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 教授 徳山,英一
 東京大学 助教授 沖野,郷子
 産業技術総合研究所 研究グループ長 山崎,俊嗣
内容要旨 要旨を表示する

背弧拡大系の多くに見られる「非対称拡大」はどのように進行しているのか。その現場を、中部マリアナトラフで押さえたかも知れない。サイドスキャンソナーによる軸谷内部の地質の精査から、単一軸谷内に複数の走向群に分けられて明瞭の精査な前後関係を持つ構造群群が発見された。またマルチビーム測深のデータを併せて考えると、中部マリアナトラフの弓形の地形は、軸谷付近の応力場を短時間で変化させている可能性が出てきた。

研究の背景

背弧拡大系は、プレート沈み込みに伴って発生する拡大系である、多くの背弧拡大計では「非対称拡大」が観察されているが、その発達機構について詳細は分かっていない.

マリアナトラフは太平洋の沈み込みに伴ってフィリピン海南面縁に発達した背弧海盆である(Fig.1)。トラフは特徴的な弓形を呈し、拡大速度は軸の西側で東側よりも3倍速く[Deschamps and Fujiwara,2003]明らかな非対称拡大をしている。本研究では、背弧海盆にあるこの非対称拡大がどのようにして発達したか解明することを目標に、サイドスキャンソナーを用いた海底地質の精査を行った。

マリアナトラフにおいて海洋底拡大は6Maに中部から始まって[Iwamoto et al.,2002]南北に徐々にプロパゲートし、3Maには南部が拡大を始めた[山崎、2005]。最も古くから拡大を続けている中部マリアナトラフにおける拡大速度は拡大の初期から現在までほぼ変わっておらず、常に3 cm/yr程度であった[Iwamoto et al.,2003]

手法・データ取得

サイドスキャンソナー「わだつみ」を用いた調査が2003年秋に行われた。わだつみは100kHzの音波を海底に向けて発信し、それが対象にぶつかり散乱した音波の一部を捉えて50cm~の精度で画像化する観測機器である。航海では同時に、マルチビーム測探器により周辺の地形データを取得した。

軸谷内部および周辺の観察結果

調査は、既に成熟した海洋底拡大が起こっていると言われる中部マリアナトラフにおいて、北緯17°(以降「Seg-17」と呼ぶ)および北緯18°°(以降「Seg-18」と呼ぶ)付近に発達した2つのセグメントで行った。わだつみは、Seg-18でおよそ85km2の、Seg-17ではおよそ200km2にも及ぶ軸谷内部の連続画像を取得した。

画像解析の結果、両セグメントにおいて、発達する線状構造の走向には非常に大きなばらつきがあることが明らかになった。特に線状構造が高密度で発達するSeg-17においては、その走向が2つグループ、軸谷の走向に平行な断層群(N17W走向群)と、軸谷走向に斜交するN3W走向群は他の全ての構造を切って発達しており、つまりこれが最新の活動であることを認められた(Fig.2)。

更にSeg-17においてこのN3W走向群は、セグメント中心から東側の壁にかけて偏在していることがわかった。また、マルチビーム測探器による広範囲の後方散乱強度データは、軸谷より数十km東に外れた位置に強い散乱を捉え(Fig.3)、即ち軸谷内部と同等または軸谷に勝る活発な火山活動が、軸谷から東に外れた位置にあることを示唆した。

オフアクシスの観察結果

現在の軸谷に見られた異なる走向群の重なりが、果たして現在だけの特徴であるか、または過去にもあったかを知る為に、調査の対象をオフアクシスに広げ、地形的特徴が軸谷で形成された当時の走向を保ったままオフアクシスに運ばれてて出来た[例えばBuckほか1997等]アビッサルヒルズについて走向の計測を行った。計測はSeg-17とSeg-18のオフアクシスの範囲を不連続帯で分け、軸谷から西の端までを等間隔に分割して行った。

結果、走向のばらつきを示す標準偏差は、一定ではないもののオフアクシスの西端から軸谷まで高い値を保持し、拡大初期から現在に至るまで継続的に構造の走向変化があったことを示唆した。つまり、軸谷内部で見た「異なる走向を持つ線状構造の重なり」は、現在だけでなく拡大初期から繰り返し中部マリアナトラフに起こってきた現象であったことがわかった。

他の海嶺との比較

中部マリアナトラフの拡大初期から現在まで継続的に起こっていると考えられる走向の変化は、かつて他の拡大系で報告されたことがない。ここで本研究と同じ目・同じ精度で、中央海嶺系2例と、背弧拡大系2例における観察及び計測を行った。その結果、他のどの拡大系にも、中部マリアナトラフに見た"明らかな前後関係を持ち走向の異なる構造群"の存在は認定できず、またオフアクシスの地形にばらついた走向は見られなかった。

考察

非対称拡大はどのようにして起こっているのか(1)サイドスキャンソナー画像で、N17W走向群は軸谷内部全域に発達し、その長さや落差に非対称性はなかった。(2)N3W走向群は軸谷内部の中心から東側に偏在した。(3)マルチビーム測探器のサイドスキャンソナーは、軸谷より東に外れた位置に活発な火山活動を示した。以上の事柄はのべて「対称的な海洋底拡大」から現在「東側に活動範囲(拡大軸の位置)が移っている」ことを支持する。つまり、ここに、非対称拡大が度重なる拡大軸のジャンプによって形成されていた可能性が示された。また地磁気異常による年代情報は軸谷のすぐ外側でプリュンヌーマツヤマアノマリを捉え、しかも軸谷の西側では同じ境界を二度繰り返す[Deschamps et al.,2005]。このことからは、ジャンプが最近0.78Maの間に二度起こっていることが示唆された。

走向のばらつきは何故発生するか

ただ軸の位置が移ることと、構造の走向が変化することは同じ現象ではない。通常期待されるように、拡大軸付近に卓越する応力がプレートのセパレーションのみならば軸は位置を移した後も走向を変化させない。他の拡大系と比較した結果、走向がばらつく現象は中部マリアナトラフに特有のものだと分かった。つまり何らかの中部マリアナトラフに独特の特徴が、この走向のばらつき、つまり軸谷付近に卓越する応力のばらつきを支配している。中部マリアナトラフに特徴的な要因として、顕著な弓形の地形が挙げられる。弓型の地形は、沈み込むプレートから受ける応力を場所によって変化させ、またその効果を背弧まで及ばせる効果を持っているかも知れない。

結論

中部マリアナトラフの非対称な海洋底の拡大機構を解明するために拡大軸をサイドスキャンソナーで精査した結果、背弧海盆における火山活動の様子が明らかになった。

1.軸谷の形状、軸谷内部に分布する溶岩流の状態変化は、2つのセグメントで異なったが、どちらも低速拡大速度を持つ中央海嶺系によく表れる特徴を示した。つまり、背弧拡大系であっても火山活動は中央海嶺系と基本的に同じであることが分かった。

また非対称拡大については以下の結論が導かれた。

2.非対称な地形の形成は、拡大軸が繰り返しジャンプすることで形成されたと考えた。地磁気異常が示す年代の情報を用いると、一度のジャンプで移動する距離はおよそ10-15km、ジャンプの間隔は0.4-0.5Maであると考える。しかしジャンプの時間的間隔は、各回毎にフレキシブルに変化したかも知れない。

3.軸谷内部に見つかった異なる走行の断層群には、明らかにグループ毎の上ド関係があり、拡大軸周辺にかかる応力場が時間とともに変化した可能性を示唆した。応力場が変化した原因には中部マリアナトラフに特有の現象が絡んでいると考えられ、有力な原因には弓形を呈する地形の影響が考えられる。

Fig.1:広域地形図。

白枠で中部マリアナトラフの位置を示した。データはSmith and Sandwell,1997

Fig.2:サイドスキャンソナー画像の一部。

N17W走行群の上に溶岩流を介してN3W走行群の構造が発達している様子が分かる。矢印は音波の進行方向

Fig.3:Seg-17地形図と後方散乱強度分布。

赤丸で囲んだ範囲のの後方散乱強度が高い。Fig.4:オフアクシスエリアの計測結果

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章からなる。第1章はイントロダクションであり、背弧海盆生成時における非対称海洋底拡大軸の形成についてレビューされている。多くの 背弧拡大系で非対称拡大が 観察されているが、詳細 な調査がなされていないため、その 発達機構については分かっていなかった。そこで吉村 (浅田)さんは、顕著な非対称拡大が起こっているマリアナトラフ中部を精査の対象に選んだ。古地 磁気 による年代測定によると、ここでは拡大軸から西側のブルンヌ・マツヤマ境界 までの距離が 、東 側のそれまでの距離より2〜3倍広いことが知られている。

第2章は研究手法と対象の説明に当てられている。本論文では深海曳航型サイドスキャンソナー「わだつみ」が主要なデータ源になっているが、これは、分解能50cmという最先端の海底地形・地質マッピング機器で、今回世界で初めて背弧拡大系の調査に用いられた。さらに、サイドスキャンソナーデータと共にフェーズバシメトリーという深度に関するデータも取得され、かってない精度で広域(計285 km2)の 軸谷内 の連続 画像が取得された。

第3章ではデータプロセッシングの新たな試みが説明されている。高精度サイドスキャンソナーのデータ量は膨大で、合計30万ピングにも及ぶサイドスキャンソナーデータを逐一チェックし、各々に適切な補正を施して、解析に耐えうる画像を出力した努力は特筆に値する。その結果、機器の位置決めに一部トラブルがあったにもかかわらず、ピクセルサイズが大きく異なるサイドスキャンソナー画像とマルチビーム地形図の比較が可能となり、共通の特徴物を認識できたことで、本論文の価値が非常に高まった。

第4章が本論文の主部である。得られた画像の比較解析により、軸谷内部の火山活動(溶岩流の状態)や破壊の様子(断層や亀裂の発達、分布)が詳細に把握され、軸谷内で発達する2つの線状構造群が発見された。軸谷の 走向に平行な断層群 (N17W走向群 )と、軸谷走向に斜交する断層群 (N3W走向群 )がそれである。後者は 他の 全ての 構造を切って発達しており、より新しい 活動であることが明らかにされた。このような詳細な背弧海盆発達史が明らかにされたのは初めてのことである。またマルチビーム 測深器による広範囲の 後方散乱強度データによると 、軸谷より数十km 東に外れた位置に強い散乱があり、軸谷内 と同等 または 更に活発な火山活動が、軸谷から東 に外れた位置にあることが示唆された。その結果より、少なくとも最も新しいイベントに関しては、軸のジャンプが0〜5.5kmというごく短い距離で起こっている事実が明らかにされ、本論文の結論の妥当性を示すこととなった。

第5章では、拡大軸谷内の観察で明らかになった、異なる走向を持つ構造群の重なりが、過去に形成された構造にも残されているかどうかを把握するため、マルチビーム地形図を用いて軸谷外(オフアクシス)のファブリクスの走向計測が行なわれた。マルチビーム地形図は多くの拡大軸で得られているが、これまで本研究のような詳細な計測が行われた例はなく、新しい試みだと言える。計測の結果、ファブリクスの走向の揺らぎがオフアクシスまで伸びていることが判明し、新しい知見となった。走向 の標準偏差 は一定でないものの、軸谷外の 西端から軸谷 まで高い値を保持し、拡大初期から 現在に至る まで連続的に構造の 走向変化があったことが分かる。つま り、異なる走向を持つ線状構造 の重なりは、現在だけでなく拡大初期から繰り返し中 部マリアナトラフに起こってきた現象であったことが分かった。

第6章ではこの手法を他の 拡大系に応用し、比較した結果、走向が ばらつく 現象は 中部 マリアナトラフに特有 のものであることを明らかにした。つ まり何らか 中部 マリアナトラフに独特な原因により、この 走向のば らつきが起こっている。

第7章では、それまでの結果を基に、中部 マリアナトラフでの非対称拡大のプロセスと原因を論じている。そこでは対称的な海洋底拡大の後、東 側の 活発な火山活動 へ活動範囲(拡大軸 位置)が移っていること、つまり 非対称拡大は 度重なる軸 ジャンプによって形成されたことが示された。軸谷内になぜ2つの走向をもつ構造群が形成されるのかについては明瞭な説明が与えられていないが、全く独立に議論されてきた地震発生機構の結果を引用し、弓形の地形と拡大軸付近で頻繁に変化しうる応力場の関係を示唆している。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク