学位論文要旨



No 120666
著者(漢字) 加藤,直子
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ナオコ
標題(和) 北部本州リフト系東部の地質構造とアクティブテクトニクス
標題(洋) Tectonic evolution and active tectonics in the eastern part of the Miocene northern Honshu rift system,Japan
報告番号 120666
報告番号 甲20666
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4742号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 池田,安隆
 東京大学 教授 木村,学
 東京大学 教授 佐藤,比呂志
 東京大学 教授 岩,貴哉
 東京大学 教授 島崎,邦彦
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

世界に分布する様々な島弧の中で,東北日本弧は背弧拡大とその後の短縮変形を被り,背弧海盆の形成と短縮変形のプロセスがよく保存されている.このプロセスを明らかにすることは島弧地殻の変形を理解する上で重要である.本研究では,新生代後期における北部本州リフト系での島弧地殻の変形様式と変形過程を,地質構造から明らかにすることを目的として研究を行った.

研究方法

地質学的手法と地球物理学的手法を統合させた研究方法により研究を進めた.新たに取得した反射法地震探査・屈折法地震探査データの解析や,既存の反射法地震探査データの再解析により得られた地下構造のデータを基に,地表地質データや坑井データを用いて統合的に地質解釈断面を作成した.この断面をもとにバランス断面図を作成し,変形過程を検討した.

地質-地殻構造断面

東北日本中部地域で前弧側と背弧側での構造特性の違いを考慮し,前弧側では石巻・水沢地域,背弧側では庄内・新庄地域を対象とした.

石巻地域

石巻地域では2003年7月26日にマグニチュード6.4の内陸地震が発生した.本震はほぼ南北走向で50度西傾斜した逆断層運動によって引き起こされた.震源域を東西に横切る12kmの測線で,反射法・屈折法地震探査を行い,震源域の地下構造を調査した.屈折法(波線追跡法)・共通反射点重合法による反射法地震探査によって求められた地下構造を,既存の地表地質データや温泉ボーリングデータを基に解釈した.この結果,北上山地の西縁のブーゲー異常の急変帯に相当する地域には,西傾斜の断層が存在し,断層の上盤側には厚い中新統が分布していることが判明した.2003年宮城県北部の地震の余震分布は,この断層の地下延長が震源断層であったことを示している.

初期中新世に西傾斜の正断層が形成され,このハーフグラーベンに松島湾層群が堆積した.断層の低下側には厚い礫岩層が堆積し,礫組成と古流向から北上山地から供給されたものである.この正断層運動は,松島湾層群最上部,約1500万年前には停止したと推定される.リフト期以降の堆積層の変形から,この正断層は逆断層として再活動したことが明らかであり,今回の地震の発震機構からも指示される.余震分布から得られている断層面をもとに,バランス断面法によりハーフグラーベンの形成過程と,インバージョンプロセスを検討した.余震分布から推定される断層の深部形状によって,観測されたハーフグラーベンの形状は説明可能である.バランス断面による推定から初期中新世の総水平伸張量は3.1kmであり,総水平短縮量は0.7kmと算定された.

水沢地域

水沢地域には北上河谷帯を横断する石油公団が実施したバイブロサイス4台による反射法地震探査データがある.このデータについて解析を追加,地質学的な再解釈を行った.反射断面では,反射層の不連続から4条の西傾斜の正断層が抽出できる.堆積層は断層を隔てて大きく層厚が変化するリフト期の堆積層と,それらを平行に覆うリフト後の堆積層に区分できる.リフト期最上部の層準はボーリングデータからほぼ小出川層と前川層の境界部(Ca. 15Ma)に相当する.リフト後堆積層の変形から4条の正断層のうち2条が逆断層としての再活動している.特に,測線西部の断層は,深さ3km程度で分岐し,それぞれの地表への延長部は活断層である出店断層となっている.分岐断層のうち西側の高角度の断層は,正断層が直接再活動した断層であり,東側の断層については新たに形成されたFootwall shortcut thrustである.

地震探査データでは, 往復走時5秒付近からの反射波が収録されている.この反射波群は,水沢地域の北方で地震研究所が実施した深部地殻構造探査で報告されている往復走時4.5秒から5秒の反射層に相当する.脊梁山地では,この反射面が地震発生層下限となっていることから,この反射面を上部地殻ブロックの下限としてバランス断面図を作成し,変形過程について検討した.この結果,総水平伸張量は5.2kmであり,総水平短縮量は1.0 kmと算定された.6.新庄盆地地域新庄盆地には厚い新第三系の堆積層が分布し,南北方向の摺曲が卓越する.新庄盆地を東西に横断する石油関連の2つの反射法地震探査データを再解析し,既存の地表地質・ボーリングデータを基にバランス断面図を作成した.摺曲に参加しているのは2.5kmより浅い地層であり,草薙層・青沢層中の地下2.5-3 km付近にデタッチメントが推定される.このデタッチメントを考慮した復元では,鮮新世以降の総水平短縮量は2.7 kmと算定された.

庄内平野東縁地域

庄内平野東縁には,南北方向の摺曲-衝上断層帯が形成されている.この断層の先端部を横断する3測線の反射法地震探査断面について検討を加えた.生石-平田測線と新たにデータを取得した狩川04測線,石油関連で取得された狩川71測線である.反射データとボーリング,地表地質データから地質断面を作成し,バランス断面図による検討を加えた.中部中新統青沢層上部-草薙層中にデタッチメントが存在し,ウェッジスラストや断層関連摺曲を形成している.算定される水平短縮量は,およそ3 kmである.

東北日本中部断面

日本海東縁の本庄沖から庄内沖の石油公団の地震探査断面において、断層の形状・層準についての検討を行い、地質構造解釈を行った。さらに本研究の成果と既存断面を元に、東北日本を横断する地質構造断面を作製し、東北日本背弧側の地質構造は日本海拡大に伴う単純剪断により形成されたことを指示するモデルを示した.バランス断面法による地質構造の復元を行い、北部本州リフト系全体での水平短縮量は14km、伸張量は37kmと見積もられた.

まとめ

本研究では,東北日本前弧域では地殻スケールで,リフトの形成とその後現在に至る短縮変形を地下構造から統一的に明らかにした.また,前弧側と背弧側の構造形態・変形様式の差異を具体的に描き出した.

北部本州リフト系東部(前弧側)の地殻構造と変形様式

Thick-skinned tectonicsが卓越し,正断層の反転運動が普遍的である.これらの一部は活断層となっている.基本的な構造運動は初期中新世に形成された上部地殻スケールの正断層によって規制されている.北上山地西縁のブーゲー異常帯は,中新世の正断層運動によって形成されたことが実証された.また水平短縮量は,背弧側と比べ小さく(1 km以下),短縮率は2-3%である.

北部本州リフト系西部(背弧側)の浅部構造

上部?中部中新統泥岩中に,デタッチメントが伏在し,断層関連摺曲・ウェッジスラストが形成されている.浅層部では,Thin-skinned tectonicsが卓越する.水平短縮量は前弧側と比較して大きく,新庄盆地,庄内平野東縁部共に3km程度となる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,地質学的手法と地球物理学的手法を統合させた研究方法により,東北日本弧背弧域東部の中新世リフトの形成とその後現在に至るまでの短縮変形のプロセスを,地下構造から統一的に明らかにしたものである.

本論文は全9章で構成されている.第1章では、東北日本弧が背弧拡大と短縮変形を被り,現在,陸上で背弧海盆の形成と短縮変形のプロセスが観察できる世界的にも特異な島弧であることを述べ,地殻スケールの島弧地殻の変形プロセスのモデリングの重要性について言及している.第2章では,東北日本弧中部地域の地質を概観している.

第3章では,地下構造を地球物理学的に明らかにするための手法である反射法地震探査について、また、変形前後の体積保存を前提として地下構造の形成過程を検討するバランス断面法について紹介している.

第4・5章では,北上河谷帯において行った地下構造とその形成過程についての研究成果を述べている.第4章では2003年宮城県北部地震の震源域において実施した,屈折法地震探査や反射法地震探査などの結果得られた地下構造について記述している.震源分布のデータと総合して断層モデルを構築し,バランス断面法によって地質構造と形状と比較することにより,中新世の正断層の再活動であることが明らかになった.第5章では,石油公団が実施した水沢地域での反射法地震探査データの再解析結果を記述している。この結果、北上河谷帯中に三条の西傾斜の大規模な正断層の存在が明らかになった。その中の西側の正断層が逆断層として再活動しており、活断層となっている。バランス断面法によるモデルの検討結果は、ハーフグラーベンを構成するブロックの基底が往復走時5秒(13km前後)の反射層付近に存在する可能性が強いことを示している.

第6・7章では背弧側の浅層反射法地震探査や既存の反射法地震探査データの解析結果とバランス断面法による地下構造モデルについて述べている.第6章では,新庄盆地に分布する褶曲や断層が深度3kmに存在するデタッチメントによって形成されていることを示している.第7章では反射法地震探査から明らかになった、庄内平野東縁地域に分布する褶曲-断層帯の地下構造について述べており,深度2km付近に存在するデタッチメントによる断層や褶曲の形成モデルが示されている。

第8章では,まず第4・5章で示された北上河谷帯地域における地殻構造について、築館地域の地震の震源データ・三戸地域の既存の地質データも合わせて考察している.この結果,この地域は日本海形成時に形成されたリフト系の東端であり,鮮新世以降,リフト形成時に正断層として形成された断層が逆断層としての反転運動を行っていることが明らかになった.さらに,得られた前弧側と背弧側の水平短縮量を比較し、背弧側が前弧側と比べて著しく大きいことを定量的に明らかにした.また,日本海東縁の石油公団の地震探査断面において断層の形状・層準についての検討を行い,地質構造解釈を行っている.本研究の成果と既存断面を元に,東北日本を横断する地質構造断面を作製し,東北日本背弧側の地質構造の特性について記述している.バランス断面法による地質構造の復元を行い、北部本州リフト系全体での水平短縮量、伸張量を見積もるとともに,平面歪み問題としての地殻構造に関連した物質移動・テクトニクスについての議論を行っている.

第9章では本論文の結論として,第1〜8章の記述を簡潔にまとめている.

島弧-海溝系の変形メカニズムを理解する上で,地質学が必要とする精度で地殻構造を明らかにすることは、極めて基本的な課題であった。本論文は、反射法地震探査などに代表される地球物理学的な手法と、地質学的手法を組み合わせた統合的な手法により、典型的な島弧-海溝系である東北日本弧の地質構造形成過程のモデル化を行ったもので、今後、島弧地殻の長時間変形を定量的に理解する上で重要な貢献となった。とくに、前弧域におけるインバージョンテクトニクスや、背弧側におけるthin-shinned tectonics による断層関連褶曲の形成モデルを実態的に明らかにしたことは、活断層-震源断層の評価にとっても重要な貢献となっている。

なお,本論文第4章の石巻地域についての研究は,佐藤比呂志・今泉俊文・池田安隆などとの共同研究である.また同様に、第7章2-2節の庄内地域の浅層反射法地震探査(狩川2004測線)の研究は、佐藤比呂志などとの共同研究である.これらの研究は,いずれも論文提出者が主体となって解析および検証をおこなったもので,論文提出者の寄与が充分であると判断する.

以上のようなことから,本論文は地球惑星科学,とくに地質学・地震学・変動地形学の新しい発展に寄与するものと考えられ,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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