学位論文要旨



No 120697
著者(漢字) 吉田,敏
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,サトシ
標題(和) 建築ものづくりシステムにおける分業デザインに関する研究
標題(洋)
報告番号 120697
報告番号 甲20697
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6117号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 馬場,靖憲
 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
内容要旨 要旨を表示する

研究の目的

本論文の目的は、「ものづくりシステム」として建築の設計・生産活動の総括的な特性を分析し、構成要素に関するモジュラーの概念を用いて、システムの複雑性を抑える分業の方向性を示すことである。

ここでいう「ものづくり」とは、頭の中で抽象的に思い描いているアイデアを現実社会の中で機能する具体的な生産物やサービスとして実現させる行為のことを指すものであり、「システム」とは、非単純化された方法で相互の関連性を持つ複数の部分によって構成されているような人工物とするものである。

背景

近年、建築生産に関連する技術の高度化に伴い、様々な要素の複雑化が進行し、一つのシステムとして建築生産活動を認識するのが困難になってきている。また、各要素はそれぞれ個別の発展をしており、その変化の早さは要素ごとに異なる。しかし、それらの要素をどのように把握し、どのように用いるかは、物理的な生産行為の前に情報としてまとまっている必要がある。そして、生産行為はその事前につくられた情報に基づいて行われることになる。そのために、建築生産の複雑性を抑える方向として、生産される建築・生産プロセス・生産組織などの建築生産活動における様々な局面を総括的に理解し、このような背景に対応した建築生産システムを提示する必要があると考えられる。

1960年代以降、前述のように国内において建築生産に関する工業化、工場生産化、部品化などが議論されてきた。従来の、建築生産における部品化、工場生産化、規格化などの議論は、かなり多方面に及び、生産物、生産プロセス、生産組織などを様々な角度から切り分け、建築の特徴である複雑性を抑えながら、合理的な生産法を模索してきた。しかし、今日に至るまで、広く普及した新しい概念の生産システムは現れておらず、向かうべき方向性が明確に示されないままでいた状況であった。

そのために本論文では、新しい概念を用いて従来見えてこなかった側面を分析することによって、建築のものづくりにおける複雑性を抑え、有効な分業を導き出す重要な要素を示すものである。

システムの性質を理解するための「アーキテクチャ」概念

システムの性質を理解するための手法の一つに「アーキテクチャ」概念がある。基本的には、対象となるシステムを要素に分解し、その要素間の関係性の傾向に着目したものである。主に注視するのがモジュラー(組合せ型)とインテグラル(擦り合せ型)の二つのパターンへの分類である。モジュラーは要素間の相互依存性が低く、インターフェイスの約束事さえ決めておけば、様々なことを要素単位で検討することができる。インテグラルは、要素間の相互依存性が高いパターンであり、投入するエネルギーや経済的資源に応じて、高いパーフォマンスを実現できる可能性を持っている。この二つのパターンは表裏一体であり、メリットとデメリットは常に二つのパターンの間で背中合わせになっているような状態である。

「アーキテクチャ」は所与のものでも、自然に決まるものでもなく、基本的にはシステムをつくる人間が構想し、選択するものである。しかし、システムがつくられる時に、それをつくる組織や分野によって独自の傾向が存在し、システムの特性に大きな影響を及ぼす場合が考えられる。このとき、傾向がシステムの特性として表出していること、また、システムの特性には潜在する要因が存在することが理解できる。

建築生産システムの重層的記述(構法・工法の総括的記述)

まず、各様相(「生産物機能」・「生産物構成」・「生産プロセス」・「生産組織」)の記述手法を示し、それらの相関関係を表現することにより、システム全体を総括的に把握する可能性を検討する。基本的には、互いに相関関係を持つ構法(ありよう)と工法(やりよう)とを、同時に捕らえながらシステムを一体として把握していくという視点に基づく。従来、構法の視点によるプロダクトとしての建築モデルと、工法の視点によるプロセスとしての建築のモデルは、概念的には独立でも、実態上は不可分であるという議論が建築生産分野で行われてきた。しかし、両者の関係を関連づける記述モデルは未成熟であった。そのために、構・工法を総括的に記述する記述手法を提示し、それによってシステムのモデル化を行っていくものである。

ここでは、提示した記述手法によって、複雑なシステムである建築の設計・生産システムをある側面から理解していく。元来、建築生産における複雑性を抑えるために、「工業化」、「工場生産化」、「部品化」などの分業的な生産システムを合理的に推し進めようとする議論がなされてきた。しかし、現在の建築生産活動を見てみると、システム全体の複雑性を一括した形で抑えるような有効な生産方式が進められているとは言いがたい。複雑な建築生産システムの中で、部分的には目的を果たした議論もあるが、多くは縺れ合った生産システムの膨大な要素に惑わされ、全体のシステム特性が見えにくい状況に陥ったまま進められていたと考えられる。そのために、ここでは建築の生産過程を重層的に見ていくことによって立体的に建築生産活動を理解し、そこから考えられる方向性を試考していくものである。

建築部品の特性を捉えるための「アーキテクチャ」概念による様態

従来の視点では、各建築部品が持っている特性を、それぞれの生産過程、流通過程などの生産サイドの背景から捉えようとしてきた。しかし、ここから導き出される内容に沿うと、実際の建築生産活動における複雑性が助長され、生産性を低下させる可能性すらあり得ることがわかる。

そこで「アーキテクチャ」概念による要素間の関係性から対象を分類し直し、複雑性を排除する合理的な方向性を示すための重要な要点を示していく。特に、ここでは様態と呼んでいる、システム全体の特性と、対象部分の特性の関係性を理解していくものである。この関係性が把握していくことにより、各パターンのメリット、デメリットが理解でき、各システムにおいてどのような判断をしていくべきかという点についての指針を示すことになる。このことによって、構・工法を総括的に見て、合理的な分業デザインに関する方向性が示せると考えているものである。

動態的な理解

従来の視点では、ほとんどが対象を静態的に見てきた。しかし、実際の社会では、全ての素材や製品は動態的に変化しており、それぞれの特性を把握するためには、静態的にある状況だけを理解したのでは不十分であると考えられる。

ここでは、要素間の相互依存性に着目した「アーキテクチャ」によって、動態的な特性を理解し、パターン分けしていく。そこから、何がそれらのパターンの要因になっているのかを分析し、建築生産における実質的な方向性を示すための重要な因子を示すものである。

結論

建築産業の特性の一つは、アッセンブリー産業であると考えられる。極めて多くの種類の素材や部品を使い、それらを組合せながら建築物を構築していく。それらの素材や部品は、それぞれが独自の特性を持っており、生産側の立場で画一的に見ると多くの矛盾を孕むことになる。

人間の能力に限界があり、投入できる資源に制約があり、対象が複雑なシステムである以上、システムをある程度理解しやすい形に解釈し、扱っていくべきである。ここでは、合理的分業を導き出す可能性をもつモジュラーという考え方を示し、その有効性を明らかにしていった。しかし、合理的分業を実現させるには、その論理を十分に理解し、的確にパラメーターを操作していく必要がある。

本論文では、そのための重要な要素を明確にし、ものづくりシステムとしての建築において、合理的な分業デザインを成すことができる可能性を示したものである。

審査要旨 要旨を表示する

今日のものづくりにおいては、複数の製造者が生産した部品を組み合わせたりすることは幅広く行われているが、これは単なるモノのアッセンブルだけでなく、知識の収集統合、生産されるシステムの機能の整合などが同時に並行して行われている。従って、ものづくりにおける分業のあり方を考察することは、工学において重要であると考えられる。

本来は、architectureという語の原義は建築であるが、現在では転じて、多種多様な要素を関係づけながら全体を構成していく方法または構成の様態が「アーキテクチャ」と呼ばれ、要素をアッセンブルしてシステムを構成していく幅広い分野で用いられている。建築を作る仕組みにおいては、そのモノの構成方法、生産組織とその相互関係、生産情報の依存関係など生産システムを構成する諸要素間の関係性はますます複雑性・個別性を強めている。これらの複雑性・個別性を生産現場でマネージしていくためには、高度な「すりあわせ」の能力は求められるが、むしろ生産現場での「すりあわせ」の能力は低下してきていることから、複雑性・個別性がマネージできないがために、建築の品質・性能欠陥や、費用増大を招いてしまっている。

本論文は、複雑性・個別性を強めつつある建築生産の現状を踏まえて、一般語化し、かつ理論化されつつある「アーキテクチャ」の概念を建築生産に逆適用して、建築生産システムを構成する諸要素の関係性を記述する手法を開発するとともに、この手法を適用した記述・分析を展開することによって、複雑性・個別性をマネジメントできるような分業様態をデザインするための手法を開発することに挑戦している。

従来の研究では、特定の観点に関心が集中し、生産システムの要素間の関係が整理されてきた傾向があったが、本論文では、ものづくりシステムを、生産物機能、生産物構成、生産プロセス、生産組織の四つの観点を設定し包括的に把握しようとしている。

そして、これら四つの観点別に生産システムを構成する要素を抽出するとともに、これらの要素間の関係を「様相」と呼び、その記述・分析する手法を示している。従前は、構法の視点によるプロダクトとしての建築モデルと、工法の視点によるプロセスとしての建築のモデルは、概念的には独立でも、実態上は不可分であるという議論が建築生産分野で行われてきた。しかし、両者の関係を関連づける記述モデルは未成熟であった。本論文が開発した記述モデルはこの研究上・技術上の隘路を打ち破るものである。

加えて、本論文では、建築の構法・工法の時系列上での変化や、プロジェクト個別の条件による多様化が何故おきているのかを、開発した記述・分析方法を適用して「様相」を記述することによって、動態的な特性を把握することができることを、事例分析を通じて示している。いいかえれば、本論文は、各プロジェクトの生産条件が異なれば、「様相」が異なりうることを予測することができる手法を提示している。

さらに、本論文は、ものづくりシステムにおける複雑性を減じていくためには、どのようにものづくりシステムにおける分業のデザインを進めていけばよいのか、「モジュラー化」と「すりあわせ」という概念を用いて展開している。従前より、様々な分野で複雑性を減じるために「モジュラー化」の手法がとられてはきた。しかし仮に、生産物構成の「モジュール化」をすすめても、かえって、生産物機能、生産プロセス、生産組織などの観点から見れば複雑性が増してしまい、より多くの「すりあわせ」を必要となってしまうことがあり、ものづくりの諸分野での悩みとなってきた。

本論文で開発された記述・分析方法を用いると、ある生産システム要素の「モジュール化」を進めた場合、他の観点からみた生産システム要素の「様相」がどのように変化するかを検証することができる。従って、本論文で開発した記述・分析手法を適用すれば、ヒューリスティックな検討過程を通じて、個別のプロジェクト条件に応じて、総合的にみて、より複雑性の低い、ものづくりの分業の様態を探索しつつ、分業をデザインしていくことができる。

このように、本論文で開発された記述・分析手法は、建築分野だけでなく、アッセンブリ型のものづくりシステムにおける分業デザインを支援する手法として用いていくこともできると考えられ、その成果は、高い学術的意義と社会的意義をもっていると考えられる。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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