学位論文要旨



No 120674
著者(漢字) 久保,雅仁
著者(英字)
著者(カナ) クボ,マサヒト
標題(和) 太陽活動領域の形成と崩壊に関する観測的研究
標題(洋) Observational Studies on Formation and Decay of Solar Active Regions
報告番号 120674
報告番号 甲20674
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4750号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴橋,博資
 東京大学 助教授 吉村,宏和
 東京大学 教授 安藤,裕康
 東京大学 教授 桜井,隆
 国立天文台 助教授 一本,潔
内容要旨 要旨を表示する

太陽面上の磁場は、対流層で作られた磁場が磁気浮力により光球面上に浮上してきたものである。磁場が活発に浮上してくる領域は磁気浮上領域と呼ばれ、連続的な磁場の浮上に伴い黒点等を含む活動領域が形成されていく。形成された活動領域は、その後崩壊し最終的には消滅してしまう。活動領域や黒点といった特定の領域になぜ磁場が集まり、その後再度拡散し消失するのか、そのプロセスは未だわかっていない。そこで、本論文では活動領域中の磁場のライフサイクルに着目した。特に、 (1)光球面への磁場の浮上と活動領域の形成、(2)反対極性の磁場の衝突に伴う光球面磁場の消失、(3)黒点崩壊期の周囲に多数存在する小さな磁気要素と黒点崩壊の関係、という活動領域の形成や崩壊と密接に関係している3つの現象について観測的な研究を行った。

活動領域の形成や崩壊に伴う光球磁場の発展を調べた研究の多くは、磁場の視線方向成分のみを観測したものであった。さらに詳しく磁場構造やその発展を理解するためには、磁場のベクトル3成分を知ることが必須である。そこで、我々は米国高高度観測所で開発され、米国国立太陽観測所に設置されたAdvanced Stokes Polarimeter(ASP)を使用した。ASPは、磁場に感度のある吸収線の偏光プロファイルを精度良く測定することが可能で、得られたプロファイルから光球面磁場の3成分を導出することができる。活動領域の上空コロナでは、フレア等の突発的なエネルギー解放現象が起きやすく、定常的な加熱も行なわれている。我々は光球面の磁気活動に伴う上空コロナの加熱にも着目しており、ASPと「ようこう」衛星搭載の軟X線望遠鏡、TRACE衛星、SOHO衛星搭載のMDIによる共同観測を組織した。「ようこう」軟X線望遠鏡とTRACEは、それぞれX線、極端紫外線の波長域でコロナ画像を取得し、コロナ中での加熱や活動を捉えることができる。SOHO/MDIは、視線方向成分のみではあるが、光球面磁場の時間発展を高い時間分解能で連続的に捉えることが可能で、相関追跡法を用いることで光球磁場の水平方向の速度場を調べることができる。これらの観測機器で5個の活動領域に対して5〜9日に渡る発展を捉えることに成功した。この観測を元に下記のような結果を得た。

対流層で形成された磁場がどのような特徴を持って光球に浮上してくるかは、活動領域の形成やそれに伴うコロナ活動を考える上で重要である。しかし、浮上直後の磁場のベクトル情報を得た観測結果は未だに少ない。我々は、2例ではあるが、ASPで浮上直後の磁場を捉えることに成功した。さらに、黒点形成の物理過程を知るために、黒点を形成していく過程で浮上磁場がどのように変化していくかを詳細に追った。太陽面に出現した直後の浮上磁場は、太陽面に対して水平向きで弱い磁場強度(400-700ガウス)を持つ。今回の研究で、浮上磁場が非常に高い(>80%)フィリングファクターを持って出現してくることを発見した。フィリングファクターは、1ピクセル当たりの磁気大気の占める割合を示している。水平磁場領域の両端には浮上活動に伴い正負の小さな磁極領域が形成される。磁気浮上による磁場の供給により、この磁極領域は、サイズ及び磁気フラックス量が増加していく。磁極領域内では太陽面に対して垂直でかつ1500ガウス程度の強い強度を持つ磁場が増えていく。一方、磁極領内のフィリングファクターは20〜60%程度で浮上直後の水平磁場に比べると小さい。その後さらに2日かけて磁極領域が小型の黒点に成長すると、磁場の向きと強度はほとんど変わらないが、フィリングファクターだけが80%に再び増加するという結果も得た。磁場強度の増加に伴うフィリングファクターの減少は、弱い磁場強度を持った磁束管が強く絞られ、断面積が小さく強い磁場強度を持つ磁束管になったことに対応する。この結果は、強い磁場強度を持つ磁束管を形成するメカニズムとしてParker(1978)が提案したconvective collapseが起きている可能性を指摘する。また、黒点形成時のフィリングファクターの再増加は、強い磁場強度と小さなフィリングファクターを持つ個々の磁束管が集合して黒点を形成したためではないかと考えられる。

反対極性を持つ磁極が互いに衝突し、その後消えてしまう現象が視線方向の磁場観測でしばしば捉えられ、磁気キャンセレーションと呼ばれている。この現象は、光球面に浮上してきた磁場がどのような物理過程で消失するかを考える上で非常に重要である。我々は、反対極性を持つ磁極の衝突現象をASP観測から12個見つけ出し、衝突する磁極間に光球及びコロナで新たなつながりが形成されることを発見した。衝突を起こす磁極の時間履歴を元にたどった時に、衝突する磁場が光球面に浮上してくる場所・時間が異なる場合、つまり衝突前には光球面より上空で衝突する磁極間につながりが無いと考えられる場合でも、衝突する磁極間をつなぐ水平磁場が新たに形成された。上空コロナでも衝突する磁極間をつなぐ明るい短寿命のループ構造が頻繁に観測された。これらの観測結果は、光球の水平磁場及びコロナの明るいループ構造が、衝突する磁力線間の磁気リコネクションにより形成されたことを示唆する。このような衝突する磁力線間の磁気リコネクションは、高さが異なる様々な場所で起きているのではないかと考えられる。光球面に新たに形成された磁場が、光球面下で形成され浮上したものか、それとも上空で形成され下降したものかは、光球磁場の消失メカニズムを考える上で重要な問題である。そこで、ドップラー速度の観測から衝突領域の水平磁場の速度を調べた結果、この領域では水平な磁力線に沿ったガスの流れが顕著であることがわかり、有意な上下動は検出されなかった。衝突領域の水平磁場がどこで形成されるかは今後の課題である。また、衝突領域上空のダークフィラメント(プロミネンス)の形成・消失に伴い、衝突する磁極間に形成された水平磁場の向きが90度近く変化した。これは、コロナに位置するダークフィラメントの形成・消失が光球磁場と関係しているという興味深い結果である。

崩壊期の黒点を囲むmoat 領域には、moving magnetic features(MMFs)と呼ばれる小さな磁気要素が多数観測される。MMFsの多くは、黒点半暗部の外端付近に出現し、その後外側へ移動して行く。MMFsが黒点の磁束を運び去る役割を担っているという考えがあるが、未だにMMFsの形成と黒点崩壊との関係を示す観測的な証拠は得られていない。今までの研究では、周囲から孤立しているMMFs(isolated MMFs)の寿命、移動速度、発生場所といった特徴が調べられてきたが、今回初めて磁場ベクトルの特徴を捉えることができた。さらに、磁気信号と水平速度を持つが周囲から孤立していないMMFs (non-isolatedMMFs)がmoat 領域に広く分布していることを見つけ、それらについても同様にベクトル磁場と水平速度の特徴を調べた。その結果、non-isolated MMFsは太陽面に対して水平に近い磁場を持ち、黒点と同極・異極の両方が存在することがわかった。過去の研究から黒点半暗部の外端には、水平な磁場とそれに対してやや垂直に立った磁場が交互に並んだ構造があることが知られている。今回の研究で、半暗部外端の水平磁場領域の延長線上に存在するisolated MMFsもnon-isolated MMFsと同様の特徴を持つことを得た。このような水平磁場を持つMMFsは、黒点反暗部からmoat 領域に伸びてきた水平な磁力線の一部であると考えられる。一方、半暗部外端の垂直磁場領域の延長線上に位置するisolated MMFsは、黒点と同じ極性でかつ垂直な磁場を持つことを発見した。このようなMMFsの磁場と半暗部磁場との対応関係は、半暗部外端の垂直磁場領域の延長線上に位置するisolatedMMFsが黒点から分離したものであることを示す観測的な証拠である。また、黒点と同極で垂直な磁場を持つisolated MMFs の運ぶ磁束量を見積もると、黒点の磁束減少率の1-3倍程度になり、このMMFs のみで黒点崩壊を担うだけの磁束を黒点外に運ぶことが可能であることがわかった。以上の観測結果は、黒点と同極でかつ垂直な磁場を持つMMFsが、黒点崩壊を担っていることを示している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、太陽活動領域の形成や崩壊を理解するために、

(1)光球面への磁場の浮上と活動領域の形成、(2)反対極性の衝突に伴う光球面磁場の消失、(3)黒点崩壊期の周囲に多数存在する小さな磁気要素と黒点の崩壊の関係について着目し、光球面磁場の三次元構造の測定と衛星からの観測を組み合わせて、5個の活動領域の光球面三次元磁場構造、上空コロナの活動の時間発展を、約一週間に渡って詳細に観測し、解析したものである。

論文は、全5章及び補遺2章より成る。第1章では、論文全体への導入の章として、太陽活動を理解する上で、特に活動領域の形成や崩壊過程の理解の重要性を記したあと、これらの過程についてのこれまでの観測的研究を概観している。

続く第2章では、黒点形成の物理過程を探るために、光球面に浮上してきた直後の磁場の特徴を調べる観測の必要性を述べ、論文提出者が取り上げた観測事象の特徴を先ず概説している。論文提出者は、詳細な磁場構造とその時間発展を観測することが可能な米国国立太陽観測所の観測機器を使用して、光球面磁場の三次元構造とその時間発展を求めた。その結果、

(1)浮上磁場が光球面に出現した直後は、太陽面に対して水平向きで且つ弱い磁場(400乃至700ガウス程度)である事、(2)浮上の後は、水平磁場領域の両端に正負の磁極が形成される事、(3)その磁極は、大きさ、磁束が時間と共に増大し、光球面に対して垂直で且つ強い磁場(1500ガウス程度)が増えていく事、を確認すると共に、(4)浮上磁場では、磁気を有する大気の占める割合(フィリングファクター)が80%以上と高い事、及び、(5)浮上後の磁極領域では、フィリングファクターは、浮上中の水平磁場に比べて小さい(20乃至60%)事、(6)磁極領域が成長して黒点が形成される時期には、磁場の方向と強度は殆ど変わらないものの、フィリングファクターだけが再び増加する事を、初めて観測的に明らかにした。この観測結果は、光球面磁場の生成に関して提案されている描像の内、対流の下降流に伴って強い磁場強度を持つ磁束管が形成されるとする説を支持するものであり、理論的モデルに強い制限を与えるものである。

第3章では、磁場の出現とは逆の、反対極性の衝突に伴う光球面磁場の消失に着目し、反対極性磁極の衝突消失現象を12例に渡って、米国国立太陽観測所の観測機器及び衛星観測機器を使って詳細に行った観測を論じている。観測から三次元磁場構造を解析した結果として、衝突する磁極対の間には、光球及びコロナで新たな磁場の繋がりが形成される事、コロナに位置するダークフィラメントの形成と消失が光球磁場と関係している事を、初めて観測的に明らかにした。

第4章では、黒点の崩壊は、黒点半暗部から黒点の磁束が周辺部に持ち去られることによるという説の真偽を調べるために、黒点崩壊期の周囲に多数存在する小さな磁気要素と黒点の崩壊の関係を詳細に観測解析して論じている。周囲から孤立している一般的な磁気要素に加えて、磁気と水平速度を持つものの周囲から孤立してはいない磁気要素を子細に調べた点、また、黒点半暗部外端に見られる、水平磁場と垂直磁場が交互に並んだ構造と磁気要素との関係に着目して観測した点が新しい。その結果、

(1)周囲から孤立している一般的な磁気要素は、黒点半暗部周辺に広く分布し、太陽面に対して水平な磁場を持ち、黒点と同極、異極の両方が存在する事、(2)孤立している一般的な磁気要素の内、水平磁場と垂直磁場が交互に並んだ構造の垂直磁場成分の延長上に位置するものは、黒点と同じ極性の垂直磁場を持つ事、を見出した。更に、(3)周囲から孤立している一般的な磁気要素の内、黒点と同極で垂直磁場を持つものの運ぶ磁束量が、黒点の磁束減少率の3倍程度あり、黒点の磁束崩壊を担うことが可能である事を、観測的に初めて明らかにした。

第5章はまとめである。また、観測機器の説明とデータ解析の方法は、補遺2章に簡潔にまとめられている。

以上要するに、本論文は、太陽活動領域の形成期と崩壊期における光球面磁場とコロナの活動を、磁場の三次元構造を測定できる地上観測装置と衛星からの観測データを使って、連続的に追跡し、浮上磁場の成長過程、反対極性の衝突に伴う光球面磁場の消失、及び、黒点崩壊期の周囲に多数存在する小さな磁気要素と黒点の崩壊の関係を明らかにした。これは、天文学、特に太陽物理学に新たな知見をもたらすものである。

本論文は、清水敏文、Bruce W. Litesとの共同研究に基づくものであるが、本論文の核を成す、米国国立太陽観測所での観測、データの解析及び結果の検討については、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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