学位論文要旨



No 120702
著者(漢字) 本多,了
著者(英字)
著者(カナ) ホンダ,リョウ
標題(和) 熱帯地域向け光合成池プロセスによる廃水処理と光合成細菌群の動態解析
標題(洋) ORGANIC WASTEWATER TREATMENT BY A PHOTOSYNTHETIC POND PROCESS FOR TROPICAL REGIONS AND POPULATION DYNAMICS OF PHOTOSYNTHETIC BACTERIA IN THE POND
報告番号 120702
報告番号 甲20702
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6122号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 福士,謙介
 東京大学 講師 中島,典之
 カセサート大学 助教授 チャート・チェム チャイスリ
内容要旨 要旨を表示する

酸化池処理は、初期費用が少なく維持管理も簡単なことから、土地が安価な発展途上国やアメリカ合衆国で数多く適用されている。また、養魚池やかんがい用水池として利用されることも多い。しかしながら、廃水の有機物負荷が高いと池内が嫌気的になり揮発性有機酸や硫化水素などの臭気や、メタンなどの地球温暖化ガスが発生する。酸化池は通常数段の池からなるが、そのうち1段目の酸化池はしばしば嫌気的となりこのような問題を生じている。

紅色非硫黄細菌(purple non-sulfur bacteria)は、通性嫌気性の従属栄養細菌で、嫌気明条件下では光合成従属栄養的に増殖する。光合成からエネルギーを得られるため、その増殖収率は他の好気性・嫌気性の化学合成従属栄養細菌と比べて大きい。また、嫌気性池において臭気の原因となる揮発性脂肪酸を好んで基質とすることが知られている。さらに、その菌体はタンパク質やビタミンを豊富に含み、肥料や餌料として有用であると報告されている。これらの特徴に着目すると、紅色非硫黄細菌を選択的に増殖させることで嫌気性酸化池による処理プロセスを大きく改善できる可能性がある。すなわち、(1)揮発性脂肪酸が速やかに消費され臭気が軽減、(2)収率の高い紅色非硫黄細菌の増殖によって、二酸化炭素ガス排出が低減、(3)餌料、肥料としての有用性から、後続の養魚池やかんがい地での収率向上が期待される。

本研究では、この紅色非硫黄細菌を利用した嫌気性酸化池プロセスを"光合成池プロセス(Photosynthetic Pond Process)"として提案し、アジア熱帯地域を中心とする発展途上国向けの新しい環境管理技術としての実用化に関わる諸問題について検討を行った。

紅色非硫黄細菌を用いた廃水処理プロセスは1970-80年代に多くの研究が行われたが、実際の処理プロセスとしてはすでに廃れてしまった。その原因として考えられるのは(1)紅色非硫黄細菌の選択的増殖のための条件が十分に研究されていなかったこと、(2)ほとんどが好気条件下で運転されていたため、従来型活性汚泥法と比べてその最近の利点が生かされなかったこと(紅色非硫黄細菌は好気条件下では常に酸素呼吸のみで増殖し光合成は行わない)、(3)生成した菌体の適切な回収・利用方法が十分に検討されていなかったこと、が考えられる。特に、(1)は決定的な失敗要因で、紅色非硫黄細菌は自然水界中に広く生息しているものの、それらが優占することはめったにないと言われている。したがって、この細菌をいかに選択的に増殖させるかがこの処理法の成功の可否を握っていると考えられる。Izu et al. (2001)、Ko et al. (2002)、Sawada et al. (1977) の研究により、嫌気/微好気明条件および可視紫外光の遮断など、必要な条件は明らかになってきている。本研究ではこれらの条件を踏まえながら、光合成池プロセスの実用化において必要な条件についてのさらなる検討をおこなった。

本研究は次の3つを大きな目的とした。(1)光合成池プロセスの処理性能のポテンシャルについて調べる。(2)プロセス中で競合する可能性のある細菌に対して紅色非硫黄細菌を選択的増殖するための因子を明らかにしその実用性を検討する。(3)光合成池プロセスにおいて、紅色非硫黄細菌を適切に培養し処理性能を維持するために必要な制御条件を明らかにする。

具体的には3つの処理実験と1つのシミュレーションを行った。1つ目の処理実験(4章、実験室規模)では、光合成池プロセスの処理性能のポテンシャルを調べると同時に、廃水の流出入時間制御がプロセス性能に与える影響を調べた。紅色非硫黄細菌が光合成増殖をするのは昼間だけであり、夜間には化学合成従属栄養が主なエネルギー代謝になると考えられる。グルコースを基質とした模擬廃水を室内型処理槽で連続処理し、3通りの廃水の流出入時間制御について有機物処理性能と菌体生産に与える影響を比較検討した。2つ目の処理実験(5章、実験室規模)では、廃水中の窒素と硫酸濃度が硫化物生成に与える影響を調べた。硫酸塩還元細菌(sulfate-reducing bacteria)により生成される硫化物は紅色非硫黄細菌の増殖を阻害することが知られているため、特に硫酸豊富な廃水を処理する場合、その制御はプロセスの安定的処理には不可欠である。紅色非硫黄細菌の窒素固定能に着目し、低窒素濃度下での硫酸還元制御の可能性について検討した。3つ目の処理実験(6章、パイロットスケール)では、タイの実際の工場廃水を用いて、屋外太陽光下での赤外線透過フィルターによる藻類抑制効果について調べた。紅色非硫黄細菌と藻類の光合成色素の吸収波長のちがいから、可視紫外光を遮断し赤外光のみを透過することで紅色非硫黄細菌の選択的増殖が可能であることが分かっているが、屋外太陽光で実証した実験はまだない。この実験では太陽光照射下における赤外線透過フィルターによる紅色非硫黄細菌の選択的に増殖に対する効果を検討した。また、廃水中に含まれていた亜硫酸が紅色非硫黄細菌の増殖に与える影響についても調べた。シミュレーション(7章)では、硫酸豊富な廃水を処理するための制御条件についてシミュレーションモデルを構築して考察・検討を行った。鉛直分布モデルでは、硫酸塩還元細菌の底泥への沈降と紅色非硫黄細菌の走光性を考慮し、十分な処理性能を得るための制御について比較検討を行った。

廃水流出入時間の影響に関する実験(4章)では、朝に廃水を流入させた系の方が菌体タンパク生産量が大きくなった。有機物除去率は流出入時間に関わらず90%以上と良好であった。また、FISHによる結果Rps. palustrisはEUB338に対して30〜40%の割合で存在していた。有機酸の経時変化からも、グルコースを基質としたことで、酸生成菌によって生成された有機酸を紅色非硫黄細菌(Rps. palustris)が利用していることが示唆された。今までの研究では前段に酸生成処理を行うことを前提とするものが多かったが、そのような前処理は必ずしも必要でなく、菌体生産、有機物除去ともに十分な性能が得られることが示された。しかしながら、処理の後半では藻類が大量に増殖し、藻類抑制策が必要であると考えられる。

廃水中の窒素と硫酸濃度に関する実験(5章)では、廃水中の窒素、硫酸濃度に関わらず硫酸還元が起こった。低窒素条件では窒素固定能をもつ紅色非硫黄細菌が有利になると考えたが、硫酸塩還元細菌の収率が低いため、菌体増殖は少量でもそれに伴って大量の硫化水素が生成されることが試算により明らかになった。したがって、硫酸塩還元細菌の増殖を抑制することで硫化物を抑制するのは非常に困難である。硫酸豊富な廃水を処理する場合には、硫酸塩還元細菌そのものを除去するか、生成した硫化物の濃度自体を制御することが重要になると考えられる。

パイロットスケール実験(6章)では、米を原料とした製麺工場の廃水を処理の対象とした。廃水のほとんどは原料の洗米過程より排出され、主成分はデンプンなどの不溶性糖類であった。有機態炭素濃度は平均で約3900mgC/L、また漂白助剤および酸化防止剤としてメタ重亜硫酸ナトリウムを添加しているため、合計で約210mgS/Lの亜硫酸イオンと硫酸イオンを含んでいた。現在は沈殿池と3段の酸化池で処理を行っているが、沈殿池では乳酸発酵が、1段目の酸化池では硫酸還元が進行しているため、臭気が発生していた。また、紅色非硫黄細菌は工場廃水処理設備より集積培養した野生株を種菌とした(工場と廃水については3.2節に、野生株については3.4節に詳述。)

パイロットスケール実験の結果から、赤外線透過フィルターが太陽光照射下でも藻類抑制に効果があることが実証された。またフィルターで覆わなかった系では藻類増殖に伴って紅色非硫黄細菌の光合成色素であるバクテリオクロロフィルaが急速に減少した。バクテリオクロロフィルaは光によって分解が促進される一方、合成は酸素によって阻害されることから、屋外太陽光照射下では藻類増殖に伴う酸素発生が紅色非硫黄細菌の光合成活動に大きな影響を与えることが示唆された。フィルターで覆った系では、藻類の増殖は見られなかったが、紅色非硫黄細菌もほとんど増殖していないことが分かった。廃水中の亜硫酸により増殖が阻害されたことがその原因と考えられた。

シミュレーション(7章)では、完全混合および池内鉛直分布を考慮した2つのモデルを構築し、硫酸豊富な廃水を処理する場合に必要となる紅色非硫黄細菌と硫酸塩還元細菌の増殖制御について検討を行った。その結果、完全混合条件下では硫酸塩還元細菌は系内に維持されないことが分かった。HRTが短い場合、硫酸塩還元細菌の最大増殖速度が遅いためウォッシュアウトし、HRTが長い場合も、その低い増殖収率のために十分な有機物供給が得られず結果的にウォッシュアウトした。また、有機物除去および菌体生産の面からも十分な性能が得られた。しかし、実際の池において完全混合を実現するのは非常に困難で、現実には底泥に多く存在していると考えられる。硫酸塩還元細菌の底泥への沈降と紅色非硫黄細菌の走光性を考慮した鉛直分布モデルによるシミュレーションの結果、水面近くに集積する紅色非硫黄細菌の培養には水表面への連続的な基質の供給が不可欠であり、また、表面近くで廃水中の有機物が消費されることにより、底泥の硫酸塩還元細菌への基質供給が制限されることが分かった。これを実現するための制御方法は、廃水を連続投入する場合は水表面への連続投入、朝一回流入する場合は表面付近への投入と表面撹拌の併用が有効であった。また、底泥への基質流入が不可避な場合には、浚渫による底泥中の硫酸塩還元細菌の除去が有効であり、同時に紅色硫黄細菌(purple sulfur bacteria)を投入することにより硫化物の一時的な増加による紅色非硫黄細菌の減少を少なくすることができることが分かった。

以上のことから、本研究では次のような成果が得られた。(1)光合成池プロセスが(酸生成による前処理なしでも)有機物除去、菌体タンパク生産プロセスとして十分なポテンシャルをもつことが示された。また、新たな注意点として、亜硫酸は紅色非硫黄細菌の増殖を阻害するため、事前に処理する必要があることが分かった。(2)光合成池プロセスにおいて重要となる制御条件について明らかにし、従来の研究結果とあわせて整理した。具体的にはフィルターによる波長選択と水面への基質の連続的な供給が不可欠であることが分かった。また、硫化物抑制には底泥の硫酸塩還元細菌の除去が効果的であることも示唆された。(3)パイロットスケール実験で対象としたタイの工場における本プロセス導入に関する提案を行った。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「ORGANIC WASTEWATER TREATMENT BY A PHOTOSYNTHETIC POND PROCESS FOR TROPICAL REGIONS AND POPULATION DYNAMICS OF PHOTOSYNTHETIC BACTERIA IN THE POND(熱帯地域向け光合成池プロセスによる廃水処理と光合成細菌群の動態解析)」と題し、紅色非硫黄細菌を利用した嫌気性池プロセスを"光合成池プロセス(Photosynthetic Pond Process)"として提案し、アジア熱帯地域を中心とする発展途上国向けの新しい環境管理技術としての実用化に関わる諸問題を検討し、プロセス中で競合する可能性のある細菌に対して紅色非硫黄細菌を選択的増殖するための因子及び紅色非硫黄細菌を適切に培養し処理性能を維持するために必要な制御条件を、動態解析を行ない明らかにしたものである。

第1章は「緒論」である。研究の背景と研究目的、及び論文構成等を述べている。

第2章は「既往の研究」である。紅色非硫黄細菌やその応用に関する研究、光合成細菌の検出や定量化の方法、硫酸塩還元細菌等の競合微生物に関する既往の研究をまとめている。

第3章は「実験方法及び予備調査」である。化学的及び生物学的分析方法について述べた後、タイの製麺工場に関する予備調査結果、実験室規模及びパイロット規模の実験方法等について述べている。

第4章は「廃水の流入及び排出方法の最適化」である。朝に廃水を流入させた系の方が菌体タンパク生産量が大きくなるという結果を得ている。有機物除去率は流出入時間に関わらず90%以上と良好であった。また、FISHによる結果Rps. palustrisはEUB338に対して30〜40%の割合で存在していた。有機酸の経時変化からも、グルコースを基質としたことで、酸生成菌によって生成された有機酸を紅色非硫黄細菌(Rps. palustris)が利用する共存系が機能することが明らかとなった。既往の研究では前段に酸生成処理を行うことを前提とするものが多かったが、そのような前処理は必ずしも必要でなく、菌体生産、有機物除去ともに十分な性能が得られることが示された。

第5章は「廃水中の窒素と硫酸塩濃度の影響」である。結論としては、廃水中の窒素、硫酸塩濃度に関わらず硫酸還元が起こった。低濃度窒素条件では窒素固定能をもつ紅色非硫黄細菌が有利になると期待されたが、硫酸塩還元細菌の収率が低いため、菌体増殖は少量でもそれに伴って大量の硫化水素が生成されることが試算により明らかとなった。したがって、硫酸塩還元細菌の増殖を抑制することで硫化物を抑制するのは実際には困難であると結論している。硫酸塩が豊富な廃水を処理する場合には、硫酸塩還元細菌そのものを除去するか、生成した硫化物の濃度自体を制御することが重要になると指摘している。

第6章は「赤外透過フィルターによる屋外における藻類制御」である。タイにおける実際の製麺工場廃水を用いて、太陽光照射下における赤外線透過フィルターによる紅色非硫黄細菌の選択的増殖に対する効果を検討したものである。このパイロットスケール実験の結果から、赤外線透過フィルターが太陽光照射下でも藻類抑制に効果があることが実証された。またフィルターで覆わなかった系では藻類増殖に伴って紅色非硫黄細菌の光合成色素であるバクテリオクロロフィルaが急速に減少した。バクテリオクロロフィルaは光によって分解が促進される一方、合成は酸素によって阻害されることから、屋外太陽光照射下では藻類増殖に伴う酸素発生が紅色非硫黄細菌の光合成活動に大きな影響を与えることが示唆された。フィルターで覆った系では、藻類の増殖は見られなかったが、紅色非硫黄細菌もほとんど増殖していないことが分かった。廃水中の亜硫酸塩により増殖が阻害されたことがその原因と推定された。別に実験室規模での亜硫酸塩添加実験により、実際に紅色非硫黄細菌の増殖に影響を与えることを確認している。

第7章は「高濃度硫酸塩含有廃水において必要な運転条件」である。完全混合および池内鉛直分布を考慮した2つの数理モデルを構築し、硫酸塩が豊富な廃水を処理する場合に必要となる紅色非硫黄細菌と硫酸塩還元細菌の増殖制御についてシミュレーションにより検討を行ったものである。実際に想定される運転条件下では、完全混合では硫酸塩還元細菌は系内に維持されないことが示されたが、実際の池においては完全混合を実現するのは困難で、現実には底泥に硫酸塩還元細菌は多く存在していると考えられる。硫酸塩還元細菌の底泥への沈降と紅色非硫黄細菌の走光性を考慮した鉛直分布モデルによるシミュレーションの結果、水面近くに集積する紅色非硫黄細菌の培養には水表面への連続的な基質の供給が不可欠であり、また、表面近くで廃水中の有機物が消費されることにより、底泥の硫酸塩還元細菌への基質供給が制限されることが分かった。これを実現するための制御方法としては、廃水を連続投入する場合は水表面への連続投入、朝一回流入する場合は表面付近への投入と表面撹拌の併用が有効であることが示された。また、底泥への基質流入が不可避な場合には、浚渫による底泥中の硫酸塩還元細菌の除去が有効であり、同時に紅色硫黄細菌を投入することにより硫化物の一時的な増加による紅色非硫黄細菌の減少を少なくすることができることが示された。

第8章は「結論」である。

以上要するに、本論文で提案した光合成池プロセスが、有機物除去、菌体タンパク生産プロセスとして十分なポテンシャルをもつことを明らかにしたものであり、アジア熱帯地域を中心とする発展途上国向けの新しい環境管理技術として、本プロセスを実現させるための設計条件に関して重要な知見を与えており、独創性の高い研究であると評価できる。また、本研究で得られた知見は、都市環境工学の学術の発展に大きく貢献するものである。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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