学位論文要旨



No 120673
著者(漢字)
著者(英字) TOPIK,HIDAYAT
著者(カナ) トピック,ヒダヤット
標題(和) ナゴラン亜連(ラン科)の分類学的研究
標題(洋) SYSTEMATIC STUDY OF SUBTRIBE AERIDINAE(ORCHIDACEAE)
報告番号 120673
報告番号 甲20673
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4749号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 伊藤,元己
 東京大学 教授 大場,秀章
 東京大学 教授 邑田,仁
 東京大学 助教授 舘野,正樹
 東京大学 助教授 野,久義
内容要旨 要旨を表示する

ナゴラン亜連(ラン科・バンダ連)は103属1350種からなり、アジア、オーストラリア、および東太平洋の諸島に広く分布し、一部が西アフリカの熱帯に分布する。本亜連では栄養器官・生殖器官の形質は非常に多様性に富み、かつ形質の平行進化が起こっていると推定されるため、亜連内の系統関係については十分に解明されていない。本研究では(1)葉緑体上のmatK遺伝子および核リボゾームDNAのITS領域の塩基配列データにより亜連内の系統関係を推定し、(2)花粉塊形態の進化傾向と分類形質としての有用性について、分岐学的な解析を行い、これらの結果を統合して新たな分類体系を提唱した。

79属108種と外群の3種についてmatK遺伝子とITS領域それぞれのデータに基づき、最節約系統樹を作成した。その結果、2つの系統樹間に大きな矛盾は見られなかったため、両DNA領域データを結合したデータセットを作り、再度、最節約系統樹を作成した。

得られた系統樹ではそれぞれ高いブートストラップ確率で支持される4つのクレードが認識され、さらにその中に合計11個のサブクレードが認識された。各クレードに含まれる種の形態を検討した結果、第1クレードは長い茎、帯状の花粉塊柄、三角形の花粉塊粘着体を持つことが明らかになった。第2クレードを特徴づける形態形質としては、短小のずい柱、広い唇弁、四角形の花粉塊粘着体があげられる。第3クレードには7つのサブクレード(Arachnis群、Diploprora群、pelatantheria群、Trichoglottis群、Acampe群、Thrixspermum群およびPomatocalpa群)が含まれ、長い茎、細長いずい柱が特徴である。第4クレードは4つのサブクレード(Saccolabium群、Phalenopsis群、 Pteroceras群およびSarcocilus群)を含み、短い茎を持つことが共有派生形質と推定される。本解析で認識されたクレードとサブクレードはSenghas (1988)やDressler (1993)などの既存分類体系とは大きく異なった。それに加え、少なくともPhalaenopsis、SarcochilusおよびCleisostoma属が単系統属でないことが明らかになった。

花粉塊の形態評価については50属90種の生材料を用いて観察し、9つの形質についてデータを集めた。観察で得た形態形質の分岐解析の結果から、6つの群が認識可能であった。この解析で認識した群は、分子データによる解析結果と矛盾するものではなかった。

塩基配列による系統樹を基に。祖先形質状態を推定することにより、形態形質の進化を再構築した。その結果、これまで分類形質として重要視されてきた花粉塊数、ずい柱基部の可動性の有無、距の長さ、花粉塊柄や花粉塊粘着体の形などは、同じ形質状態への変化が繰り返し起きていることが明らかになり、これらの形質は本亜連内での高次分類群の認識には限定的にしか用いることができないと結論した。これら花粉塊の形質は、送粉者と密接に関連しているので、送粉者の変化にともない、なんども平行進化が起きた結果であろう。これに対して、これまで重要視されてこなかった茎の長短という形質は、亜連内の系統を反映した良い分類指標として用いることが可能である。

形態形質進化の解析と同様な手法を用いて、本亜連の分布変遷の推定を行った。その結果、ナゴラン亜連はアジアで多様化と種分化がおこったこと、現在、オセアニア地域に分布する種は、アジアから移住してきた一系統に由来し、さらに2次的にオセアニア地域での分化が進行したことが推定された。

本研究で得られた結果を総合し、ナゴラン亜連の新しい分類体系を提唱した。本体系では系統樹で認識された4クレードに対応した4つの節を設立し、各節への検索キーを提示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなる。第1章はイントロダクションであり、本研究で対象となるラン科・ナゴラン亜連の解説や、これまでの分類研究の歴史、分類学上の問題点などが述べられている。

第2章ではナゴラン亜連の分子系統学的解析を行っている。ナゴラン亜連の79属108種と外群の3種についてmatK遺伝子とITS領域それぞれのデータに基づき、最節約系統樹を作成した。その結果、2つの系統樹間に大きな矛盾は見られなかったため、両DNA領域データを結合したデータセットを作り、再度、最節約系統樹を作成した。得られた系統樹ではそれぞれ高いブートストラップ確率で支持される4つのクレードが認識され、さらにその中に合計11個のサブクレードが認識された。各クレードに含まれる種の形態を検討した結果、第1クレードは長い茎、帯状の花粉塊柄、三角形の花粉塊粘着体を持つことが明らかになった。第2クレードを特徴づける形態形質としては、短小のずい柱、広い唇弁、四角形の花粉塊粘着体があげられる。第3クレードには7つのサブクレードが含まれ、長い茎、細長いずい柱が特徴である。第4クレードは4つのサブクレードを含み、短い茎を持つことが共有派生形質と推定される。本解析で認識されたクレードとサブクレードはSenghas (1988)やDressler (1993)などの既存分類体系とは大きく異なった。それに加え、少なくともPhalaenopsis, Sarcochilusおよび Cleisostoma属が単系統属でないことが明らかになった。本章で得られた知見は、ナゴラン亜連の分類学・系統学に大きく寄与すると判断された。

第3章では花粉塊形態の進化傾向と分類形質としての有用性についての解析と議論を行っている。50属、90種においておもに生材料を用いて観察し、形質進化解析を行った。観察で得た形態形質をスコアーし、そのデータマトリックスによる分岐解析の結果、解像度は高くないが6つの群が認識可能であった。この解析で認識した群は、分子データによる解析結果と矛盾するものではなかった。本章で得られた形態形質の観察結果は、地道な研究成果ではあるが、ナゴラン亜連の多様性を考える上で重要な貢献であると判断した。

第4章は総合討論で、2章、3章での結論に基づき、形態形質の進化傾向・分類学的重要性について議論を行っている。塩基配列による系統樹上に、形態形質の進化状況を再構築した。その結果、これまで分類形質として重要視されてきた花粉塊数、ずい柱基部の可動性の有無、距の長さ、花粉塊柄や花粉塊粘着体の形などは、同じ形質状態への変化が繰り返し起きていることが明らかになり、これらの形質は本亜連内での高次分類群の認識には限定的にしか用いることができないと結論した。これら花粉塊の形質は、送粉者と密接に関連しているので、送粉者の変化にともない、なんども平行進化が起きた結果であろう。これに対して、これまで重要視されてこなかった茎の長短という形質は、亜連内の系統を反映した良い分類指標として用いることが可能であると結論づけており、系統解析を通じた分類形質評価を行った分類学研究として評価できる。

形態形質進化の解析と同様な手法を用いて、本亜連の分布変遷の推定を行った。その結果、ナゴラン亜連はアジアで多様化と種分化がおこったこと、現在、オセアニア地域に分布する種は、アジアから移住してきた一系統に由来し、さらに2次的にオセアニア地域での分化が進行したことが推定された。

第4章において本研究で得られた結果を総合し、ナゴラン亜連の新しい分類体系を提唱した。本体系では系統樹で認識された4クレードに対応した4つの節を設立し、各節への検索キーを提示した。

以上のように本研究の成果は、ラン科の分類学において重要な貢献したと判断した。

なお、本論文第2章は遊川知久、伊藤元己との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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