No | 120671 | |
著者(漢字) | 厚井,聡 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コウイ,サトシ | |
標題(和) | カワゴケソウ科数種のシュートの形態形成および進化に関する研究 | |
標題(洋) | Developmental morphological and evolutionary studies on shoots in some species of Podostemaceae | |
報告番号 | 120671 | |
報告番号 | 甲20671 | |
学位授与日 | 2005.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4747号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序論】 水生被子植物のカワゴケソウ科は、3亜科約50属約300種からなり、熱帯・亜熱帯に分布する。滝や早瀬といった急流中の岩に固着して生育し、雨季には水没した岩上を根が匍匐して栄養シュートを側生し、乾季になると花芽をつけ空中で開花・結実し、枯死する。他の維管束植物が進出できない環境に適応し、さらにそこで種分化を繰り返したため、特異な形態進化を起こした。被子植物の茎の頂端には未分化な細胞からなる茎頂分裂組織が存在し、その周縁部で茎と葉を形成する。一方、カワゴケソウ科のカワゴケソウ亜科は、(1)茎頂分裂組織が存在し、葉と茎からなる(Jager-Zurn 1999ほか)、あるいは(2)茎頂分裂組織が存在せず、葉から葉が作られる(Hammond 1936ほか)、と見られ、研究者によって解釈が異なっている。その理由としては外部形態からの観察のほかに詳細な発生解剖学的観察が無く、シュート頂での形態形成の過程が不明だったことが挙げられる。ウェッデリナ亜科に関しても外部形態からの観察はあるものの(Wachter 1897ほか)、解剖学的な研究は無い。残るトリスティカ亜科のシュート(短枝)は茎頂分裂組織を持つとされているが(Imaichi et al.1999ほか)、分枝過程に関しては、単軸分枝(Rutishauser and Huber 1991)、仮軸分枝(Jager-Zurn 1997)の二つの仮説が提唱されている。本研究は、シュートを発生解剖学的に観察して、(1)カワゴケソウ亜科シュートの形態形成、(2)ウェッデリナ亜科のシュートの形態形成、(3)トリスティカ亜科のシュートの分枝過程を明らかにし、さらにカワゴケソウ科のシュートの進化を推定することを目的とする、 【材料と方法】 用いた材料は、カワゴケソウ亜科のApinagia longifolia(ガイアナ)、Cladopus queenslandicus (オーストラリア)、Cladopus fukienensis(中国)、 Diamantina lombardii(ブラジル)、Polypleurum sp.(タイ)、ウエッデリナ亜科のWeddellina squamulosa (ガイアナ)、トリスティカ亜科のTristicha trifaria (ブラジル)である。採集した材料を現地または実験室で固定し、脱水処理の後、光学顕微鏡、走査型(SEM)および透過型(TEM)電子顕微鏡観察を行った。 【結果】 カワゴケソウ亜科のシュートの形態形成 C. queenslandicusに関して詳しく観察した。シュートは葉を二列互生しながら約9cmにまで伸長するく(図1)。シュートの頂端は向かい合う2枚の葉が密接しておりその間には組織が介在しないく(図2A)。最も若い2枚の葉原基のうち古い方(P2)の基部表層の細胞は液胞化し、その下層が新たな葉原基の形成予定部位(I1)となる(図2A,3A)。発生が進むと、I1から葉原基(P1)が発生する(図2B)。その後、P1と向かい合う葉の基部の細胞で同様の液胞化が起こる(図2C)。液胞化した細胞は自らの細胞壁を溶解して葉の基部から離脱し,葉と姿の間の空間に遊離する(図 3B-3D,3G,3H)。さらに、最も若い葉原基の間の基部組織の細胞壁中央に亀裂が生じる(図3E,3F)。従ってC. queenslandicusのシュートは、茎頂分裂組織が存在せず、その不在下で葉が葉を作り出Lており、典型的な茎は消失したと考えられる(図4)。他のカワゴケソウ亜科のCladopus fukienensis、Polypleurum sp.も同様に茎頂分裂組織を持たず,細胞離脱を伴った葉形成を行うことが観察された。一方、Apinagia longifoliaとDiamantina lombardiiは同様に茎頂分裂経緯を持たず、葉の基部から新たな葉が発生するが、細胞の離脱は観察されなかった。 ウェッデリナ亜科のシュートの形態形成 Weddellina squamulosaのシュート(最長約30cm)は、軸状の茎(1次側枝)と側枝く(2次側枝)、さらにその上に作られる大型・小型鱗片葉、糸状体から構成される(図5D)。大型鱗片葉は2次側枝の両脇に位置し,小型鱗片葉は大型鱗片葉または2次側枝の下方に生じる。1次側枝は二列互生に配列し、先端部に若い1次側枝が見られる(図5A)。1次側枝M2の基部のM3側には最も若い1次側枝M1が見られるく(図5C,5D)。1次側枝の両脇には大型鱗片葉が存在し.若いときは完全に覆われている(図5C,5D)。2次側枝もその両脇に大型鱗片葉を伴い、茎に二列互生する(図5B,5D)。1次側枝の頂端にはドーム状の外衣・内体構造をした頂端分裂組織が存在していたく(図6A,6B,6D,6E)。頂端分裂組織は周縁部で2次側枝とその両脇の大型鱗片葉を同時かつ求頂的に形成するく(6B,6D,6F)。2次側枝を抱く位置には大型鱗片葉が存在しない。大型鱗片葉は表皮と内部組織からなり維管束を持たない。小型鱗片葉の発生は特異である。細胞分裂と細胞伸長により大型鱗片葉の間の節間が伸びるにつれて.小型鱗片葉が求基的に発生する(図6H,6I)。頂端分裂組織は徐々に小さくなって糸状体を形成し、やがて柔組織に分化する。一方、2次側枝や鱗片葉を形成する前段階の1次側枝の基部の、ひとつ古い1次側枝側から新たな1次側枝(M1)が発生する(図6A)。新たな1次側枝原基は発生が進むにつれてドーム状の構造をとるが,後から形成される2次側枝と比べて発生は遅い(図6C,6D)。新たな1次側枝原基の両脇にも大型鱗片葉が発生する(図6G)。しかし、新たな1次側杖を抱く鱗片葉は存在しない。このようにW. squamulosaでは茎の基部の次に古い茎側から新たな茎を繰り返し形成する仮軸分枝を行う一方、それ自身は単軸分枝および側生者器官形成を行い、有限成長する。 トリスティカ亜科のシュートの形態形成 Tristicha trifariaの短枝(ラムリ)は根の側部に生じる(図7A)。短枝は頂端分裂組織を持ち、鱗片葉(SL)を側生する(図7B)。発生が進むと,短枝(R2)の基部の、ひとつ古い短枝(R3)。側から新たな短枝(RI)が発生する(図7C,7D)。 【考察】 今回の観察結果から、カワゴケソウ亜科5種のシュートは茎頂分裂組織を欠いていることが明らかとなった。このことから、いわゆるシュートのボディープランは、カワゴケソウ亜科では葉のみから成り立っていると考えられる。一方、ウェッデリナ亜科はトリスティカ亜科と同様、頂端分裂組織を持ち、2次側枝と鱗片葉を求頂的に形成する。被子植物の茎頂分裂組織は茎形成、葉形成、および葉の極性決定に必須である。カワゴケソウ亜科は茎頃分裂組織を欠いており茎形成は起こらないが、葉の基部が葉形成を行い、古い葉が新しい葉の極性を決定するという、機能の移行が起こった可能性がある。さらに,3亜科で若い器官の基部から新たな器官を形成するという共通のパターンがあることが確かめられた。ウェッデリナ亜科およびトリスティカ亜科は1次側枝または短枝の基部からそれ自身の原基を作る。この分枝パターンは葉腋にできる他の被子植物の分枝とは、葉腋外にできるという点で異なる独特のパターンであり、系統関係から考えて科の進化の初期に生じたと示唆される。カワゴケソウ亜科では葉の基部から葉を作り出す。さらに、カワゴケソウ亜科のアジアの系統では器官形成領域で細胞離脱と組織亀裂が起こる。シュ-ト(頂端分裂組織の働きにより形成)と葉という別の器官で、共通のしかも特異な発生パターンが存在することから、トリスティカ亜科、ウェッデリナ亜科の「シュート」がカワゴケソウ亜科の「葉」へ進化した可能性が今後の研究への作業仮説のひとつとして考えられる。 図1.Cladopus queenslandicusのシュート.A. 根(R)の上に形成されたシュート(S).B.シュートの上部における二列互生の葉序.R=根.S=シュート 図2.Cladopus queenslandicusの葉の発生.A-C.シュートの縦断面. A.葉原基P2の基部に染色活性の低い細胞(★)が存在. B. 染色活性の低い細胞(★)の下層(Aの葉予定部位)から葉原基(P1)が発生. C. P2基部に新たな染色活性の低い細胞が形成.I1=葉予定部位.P=葉原基 図3. Cladopus queenslandicusの葉の発生に伴う細胞離脱と組織亀裂を示す電顕像.A-Fは図2Aと同じ試料.A.P2基部の液胞化した細胞(S1-S3).矢印、二重矢頭.矢頭はそれぞれB、E、Fの位置を示す.B-D.S1とS2の細胞壁が3層(矢頭)に分離。矢印はP1とP2間の間隙を示す.E.F.P1とS3(P2内)間に生じた細胞壁の亀裂(矢印)およびその先端(矢頭).S3の細胞壁が溶解しているに(二重矢頭).G.細胞壁の中央の層(失頭)を残して離脱する細胞. H. 葉の組織から離脱した液胞化.I1=葉予定位置.P=葉原基.S=離脱(予定)細胞. 図4. Cladopus queenslandicusの葉の発生.離脱細胞(S.S')と組織亀裂(SP.SP')を伴ってI1、I2から葉原基が発生.I=葉予定部位. P=葉原基.S=離脱細胞.SP=組織亀裂. 図5.Weddellina squamulosaののシュート.A.1次側枝(M2-M7)は見かけ上二列互生に配列.B.Aの拡大.M2の基部にもっとも若い1次側枝M1が存在.2次側枝(L).は二列互生に配列する.C.若い1次側枝M1.両脇に大型鱗片が存在(★).D.発生の進んだ1次側枝.2次側枝(L).大型鱗片葉(LS.★).小型鱗片(SS),糸状体(F)からなる.M1の側部には大型鱗片葉(★)が存在.F=糸状体.L=2次側枝.LS=大型鱗片葉.M=1次側枝.SS=小型鱗片葉. 図6.Weddellina squamulosaののシュートの形態形成.A-D.H.I.E-G.縦断切片.B.CおよびE-Gは同一試料.A.1次側枝(M2)の基部に生じた若い1次側枝(M1).B.頂端分裂組織から2次側枝形成.C.若い1次側枝(M1).D.発生の進んだシュート.2次側枝(L)と大型鱗片葉(L)を形成.矢印はそれぞれE-Gに相当.E.頂端分裂組織の横断面.F.2次側枝(L)と大型鱗片葉(LS)は同時に発生.G.若い1次側枝(M1)と両脇に生じる大型鱗片葉(矢頭)H.I.小型鱗片葉(SS)は求基的に発生.L=2次側枝.LS=大型鱗片葉.M=1次側枝.SS=小型鱗片葉, 図7.Tristicha trifariaのシュートの形態形成.A.根(R)の側部に形成されたシュート.1番目の短枝(RA2)の根端側(矢印)に2番目の短枝(RA1)が生じる.B.短枝(RA1)の頂端付近で鱗片葉が発生.C.短枝(RA2)の基部から新たな短枝(RA1)が発生.D.発生の進んだ短枝(RA1).R=根.RA=短枝.SL=鱗片葉. | |
審査要旨 | 本論文は5章からなる。第1章はイントロダクションであり、研究の対象となったカワゴケソウ科のシュートの形態進化に関する研究の背景が要領よくまとめられ、本論文で明らかにしようとする問題点が的確に示されている。第2章は同科の3亜科の1つカワゴケソウ亜科のシュートの発生形態学的研究について述べている。Cladopus queenslandicusのシュートの同一試料を光学ならびに透過型電子顕微鏡によって連続観察した結果、シュート頂には茎頂分裂組織が存在せず、にもかかわらず葉が既に発生を始めた若い葉の基部につくられることを明らかにした。この形成様式は、茎頂分裂組織の制御のもとでその周辺域で葉が形成するという被子植物の一般的な様式とは大きく異なった。これにより、これまで異論があった茎頂分裂組織の有無について決定的な証拠を提示したといえる。さらに、葉形成の前に、先行発生する葉の基部表層の細胞群が液胞化し、細胞壁が亀裂してついに細胞群は葉から離脱し、既成の葉の間の空間を漂うことを示した。しかも、最も若い葉基部の間というふつうは茎頂分裂組織があるべき部位の細胞壁が亀裂し、それにより葉が分離して独立に成長することを示した。類似の葉形成はCladopus fukienensis,Polypleurum sp.などでも確認した。一方,Apinagia longifoliaなどでは茎頂分裂組織は存在しないが,葉形成に細胞離脱を伴わず、葉の基部から葉がつくられることを明らかにした。茎頂分裂組織の不在下で、カワゴケソウ亜科の一部の種でプログラム化細胞死に類似する細胞離脱を伴った葉形成は他の被子植物には見られない現象であり、特筆に値する発見であるといえる。第3章はウェデリナ亜科のシュートの発生形態学的研究について述べている。この亜科に唯一属するWeddellina squamulosaのシュートの形成については不明であったが、光学顕微鏡と走査電子顕微鏡を用いた本研究により、茎頂分裂組織が存在し側枝と大型鱗片葉が求頂的につくられる一方、先行発生するシュートの初期発生段階でその基部から次のシュートが発生することを確かめた。また、小型鱗片葉は、一般的な求頂的発生とは異質に、求基的に発生することを観察した。このシュート形成は、被子植物に一般的な腋芽形成ではなく葉とは無関係の先行発生するシュート基部の腋外芽として生じることと、このシュート発生様式がカワゴケソウ亜科の葉の発生様式と酷似することを明らかにした。特異な仮軸分枝的というこの種の分枝様式の発見は植物形態学の常識からは非常に興味深いといえる。第4章はトリスティカ亜科のシュートの発生形態学的研究について述べている。Tristicha trifariaではWeddellina squamulosaと同様、茎頂分裂組織があり,分枝は若いシュートの基部にできる腋外芽によることを明らかにした。この亜科について仮軸分枝説と単軸分枝説が提唱されていたが,本研究により仮軸分枝説が支持された。第5章は総合考察であり、上述の3章で記述された結果をまとめて、茎頂分裂組織の有無、葉形成に細胞離脱と細胞壁亀裂を伴うかどうか、腋外芽分枝の進化と器官の相同性に焦点を当てて、カワゴケソウ科のボディプランの進化について考察した。カワゴケソウ亜科は維管束植物の形態にとって不可欠な茎頂分裂組織を消失しており,葉は葉の基部に生じること、さらに一部の種では細胞離脱と細胞壁を伴って葉形成が起こることを明らかにしたことは、形態形成に茎頂分裂組織が必ずしもかかわらないことを示し、植物形態学の中心課題である茎頂分裂組織の役割を解明する上で重要な寄与をなしたといえる。その上で、カワゴケソウ科が出現した時点で同科に特徴的なボディプランが確立した時、オトギリソウ科との共通祖先に存在した、葉腋に生じる側枝が伸長してできる単軸分枝から、シュートあるいは葉の基部から新しいシュートあるいは葉が生じる独特の分枝様式が獲得されたとする独創的な仮説を提唱した。茎頂分裂組織の欠失と、シュートから葉への器官変化を巻き込んだ類例のないボディプランの進化についての仮説は遺伝子解析など今後の研究の方向を示す重要なものであると判断する。 なお、本論文第2章は今市涼子・加藤雅啓との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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