学位論文要旨



No 120693
著者(漢字) 金,亨彦
著者(英字)
著者(カナ) キム,ヒョンオン
標題(和) 集合住宅における外部空間と私的コミュニティ活動との関係に関する研究
標題(洋)
報告番号 120693
報告番号 甲20693
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6113号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

現在日本及びアジアの大都市では、都市化に伴う遠隔化、流動化、分業化等の物理的な変化とともに、新しい人間関係を基にする社会的な変化、即ち、非人間化、個人化、少子化、高齢化、そして、核家族化等の傾向が強く現れている。このような社会的な変化は、大都市におけるコミュニティの伝統的な役割の縮小及び弱化を招いている。戦後今まで日本では、このようなコミュニティの弱化という社会的な現象と共に、コミュニティの回復のため、自治会の活性化やコミュニティ施設の活性化など、多様な努力が続いている。しかし、集合住宅団地の場合、複数の住居が集まって生きていく物理的、社会的特性を持ち、他の一般の住居類型と違う環境的な特徴、即ち、外部空間という環境的な特徴を持っている。しかし、実際居住に使われている内部空間に比べ全般的に劣っている条件によって、外部空間が持っている重要性に対する認識は、今までの内部空間の認識に比べて相対的に低かったのが事実である。

特に、コミュニティの形成や活性化に関して外部空間を対象に行われた研究はほとんど外部空間を構成している施設的な側面にかたよっており、外部空間自体が持っている潜在的な可能性に関してはあまり高く評価されていないのが現実である。したがって、今は、コミュニティの形成と活性化の面で外部空間が持っている潜在的な可能性に対する認識への転換が必要な時点である。

コミュニティとコミュニティ意識

コミュニティという用語は社会学用語で、主に共同体、地域社会等に翻訳できる。コミュニティの一般的な概念は「地域性」と「共同性」の二つに分けて考えることができる。「地域性」という概念は、物理的、領域的な範囲全てを含めている概念で、都市計画的な概念からの同質的な特性と自足的な生活という概念を含める。そして「共同性」という概念は、共同行動と相互作用を通した心理的、精神的連帯感という基本的な概念に、自律性、社会・文化・歴史的同質性に基づいた共通の興味と目標、そして、それが具体化された象徴的な公約まで含めている。しかし、現代には、急速な人口と産業文化の成長の中でほぼ全体の社会構造がシステム化されており、結局、現代社会のコミュニティは、特定の目的によって形成される場合が多く、過去のように地域的な特性による、自然で無意識的なコミュニティの形成は少なくなっている。そして、コミュニティの持つ代表的な機能とは、住民の自治活動と人間性の回復など「社会的な機能」と生活情報の交換、共同生活の実践などの「経済的な機能」、そして「行政的な機能」として分類できる。

コミュニティ意識とは、「一定の地域に住んでいる居住者たちの場所に対する愛着と満足感を基に形成された所属感、精神的な連帯、一体感、共通の価値体系」と定義できる。そして、コミュニティ意識の形成要因としては、社会経済的な地位、同一性、私的交流、公的活動、そして満足感等で構成される「社会的な要因」と、近接性、道路の類型、中心と境界、便宜施設の分布、そして密度等の「物理的な要因」が挙げられる。

開放空間と囲繞空間

18世紀末、カントは空間と時間を原理としては認めていなかった。しかし、ヘーゲルの美学と芸術史学の連結をきっかけで、1893年ドイツのヒルデブラントとシュマルソーによって始めて公式化され、ギデオンの「近代建築の空間的特性」、ヴァルター・グロピウスの「時空間の連続体としての空間概念」、そして、モホリ・ナギの「時空間理論」等によって最高の絶頂に達するようになる。また、空間に対する従来の唯物的な概念の代わりに、実存的な場所に関する理論が最近ボルノー、バット、ノルベルグ・シュルツ等によって研究されている。このように、「空間概念」というテーマは、建築、そして建築空間の理論において、お互い離れて考えることのできない重要な分野になっている。

建築空間は、「中心と場所」、「方向と通路」、「区域と領域」という特性を持ち、単純で無意味な空間とは区別される。そして、「voidとsolid」、「Positiveとnegative」、「内部と外部」、「開放と囲繞」、「静的と動的」等の類型で分類できる。

また、外部空間は、「人間によって創造された目的のある外部環境で、自然以上の意味のもつ空間」と定義できる。しかし、このような空間は、基本的に物体とそれを認知する人間との間に生じる相互関係によって発生する。結局、外部空間の性格を明らかにするのに最も重要なのは人間で、人間の活動と精神的な意味が加わったとき、ようやく場所としての外部空間になる。

外部空間自体が持っている多様な性格をもっと明確にさせる要素はいろんな方向から分析できるが、「開放(openness)」と「囲繞(enclosure)」という概念は、場所の性格を決める要素の中で最も重要な要素の一つである。「開放空間」という用語は、一般的に開放感のある、意図的に創造された目的のある外部空間で、自然以上に意味のある空間をいう。即ち、開放空間は、無限に広がる境界のない空間ではなく、枠によって取り囲まれている空間なのである。その反面、人間の行動が発生する位置は、その場所の中心部ではなく、建物、壁、樹木のようなものに囲まれ、自分の周りが物理的に保護されている空間の場合が多い。このような場所で人間は自分の位置をより確実に占有するとともに、広く開いている外側を眺めるようになり、結局、自分も知らずにやすらぎを感じ、その場所を好む「行動」が生じるようになる。このように物理的な空間要素によって取り囲まれている状態を「囲繞」といい、取り囲まれている空間を「囲繞空間」という。

開放空間と囲繞空間という外部空間の性格を分類、及び分析するための各種理論としては、ゲシュタルト理論、ギブソンの生態学的視知覚理論、動的視線の概念、そして、物理的な脈絡とスキーマ理論等で構成される空間認知論等の視知覚と生態心理学に関する理論が挙げられる。また、芦原義信の理論、C. Alexanderの「A Pattern Language」、Gordon Cullenの'都市景観'、そして、G.L.C.の「An Introduction to Housing Layout」からの外部空間理論も本研究で行った外部空間の性格の特定に重要な理論的な背景を提供した。

外部空間と私的コミュニティ活動に関する居住者の意識度

アンケート調査の概要

調査の主な内容は、回答者に関する内容、外部空間に関する内容、そして、外部空間での私的コミュニティ活動に関する内容等で構成されている。当該調査は、各団地に居住している住民たちを対象に、各団地自治会の協力を得て、2005年2月から3月にかけて各調査対象団地別に50部ずつ、総150部を配り、総86部が回収され、57%の回収率を見せている。

アンケート調査の内容

まず、応答者の構成から見ると、公営住宅という調査対象地の特徴をそのまま反映する結果を見せているのがわかった。応答者の殆どが長老年層の女性で、以前住んでいた公営及び都営住宅から引っ越してきた場合が多く、このような傾向は特に高齢者層で著しいことがわかる。

そして、外部空間に対する認識及び活動傾向をみると、まず、自分たちが実際に住んでいるところに対する評価と満足度は非常に肯定的であるが、各空間に対する実質的な認識度は低いことがわかった。そして、外部空間の利用パターンを調査した結果を見ると、住民たちは自分がよく利用している外部空間の特性を自分なりに把握しており、実質的な行動も自分が把握したその空間の性格に合わせて行っているのがわかる。このような傾向は、行動の種類だけでなく、持続時間、一緒に行動する住民の選択等、行動の全般で一定のパターンを見せている。

そして、外部空間での私的コミュニティ活動を調べてみた結果、私的コミュニティ活動に対し、非常に肯定的に思っているにもかかわらず、実際に活動がおきる回数も少なく、内容も貧弱し、また集いに対する意欲もそれほど高くないことがわかる。この傾向は特に外部空間での私的コミュニティ活動に対して強く現れている。

まとめ

コミュニティと外部空間に対する居住者の意識調査から得られたのは、住民たちの外部空間と外部空間での私的コミュニティ活動に対する原論的な評価は非常に肯定的であるが、実際の外部空間に対する認識度と活用度は思ったより高くない二重的な結果が見られるのが分かった。このような結果が現れた理由としては、内部空間とは違う環境を持っている外部空間の空間的な性格と、それをうまく利用できるように誘導する計画的な要素の不在等に起因するものであると考えられる。

外部空間と私的コミュニティ活動との関係

調査の概要

ここでは、実際各団地の外部空間を対象にした調査を行い、外部空間の特性による各種行動の変化と傾向を調査し、外部空間が持っている特性が各団地住民によって外部空間で発生している私的コミュニティ活動にどのような影響を及ぼしているのかを分析し、本研究が求めている目標をより明確にするのを目的とする。調査方法は、まず、外部空間の性格を具体的に把握するための現地調査、外部空間を利用する住民の行動パターンを分析するための行動観察追跡調査、そしてインタビュー調査等を実施した。具体的な調査期間と調査回数は2005年3月から4月にかけて、各団地別に5回合計15回、120時間あまりの観察追跡調査を実施した。

対象団地外部空間の性格の特定

各団地の外部空間が持っている開放と囲繞の空間的な性格を把握する作業を行った。分析方法は、住民たちにおいて外部空間から受ける印象などを含めた全般的な認識度と外部空間の解放と囲繞に対する認識度の調査と、外部空間の各空間での写真撮影などの方法を通して、視線の確保という概念から外部空間の開放と囲繞を分析する二つの調査方法が使われている。その結果、町屋アパートは、開放空間として広場が、囲繞空間として公園と入り口が、南千住アパートは、開放空間として広場が、囲繞空間として通路Aと通路Bが、そして、東四つ木アパートは、開放空間として広場と子供の遊び場、囲繞空間として公園と散歩路が本研究の調査対象となっている。

行動の分類

また、外部空間で住民たちによって発生している活動を、実際観察追跡調査などを通して把握し、その活動を活動の内容の概念から親密優先型(I型)、プライバシー優先型(P型)、活動優先型(A型)、そして、活動の滞在時間の概念から長期滞在型(L型)、短期滞在型(S型)、通過型(T型)等、総二つのカテゴリ、6種類のパターンに分類し、各調査対象団地の外部空間が持っている開放と囲繞の性格とこの6種類の行動パターンとの関係を分析することにした。

全体活動と外部空間との関係

全体の行動を対象にした分析結果を見ると、発生した行動の中で、プライバシー優先型(P型)と短期滞在型(S型)が非常に多い発生数を見せている。また、持続時間からみると、活動優先型(A型)と長期滞在型(L型)が相対的長い持続時間を持っているのが分かる。また、外部空間の開放と囲繞という性格によって分類すると、全ての対象団地において、囲繞空間ではI型とP型、そして、T型とL型、開放空間ではA型、そしてS型の行動が多く発生している。そして、平均持続時間では、前の発生件数の傾向と同じく、囲繞空間ではI型とP型、そして、T型とL型、開放空間ではA型、そしてS型の平均持続時間が比較的長いのが明らかになった。

私的コミュニティ活動と外部空間との関係

絶対傾向

私的コミュニティ活動だけを対象にした分析結果を、発生数及び持続時間からみると、対象団地全般で、プライバシー優先型(P型)と短期滞在型(S型)の発生数が非常に多いことがわかる。また、持続時間では、活動優先型(A型)とともに長期滞在型(L型)が比較的長い持続時間を見せているのが分かる。

相対的な傾向

開放空間では、囲繞空間より比較的活動優先型(A型)の発生頻度数が多く、囲繞空間では、開放空間より比較的プライバシー優先型(P型)と親密優先型(I型)の発生頻度数が多く見られる特徴を持っているのが明らかになった。また、開放空間では、囲繞空間より比較的短期滞在型(S型)の発生頻度数が多く、囲繞空間では、開放空間より比較的長期滞在型(L型)と通過型(T型)の発生頻度数が多く見られる特徴があるのがわかった。

まとめ

それぞれ違う構成をもっている各集合住宅の外部空間での私的コミュニティ活動が、設置してある施設物や外部空間に対する住民の個人的な傾向と満足度などの様々な変数の影響にもかかわらず、開放と囲繞という外部空間の性格によってある程度きめられたパターンを見せていることから、外部空間の性格と居住者の私的コミュニティ活動との間に緊密な関係があることがわかる。

結論

外部空間と私的コミュニティ活動に対する居住者の意識

外部空間に対する認識度と満足度

外部空間に関する評価と満足度の面では非常に肯定的であるが、外部空間を構成している各空間に対する全般的な認識度は、自分がよく使っている空間を除くとそれほど高くない。

外部空間と私的コミュニティ活動

外部空間での私的コミュニティ活動に対する全体的な評価は非常に肯定的であるが、実際に活動が起きている回数は少なく、内容も貧弱し、また集いに対する意欲もそれほど高くない。

外部空間の特性と私的コミュニティ活動との関係

私的コミュニティ活動の全体的な発生傾向

プライバシー優先型(P型)と短期滞在型(S型)が非常に多い。また、活動優先型(A型)と長期滞在型(L型)が断然長い持続時間を見せている。

外部空間の特性による私的コミュニティ活動の発生傾向

I型とP型、T型とL型は囲繞空間で、A型とS型は開放空間で相対的な発生数が多く見られる。そして、平均持続時間は、前の空間の特性による発生傾向と同じく、囲繞空間ではP型とI型の行動とT型とL型の行動が、開放空間ではA型の行動とS型の行動の平均持続時間が長くなっているのが明らかになっている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、集合住宅における外部空間と私的コミュニティ活動との関係を分析することにより、コミュニティの形成と活性化の面で外部空間自体が持っている潜在的な可能性を明らかにすることを目的としている。

第1章では、背景として、現在大都市におけるコミュニティの役割の縮小に対して、自治会や施設の活性化などの対応はなされてきたが、集合住宅団地の外部空間の役割に対する認識が低いことをあげている。

第2章では、コミュニティとコミュニティ意識についてまとめた。

ここではコミュニティ意識を「一定の地域に住んでいる居住者たちの場所に対する愛着と満足感を基に形成された所属感、精神的な連帯、一体感、共通の価値体系」と定義し、コミュニティ意識の形成要因として、社会経済的な地位、同一性、私的交流、公的活動、そして満足感等で構成される「社会的な要因」と、近接性、道路の類型、中心と境界、便宜施設の分布、そして密度等の「物理的な要因」があるとしている。

第3章では、開放空間と囲繞空間の概念を定義づけた。

ここで外部空間は、「人間によって創造された目的のある外部環境で、自然以上の意味のもつ空間」で、人間の活動と精神的な意味が加わったとき、外部空間になると定義し、「開放」と「囲繞」という概念は、場所の性格を決める要素の中で最も重要な要素の一つであるとした。「開放空間」とは開放感のある外部空間で、人間の行動が発生する位置は、その場所の中心部ではなく、建物、壁、樹木等に囲まれ保護されている空間で、人間は自分の位置をより確実に占有するとともに、広く開いている外側を眺め、やすらぎを感じ、その場所を好む「行動」が生じるようになる。このように物理的要素によって取り囲まれている状態を「囲繞」といい、取り囲まれている空間を「囲繞空間」という。

第4章では、集合住宅居住者に対するアンケート調査により、外部空間と外部空間での私的コミュニティ活動に関する居住者の意識度について調査した。

外部空間に関する評価と満足度の面では非常に肯定的であるが、外部空間を構成している各空間に対する全般的な認識度は、自分がよく使っている空間を除くとそれほど高くない。

外部空間での私的コミュニティ活動に対する全体的な評価は非常に肯定的であるが、実際に活動が起きている回数は少なく、内容も貧弱で、また集いに対する意欲もそれほど高くない。

第5章では、外部空間の特性による各種行動の変化と傾向についての観察追跡調査とインタビュー調査により、外部空間と私的コミュニティ活動との関係について分析した。観察追跡調査は各団地別に5回合計15回、120時間あまりに及ぶ。

観察に先立ち、住民たちが外部空間から受ける印象などを含めた全般的な認識度と開放と囲繞に対する認識度の調査と、各空間での写真撮影などの方法を通して、視線の確保という概念から対象団地の外部空間の開放と囲繞を特定した。

実際観察追跡調査により外部空間で住民たちの活動を、内容から親密優先型(I型)、プライバシー優先型(P型)、活動優先型(A型)、滞在時間から長期滞在型(L型)、短期滞在型(S型)、通過型(T型)の 6パターンに分類し、各調査対象団地の外部空間が持っている開放と囲繞の性格とこの行動パターンとの関係を分析した。

全体活動と外部空間との関係をみると、私的コミュニティ活動の全体的な発生傾向は、P型とS型が非常に多い。また、A型とL型が相対的持続時間が長い。外部空間の特性では、全ての対象団地において、囲繞空間ではI型とP型、T型とL型、開放空間ではA型、S型の行動が多く発生している。平均持続時間では、同じく、囲繞空間ではI型とP型、T型とL型、開放空間ではA型、S型の平均持続時間が比較的長いのが明らかになった。

開放空間では、囲繞空間より比較的A型の発生頻度数が多く、囲繞空間では、開放空間より比較的P型とI型の発生頻度数が多く見られるのが明らかになった。

そして第6章でこれらを総括した。

結論として、各集合住宅の外部空間での私的コミュニティ活動が、設置してある施設物や外部空間に対する住民の個人的な傾向と満足度などの様々な影響にもかかわらず、開放と囲繞という外部空間の性格によってある程度きめられたパターンを見せている。外部空間の性格と居住者の私的コミュニティ活動との間に緊密な関係があることが示された。

以上のように本論文では、居住者に対するアンケート調査と観察追跡調査により、集合住宅における外部空間と私的コミュニティ活動との関係を分析することにより、コミュニティの形成と活性化の面で外部空間自体が持っている潜在的な可能性を明らかにすることができた。

施設やイベント企画によるコミュニティの活性化だけではなく、日常的な外部空間のコミュニティに対する可能性を持つことが明らかにされたことの意義は大きい。以上のように本論文は建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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