学位論文要旨



No 120701
著者(漢字) 朱,晟偉
著者(英字)
著者(カナ) シュ,セイイ
標題(和) 呼吸空気質・温熱快適性に対する人体起源の室内流れの影響と適応調節に関する研究
標題(洋)
報告番号 120701
報告番号 甲20701
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6121号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 大岡,龍三
 東京大学 助教授 坂本,慎一
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、室内温熱空気環境の健康・快適・省エネルギ−性を検討するため、人間の生理・心理と周辺の微細な温熱空気環境との関係を明らかにし、人体の吸気勢力範囲、部位別温熱性状と温熱適応能力それぞれの解析手法を提案するものである。

「気候変動枠組条約」の第3回締結国会議COP3で日本政府は住宅・建築物分野における省エネルギ−対策として、夏季の冷房温度を現在の26℃から28℃への引き上げを揚げている。しかし、現状の空調システムで、空調設定温度を単に上げることは、執務者に大きな温冷感ストレスを与え、知的労働生産性を低下させる恐れがある。これに対応して、温熱環境性状の不均一さの活用により、快適性や省エネルギ−性の高い空調システムの開発が多くなされてきた一方、人間の温熱適応性を最大限に利用するアダプティブ空調制御方式が注目されている。この人間の温熱適応性と、不均一性と非定常性を特徴とする温熱環境に適用可能な熱快適指標を作成するには、人体部位別の微細な温熱空気環境性状と温熱適応性の評価手法が必要となる。また、不均一な空気環境において、人体がどのような空気環境に曝されているかを評価するためには、その場所に実際に存在する人体を対象にした解析が必要とされる。このような状況に対し、本研究は人体の吸気勢力範囲、部位別温熱性状、及び温熱適応能力をそれぞれ解析する手法を提案している。これらの解析手法を用いて、人体の呼吸空気質や部位別温熱性状の詳細な解析及び温熱適応性の活用により、健康、快適且つ省エネルギ−的な空調システムやその制御手法の開発が可能となる。本研究では、その具体的な例として、スポット型パ−ソナル空調のアダプティブ制御方式を提案している。また、人体呼吸現象の実験検討手法とCFD解析手法を用いて、呼吸器感染病患者の咳の室内空気質への関与や他の在室者への影響を検討している。

本研究により、以下の5つの成果を得ている。

人体吸気勢力範囲の解析手法の提案

定常吸気の仮定で、SVE 5(Scale for Ventilation Efficiency 5:吸込口の環境形成寄与率指標)を活用して、人体の吸気勢力範囲を簡易に解明する解析手法を提案して、静穏環境における安静状態の立位人体の吸気勢力範囲を検討した。また、この解析手法の有効性を、トレ−サ−ガス実験と呼吸域の非定常解析により検証した。

咳による物質伝搬特性の解明

咳による物質伝搬特性を、被験者実験と数値解析により解明した上で、咳によるウィルスの室内汚染、及び他の在室者への影響を考察した。ここで、静穏環境においても他者の咳によるウィルスの空気感染や飛沫感染及びその予防対策を検討した。

対流・放射・SMITHモデルの連成解析手法の提案

SMITHモデルは3次元の熱収支や温度分布を考慮したもので、15個の円柱部位で近似した人体組織系と、体内の温熱生理をモデル化した体温調節系からなるモデルである。本研究では、不均一環境における人体の部位別温熱性状を予測するため、SMITHモデルを組み込んだ対流・放射・SMITHモデルの連成解析手法を提案して、前/後放射パネルやスポット型パ−ソナル空調による不均一環境における人体の部位別温熱性状を解明した。また、同様な条件での被験者実験と数値解析による皮膚温分布の比較によりこの連成解析手法の予測精度を検討した。

人体温熱適応行動の総合効果の定量評価指標の提案

人間が代謝量変化や熱環境の異なる空間を移動する際に、空調された環境で温冷感が中立状態になるまでの時間を緩和時間と定義する。この緩和時間の長さにより、代謝量や温熱環境などの変化に伴う温熱緩和段階における人間の熱適応行動を定量的に評価することが可能となる。本研究では被験者実験により、各種のスポット型パ−ソナル空調条件下での緩和時間を測定し、人間の温熱適応能力の特徴を考察した。

スポット型パ−ソナル空調のアダプティブ制御手法の提案

緩和時間の概念を生かしてスポット型パ−ソナル空調の2段階制御方式を提案した。第I段階は温熱緩和段階であり、人間の温熱負荷を迅速に緩和するため空調制御量を大きくする。この段階の制御時間が緩和時間に相当する。直後の第II段階は快適制御段階であり、人間の暑さへの適応行動を維持させつつ快適とするため、空調制御量を小さくし、熱快適状態に保つようにする。この2段階制御方式の下で人体の温熱快適性と呼吸空気質を被験者実験と数値解析により確認して、その有効性を検証した。

本論文は以下に示す11章により構成されている。

序章では、本研究の背景、目的および研究内容の概要を述べ、本論文の構成を示している。

第1章から第3章までは本研究に関わる基礎理論と既往の研究に関して解説している。第1章では、本研究で用いられた流体解析手法、放射熱伝達解析手法、及び対流・放射・熱伝導の連成解析手法を説明している。第2章では、換気効率指標及び人体呼吸空気質評価指標を解説している。第3章では、既往の人体の温熱快適性に関する研究を紹介している。先ずは体温調節モデルを紹介し、特に本研究で用いられたSMITHモデルを詳細に解説している。次いで熱快適指標PMVやSET*を紹介している。最後にはアダプティブモデルとアダプティブ空調システムの概念を示している。

第4章と第5章は、静穏環境における人体の呼吸空気質を検討している。第4章では、定常吸気の仮定に基づく吸気勢力範囲の解析手法を提案している。また、実験と数値解析により安静状態の立位人体の呼吸現象を解明した上で、この吸気勢力範囲を検討している。第5章では、被験者実験と数値解析により、咳による物質伝搬特性を解明している。この上で、咳が室内空気質汚染への関与及び他の在室者への影響を考察し、咳によるウィルスの空気感染や飛沫感染及びその予防対策を検討している。

第6章と第7章は、前後不均一放射環境における人体の温熱快適性を検討している。第6章では、被験者実験により、気温が28℃の均一環境・各前後不均一放射環境における人体の生理・心理応答を観測した結果を示している。第7章では、対流・放射・SMITHモデルの連成解析手法を提案している。また、この連成解析手法を用いて第6章での各実験条件における人体の部位別温熱性状を解明する。また、数値解析と被験者実験による皮膚温分布の比較によりその予測精度を検証している。最後に、現状の連成解析手法の問題点を考察し、今後の改善方法を検討している。

第8章は、スポット型パ−ソナル空調を用いた場合の人体の温熱適応性を検討している。被験者実験により、各パ−ソナル空調条件下で緩和時間を測定し、スポット型パ−ソナル空調の温熱緩和効果や人体の温熱適応能力の特徴を考察している。

第9章は、緩和時間に基づく2段階制御方式をスポット型パ−ソナル空調のアダプティブ制御方式として提案している。

第10章は、本論文のまとめ、並びに今後の課題を示している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、室内における人体の呼吸空気質ならびに温熱環境に関して解析を行い、その合理的な制御法を検討するための基礎的検討を行ったものである。発熱する人体はその周囲に上昇気流を生じさせる。また呼吸による呼気や咳は、人体周辺のかなりの範囲に輸送され、室内環境に少なからずの影響を与える。論文はこのような個別の人体の存在により発生した室内空気の流れに着目し、これらの流れが自分自身や室内の他の人の呼吸空気質や温熱快適性に関して、与える影響を詳細に解析するとともに、その合理的な制御を行うための基礎的な検討を行っている。論文は、特に人体の温熱環境に対する自身の生理的、心理的適応性の構造を解析することにより、快適性を損なうことなく、温熱環境調節のためのエネルギー使用を削減する人体周辺の温熱環境の調整法を検討している。この検討結果は、スポット型パ−ソナル空調のアダプティブ制御方式として具体的な適用方法も提案されている。論文は個別の人体の存在により発生する室内空気の流れの一環として、従来、あまり検討されていなかった咳による室内の物質拡散に注目し、実験的検討とCFD(Computational Fluid Dynamics: 数値流体力学)による解析手法を用いて、咳の室内空気質への関与や他の在室者への影響を検討している。

本論文は以下のように構成されている。

序章は、本研究の背景と目的を述べている。近年、省エネルギー性と快適性の両立を目指し、室内の温熱空気環境は室内を一様に環境制御する方法から必要な部分、時間に集中して制御する傾向にあることを述べている。すなわち室内において、種々の物理環境要素の不均一な性状を許し、更に時間的にも変動を許すため、このような不均一、変動する温熱空気環境に適用できる温熱快適指標や空気質評価手法の開発が急務の課題となることを述べ、本研究の背景と目的としている。また、序章では論文の構成を示している。

第1章から第3章までは本研究に関わる基礎理論と既往の研究に関して解説している。

第1章は、本研究の基礎となる数値シミュレ−ション手法に関して概説している。

第2章は、従来の換気効率指標及び人体呼吸空気質評価手法を概説している。

第3章は、既往の人体の温熱快適性に関する研究を概説している。ここで、本研究に用いられたSMITHモデルの詳細を説明し、またアダプティブモデルとアダプティブ空調システムの概念を示している。

第4章と第5章は、静穏環境における人体の呼吸空気質を検討している。

第4章は、定常吸気の仮定に基づく吸気勢力範囲の解析手法を提案している。また、実験と数値解析により安静状態の立位人体の呼吸現象を解明した上でその吸気勢力範囲を検討している。

第5章は、被験者実験と数値解析により、咳による物質伝搬特性を解明している。この上で、咳が室内空気質汚染への関与及び他の在室者への影響を考察し、咳によるウィルスの空気感染や飛沫感染及びその予防対策を検討している。第4章、第5章は、本論文の目的である室内における呼吸や咳という局所的な現象による室内の不均一な汚染拡散を予測し、その対策を練るための基礎となる成果となっている。

第6章と第7章は、前後不均一放射環境における人体の温熱快適性を検討している。

第6章は、被験者実験により、気温が28℃の均一放射環境・各前後不均一放射環境における人体の生理・心理応答を観測した結果を示している。

第7章では、対流・放射・SMITHモデルの連成解析手法を提案している。またこの連成解析手法を用い、第6章における各実験条件における人体の部位別温熱性状を詳細に解析している。この人体各部位皮膚温分布の解析値と実験値の比較により連成解析手法の予測精度を検証している。これは、本論文の主要な研究目的である不均一、変動する温熱環境における人体の温熱環境評価を行う具体的な手法の提案と検証となっている。

第8章は、第6章、第7章の成果を具体的に適用するため、スポット型パ−ソナル空調を用いた場合の人体の温熱適応性を検討している。被験者実験を行い信頼性を確保しつつ、各パ−ソナル空調条件下で人体の温熱環境評価を測定し、スポット型パ−ソナル空調の温熱緩和効果や人体の温熱適応能力の特徴を考察している。特に時間的な変動に着目し、人体の温熱環境の変動に対する移行経過を特徴づける緩和時間を定義し、これを測定している。

第9章は、上記、緩和時間に基づく2段階制御方式をスポット型パ−ソナル空調のアダプティブ制御方式として提案している。

最後に、第10章では、本論文をまとめ、今後の課題を示している。

以上を要約するに、本論文は人間の生理・心理と周辺の微細な物理的温熱空気環境の関係を明らかにし、人体の呼吸空気質管理のための吸気勢力範囲、不均一な室内における人体の温熱環境評価のための部位別温熱性状と温熱環境の時間的変動に対応する適応能力を解析・検討する手法を提案している。これらの成果は、スポット型パ−ソナル空調のアダプティブ制御手法の提案に示されるように、新たな空調システムや空調システムの制御手法の開発に有用なものとなる。また室内人体からの咳による汚染飛散の伝搬性状の解明は、室内の咳によるウィルス感染の具体的な予防対策の作成に有用なものとなる。これらの成果は、建築環境工学の発展に寄与するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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