学位論文要旨



No 120700
著者(漢字) 金,承協
著者(英字)
著者(カナ) キン,ショウキョウ
標題(和) 英国植民都市に於ける西洋建築の導入過程及び其の保存・活用に関する研究 : シンガポール・香港の対比
標題(洋)
報告番号 120700
報告番号 甲20700
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6120号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,博之
 東京大学 教授 伊藤,毅
 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 教授 藤森,照信
 東京大学 助教授 藤井,恵介
内容要旨 要旨を表示する

研究目的及び意義

本研究は、「都市歴史性の継承」に注目して、東南アジアのかつての典型的な英国植民都市シンガポール・香港を対比的に取上げて、都市・建築の成立史、都市・建築の破壊史、都市・建築の保存史の三つの側面への考察を通じて、シンガポール・香港両都市の現在の都市像及び都市保全、建築保存・活用の問題点を指摘し、その問題点の解決、両都市の都市歴史性の保存、都市の未来像を考えるための今後の課題を提言する。

「都市歴史性の継承」は、現在、アジア諸都市の共通な問題となっている。従って、本研究は、他の英国植民都市、特に、中国の近代都市を含むアジア都市の歴史性の保存、都市の未来像を考えるための参考になり、「都市史学」と「都市設計学」、「建築歴史学」と「建築設計学」の結び付けの試みである。

なぜシンガポール・香港の対比か

シンガポール・香港―両都市は、共通の基盤・歴史・問題点を持つ。しかし、現在、都市のあり方には対照的な面もある。今後のアジア都市の歴史性の保存、都市の未来像を考えるために、ここで対比する。

論文構成

本論文は、大きく序章、PART1、PART2、PART3、終章の五つの部分に構成されており、各PARTは、それぞれ二章に分けている。別冊に「資料編」を添付した。具体的には、

PART1―都市・建築の成立史

「都市歴史性」の構築―「無人島」から都市へ

両都市ともほぼ「無人島」から都市形成が始まり、大英帝国の盛期ヴィクトリア時代に急成長された共通な背景、基盤を持ち、都市形成過程は、最初から「計画的」と「無計画的」の全く違うタイプで始まった。シンガポールは、最初から明確な都市計画に従って、反面、香港は、最初の都市計画を持たなく、都市雛形が自由に形成された。西洋建築の導入過程は、定着文化のあまり見えなかった「無人島」に西洋の異文化を「移植」し、時代の流れ、都市形成、拡張に連れて、二つの新しい都市にある程度の「文化性」、「歴史性」を構築した。

両都市に於ける都市・建築の成立史は、実は、「都市歴史性」の構築の歴史である。

シンガポールには、ラッフルズの都市計画によって、ショップハウスの独特な建築様式が生出され、それの「原型」は、今までの先行研究で明らかにされていなかったが、本研究で、それの原型を初めて、最初の西洋人建築家G D Colemanの作品に直接結び付けた。

PART2 都市・建築の破壊史

「都市歴史性」の破壊―悲惨な取壊

両都市とも、1960年代からの高度経済成長によって、都市の歴史的建築物、環境が激しく破壊されて、「都市歴史性の継承」が急速に中断された共通な問題点を持つが、両都市の破壊は、「点」と「面」の違うタイプを見せた。即ち、

シンガポールは、独立後の1966年強権的色彩の強い「土地収用法」の制定によって、「面」的土地収用が可能になり、都市再開発機構URAの土地収用権、都市計画策定権によって、街区全体、つまり「面」的再開発或いは破壊が十分可能になった。香港は、あくまでも経済都市であり、政府は「自由経済哲学」を一貫して奉行し、且つ、高度経済成長期に、政府は一連の法律、政策で香港の経済基盤である不動産業の発展を刺激して、それに空前の繁栄像を齎し、1955年、1960年の「建築条例」の改訂等によって、1960年代に同じ敷地に於ける建替のブームを起こして、歴史的建築物が「点」的に破壊される結果を招来した。

また、両都市の破壊は、シンガポールは、政府によって「計画的」に、反面、香港は、経済基盤である不動産業への政府の刺激による自由競争、急速の発展及び力強い不動産会社によって、「無計画的」、且つ「自由」に行われた。

両都市に於ける都市・建築の破壊史は、実は、「都市歴史性」の破壊の歴史である。

PART3―都市・建築の保存史

「都市歴史性」の保存―異文化への価値観の形成

20世紀70年代から、両都市とも最初は政府によって、歴史的建築物への保存意識が萌芽され、異文化の西洋建築へのある程度の「価値観」が形成された。

両都市の保存は、「点」と「面」の違うタイプで現れた。即ち、

シンガポールは、独立後の1966年に制定された「土地収用法」の強い強権的色彩によって、「面」的土地収用が可能になり、都市再開発機構URAの土地収用権及び1989年の「計画法」の改訂によって、「保存」が都市計画の不可欠の部分に位置付けられ、且つURAが都市計画の法定機構になるに従って、「面」的保存が十分可能になった。また、歴史的環境と建築物が、経済基盤の一つである観光産業の「観光資源」に位置付けられたのも、「面」的保存が可能になった重要な原因の一つである。

香港は、シンガポールに比べて、土地収用制度を利用して、複数の土地使用権を持つ街区全体を強制的に収用するのは、都市性格、香港人の特徴及び賠償の膨大な資金の必要によって非常に難しいので、「面」的保存はほぼ不可能である。また、2001年前まで、香港には都市再開発に関わる専門機構がなく、且つ、歴史上、都市再開発、歴史的建築物の「保存」が都市計画に位置付けられたことがなかったので、歴史的建築物の保存が「点」的保存に止まるしかなかった。「観光産業」は、香港にとっても、重要な産業であるが、シンガポールに比べて、自然観光資源に恵まれていたので、歴史的環境、建築物が、「観光資源」に位置付けられるまでは行かなかった。

両都市に於ける都市・建築の保存史は、実は、「都市歴史性」の保存の歴史である。

結論

「都市歴史性の継承」から見たシンガポール・香港の都市像の問題点

シンガポールは、歴史的建築物、歴史的環境がかなり保存されており、且つ「点」だけではなく、「面」的にも保存されているので、都市空間の持続的再生、「都市歴史性の継承」がかなり実現されている。強権的色彩の強い「土地収用法」を基本とする土地制度基盤の支持の元に、土地収用権を持つURAが、都市再開発、土地利用、都市計画、都市保全をコントロールするので、土地制度、都市計画、都市再開発、都市保全が巧くリンクされて、「保存」、「破壊」が計画的にコントロールできる面では、香港に比べて有利さを持つ。

香港は、歴史的建築物の保存が「点」的保存に止まり、「面」的保存はない。「点」的保存も、周辺環境、「視廊」が殆ど破壊されて、建築の場所性の意味がなくなっている。また、法定古跡の保存に詳しい保存ガイドラインがない等、シンガポールに比べて、保存制度の不完備が現状である。1990年代になって、ようやく「面」的保存を意識し、「特別設計区」の概念を導入したが、香港の現状にとってはあまり意味がない。保存事業が都市計画のレベルまで上がっていないので、歴史的環境が破壊されて、都市歴史性が殆ど見えなく、都市空間の持続的再生に欠如しており、「都市歴史性の継承」は、シンガポールに比べたら、殆ど実現されていない。

都市再開発と都市計画、都市再開発と歴史的環境保全の関係が不明確で、都市再開発機構URAの機能が不十分なので、「保存」、「破壊」が計画的にコントロールできない問題点を持つ。

「都市歴史性の継承」から見たら、シンガポールは、他の英国植民都市及びアジア都市の今後の「都市歴史性の保存」のモデルになり、香港は良い教訓になるだろう。

「Authenticity」の尺度から見たシンガポール・香港の保存の問題点

現在、世界に於ける保存の一般論及びそれの「Authenticity」の尺度から見たら、シンガポール・香港両都市の保存は、以下の問題点を持つ。

シンガポールが、都市保全、建築保存にて注目したのは、それらのオリジナル・デザイン、即ち、デザインの「Authenticity」の維持である。都市計画のメインコンセプト「Clean & Green」によって、歴史的建築物の外壁が鮮やかに塗装される等歴史的建築物自体の歴史性がなくなる結果を招来し、且つ、URA Architectural Heritage Awards授賞制度によって、ある程度加速化されたと言える。ショップハウスの保存に於いて、「再建」の手法によって、材料・技法の「Authenticity」が完全になくなる問題点を持つが、それらを観光資源及び歴史として、次世代に永遠に伝えて行くためには、シンガポールにとっては、必要な手法である点も否定できない。シンガポールの保存は、「Authenticity」の維持と持続可能な建築、保存と創造の間の矛盾、且つ「Authenticity」の西洋文化圏以外の地域への適応性の極限性を十分に現している。

香港は、経済基盤である不動産業の自由競争による急速な発展に伴う歴史的建築、環境の激しい破壊によって、「都市歴史性の継承」が殆ど実現されていないが、歴史的建築物の保存に、「再建」の手法までは採用していないので、「点」的に保存されている歴史的建築物の材料の「Authenticity」も、ある程度維持されている。シンガポールと同じく、デザインの「Authenticity」の維持に注目しおり、外壁が塗装されるによって、歴史的建築物自体の歴史性が見えなくなる結果を招来した。

両都市とも、歴史的建築物の保存・活用に於いて、持続可能な建築の実現を目指しており、オリジナル・デザインの維持、即ち、デザインの「Authenticity」の維持に力を入れている。他の「Authenticity」は、シンガポールの都市保全及び両都市の建築保存の重要な尺度になっていない。

シンガポール・香港に於ける今後の課題と提言

シンガポールのこれからの歴史的建築物の保存、歴史的環境の保全事業に於ける「Authenticity」のもう一層の維持のために、保存ガイドラインの再検討、歴史的建築物の過渡の活用をある程度防ぐための政府の具体的対策及び動向が期待されるだろう。

香港は、法定古跡の保存ガイドラインの検討が、制定が至急の課題になり、次世紀に向けて、これからの「都市歴史性の継承」を実現するために、「亡羊補牢」はいまだ遅くない。今後、都市再開発と都市計画、都市再開発と歴史的環境保全の関係を明確にして行き、都市再開発機構URAの機能及び都市計画に於けるそれの位置付けの検討が必要であるだろう。また、これまでの歴史的建築物の「点」的保存を、これから都市計画のレベルまで持上げる「面」的保全が期待されるだろう。

英国他の植民都市及びアジア他の都市については、今後、研究活動を広げて行くための、興味深い研究課題として残して置きたい。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、「都市歴史性の継承」に注目して、東南アジアのかつての典型的な英国植民都市シンガポール・香港を対比的に取上げて、都市・建築の成立史、都市・建築の破壊史、都市・建築の保存史の三つの側面への考察を通じて、シンガポール・香港両都市の現在の都市像及び都市保全、建築保存・活用の問題点を指摘し、その問題点の解決、両都市の都市歴史性の保存、都市の未来像を考えたものである。

「都市歴史性の継承」は、現在、アジア諸都市の共通な問題となっている。従って、本研究は、他の英国植民都市、特に、中国の近代都市を含むアジア都市の歴史性の保存、都市の未来像を考えるための参考になりうるものであり、「都市史学」と「都市設計学」、「建築史学」と「建築設計学」を結び付けようとする試みでもある。

本論文ではシンガポール・香港の対比がなされるが、それは以下の視点に立つものである。すなわちシンガポール・香港-両都市は、共通の基盤・歴史・問題点を持つ。しかし、現在、都市のあり方には対照的な面もあり、今後のアジア都市の歴史性の保存、都市の未来像を考える上で示唆に富むためである。

本論文は、大きく序章、PART1、PART2、PART3、終章の五つの部分に構成されており、各PARTは、それぞれ二章に分けている。別冊に「資料篇」を添付される。論文の構成は下記のようになっている。

PART1-都市・建築の成立史

「都市歴史性」の構築-「無人島」から都市へ

両都市ともほぼ「無人島」から都市形成が始まり、大英帝国の盛期ヴィクトリア朝時代に急成長された共通な背景、基盤を持ち、都市形成過程は、最初から「計画的」と「無計画的」の全く違うタイプで始まった。シンガポールは、最初から明確な都市計画に従って、反面、香港は、最初の都市計画を持たなく、都市雛形が自由に形成された。西洋建築の導入過程は、定着文化のあまり見えなかった「無人島」に西洋の異文化を「移植」し、時代の流れ、都市形成、拡張に連れて、二つの新しい都市にある程度の「文化性」、「歴史性」を構築した。

両都市に於ける都市・建築の成立史は、実は、「都市歴史性」の構築の歴史である。

シンガポールには、ラッフルズの都市計画によって、ショップハウスの独特な建築様式が生出され、それの「原型」は、今までの先行研究で明らかにされていなかったが、本研究で、それの原型を初めて最初の西洋人建築家G D Colemanの作品に直接結び付けている。

PART2都市・建築の破壊史

「都市歴史性」の破壊-悲惨な取壊

両都市とも、1960年代からの高度経済成長によって、都市の歴史的建築物、環境が激しく破壊されて、「都市歴史性の継承」が急速に中断された共通な問題点を持つが、両都市の破壊は、「点」と「面」の違うタイプを見せた。

シンガポールは、独立後の1966年強権的色彩の強い「土地収用法」の制定によって、「面」的土地収用が可能になり、都市再開発機構URAの土地収用権、都市計画策定権によって、街区全体、つまり「面」的再開発或いは破壊が十分可能になった。香港は、あくまでも経済都市であり、政府は「自由経済哲学」を一貫して奉行し、且つ、高度経済成長期に、政府は一連の法律、政策で香港の経済基盤である不動産業の発展を刺激して、それに空前の繁栄像を齎し、1955年、1960年の「建築条例」の改訂等によって、1960年代に同じ敷地に於ける建替のブームを起こして、歴史的建築物が「点」的に破壊される結果を招来した。

また、両都市の破壊は、シンガポールは、政府によって「計画的」に、反面、香港は、経済基盤である不動産業への政府の刺激による自由競争、急速の発展及び力強い不動産会社によって、「無計画的」、且つ「自由」に行われた。

PART3-都市・建築の保存史

「都市歴史性」の保存-異文化への価値観の形成

20世紀70年代から、両都市とも最初は政府によって、歴史的建築物への保存意識が萌芽され、異文化の西洋建築へのある程度の「価値観」が形成された。

両都市の保存は、「点」と「面」の違うタイプで現れた。即ち、

シンガポールは、独立後の1966年に制定された「土地収用法」の強い強権的色彩によって、「面」的土地収用が可能になり、都市再開発機構URAの土地収用権及び1989年の「計画法」の改訂によって、「保存」が都市計画の不可欠の部分に位置付けられ、且つURAが都市計画の法定機構になるに従って、「面」的保存が十分可能になった。また、歴史的環境と建築物が、経済基盤の一つである観光産業の「観光資源」に位置付けられたのも、「面」的保存が可能になった重要な原因の一つである。

香港は、シンガポールに比べて、土地収用制度を利用して、複数の土地使用権を持つ街区全体を強制的に収用するのは、都市性格、香港人の特徴及び賠償の膨大な資金の必要によって非常に難しいので、「面」的保存はほぼ不可能である。また、2001年前まで、香港には都市再開発に関わる専門機構がなく、且つ、歴史上、都市再開発、歴史的建築物の「保存」が都市計画に位置付けられたことがなかったので、歴史的建築物の保存が「点」的保存に止まるしかなかった。「観光産業」は、香港にとっても、重要な産業であるが、シンガポールに比べて、自然観光資源に恵まれていたので、歴史的環境、建築物が、「観光資源」に位置付けられるまでは行かなかった。

本論文の結論は下記のようにまとめられる。

「都市歴史性の継承」から見たシンガポール・香港の都市像の問題点

シンガポールは、歴史的建築物、歴史的環境がかなり保存されており、且つ「点」だけではなく、「面」的にも保存されているので、都市空間の持続的再生、「都市歴史性の継承」がかなり実現されている。強権的色彩の強い「土地収用法」を基本とする土地制度基盤の支持の元に、土地収用権を持つURAが、都市再開発、土地利用、都市計画、都市保全をコントロールするので、土地制度、都市計画、都市再開発、都市保全が巧くリンクされて、「保存・破壊」が計画的にコントロールできる面では、香港に比べて有利さを持つ。

香港は、歴史的建築物の保存が「点」的保存に止まり、「面」的保存はない。「点」的保存も、周辺環境、「視廊」が殆ど破壊されて、建築の場所性の意味がなくなっている。また、法定古跡の保存に詳しい保存ガイドラインがない等、シンガポールに比べて、保存制度の不完備が現状である。1990年代になって、ようやく「面」的保存を意識し、「特別設計区」の概念を導入したが、香港の現状にとってはあまり意味がない。保存事業が都市計画のレベルまで上がっていないので、歴史的環境が破壊されて、都市歴史性が殆ど見えなく、都市空間の持続的再生に欠如しており、「都市歴史性の継承」は、シンガポールに比べたら、殆ど実現されていない。

都市再開発と都市計画、都市再開発と歴史的環境保全の関係が不明確で、都市再開発機構URAの機能が不十分なので、「保存」、「破壊」が計画的にコントロールできない問題点を持つ。

「都市歴史性の継承」から見たら、シンガポールは、他の英国植民都市及びアジア都市の今後の「都市歴史性の保存」のモデルになり、香港は良い教訓になるだろう。

「Authenticity」の尺度から見たシンガポール・香港の保存の問題点

現在、世界に於ける保存の一般論及びそれの「Authenticity」の尺度から見たら、シンガポール・香港両都市の保存は、以下の問題点を持つ。

シンガポールが、都市保全、建築保存にて注目したのは、それらのオリジナル・デザイン、即ち、デザインの「Authenticity」の維持である。都市計画のメインコンセプト「Clean & Green」によって、歴史的建築物の外壁が鮮やかに塗装される等歴史的建築物自体の歴史性がなくなる結果を招来し、且つ、URA Architectural Heritage Awards授賞制度によって、ある程度加速化されたと言える。ショップハウスの保存に於いて、「再建」の手法によって、材料・技法の「Authenticity」が完全になくなる問題点を持つが、それらを観光資源及び歴史として、次世代に永遠に伝えて行くためには、シンガポールにとっては、必要な手法である点も否定できない。シンガポールの保存は、「Authenticity」の維持と持続可能な建築、保存と創造の間の矛盾、且つ「Authenticity」の西洋文化圏以外の地域への適応性の極限性を十分に現している。

香港は、経済基盤である不動産業の自由競争による急速な発展に伴う歴史的建築、環境の激しい破壊によって、「都市歴史性の継承」が殆ど実現されていないが、歴史的建築物の保存に、「再建」の手法までは採用していないので、「点」的に保存されている歴史的建築物の材料の「Authenticity」も、ある程度維持されている。シンガポールと同じく、デザインの「Authenticity」の維持に注目しており、外壁が塗装されるによって、歴史的建築物自体の歴史性が見えなくなる結果を招来した。

両都市とも、歴史的建築物の保存・活用に於いて、持続可能な建築の実現を目指しており、オリジナル・デザインの維持、即ち、デザインの「Authenticity」の維持に力を入れている。他の「Authenticity」は、シンガポールの都市保全及び両都市の建築保存の重要な尺度になっていない。

本論文が提起するシンガポール・香港における今後の課題と提言

シンガポールのこれからの歴史的建築物の保存、歴史的環境の保全事業に於ける「Authenticity」のもう一層の維持のために、保存ガイドラインの再検討、歴史的建築物の過渡の活用をある程度防ぐための政府の具体的対策及び動向が期待されるだろう。

香港は、法定古跡の保存ガイドラインの検討、制定が至急の課題になり、次世紀に向けて、これからの「都市歴史性の継承」を実現するために、「亡羊補牢」はいまだ遅くない。今後、都市再開発と都市計画、都市再開発と歴史的環境保全の関係を明確にして行き、都市再開発機構URAの機能及び都市計画に於けるそれの位置付けの検討が必要であるだろう。また、これまでの歴史的建築物の「点」的保存を、これから都市計画のレベルまで持上げる「面」的保全が期待されるだろう。

以上のように述べる本研究は、アジアにおける重要な2都市を比較することによって、都市史・建築史・建築保存の領域における新しい知見を加えた。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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