No | 120692 | |
著者(漢字) | 楊,鵬 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤン,ペン | |
標題(和) | 収量推定のための分布型穀物生長モデルとリモートセンシング画像の統合 : 華北平原におけるケーススタディ | |
標題(洋) | Linking Multi-temporal Remotely Sensed Data,Field Observations and GIS-based Crop Growth Model to Estimate Winter Wheat Yield in North China Plain | |
報告番号 | 120692 | |
報告番号 | 甲20692 | |
学位授与日 | 2005.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6112号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 社会基盤学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 地域スケールでの穀物生産量の正確かつ適時な推定および予測は,食糧安全監視システムや農地管理,食料の貿易政策,炭素循環研究などの様々な分野で必要不可欠である.プロセスベースの穀物成長モデルは,環境変数と植物の生理的なプロセスの相互作用に基づき,圃場レベルでの生理的な成長や収穫量のシミュレーションに用いられてきた.これらのモデルは,収穫量の制限要因である気象条件や土壌の性質,管理手法,作物変数などの多くの入力データを必要とする.近年,リモートセンシングにより様々なスケールで地表面の時空間情報を取得することができ,この技術により作物の状態を表すパラメータの程度や変動を評価することが期待されている.したがって,リモートセンシングデータと作物成長モデルの統合化は精密農業のための重要な研究である. 本研究では,U. S. Department of Agriculture が開発した作物モデルであるErosion Productivity Impact Calculator (EPIC) に,Geographical Information System (GIS) と多時期Landsat TMデータを結合した.そして, North China Plain (NCP)における2004年の冬小麦の収穫量を結合モデルによりシミュレーションした.本論文は以下の5章で構成されている. 第1章では,本研究の背景について述べる.リモートセンシングを用いた穀物収穫量評価や穀物成長モデルに関する先行研究の文献調査を行い,当該分野の問題点について考察した上で,本論文の目的と構成を示す. 第2章では,NCPにおける冬小麦のLeaf Area Index (LAI)とLandsat TM により観測した植生指数の関係についての考察を行う.2003年9月から2004年6月にかけて,NCPの40の地域にある146の対象地域の冬小麦のLAIを直接刈取法(direct harvest method)で計測した.晴天日に対象地域を観測した3シーンのLandsat TMデータ(2004年の3月7日,4月8日,6月11日)に対して,6Sモデルを適用し,大気効果による減衰を補正した.TM Difference Vegetation Indexと地上計測によるLAIの指数関係は,Curve Estimation regression analysisにより求められ,最小二乗法によりadjusted R2=0.861でLAIの分布図を作成できた.異なる日に観測された衛星データの反射率は,観測対象と太陽の位置関係や太陽天頂角,大気効果,土壌の反射率の変動に大きく依存していることが確かめられた. 第3章では,NCPの耕作地におけるMODISの土地被覆分類図およびLAIプロダクトの精度を,地上計測やLandsat TMから作成した土地被覆分類図やLAI分布図と比較することにより検証した.MODIS LAIはNCPのフェノロジーや植物群落構造を正確に捉えることができている.しかし,2004年の冬小麦の耕作地帯においては,MODIS LAIはTM LAIよりかなり低い値 (2-3 m2 m-2の過少評価) であった. MODISの土地被覆分類図では,草や穀物地帯を広葉作物と誤分類しているところが見られた. したがって,NCPにおける2004年のMODISの土地被覆分類図とLAIプロダクトの精度が本研究には不十分であることが,この評価により示された.このMODIS LAIプロダクトの過少評価の主要因は,植物群落の誤分類と雲の影響であると考えられる. 第4章では,NCPの通常の状況下における冬小麦(Triticum aestivum L.)の収穫量を推定することにより,EPICモデルの補正および精度評価を行った.最初に,単一サイト(Luancheng station),複数年(1993年-2002年)においてEPICモデルの補正を行った.次に,複合サイト(16サンプルサイト),単一年(2003年10月〜2004年6月)においてEPICモデルを適用した.その結果,NCPの圃場レベルにおいて,冬小麦の高いシミュレーション精度が得られることが示された.これは,地域特異的な入力データとモデルパラメータを利用できたためである.感度分析によって,入力データとモデルパラメータが,地域レベルにおけるEPICモデルのシミュレーション精度に顕著に影響することが確かめられた.地域研究において,EPICモデルによる収穫量のシミュレーション精度を向上させるためには,さらに地域特異的な入力データおよびモデルパラメータを取得する必要がある. 第5章では,NCPにおける冬小麦の収穫量をシミュレーションするための,調整を行ったEPICモデルとGIS,多時期Landsat TMデータの統合化について記述している.最初にEPICモデルをloose coupling approachによりGISと統合した.GISとEPICモデルの間では,ユーザーインターフェイスを介さずに,アスキーもしくはバイナリデータ形式でデータのやりとりをしている.次に,最大ポテンシャルLAI (DMLA)や,葉面積が減少し始めるまでの植物の成長時期の割合(DLAI)などのモデルのパラメータを調整し,Landsat TMから作成した多時期LAIマップをGISに基づいたEPICモデルに同化した.最後に,1km四方の空間分解能,1日のタイムステップで統合したシステムを実行し,21,470のグリッドにおける冬小麦の収穫量を推定した.点データや県単位でのセンサスデータとシミュレーションにより推定した2004年の冬小麦の収穫量を比較した.その結果,リモートセンシングデータから作成したLAI分布図とEPICモデルを同化することで,GISに基づいたEPICモデルによる収穫量のシミュレーション精度を地域レベルで著しく向上させることができた. 本研究では,作物収穫量を評価する生理学に基づいた圃場レベルでの作物成長モデルをGISと統合することにより,地域レベルに拡張することを可能とした.従来,入力データとモデルのパラメータの空間分解能が低いことが原因でGISを用いた作物成長モデルのシミュレーションの精度は低かったが,多時期衛星データとEPICモデル同化することにより推定精度を向上させることができた.今後は,Landsatと比較すると高い時間分解能有し,かつ観測範囲の広いMODISデータを用いることや,衛星データと作物モデルを結合するための放射伝達モデルの導入を検討していく必要がある. | |
審査要旨 | 穀物の生産は社会の食糧基盤にとって大変重要であり、これまでも品種改良や潅漑の推進など多くの努力がなされてきた。しかし、水資源の逼迫や過剰に投入された農薬や肥料による環境汚染など、穀物生産の拡大に対する制約条件も厳しくなってきている。さらに、地球温暖化による気候変動は穀物生長に大きな影響を与えることが予想されている。そのため気候変動や水資源の逼迫などが穀物生産(単収)に与える影響をモニタリングすることの重要性が高まっている。 しかしながら、従来の穀物単収のモニタリングや推定方法は、精度や手法の適用可能性に大きな課題があった。たとえば、衛星画像にもとづく経験的な推定方法では、精度が必ずしも十分でない以外に他の地域への適用可能性に課題がある。また、植物生理過程にもとづく詳細な穀物生長モデルによる収量予測方法は精度がよく、また気候変動などの影響をシミュレーションすることができるものの、モデルのキャリブレーションに膨大な定点観測データを必要とするため、広い地域に面的に適用することは困難であった。本研究は穀物生長モデルのキャリブレーションを、衛星画像を利用して面的に行う方法を開発し、穀物生長モデルを用いた広域の収量推定を可能にし、北部中国(黄河流域)を対象に実証している。 本研究は6章からなっている。第1章はイントロダクションであり、研究の背景と目的を整理している。 第2章は穀物生長モデルと衛星画像データをつなぐキーとなるLAI(葉面積指数)をランドサットTM画像から推定する方法を開発し、現地観測データを使って検証している。 第3章はMODISデータから作成されたLAIプロダクトの評価とランドサットTM画像から作成されたLAIプロダクトとの比較である。その結果、NASAにより提供されたMODISのLAIプロダクトはランドサット衛星画像から第2章の方法に基づいて作成されたLAIプロダクトに比べ精度がかなり低く、使えないことが明らかにされた。また、その原因がLAI算出アルゴリズムの基礎となるバイオームの分類ミスにあると推定された。 第4章は穀物生長モデルとしてEPIC(Erosion Productivity Impact Calculator)を選定し、北部中国のテストサイトを対象にパラメータのキャリブレーションと推定精度の検証を行った。その結果、個別のテストサイトごとに時系列観測データを利用してキャリブレーションを行うと、収量の推定誤差は数パーセントであり、かなり高い推定精度が得られること、しかしパラメータとして地域平均値などを与えると順次精度は低下すること、特に灌漑水量や肥料投入量などのマネジメントデータに地域平均値などの概略値を与えると精度が低下することなどが明らかとなった。 第5章は衛星画像から得られたLAIデータを利用し、穀物生長モデルのLAI関連パラメータを再キャリブレーションすることで、穀物生長モデルを広域に適用して穀物単収の推定を行う手法を開発している。穀物生長モデルを広域に適用しつつ、単収の推定精度を維持するためには、モデルのパラメータを地点特性に応じてキャリブレーションし、各地点での施肥量などのマネジメントデータを入力することが重要であるが、これらは大変困難である。そこで、衛星画像から得られるLAIを用いて各地上グリッドごとに穀物生長モデルのLAI関連パラメータをキャリブレーションし、そのパラメータの値を利用して単収推定を行うというものである。検証の結果、衛星画像を利用することで、単収推定精度(相関係数)が0.1強から、0.5程度に改善されることが確認された。この結果は、検証地点ごとの詳細キャリブレーションデータを用いた感度解析でも裏付けられている。より精度を向上させるためには各地区の施肥量などのデータ必要で、それを用いれば相関係数で0.8程度に精度を改善できると予想される。なお、同時に今回キャリブレーションされた穀物生長モデルに収量を与えて逆に灌漑水投入量などを推定できる可能性も示された。 以上をまとめると、本研究は衛星画像と穀物生長モデルを組み合わせた収量手法を開発し、詳細な地上観測データを利用してその精度を確認し、同時にどのようなデータが精度向上に有効であるかを明らかにしており、衛星画像からの広域の穀物生産モニタリングの精度を向上しただけでなく、気候変動などの影響予測にも適用できる可能性を開拓している。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |