学位論文要旨



No 120694
著者(漢字) 津野,靖士
著者(英字)
著者(カナ) ツノ,セイジ
標題(和) 堆積盆地に於ける地下構造決定手法と強震動評価への適用研究
標題(洋)
報告番号 120694
報告番号 甲20694
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6114号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 工藤,一嘉
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 教授 高田,毅士
内容要旨 要旨を表示する

正確かつ詳細な強震動予測を行うためには,震源メカニズム,伝播経路,かつ地盤増幅特性の3つの情報を定量的に把握することが必要不可欠である.兵庫県南部地震の際,震源特性がもっとも支配的である震源域近傍において,地盤構造による増幅あるいは干渉効果が構造物に大きな破壊力も持つ強震動を生成し,震災の帯に代表される大きな被害をもたらした.本研究では,強震動に最も大きな影響を与える要素の一つである地盤増幅特性の解明に重点を置き,アレー微動調査法を基軸とした経済性と都市環境に優れた地下構造調査法を提案する.更に,多数のテストサイトに於ける微動観測と解析結果を用いて実地震記録を説明し,提案した手法の堆積盆地に於ける広帯域地震動評価への適用性を検証している.

地下構造調査方法として,ボーリング孔を用いたPS検層,人工震源を用いた反射法及び屈折法など地震探査法が,現在まで主として使用されてきた.しかし,これら方法はコストが高く,人口・建築物の密集地帯では適用が難しい.一方,人工震源を必要とせず観測された微動記録に含まれる表面波を抽出し,その分散性(周期により速度が変わる)を用いて逆解析を行い,地盤のS波速度構造を推定する微動探査法が開発されている.微動から位相速度の分散を求める手法には,周波数―波数(f-k)スペクトル法(例えばCapon, 1969)と空間自己相関(SPAC)法(Aki, 1957;岡田,1990)が主として採用され,岡田・他(1987)などによるSPAC法とf-k法の比較検討を経て,地方自治体の平野部探査ではSPAC法が頻繁に適用されている.間接的手法ではあるが,微動観測からS波速度構造が得られるので,地震動増幅特性を知る上で大きな利点がある.平成12年6月の改正建築基準法の施行にともない,表層地盤の増幅特性を設計者が独自に算定することが可能になり,対象構造物の固有周期に関連する深部まで,希望的には周辺地盤も含めて評価対象とすることが望まれ,簡便かつ的確に地盤構造を知る手法の開発と推定結果の信頼性確保が要求されている.本研究では,主として地震学や物理探査学の中で発達してきた微動のアレー(群列)観測とSPAC解析,ごく表層の評価のための表面波探査,および水平/上下動スペクトル比の利用を対象として,これらの手法の有効性と適用限界を検討する.本論分では,異種法の融合的利用と結果の信頼性の検証を地震観測記録に求めている.

微動の利用あるいは適用範囲を検討することは建築分野など工学的にも要請が高く,本研究では,既存の地下構造資料(PS検層・反射法探査結果)または地表と地中の地震記録によるスペクトル比との比較・検討などからSPAC法の決定能力,特に浅部構造探査への利用性と実務への適用性について検討している.浅部構造に関して,微動によるS波速度構造とPS検層結果を比較した結果,多くの場合両者の整合性が得られた.しかし,先験的情報がない場合は,微動のみから詳細な層境界を特定する困難性があることが理解され,浅部構造に存在する速度逆転層の検出の難しさを指摘した.但し,微動結果による地盤の1次・2次卓越周期およびその増幅特性は,低層構造物に重要な1〜5Hzまでの周波数帯では微細な構造を考慮した結果と差は少なく,地震記録を用いたスペクトル比との検証から確認された.また,微動探査法でのごく表層(数m程度)付近の決定能力の限界性を認識し,それを克服すための簡便法として,ハンマーなどを用いた人力から励起された表面波の分散を測定する表面波探査を実施し,アレー微動観測と併用することで詳細な表層構造を特定する可能性を示した.一方で,深部構造に関しては,層境界面もPS検層結果あるいは反射法探査結果と非常に良く調和し,微動から卓越周期1〜5秒の深部地下構造を探る有効性が示された.次に,微動の波動的性質の解釈から微動を表面波として扱うことの正当性,微動のH/Vの利用に関する考察を行った.微動を実体波として解釈した中村(1988)によりH/Vが地盤の準(近似的)伝達関数を与えることが提案されて以来,微動のH/Vに関心が集まり多くの研究例が報告されている.しかし,伝達関数として近似できる理由に関しては多くの疑問が提示され,その答えを明らかにするためには微動の本性への解釈・理解が必要となる.位相速度の分散が確認されたことで,微動が基本的には表面波であることの十分条件は示されているが,さらに微動の性質を知る重要な手がかりとして地中観測がある.しかし,微動に関しては費用・観測上の困難さから地中での同時測定例が少なく,議論も少ない.そこで,本研究では,既存のボアホール強震計(観測点CTS)を使用した鉛直アレーと観測点近傍に展開した水平アレーで同時に微動を測定した.水平・鉛直アレー観測から得られた微動の位相速度分散,地中振幅分布,粒子軌跡またはH/Vについて検討し,微動はRayleigh波基本モードとして説明出来ることを示した.つまり,実体波の重複反射では地中振幅分布,H/Vとも観測記録を全く説明しない.本解析結果により,微動,特に上下動にはRayleigh波基本モードが卓越していることが再確認され,微動を表面波として扱うことの正当性が示された.従って,微動の粒子軌跡(H/V)を見ることにより,Rayleigh波としての構造解析に利用できる.既に多くの論文等で報告されているが,本観測・解析はその有効性の根拠を与えるものである.

地震動は震源が特定されるが,微動は異なった伝播経路を持った波動の集合体と考えられ,観測点周辺での地震動と微動の波動場が異なることが想像できる.また,震源は地下数km〜以深に位置することが大半であるが,微動は主に表層(地表)振源と考えられるため,表面波の励起にも大きな違いがあることが予想される.そこで,地震動と微動の表面波位相速度について比較・検討することにより,表面波成分が卓越するような強震動予測に微動から推定された地下構造が有効であるかどうかを調べた.微動と地震動によるRayleigh波位相速度は良好な対応を示し,地震動後続位相の粒子軌跡・H/Vは微動の推定構造から求まるそれと一致した.更に,得られた地下構造を水平成層と仮定し,波数積分法を適用した地震動シミュレーションでは,観測波形に見られる後続波を良く再現する結果となった.表面波が卓越するような地震動を説明する際にも微動による構造が有効であることが示され,数kmもある厚い堆積層の速度構造が正当に評価された数少ない例と言える.以上,微動のアレー観測とSPAC法を適用した地下構造調査に着目し,浅部から深部までの地下構造推定能力と実務への適用性について検討すると共に,その有効性の根拠となるべき微動の波動的性質を観測と解析の両面から確認した.また,やや長周期の地震動が観測される静岡県南部を調査地として,表面波が卓越する地震動を評価する際に微動観測から推定された地下構造が有効であることを示した.そこで,本研究では,地震記録の後続波群に大振幅が見られるトルコ・アダパザル盆地を対象に,微動から作成した3次元地下構造とFEMを用いた数値シミュレーションを通じて,盆地構造における地震動特性を本構造調査法により把握する.

アダパザルでは,岩盤サイトと堆積平野の狭い範囲内において1999年のトルコ・コジャエリ地震の被害分布(Bakir et al.,2002)が大きく異なっている.このことは,断層破壊過程が震源域近傍における強震動の生成に影響しているだけではなく,地盤震動特性の把握が強震動生成の理解に極めて重要であることを意味している.そこで,アダパザル盆地の地盤震動特性を把握することを目的に,アレー微動観測と表面波探査を余震観測記録が得られているサイトを含む10ヶ所で実施し,観測点直下のS波速度構造を推定した.第1次の解析として,得られたS波速度構造を用い,かつ岩盤サイトの余震記録を入力として,1次元解析により堆積盆地内の地震動を再現した.S波初動は観測記録と良く一致し,推定したS波速度構造の妥当性が示された.一方で,観測記録に見られる周期2〜5秒の振幅の大きな後続波群は1次元に限定した解析からは全く説明出来ず,2・3次元的な不均質構造を考慮する必要性が指摘される.そこで,アダパザル市街地全域における200点以上の微動H/Vデータ(Faeh et al.,2003)とアレー微動観測による推定構造を用いた逆解析から深部基盤構造を推定した.次に,作成した3次元速度構造モデルの検証とアダパザル盆地における地震動特性を把握するため,有限要素法(FEM)を用いた地震波動伝播解析(Bao et al.,1998)を行った.深さ8kmの点震源(山中・菊地,私信)と微動から作成したアダパザル盆地の3次元地下構造モデルを用いてFEM解析を行った結果は,S波の初期到達部と引き続く後続波は再現できるものの,後半の後続波群を十分に再現するには至らなかった.観測点SKRは岩盤サイトであるが,後続波群の振幅が小さいながらも明瞭に認識され,その後続波が盆地内での地震動増幅効果に影響を与えている.そこで,深さ3kmの所に震源を新たに設置しFEM解析を行ったところ,前解析結果では見られなかった振幅の大きな後続波形が現れ,観測記録の位相も良く再現する結果となった.このことから,アダパザル盆地の地震動特性を把握あるいは評価するためには,実体波が盆地に入ることから生成される表面波(盆地生成表面波)よりも,盆地に入射する表面波が増幅する(盆地転換表面波)効果の方が重要であることが指摘される.微動を用いた地下構造調査をアダパザル盆地に適用して,推定速度構造を用いた重複反射理論と地震動シミュレーションによる解析(Hybrid)結果から,堆積盆地に於ける広帯域の地震動評価が可能であることが示された.このことは,アレー微動観測による推定構造と微動から作成した3次元S波速度構造モデルが現実的な地下構造を再現していると共に,堆積盆地での強震動予測に極めて重要かつ的確な情報であることを示している.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,『堆積盆地に於ける地下構造決定手法と強震動評価への適用研究』と題して,強震動に最も大きな影響を与える要素の一つである地盤振動性状の解明に重点を置き,アレー微動調査法を基軸とした経済性と都市環境に優れた地盤評価手法を提案している.さらに,多数のテストサイトにおける微動の観測・解析結果を用いて実地震動記録を説明し,提案した手法の広帯域地震動評価への適合性を立証した論文である.

建築物への入力地震動評価における地盤振動特性については,地質地盤資料をもとにした地盤種別が基本であったが,平成12年6月より改正建築基準法が施行され,表層地盤の増幅特性を設計者が独自に算定することも可能となっている.高層建築物等は表層のみならず,構造物の固有周期に関連する深部まで,更には周辺地盤も含めて評価対象とすることが望ましく,簡便かつ的確に地盤構造を知る手法の開発と推定結果の信頼性確保が要求されている.本論文は,建築物等の地震動入力評価のための地盤構造調査手法として,主として地震学や物理探査学の中で発展してきた,(1)微動のアレー(群列)観測から伝播速度を検出し地盤構造を推定する手法や,(2)簡便なごく表層の評価のための表面波探査,および(3)水平・上下動スペクトル比の利用を対象として,これらの手法の有効性と適用限界を検討している.異種法のそれぞれの利便性と限界性を融合的に利用し,結果の信頼性の検証を地震観測記録に求めているところに本論文の特色がある.

微動の利用は古くから提案されているが,第1章において過去の業績は過不足なくレビューされており,本研究の位置付けとして地盤振動特性評価の定量化にあること,特に微動の波動場を確認し,浅部・深部地盤および2・3次元地盤構造における地震動の評価に資することとしている.時宜を得た適切な課題と評価する.

第2章はアレー微動観測から推定されるS波速度構造の決定精度と実務への適用性を評価するため,PS検層結果や地表と地中の地震記録による地盤の同定などの各種データ・解析結果と比較検討している.微動による浅部構造決定能力の一つの限界として速度逆転層の検出の難しさを指摘しており,一般的利用を考慮した適切な指摘と言える.但し,地盤増幅特性(1・2次の卓越周期と増幅度)は近似的に評価できることを多種地盤で実証し,実務への適合性を指摘したことは高く評価できる.ごく浅い(数m程度)構造決定には,簡易な振動源を用いた表面波探査の併用を提案しており,観測手法・解析手法共に簡便で実務への適用性が高い.

第3章では後の解析に用いる微動の水平・上下スペクトル比(H/V)の波動的性質の把握を試みている.これは特に微動の複雑性のために実体波か表面波であるかの議論が学会等でも終止符が打たれていない事情がある.本論では,既存の地中強震計による鉛直アレーと地表の水平アレーで微動を観測し,位相速度分散,地中振幅分布および粒子軌跡について検討した.その結果,微動が主として表面波から成ること,上下動との関連ではRayleigh波(主として基本モード)であることを確認し,微動のH/VはRayleigh波の粒子軌跡として理解することの妥当性を立証した.微動の波動的性質を3次元的(地中・地表のアレー)観測に基づいた評価はこれまでに報告された例はなく,本章の結論は注目に値する.

第4章では深い地盤への適用を検討するため,周期数秒〜十秒の長周期地震動が卓越する静岡県御前崎において,地震動と微動の位相速度分散がほぼ同一であることを確認した.さらに求めた構造を水平成層と仮定し,波数積分法を適用した1944年東南海地震による地震動シミュレーション(再現)を行っている.観測は振り切れていて不完全であるが,数秒以上の長周期成分が卓越することや振り切れる直前まではおおよそ再現されている.数kmもある厚い堆積層の速度構造が正しく評価された例は少なく,懸念される東海地震の地震動予測にも利用価値が高い.

第5章・第6章は第4章までの検討の適用例であり,特に2・3次元堆積盆地構造の重要性と微動による地盤構造評価の有益性について地震動シミュレーションを通じて検討している.第5章ではトルコ・アダパザル盆地に於けるアレー微動観測と表面波探査の解析結果を示し,重複反射理論を適用した解析により地震記録のS波主要動部が説明可能であることを示している.一方,S波到達後の後続位相は重複反射理論では全く説明が出来ないことから,アレー微動観測・表面波探査による推定構造と微動のH/Vデータの併用により3次元の地下S波速度構造モデルを構築しており,他の地下構造資料が乏しい時の地盤のモデル化に一石を投じる内容と言える.

第6章では,第5章で求めた3次元地下構造モデルを用い,地震記録に見られた振幅の大きな後続波を有限要素法の地震動シミュレーションにより再現し,アダパザル盆地での広帯域地震動評価に成功している.短周期と長周期(周期2秒以上)地震動のHybridによる予測の有効性は,まだ一部でしか確認されておらず,この種の研究の積み重ねと更なる定量評価が望まれる.なお,地盤構造資料が乏しい地域で,微動観測資料に基づく推定地下構造を用いた三次元地震動シミュレーションにより,建築構造物に必要な周期帯域の地震動を良く再現していることは,学術的・実務的に高く評価できる.第7章のまとめは適切であり,観測資料の一部を付録としたことは妥当な判断である.

本研究は,建築構造物への適正な地震入力を策定する目的のもとに,物理的モデルに基づいた地盤振動特性を把握するための観測と解析手法を実践的に示した研究として評価する.また,本論の第2章を中心として実務への直接的貢献も期待できる.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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