No | 120672 | |
著者(漢字) | 矢野,亮一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤノ,リョウイチ | |
標題(和) | シロイヌナズナの糖代謝と耐凍性に関する分子遺伝学的研究 | |
標題(洋) | Molecular and genetic studies of sugar metabolism and freeging tolerance in Arabidopsis thaliana | |
報告番号 | 120672 | |
報告番号 | 甲20672 | |
学位授与日 | 2005.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4748号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | <序論> 冷温耐性植物の多くは,凍らない程度の低温にさらされると凍結ストレスに対する耐性(耐凍性)を増大させる.この現象は低温馴化と呼ばれる.低温馴化は,植物が厳しい冬の凍結環境を生き抜くための環境順応であり,生理的に様々な変化(糖・アミノ酸の蓄積,生体膜組成の変化など)を伴うことが知られる.低温馴化過程で発現する低温応答性遺伝子は,こうした生理的変化を制御することにより耐凍性の増大に寄与すると考えられており,近年では,モデル植物シロイヌナズナを中心に,その転写制御機構について研究が進められ,低温シグナル伝達の全体像について理解が深まってきている.しかしながら,遺伝子と低温下で起こる多様な生理的変化,さらには耐凍性との関係については不明な点が多く,このため,低温馴化をより深く理解するためには,個々の生理的要因に着目した分子遺伝学的研究が必要である.シロイヌナズナでは,低温下における糖の蓄積は他の生理的要因に比べ速やかに起こることが知られるが,それがどのような分子機構で起こり,また耐凍性の向上とどのような関係にあるのか,を遺伝学的に解析した研究例は少ない.本研究では,多くの生理学的研究から耐凍性との間に量的相関が明らかにされているこの糖の蓄積に注目し,博士課程ではまず,暗所でのデンプン分解不全が既に報告されているstarch-excess 1 (sex1)変異体を用いた解析により,低温馴化におけるデンプン分解の重要性を明らかにした.次に,成熟葉において恒常的な耐凍性の増大と糖・デンプンの過剰蓄積を示す新規T-DNA挿入変異体,freezing tolerant 1 (frt1)を単離し,変異の原因遺伝子を同定して解析した. <結果と考察> 低温馴化におけるα-glucan/water dikinaseの解析 近年,暗所下の葉のデンプン分解で中心的因子として働く,α-glucan/water dikinase(GWD)の遺伝学的・分子生物学的解析が進んでいる.この酵素は,ATPのβ位のリン酸基をアミロペクチンに転移する活性を持つが,直接デンプンを分解しない.しかし,GWDの機能を欠くシロイヌナズナ変異体sex1は,デンプンのリン酸含量の低下と共に,暗所下においてデンプンを分解できないことが報告されており,このため,GWDによるリン酸化はデンプンの分解過程で必須であると考えられている(図 I-1).本研究では,低温下での糖の蓄積におけるデンプン分解の重要性を探るため,シロイヌナズナGWD/SEX1のATP結合部位に変異を持つ既存の変異アリルsex1-1と,新規に取得したT-DNA挿入アリルsex1-7 (SALK 062752)を用いて解析を行った(図 I-2). はじめに,低温(2℃)処理24時間以内における,成熟葉のデンプンと糖の蓄積量について調べたところ,野生株では3時間以内にデンプン蓄積量が減少し,同時にその分解産物であるマルトオリゴ糖(MOS, maltooligosaccharides)の蓄積が認められた(図 I-3A).一方,sex1ではこの過程が制限されており,同時に,野生株に比べてグルコース(Glc)とフルクトース(Fru)の蓄積量が低下した(図 I-3B).しかし,スクロース(Suc)の蓄積パターンは野生株とsex1 で違いが無く(図I-3B),さらに,7日間の低温処理後では,野生株とsex1 の間でMOSやその他の糖の蓄積量には殆ど差異が認められなくなった(図 I-4).従って,これらの結果から,GWD/SEX1が関与するデンプン分解が,低温処理1日以内における葉の糖蓄積(Glc,Fru)に重要であることが分かった. 次に,低温処理の前後で野生株とsex1 の成熟葉の耐凍性を電解質漏出法で比較した.その結果,sex1 の電解質漏出度は未馴化状態では野生型と違いが無い(耐凍性に違いが無い)が,低温馴化24時間後では顕著に上昇する(耐凍性が低い)ことが分かった(図 I-5A, B).一方,低温処理7日後のsex1-7は野生型に比べて同等の電解質漏出度を示し,sex1 変異が最大耐凍性には影響しないことが分かった(図 I-5C).このような傾向は植物個体の凍結実験においても認められ,低温処理24時間後ではsex1 は野生株に比べて凍結傷害を受けやすい傾向が観察された(図 I-5D).さらに,野生型GWD/SEX1 のcDNAをカリフラワーモザイクウイルス35S プロモータの下流に繋げ,sex1-7に導入すると,低温馴化時の耐凍性が野生型レベルに復帰した(図 I-5E).従って,糖の蓄積の場合と同様に,GWD/SEX1 は低温馴化の早い段階(1日前後)において重要であることが分かった. sex1 における耐凍性変化の要因について調べるため,低温処理24時間前後の野生株とsex1 の葉において,50%の電解質漏出を起こす温度(TEL50,℃: 耐凍性の指標)と糖の蓄積量の比較を行った.その結果,全糖,Glc,Fruで両者の量的相関が認められた(図 I-6).従って,低温処理24時間後におけるsex1 の耐凍性の減少はGlc,Fru蓄積量の減少に起因することが考えられる.一方で,耐凍性に関係する低温シグナルおよびアブシジン酸シグナルのマーカー遺伝子,COR78/RD29A,dehydrin-RAB18 の発現パターンは,sex1-1と野生株で違いが無かった(図 I-7).以上の結果は,GWD/SEX1 が低温馴化の早い段階における糖の蓄積と耐凍性の増大に遺伝的に関係することを示しており,低温下での速やかなデンプン分解が,速やかな糖の蓄積と低温馴化の進行に重要であることを示している. 低温馴化でのGWD/SEX1 の役割についてさらなる知見を得るため,低温処理による遺伝子発現の変化をRNAゲルブロット法によって調べた.その結果,GWD/SEX1 転写産物は低温処理6時間以降で顕著に増加することが分かった(図 I-8A).しかし,デンプン分解はさらに早い時間(2 ℃, 3時間以内)に認められたこと,および,葉のタンパク質抽出液におけるGWD活性は低温処理12時間目までほぼ一定であったこと(図 I-8B)から,GWD/SEX1は低温下での速いデンプン分解において制限的要因となるものの,制御要因は他にあることが示唆された. 今後は,低温下のデンプン分解における制御因子の同定と,GWD の下流の代謝経路について明らかにすることが重要であると考えられる. 新奇耐凍性変異体freezing tolerant 1の単離と解析 本研究では,シロイヌナズナの新しい耐凍性変異株を単離するために,脱馴化スクリーニング法を開発し,シロイヌナズナのT-DNA タギングライン(background Columbia)から,低温馴化後の脱馴化時に,野生株に比べ高い耐凍性を持つfrt1変異体を単離し,解析した(図II-1).frt1は,野生株に比べ,常温下(未馴化状態)においても耐凍性の向上と糖の過剰蓄積を示したが,一方で,既知の耐凍性関連および糖代謝関連遺伝子の過剰発現や適合溶質プロリンの過剰蓄積は示さなかった(図II-2, 3).また,frt1 はこの他に成熟葉の先端における赤色色素の蓄積や著しい稔性の低下などを示した(図II-4).さらに,frt1 における耐凍性の向上は,常に成熟した側の葉で顕著であり(図II-5A),糖の過剰蓄積も成熟葉で顕著であった(図II-5B).ヨウ素染色によると,frt1 の葉は,葉齢に依存して,成熟葉においてデンプンを過剰蓄積しており(図II-5C),したがって,frt1では常温での糖転流に関わる何らかの機能が欠失しており,その結果,成熟葉における糖・デンプンの過剰蓄積や耐凍性の向上,その他の表現型が観察される可能性が考えられた. TAIL-PCR法によりfrt1のT-DNA挿入位置を決定したところ,機能未報告の遺伝子At5g04310 にT-DNA挿入があることが分かった(図II-6A).At5g04310の変異がfrt1変異の原因であるかを調べるため,別のT-DNA挿入株,SALK 115982(frt1-2)を取得し解析すると同時に,At5g04310 のみを含む野生型ゲノムDNA断片(gFRT1,6.5 kb)の導入による変異の相補を試みた.その結果,frt1-2は既存のfrt1-1と同様に,ホモ接合体ではAt5g04310のmRNAが検出限界以下であり,frt1-1と同一の変異形質を示すことが分かった(図II-6B, II-7).また,frt1-1とfrt1-2の交配で生じたF1植物についても,frt1-1と同一の変異形質が認められた.一方,frt1 バックグラウンドでgFRT1を導入された植物(frt1 gFRT1)では表現型(耐凍性,糖・デンプンの蓄積,稔性など)の復帰が認められた(図II-7).従って,これらの結果から,frt1 変異の原因遺伝子がAt5g04310であることが分かった. 完全長cDNA 配列から予想されるFRT1タンパク質アミノ酸配列をWeb上のデータベースと照合したところ,酵素活性が報告されている植物由来のペクチンリアーゼ(E.C.4.2.2.2)と高い相同性が確認された(図II-8).これらの酵素は,細胞壁を構成するペクチン質のポリガラクツロン酸を分解する活性を持つ.また,FRT1はシロイヌナズナでは27個の遺伝子から構成される遺伝子ファミリーのメンバーであった.これらのうち,FRT1と最もアミノ酸配列の相同性が高いPOWDERY MILDEW RESISTANCE 6 (PMR6)は,変異体においてウドンコ菌耐性を持つことが既に報告されていたが,pmr6-1を取得し解析するとfrt1様の表現型は観察されなかった(図II-9).従って,FRT1を含め,ペクチンリアーゼファミリーでは個々のメンバーが機能的に多様化している可能性が示唆された. 次に,FRT1の遺伝子発現部位特異性を調べるため,FRT1プロモータ(転写開始点上流約 2 kb)の下流にβ-glucuronidase(GUS)レポーター遺伝子を結合したキメラ遺伝子(FRT1promoter:GUS)を作成し,これを野生株に導入して解析した.その結果,FRT1promoter:GUS植物では,GUS活性は葉脈(篩部)に沿って認められ,葉の発達に伴って葉身の先端から基部へ向けて拡がることが分かった.(図II-10A,10B).このパターンは,一般的に知られる葉のソース化(葉脈のsugar export 能力獲得など)のパターンと一致している.一方,根や花ではGUS活性は検出されなかった.また,RNAゲルブロット解析から,FRT1 の遺伝子発現が低温処理で抑制されることが分かり,FRT1と低温馴化プロセスとの関連性が示唆された(図II-10C). 以上の結果は,FRT1の機能が,本質的には,葉のソース化に伴う葉脈の糖輸送能力の獲得に関係することを示している.FRT1は,維管束細胞およびその周辺細胞の細胞壁(ペクチン質)を分解することにより,効率的な糖転流を促していると考えられる.今後,シロイヌナズナの糖輸送経路においてFRT1がどのような役割を担っているのかを明らかにすることで,常温下での糖転流の分子機構を明らかにするだけでなく,低温馴化における糖転流の制御についても理解を深められると考えられる. <まとめ> 1)GWD/SEX1が関与するデンプン分解が,低温馴化における速やかな糖の蓄積と耐凍性の向上に寄与することを遺伝的に明らかにした. 2)GWD/SEX1が低温応答性遺伝子であることを明らかにした. 3)成熟葉において糖の過剰蓄積と耐凍性の向上を示すfrt1変異体を単離した. 4)frt1変異の原因遺伝子を同定し、FRT1がペクチンリアーゼ様タンパク質をコードすることを明らかにした. 5)FRT1が葉脈(篩部)において発現することを明らかにし,糖転流との関連性を示した. 6)FRT1の転写産物蓄積が低温で減少することを見出し,低温馴化との関連を示唆した. 図I-1シロイヌナズナにおける暗所下の葉のデンプン分解代謝経路. 番号は酵素活性あるいは相同性遺伝子配列が報告されていることを示す.オレンジの小文字と線はその遺伝子の変異と効果が報告されていることを示す.(1)α-glucan/water dikinase (2) isoamylase,(3)α-amylase , (4)β-amylase , (5)disproportionating enzyme (D-enzyme),(6)α-glucosidase,(7)maltose transporter,(8)glucose transporter,(9)cytosolic D-enzyme,(10) cytosolic glucan phosphorylase. sex1: starch excess 1; dpe1, 2:disproportionating enzyme 1, 2: mex1: maltose excess 1. 図I-2GWD/SEX1遺伝子構造とsex1における転写産物蓄積. sex1(A)GWD/SEX1(At1g10760の遺伝子構造.エクソンを黒いボックスで示す.sex1-1は塩基置換により1268番目のアミノ酸に置換を生じている.sex1-7は20番目のエクソンにT-DNA挿入を持つ.(B)sex1におけるGWD/SEX1の転写産物蓄積.各レーンはそれぞれのTotal RNAを20μg含む.では,野生株とsex1-7よりサイズがやや小さい位置に転写産物が検出される 図I-3葉における低温処理24 時間以内の糖含量の変化. 23℃連続光 (65 μmol m-2 s-1 で) 18日間生育させた野生株 (◇) ,sex1-1(■) ,sex1-7 (▲) を2℃連続光 (35umol m-2 s-1 )にて24時間低温処理し,それぞれの成熟葉(3 葉-5 葉)における糖含量の変化を調べた.(A)デンプン,全マルトオリゴ糖(MOS)含量の変化.それぞれ75 %(v/v) エタノール不可溶性,可溶性画分において,デンプン含量はα-アミラーゼ,アミログルコシダーゼ処理で,MOS含量はアミログルコシダーゼ処理で生成するグルコース量として定量している.グルコースの定量はグルコースオキダーゼ (GOD) 法を用いた.(B)グルコース,フルクトース,スクロース含量の変化.定量はHPCE(high-performance capillary electrophoresis)により行った. 図I-4 低温処理7日後の成熟葉における糖含量. 23 ℃にて発芽後18日間生育させた野生株 (白)およびsex1-7 (黒) を2 ℃にて7日間低温処理し,成熟葉(3葉-5葉)における糖含量を調べた.(A)デンプン,マルトオリゴ糖 (MOS)含量.(B) グルコース,フルクトース,スクロース含量. 図I-5 sex1の低温処理による耐凍性の変化. 23 ℃にて発芽後18日間生育させた植物の耐凍性を,低温処理の前後で比較した.(A,B,C)野生株 (◇) ,sex1-1(■) ,sex1-7 (▲) を2℃にて0時間 (A),24時間(B) ,168時間(C) 低温処理し,成熟葉(3葉-5葉)の耐凍性を凍結電解質漏出法により調べた.各凍結温度での凍結融解後に純水中に電解質が漏出しやすいほど組織が傷害を受けていることを示す.(D) 2℃にて24時間低温処理した植物を凍結処理 (−0.9℃,10 h)し,融解(4℃,24 h)後,23℃に戻してリカバリーさせた.写真は処理後3日目の様子を示す.(E) 野生型SEX1のcDNAを導入したsex1-7(sex1-7 35:SEX1の耐凍性を親株と比較した.凍結処理の条件は(D)に同じである. 図I-6 耐凍性と糖含量の比較. 低温処理24時間の前後で,野生株 (◇) ,sex1-1(■) ,sex1-7(▲) の成熟葉における耐凍性(よこ軸)と糖含量(たて軸)の相関を調べた.耐凍性の指標として50%の電解質漏出を起こす温度(TEL 50,℃ ) を図I-5のグラフから算出した.R2値は近似直線の回帰係数を示す. 図I-7 低温,アブシジン酸応答性遺伝子の発現解析. 23 ℃にて発芽後 18日間生育させた野生株(WT) sex1-1 を 2 ℃にて, 0 ,12 ,24時間低温処理し,Total RANを抽出してRNAゲルブロット解析を行った.耐凍性に関連する低温シグナルおよびアブシジン酸シグナルのマーカー遺伝子として,それぞれCOR78/RD29A(Cold-regulated 78/Responsive to dehydration29A) ,dehydrin-RAB18 を用いた.各レーン20ugの Tot RNAを含む. 図I-8低温下でのGWD/SEX 転写産物の蓄積とGWD活性. (A)23℃にて発芽後3週間生育させた野生株を2 ℃にて48時間低温処理,続いて23 ℃に戻して脱馴化処理し,各時間において植物体からTotal RNAを抽出してRNAゲルブロット解析を行った.各レーン20ugのTotal RNA を含む.(B) GWD 活性の比較.発芽後18日間生育させた野生株(WT )と sex1- 7,および 2 ℃にて12時間低温処理した野生株の葉から抽出したタンパク質溶液中のGWD活性を比較した.GWD活性測定では,酵素的に調整した[βγ-32P]ATPを基質とし,デンプン画分に取り込まれる放射活性を測定した.WTの測定値に対する相対値として示す.WT1/2 はサンプル量を半分にしたことを示す. 図II-1 耐凍性変異株 frt 1の選抜. 23 ℃連続光 (65 umol m-2 s-1) で14日間生育させた植物を2 ℃連続光 (35 umol m-2 s-1 )にて2日間低温馴化 (CA)し,続く脱馴化 (23℃,DA) 1日後に凍結処理 (-7.5℃ , 10 h)して,耐凍性の高い変異株を選抜した(赤枠) .この条件では野生株の耐凍性は脱馴化処理により未馴化状態に戻る.変異株(frt1)は耐凍性の向上により傷害が少ない.凍結実験の対照として,低温馴化のみの場合(CA)を示す. 図II-2 frt1の耐凍性および糖,プロリン含量.23℃にて発芽後14日間生育させた野生株( 白) とfrt1 (黒 ) を,低温処理(2℃にて 0,48, 168 h),あるいは低温処理48時間後に脱馴化処理(23 ℃にて12, 24, 48h)して,それぞれの耐凍性,糖含量,プロリン含量を調べた.耐凍性は,50%の電解質漏出を起こす凍結温度(TEL50 , ℃を測定結果から算出した.糖含量はグルコース,フルクトース,スクロース含量の和としている.糖の定量は)HPCEを用いて行った.プロリンの定量は,HPLC(high-performance liquid chromatography)により行った. 図II-3 frt1 におけるストレス応答性遺伝子および糖代謝関連遺伝子の転写産物蓄積.23 ℃にて発芽後18日間生育させた野生株 (WT)とfrt1 を, 2 ℃にて48時間低温処理し,続いて23℃で 24時間脱馴化処理した.各時間において植物体からTotal RNAを抽出し,ストレス応答性遺伝子(A),糖代謝関連遺伝子 (B) のRNAゲルブロット解析を行った.各レーン20ugのTotal RNAを含む. (CBF/DREB1: C-repeat binding factor/Dehydration responsive element binding protein 1, COR78/RD29A: Cold-regulated 78/Responsive to dehydration 29A, COR15a: Cold-regulated15a, ADH1: Alcohol dehydrogenese 1,RAB18: Responsive to ABA 18, GST6: GlutathioneS-transferase 6, SPS: Sucrose-phosphate synthase,cFBPase; cytosolic fructose 1,6-bisphosphatase,Susy: Sucrose synthase.) 図II-4 frt1のその他の表現型. (A)発芽後18日目の野生株 (左)およびfrt1(右) のロゼット.frt1 では齢を経た葉において,その先端部に赤色色素の蓄積が見られる(黄矢頭).(B,C) 野生株(B) およびfrt1(C) の花の様子.frt 1の花は未成熟であり,稔性の低下が見られる.(D)発芽後連続光で 5週目の野生株(左 )と frt1 ( 右).スケールバーは) 1cm(A) ,5 mm(B,C),5 cm (D). 図I I-5成熟葉に特徴的なfrt1の耐凍性と糖・デンプンの蓄積. (A)23 ℃にて発芽後18日間生育させた野生株 (○)とfrt1 (●)の,成熟葉(3葉から7葉,緑)および幼若葉 (8葉以上の葉,オレンジ)における耐凍性を凍結電解質漏出法で測定した.(B)(A)と同様に葉齢別に葉を切り取り,それぞれの糖含量を測定した.野生株(白) , frt1 (黒) .(C)ヨウ素溶液によるデンプンの染色.発芽後18日目の植物体を 80% エタノールで脱色後,ヨウ素溶液に浸した.スケールバー:5 mm. 図II-6 At5g04310(FRT1) 遺伝子構造と frt1 における転写産物蓄積. (A) At5g04310(FRT1)遺伝子構造.エクソンを黒い四角で示す.トライアングルはT-DNA挿入を示す.(B)FRT1転写産物の蓄積. frt1-1およびfrt1-2(SALK 115982)では転写産物が検出限界以下である.各レーン30ugのTotal RNAを含む. 図II-7 野生型ゲノム DNA断片によるfrt1の相補試験.At5g04310野生型ゲノムDNA 断片(約6.5kb, gFRT1 )を導入したfrt1-1および frt1-2(SALK 115982)の表現型を示す. (A)植物個体の耐凍性試験.発芽後18日目の植物体を,低温処理48時間,脱馴化処理24時間の後,凍結処理(-7.5℃,10 h)した.写真は解凍後の様子を示す.耐凍性が正常の植物の葉は深緑色を呈し萎れる傾向がある.(B)成熟葉(第3葉から第5葉)における糖とデンプンの蓄積量.(C) 発芽後4週目の植物の様子. 図II-8 ペクチンリアーゼとFRT1のアライメント. FRT1と植物由来ペクチンリアーゼのタンパク質アミノ酸配列アライメント.予想されるCa2 +結合部位と活性部位をそれぞれ灰色,黒色のアンダーラインで示す.ヒャクニチソウZePel,ストロベリーNJJS25,日本スギCry j Iはペクチンリアーゼ活性が報告されている. 図II-9 pmr6の耐凍性とデンプン蓄積. (A) 発芽後18日目の野生株 (WT) ,frt1- 1,pmr6-1, frt1 gFRT1 の耐凍性を比較した.植物は低温処理48時間と脱馴化処理24時間の後,凍結処理(-7.5 ℃, 10 h) した.写真は凍結融解後7日目の様子を示す.(B)発芽後18日目におけるデンプンの蓄積をヨウ素溶液で染色して調べた.どちらの場合も,pmr6-1は frt1 様の表現型を示さない. 図II-10 FRT1遺伝子発現の部位特異性と低温応答性の解析. (A, B) FRT1promoter:GUS形質転換植物におけるレポーター (GUS)活性.GUS活性は葉脈(篩部)に沿って検出され,葉の先端から基部に向けて拡がる.x, xylem; p,phloem.スケールバーm : 5 mm(A), 50um.(B)低温処理,脱馴化処理によるFRT1転写産物量の変化.FRT1の転写産物は低温処理(2 °C) に応答して減少し,その後の脱馴化処理 (23 °C)で元に戻る.各レーン30 ugの Total RNを含む. | |
審査要旨 | 本論文は4章からなる。第1章は、イントロダクションであり、植物の低温馴化に関する分子生物学的および分子遺伝学的側面からの研究を概説している。その内容は、十分に詳細で、網羅的であり、博士(理学)にふさわしい学識のあらわれであると評価できる。ここでは、また、これまで明らかにされていない問題点を示し、特に、低温における糖の蓄積のしくみの解明が耐凍性形質の理解にとって重要であることを述べている。一方、耐凍性遺伝形質は糖以外の因子を含めた複合的形質であることから、これらの因子を深く解析するためには、耐凍性変異株の探索が重要であることを述べている。 第2章では、低温での糖の蓄積と耐凍性の向上に対するデンプン分解経路の寄与について、シロイヌナズナロゼット葉を用いて検証している。デンプン(アミロペクチン)のリン酸化を司る酵素α-glucan/water dikinase(GWD)の突然変異体で、デンプン分解の制限された変異株starch excess 1(sexl)を、1日以内の低温(2℃)に曝すと、デンプン分解の指標であるマルトオリゴサッカライド(MOS)の蓄積が極度に抑制されるが、このとき、sex1は野生型と較べて、一部の可溶性糖の蓄積に遅延がみられ、同時に耐凍性の向上も抑制されることを明らかにしている。一方、7日間の低温処理では、sex1変異株と野生型で、糖の蓄積量と耐凍性にほとんど違いが見られず、SEX1依存デンプン分解経路は、最大耐凍性を支配しないことも明らかにしている。SEX1依存デンプン分解経路と耐凍性との遺伝学的関係は、野生型SEX1遺伝子のcDNAによる相補実験からも支持される。また、sex1-7変異株のGWD活性は低温で変動しないことから、GWD/SEX1は低温でのデンプン分解の制限要因ではあるが制御要因ではないことを明らかにしている。以上の成果は、すべて新奇の知見であり、低温馴化におけるデンプン分解の重要性を明確に証明している。以上に加えて、SEX1遺伝子の低温応答性は、新奇の低温応答性シスエレメントおよびそのトランス因子による転写制御による可能性が高いことも述べており、これは、低温馴化の遺伝子発現制御研究に新たな展開を生み出す発見である。 第3章では、新しいシロイヌナズナの耐凍性変異株を単離するために、脱馴化スクリーニング法を開発し、その結果、得られた変異株freezing tolerant 1(frt1)の性質と原因遺伝子の同定について述べている。論文では、frt1変異株が、耐凍性の度合いと一致して、成熟葉特異的に糖およびデンプンを過剰蓄積することを明らかにし、その原因が成熟葉における糖の転流の阻害によることを述べている。また、frt1変異株では、稔性の低下や生長の抑制と一致して、成熟葉から花および根へ糖が転流しにくいことを示し、FRT1遺伝子が、ソース葉からシンク器官への糖転流の効率に影響することについて述べている。さらに、frt1変異の原因遺伝子を同定し、FRT1遺伝子が、細胞壁を構成するペクチン質の分解に関与する、ペクトリアーゼ様タンパク質をコードすることを明らかにしている。シロイヌナズナ・ゲノム上にはFRT1遺伝子の他に26個のペクトリアーゼ様タンパク質をコードする遺伝子が存在する。しかし、FRT1と最もアミノ酸配列の相同性が最も高いPOWDERY MILDEW RESISTANCE 6(PMR6)の変異株pmr6-1は、frt1変異株とは全く異なる表現型を示すことから、ペクトリアーゼ様遺伝子ファミリーの各メンバーは、植物の発達と適応において特有の役割を担っている可能性についても述べている。一方、β-glucuronidase(GUS)レポーター遺伝子の活性を指標に、FRT1遺伝子のプロモータ活性を調べた結果、FRT1遺伝子の発現は成熟葉の篩部に特異的であることを明らかにし、同時に、そのプロモータ活性が葉の発達とソース化に伴い、葉の先端から基部へ向けて起こることを明らかにしている。以上の成果は、すべて新奇の知見であるばかりか、FRT1遺伝子が葉のソース化に伴った糖転流経路の構築に関与するという大変興味ある知見を見いだしており、シロイヌナズナの糖転流の仕組みに関する研究において、新たな視点を提供するものである。 第4章では、2,3章の内容を総括するとともに、今後の研究について、博士(理学)にふさわしい展望と所見を述べている。 なお、本論文の第2章は、中村正展、米山忠克、西田生郎と、第3章は、中村正展、米山忠克、藤川清三、西田生郎と共著であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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