No | 120678 | |
著者(漢字) | 近藤,伸也 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コンドウ,シンヤ | |
標題(和) | 総合的地震防災力の向上に貢献する防災マネジメントシステムの構築に関する研究 | |
標題(洋) | 「Study on Development of Total Disaster Management System for Earthquake Disaster Redection」 | |
報告番号 | 120678 | |
報告番号 | 甲20678 | |
学位授与日 | 2005.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6098号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 社会基盤学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 我々が生活している日本はその位置,地形,地質などの自然的条件から,地震・洪水等の様々な災害が多発する国土である.過去の事例を見ると,1995年1月の兵庫県南部地震では6433人もの犠牲者が発生した.そして2003年には震度6弱以上を観測した地震が3つ発生した.さらに2004年10月には新潟県中越地震が発生し40人の死者が出た.これからも宮城県沖地震,東海・東南海・東海地震,そして首都直下地震など大きな被害が出る地震が発生すると想定されている.そのために我々は地震防災力を向上するために「被害抑止」,「災害対応/被害軽減」,「最適復旧/復興計画」の三つの防災対策をバランス良く行える環境を整備する必要がある. 現在,その役割を担えるツールの一つとして防災マニュアルがある.しかし,現行のほとんどの防災マニュアルは「発災直後からの利用を想定」していることや,作成法が「お上指導型」であること,スタイルが「紙の印刷物」であるために地震防災力向上に役立たない. また地震による被害の様相は地域の特性によって異なり,その対応も組織の特性によって異なるため,人々はこれら特性に応じた防災マニュアルを作成しなければならない.それには自分自身でマニュアルを作成する必要がある.それは発災直後の自分の状況と,その後の状況変化が想定できるのは,日常から対象組織で勤務,あるいは対象地域に居住している自分自身だからである.防災マニュアルを自ら作成することで防災上の問題点を把握でき,それらに対する一つ一つの対策が立案された背景を理解することができる.それが防災対策を実現できる人材の育成につながる.しかし,現状では防災の専門家以外の人が自分自身で防災マニュアルを作成することは難しい. 本研究では,利用組織の防災マニュアルを利用者自身が作成できる環境を整備することにより,組織の特性に応じた防災対策を立案でき,その防災対策を実現できる人材を育成することを目的とした防災マネジメントシステムの構築に関する研究を行った.本論文では,まず防災マニュアルの作成に必要な環境として防災マニュアル作成工程とWebアプリケーションを用いたシステム環境について検討した.次に環境の実現に必要な機能/手法として「次世代型防災マニュアル」,「災害情報データベース」,「諸問題多角的分析/評価システム」,「対策共有支援手法」を提案した.最後に提案するシステムを組織の特性に応じて適用する手法を検討し,システム導入基本フローを検討した.各章における具体的な成果は次のとおりである. 第2章では,防災マネジメントシステム構築の第一段階として,防災マニュアル作成工程の構築と,Webアプリケーションを用いたシステム環境の構築を行なった.具体的には,まず防災マニュアル作成工程を教育システム技法(ISD)の考え方に基づいて次の6段階に分解した.すなわち,自分自身の地震発生後状況を様々なレベルで認識する「発災後の状況認識」,それに対して現状の地震防災力を分析して問題点を洗い出す「現状分析」,出てきた問題点を共有/整理して防災対策を検討する「対策の検討」,対策を実行動できる段階まで具体化する「対策の具体化」,対策を実施または事前に習得する「実施/習得」,これまでの5段階で行った内容および成果を評価する「評価」である.またWebアプリケーションを用いたシステム環境により,利用者は防災マニュアル作成工程の各段階で必要な,データ入力や分析結果の要求などの作業を処理できる.そして利用組織は,利用者によるこれら一連の作業や防災マニュアルなど防災対策に必要な各種データ等をシステム側で一括に管理できる. 第3章では,防災マネジメントシステムの基礎部分であり,特に防災マニュアル作成工程では「現状分析」の役割を果たす「次世代型防災マニュアル」を提案した.具体的には,まず防災マニュアルの各対策に実行動として認識するために必要な入力項目を設定したマニュアル・データベースを構築した.そしてこのデータベースと2章で構築した防災マネジメントシステムのシステム環境と組み合わせて,防災マニュアルの現状分析と実効的な防災対策の立案を繰り返し行える環境に必要な4つの機能を実現した.すなわち,全体の内容を入力項目から設定した視点から分析できる「多次元分析/評価機能」,防災対策ごとの作業フローを作成して作業の前後関係や部署間の情報の流れを認識できる「対策フロー作成機能」,全体から利用者の需要に応じて内容を編集して分析できる「目的別/ユーザ別編集機能」,分析結果に応じて利用者が自分自身でマニュアルを新規作成/更新できる「作成/更新機能」である. 第4章では,過去の災害事例および現在進行中の災害から得られた情報を蓄積/共有することで発災後の状況を認識できる情報を提供する「災害情報データベース」を提案した.そして利用組織が平常時,災害時を問わず,自ら災害対応を評価できる災害対応評価手法について検討した.具体的にはまず平常時から組織特性に応じて,情報を整理するために必要な入力項目と記入内容について検討した.これらは,防災マニュアル作成工程では「発災後の状況認識」を支援する位置づけである.そして組織ごとに収集できる情報を「情報の種別」と「収集方法」の2つの視点から検討し,事前に設定した入力項目に基づいてデータベース化した.そして2章で構築した防災マネジメントシステムのシステム環境と3章で構築した「多次元分析/評価機能」を用いて,時間や空間だけでなく,組織の階層構造に応じた視点から分析/評価することにより,発災後の被害状況や災害対応の進捗状況を認識できる情報を提供する環境を整備した.また本システムを米国同時多発テロ事件や兵庫県南部地震,新潟県中越地震など過去の災害事例に適用して,それぞれの災害について様々な視点から分析した.その結果,本システムが被害状況や災害対応の進捗状況を認識できる情報を提供できることを確認できた. 第5章では,防災上の問題点を蓄積/共有し,その構造を利用者の需要に応じて容易に把握して問題に応じた効果的な解決策を検討できる「諸問題多角的分析/評価システム」を構築した.このシステムは防災マニュアル作成工程では「対策の検討」を支援する位置づけである.具体的には,まずそれぞれの問題点に,その内容の認識に必要な入力項目を設定した問題点データベースを構築した.そして2章で構築した防災マネジメントシステムのシステム環境により,このデータベースを時間,対象,内容などの様々な切り口から分析し,問題点の構造を利用者の需要に応じて容易に把握できる「多角的分析/評価機能」を用いたシステムを整備した.そして適用例として,既存不適格建物の耐震性能の確保をとりまく問題点と今後やるべき課題のデータベースの構築と,各項目間の相互連関について分析した.その結果,本システムが,防災上の問題点から,解決する対策を防災に関わる様々な人々が自ら検討できる環境を整備する点でも優れていることを確認した. 第6章では,防災対策の内容を利用者が容易に理解できる形で共有できる「防災対策共有支援手法」を提案した.これは防災マニュアル作成工程では,「対策の具体化」と「実施/習得」を支援する位置づけである.具体的には,教育システム技法(ISD)を用いて,本手法を,作業分解構造WBSを用いて防災対策を具体的な内容まで職務分析する「防災対策の職務分析」,抽出された作業を内容に応じて「知識」「運動技能」「態度」の三つの領域に分類し,それぞれの領域で基礎的な目標から高次のものまでレベル分けする「作業内容の分析」,対策を習得するために必要な技法を領域とレベルごとに記述される内容に応じて選択する「習得技法の選択」,抽出された作業と習得技法の性質を考えて,それに合うメディアを過去の経験に基づいて得られた選定基準等を参考にして選択する「メディアの選択」の4工程に分解した.利用者は本手法に従って防災対策を具体化することで,わかりやすい形で共有できるだけでなく,それぞれを効率よく実施/習得できるようになる. 第7章では,これまで本研究で提案した防災マネジメントシステムを地域特性や組織特性を考慮して,様々な組織で導入できる手法について検討した.具体的には,これまでの章で提案したシステム/手法に必要な資料/環境を洗い出し,地震による被害状況や防災対策,システムの導入そのものに影響する地域特性と組織特性を構成する要素を抽出した.そしてこれら要素を考慮したシステム導入基本フローを作成した.利用組織は作成した基本フローに組織が持つ地域特性と組織特性を加味して独自の導入フローを作成し,防災マネジメントシステムを導入できるようになった.そしてこのシステム導入基本フローをもとに,イラン・イスラム共和国の災害に関連する組織に提案システムを適用した.その結果,それぞれの組織で現時点での防災力を分析でき,過去の災害対応を分析して教訓を容易に抽出できる環境を整備できた.これにより日本とは違う地域特性を持つ組織でシステムを導入できたと言える. | |
審査要旨 | 最近,世界各地で,地震や洪水などの大規模な自然災害や,巨大事故やテロなどの人為的な災害が発生し,危機管理の重要性が叫ばれている.しかし本当の意味で活用性が高く,対象組織や地域の総合的な危機管理体制や防災体制の向上に貢献できるマニュアルの研究は進んでいない. 総合的な危機管理能力や防災力に貢献するマニュアルとは,事故や災害の起こる前,最中(直後),起こった後のそれぞれの時点における防災対策に役立つものでなくてはいけない.すなわち,当事者が事故や被害状況の認識を行い,自分たちが有している問題点を洗い出し,対策を検討・実施し,その効果の評価と分析を繰り返し実施できる環境を整備するものでなくてはならない.これが実現することで,社会的な問題を引き起こす原因となる物理現象や人的行為を事故や被害に結び付けない「事故/被害抑止」,適切な対応により事故や被害の拡大を防ぐ「事故/災害対応や事故/被害軽減」,迅速な立ち上がりによって事故や災害による影響の最小化を図る「最適復旧/復興計画」の三つの対策を明確なイメージを持って具体化できる環境が整う.しかし現行の多くのマニュアルでは,事故や災害発生の直後からの利用を主目的にしていること,作成法とそのスタイルが,「お上主導型」で「分厚い紙の印刷物」であるために,責任の所在が不明確であり,対象地域や現場の特性把握が不十分であること,検索性,更新性が悪く,マニュアルの善し悪し/不備の自己分析が難しいなどの問題点があり,実効性が高く総合的防災力の向上に寄与するものになっていない. 本研究は,上で述べたような問題点の解決を目指して取り組まれたものであり,全8章から構成されている.以下に各章の内容について要約する. 第1章では,研究の背景と目的および論文の構成についてまとめている.すなわち,現在の防災マニュアルの問題点の整理と,その結果に基づいた理想的な防災対策と防災マネジメントシステムのあり方,それを実現するための理想的な防災マニュアルに関してまとめるとともに,論文全体の構成を述べている. 第2章では,防災マネジメントシステム構築の第一段階として,教育システム技法(ISD)の考え方に基づいて防災マニュアルの作成工程を分類/分析した上で,Webアプリケーションを用いたシステム環境の構築を行っている. 分析の結果,防災マニュアルの作成工程は,地震発生後に自分が直面する状況を様々なレベルで認識する「発災後の状況認識」,それに対して現状の地震防災力を分析して問題点を洗い出す「現状分析」,出てきた問題点を共有/整理して具体的な防災対策を検討する「対策の検討」,対策を実行できる段階まで具体化する「対策の具体化」,対策を実施または事前に習得する「実施/習得」の5段階と,その内容と成果を評価する「評価」を合わせた6段階に分類できることがわかった.またWebアプリケーションを用いたシステム環境を構築することにより,各利用者は防災マニュアルの作成工程の各段階で必要なデータや分析結果の入手が可能となり,利用者の集合体である利用組織は,個々の利用者による一連の作業や防災対策に必要な各種のデータ等の一括管理が可能となった. 第3章では,「次世代型防災マニュアル」を提案している.これは防災マネジメントシステムの基礎として,防災マニュアルの作成工程の「現状分析」の役割を果たすものである. 防災マニュアルに記載されている各項目を具体的な行動に移すために必要な入力項目を設定したマニュアル・データベースを構築し,これと前章で構築した防災マネジメントシステムの環境を組み合わせて,防災マニュアルの現状分析と実効的な防災対策の立案を繰り返し実施できる環境を実現した.すなわち,マニュアル全体の内容を,入力項目から設定した多種多様な視点から分析できる「多次元分析/評価機能」,防災対策ごとの作業フローを作成して,作業間の関係や部署間の情報の流れを認識できる「対策フロー作成機能」,マニュアル全体から利用者の目的に応じて内容を分類/編集して提示する「目的別/ユーザ別編集機能」,分析結果に応じて利用者が自分自身でマニュアルを作成し継続的に更新できる「作成/更新機能」の4つである. 第4章では,新しいスタイルの「災害情報データベース」を提案している.これは過去の災害事例および現在進行中の災害から得られた情報を蓄積/共有することで,発災後の状況を先取りして正確に認識する情報を提供するものである.また利用組織が,平常時と災害時を問わず,自らの災害対応を評価できる災害対応評価手法についての検討も行っている.これらは,防災マニュアル作成工程では「発災後の状況認識」を支援するものである. 具体的には,組織ごとに収集できる情報を「情報の種別」と「収集方法」の2つの視点から整理し,事前に設定した入力項目に基づいてデータベース化し,2章で構築した防災マネジメントシステムの環境と3章で構築した「多次元分析/評価機能」を用いて,時間や空間だけでなく,組織の階層構造に応じた様々な視点から分析/評価することにより,発災後の被害状況や災害対応の進捗状況を認識できる情報を提供する環境を整備した.また本システムを米国同時多発テロ事件や兵庫県南部地震,新潟県中越地震など過去の災害事例に適用して,それぞれの災害について様々な視点から分析した.その結果,本システムが被害状況や災害対応の進捗状況を認識できる情報を提供できることが確認できた. 第5章では,防災上の問題点を蓄積/共有し,その構造を利用者の需要に応じて容易に把握して問題に応じた効果的な解決策を検討できる「諸問題多角的分析/評価システム」を構築している.これは防災マニュアル作成工程では「対策の検討」を支援するものである. 具体的には,防災上の各問題点に,その内容の認識に必要な入力項目を設定した問題点データベースを構築し,これを2章で構築した防災マネジメントシステム環境により,時間,対象,内容などの様々な切り口から分析し,問題点の構造を利用者の需要に応じて容易に把握できるシステムを整備した.提案システムによって,既存不適格建物の問題とその解決に向けてやるべき課題のデータベースを構築し,各項目間の相互連関について分析した結果,防災に関わる様々な人々が,問題の具体的な解決策を様々な角度から検討できる環境が整備されることが確認された. 第6章では,「防災対策共有支援手法」を提案している.これは防災対策の内容を,関係者が容易に理解できる形で共有できるもので,防災マニュアル作成工程では,「対策の具体化」と「実施/習得」を支援するものである. 具体的には,教育システム技法(ISD)を用いて防災対策を以下の4工程に分解した.防災対策を具体的な内容まで職務分析する「防災対策の職務分析」,抽出された作業を内容に応じて「知識」「運動技能」「態度」の三つの領域に分類し,各領域で基礎的な目標から高次のものまでレベル分けする「作業内容の分析」,対策を習得するために必要な技法を領域とレベルごとに記述される内容に応じて選択する「習得技法の選択」,抽出された作業と習得技法の性質を考えて,それに合うメディアを選択する「メディアの選択」の4工程である.本手法に従って防災対策を具体化することで,利用者は防災対策の内容をわかりやすい形で共有し,効率よく実施/習得できる環境が整うことがわかった. 第7章では,本研究で提案した一連のシステムや手法によって構成される「防災マネジメントシステム」を地域特性や組織特性を考慮して,様々な組織で導入できる手法について検討している.すなわち,提案した各種のシステム/手法に必要な資料/環境の洗い出し,現状を対象とした地震による被害状況や防災対策の分析,システム/手法の導入に影響する地域特性と組織特性を構成する要素を抽出し,これら要素を考慮した上でのシステム導入の基本フローを作成している. 本章で提案するシステム導入の基本フローによって,利用組織はそれぞれの地域特性と組織特性を踏まえた導入フローの作成と,具体的な防災マネジメントシステムの導入が可能となった.さらに本章では,提案した基本フローを用いて,地震国であるイラン・イスラム共和国の災害に関連する組織にシステムの適用を試みている.その結果,各組織の現状の防災力が分析でき,また過去の災害対応の分析結果を踏まえた教訓が容易に抽出できる環境が整備できた.日本を対象に開発を進めてきた防災マネジメントシステムであるが,地域特性の大きく異なる組織でも適応可能であることが示された. 最終章の第8章では論文全体のまとめと今後の研究の方向性や課題について整理している. 以上のように,本論文は総合的な防災力を向上させる防災マネジメントシステムのあり方に関して,基礎的な調査から実システムの構築にいたるまでを総合的に研究したものである.具体的には,「被害抑止力」,「被災軽減/災害対応」,「最適復旧/復興戦略」の3つの防災対策をバランスよく実現する理想的な防災対策を立案/実施できる防災マネジメントシステムを提案するために,以下のような様々な手法やシステムを開発し,その適用例から効果を分析している. すなわち,理想的な防災マネジメントを実現する上で重要な役割を持つ防災マニュアルについて,現状の問題点の整理と分析結果に基づいて,それらの課題を解決する「次世代型防災マニュアル」,「新しいデータ構造の災害情報データベース」,「個々の防災対策を実現する上での諸問題を多角的に分析/評価するシステム」,「対策共有支援手法」を提案した.さらに提案するシステムを組織の特性に応じて適用する手法を検討し,導入の基本フローを提案するとともに実際に適用し,その効果を確認した.これら一連の研究成果は,従来具体的な研究が進んでいなかった総合的な防災力を向上させる防災マネジメントシステムに関して,工学的に大きく貢献するものである. よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. | |
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