学位論文要旨



No 120707
著者(漢字) 張,捷
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,ショウ
標題(和) 土壌中におけるクロロエチレン類の脱ハロゲン分解に及ぼす水素の影響ならびにその微生物群集構造解析
標題(洋) The Effect of Hydrogen as an Electron Donor on Chloroethene Dechlorination in a Soil Environment and Analysis of Its Microbial Community Structure
報告番号 120707
報告番号 甲20707
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6127号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢木,修身
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 助教授 佐藤,弘泰
 東京大学 講師 栗栖,太
 東京大学 教授 妹尾,啓史
内容要旨 要旨を表示する

近年、トリクロロエチレン(TCE)やテトラクロロエチレン(PCE)などの発ガン性を有する揮発性有機塩素化合物による地下水・土壌汚染が大きな問題となっている。これらの物質による汚染は、低濃度・広範囲の汚染のため、従来の物理化学の処理では対応が困難なため、バイオレメディエーションの活用が注目されている。

PCEは好気性微生物によって全く分解されず、生分解が困難とされてきたが、最近、土壌中などの嫌気的条件下では、微生物によって還元的に脱塩素化され、TCE、ジクロロエチレン(DCE)、塩化ビニル(VC), エチレン(ETH)と、塩素が一個ずつ水素に置換されて、分解していくことが明らかとなってきた。しかし、環境中におけるPCEの分解は、TCE、DCE及びVCが生成され、完全分解されにくいため大きな環境問題になっている。一方、水素はPCE分解の過程で重要な役割を果たしているといわれているが、土壌中のPCE分解及び分解微生物への水素の影響については不明の点が多い。これらのことから、土壌中におけるクロロエチレン類の分解に及ぼす水素の影響及びその分解についての微生物の群集構造の解析を行った。

本研究では、蓮田土壌中のPCE分解に及ぼす電子供与体としての有機酸および水素の影響を検討した。さらに種レベルでの微生物の群集構造を、16SrDNAのV3領域を含む約200bpを用いて、PCR-DGGE法により解析した。微生物の群集構造の解析は多次元法(MDS)を用いて行った。また重要な種については、クローニングを行い、塩基配列を解読して系統解析を行った。さらに、主要な微生物の存在量の定量をreal-time PCR法を用いて行った。これら各手法により得られた結果に基づき、各水素濃度条件下でのPCE分解と微生物の種組成についての関連を検討した。

本研究ではまず、土壌中におけるPCEの分解に及ぼす酢酸、乳酸、蟻酸、プロピオン酸の影響を検討した。対照として、土壌の自然分解力の検討も行った。電子供与体を添加しないときには、PCEが徐々に分解さ、TCEが生成物として検出されたが、PCEは完全に分解されなかった。酢酸、乳酸及びプロピオン酸を添加した場合、PCEの分解が促進されたがCis-DCEが生成物として検出された。プロピオン酸を添加した場合、PCE分解が促進され12日目に、PCEが完全に分解された。酢酸、乳酸を添加した場合、14日目に、PCEが完全に分解された。蟻酸を添加した場合、PCEは完全に分解されなかった。

有機酸添加において、PCEの存在する場合と存在しない場合の比較を行った。PCEを添加した場合、酢酸の分解が阻害された。乳酸は2日間で速やかに代謝された。蟻酸及びプロピオン酸は8日目に完全に分解された。酢酸、乳酸、プロピオン酸の場合で、PCEを添加した時メタン生成量はPCEを添加しない時より生成量が少なかった。蟻酸の場合、逆になった。酢酸と乳酸の場合で、10日目に水素が検出された。プロピオン酸の場合で、8日目に水素が検出された。蟻酸の場合では、2日目に、水素が検出されたが、8日目に、水素が消失し、14日目に、再度検出された。

同時に、PCE分解とメタン及び水素の関係を検討した。メタンの濃度が50000ppmvになると、水素が検出された。メタンの生成量が50000ppmv及び水素の生成量が40ppmvの場合、PCE分解が速やかに分解された。これらの結果から、水素とメタンの存在がPCE分解に大きく影響を与えることが示唆された。

次に、有機酸の代謝物質としての水素がPCE分解に影響を与えると考えられたことから、土壌中におけるPCE分解に及ぼす水素の添加濃度について検討を加えた。すなわち1ml水素を一回のみ及び2日に1回添加する場合、さらに10mlを1回及び2日に1回添加する場合及び水素を添加しない場合についてPCEの分解を調べた。水素を添加しない場合、PCE分解はほとんど促進されなかったが48日目に、PCEが完全に分解されたがVCが、反応系中に残存した。1ml水素を頻繁に添加する時、PCE分解が促進され、14日目に、完全に分解された。しかしVCが反応系に残存した。10ml水素を一回に添加する場合、PCE分解が促進され、14日目に、完全に分解された。無毒なETHが最終の生成物とし、得られた。10ml水素を頻繁に添加した場合、PCEの分解が阻害され、TCEが生成物として検出された。

本実験においても、水素とメタンの関係について検討を加えた。1ml水素を一回のみ添加した場合時および水素を添加しない場合、メタンの生成量はほぼ同程度であった。1ml水素を頻繁に添加する場合、最初の二週間、メタン生成量が増加したが、16日目から48日目までの間で、メタン生成量は変化しなかった。水素が他の微生物代謝で使われたと考えられた。48日目から55日目までの間で、メタンの生成量がさらに増加した。この増加量は直接に水素を使用して生成のメタン量ではなく、他の有機物の代謝物とし、増加量と考えられ。この考えは有機酸の代謝実験で証明された。10ml水素が一回に添加する時、最初の一週間で、メタンの生成量が水素の消費に伴って増加され、10日目以後、水素が一定濃度を保持され、この時、メタンの生成量も一定量を保持した。この時の水素の消費に関しては、その68%がメタンを生成に利用され、14.5%が酢酸生成に利用され、PCEの分解に9.2%が利用された。10ml水素を頻繁に添加した場合、最初、水素は速やかに消費され、同時にメタンが生成され、六日目以後、メタン生成量は水素濃度の増加に伴って、減少した。高濃度水素時、メタン生成が阻害されると考えられた。水素の濃度が100ppmvから200ppmvまで保持されれば、PCEが完全にETHまで分解されると考えられた。

土壌中におけるクロロエチレン類の分解に及ぼす水素の影響を明らかにするため、さらに、微生物の群集構造とPCEの分解について検討を加えた。特定な種をreal-time PCR方で測定した。以下のような結果を得た。

微生物群集構造はPCE分解経過及び水素濃度の変化に伴い変化した。各水素濃度条件下で、多量のgamma proteobacteria, beta proteobacteriaが存在した。10ml水素を一回のみ添加する場合、Colstridium magnum、Delococcoides sp. BVA1及びDehalococcoides sp. などの細菌が検出された。この条件下で、PCEが完全にETHまで分解された。1ml水素を頻繁に添加する時、Clostridium sp. T7及びDehalobacter sp. E1が検出された。これらの細菌はPCEからDCEs及びVCまで分解に対しての役割がある細菌であると考えられる。10ml水素を頻繁に添加する時、Desulfobacteraceae が検出された。この細菌はPCEからTCEまで分解に対しての役割がある細菌であると考えられる。Dehalococcoidesが土壌中に存在することが確認されたことから、real-time PCR方を用い、Dehalococcoidesの定量を行った。Dehalococcoidesが105cells/ml程度、供試土壌に存在した。10ml水素を一回に添加する時、最初の二週間で、Dehalococcoidesが少し増殖し、14日後、急激に増殖した。Dehalococcoidesが107cells/ml以上にあれば、クロロエチレン類が完全にETHまで分解されると考えられた。他の水素添加条件下で、Dehalococcoidesが107cells/ml以下であった。

以上の結果から、水素の濃度が100ppmvから200ppmvまで保持されれば、Dehalococcoides が増殖でき、クロロエチレン類が無毒なETHまで分解できるものと考えられた。これらの知見はクロロエチレンで汚染した環境の修復に大変有用な基礎データを提供するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論分は、現在、土壌・地下水汚染で大きな問題となっている揮発性有機塩素化合物であるテトラクロロエチレン(PCE)に着目し、土壌中においてPCEの分解を促進するための電子供与体として有機酸の添加効果ならびに水素の添加効果について検討し、水素の添加が有効であることから、水素の濃度の分解に及ぼす影響ならびに水素の濃度を変えたときの微生物群集構造の解析を行い、土壌の持つ揮発性有機塩素化合物に対する浄化能を解明することを目的としたものである。論文は、8章より構成されている。

第1章では、研究の背景と目的、及び論文の構成について述べている。

第2章では、PCEの嫌気的分解に関するこれまでの知見を整理している。すなわち、PCEは好気性微生物によって全く分解されず、生分解が困難とされているが、嫌気的条件下では、微生物によって還元的に脱塩素化され、TCE、ジクロロエチレン(DCE)、塩化ビニル(VC), エチレン(ETH)と、塩素が一個ずつ水素に置換されて分解されることが明らかになっていること、環境中では、多くの場合シスーDCEで分解が停止してしまうこと、分解には、メタン生成菌や硫酸還元菌、脱ハロゲン菌が関与していることを整理し、これらの微生物の環境中での挙動を制御している要因を解明することが、分解メカニズムを解明する上で重要であることを説明している。

第3章では、土壌中におけるPCEの分解能の測定方法、有機塩素化合物の分析方法、分解に及ぼす因子である、有機酸、水素、メタンの分析方法、さらに微生物解析の手法であるDNAの抽出法、クローニング法、PCR−DGGE群集解析法、シークエンス解析法について説明している。

第4章では、土壌中におけるPCEの分解に及ぼす酢酸、乳酸、蟻酸、プロピオン酸の影響を検討した。対照として、土壌の自然分解力の検討も行った。電子供与体を添加しないときには、PCEが徐々に分解され、TCEが生成物として検出されたが、PCEは完全に分解されていない。酢酸、乳酸及びプロピオン酸を添加した場合、PCEの分解が促進されたがシスーDCEが生成物として検出され、プロピオン酸を添加した場合、12日目にPCEが完全に分解され、酢酸、乳酸を添加した場合、14日目に、PCEが完全に分解され、蟻酸を添加した場合PCEは完全に分解されなかった。

酢酸、乳酸、プロピオン酸添加の場合、PCEを添加した時メタン生成量はPCEを添加しない時より生成量が少ないこと、酢酸と乳酸添加の場合、10日目に水素が検出され、プロピオン酸の場合、8日目に水素が検出されたことを報告した。水素が生成されたという結果は、これまでに水素の濃度を正確に測定した報告がないことから、大変興味深いデータといえる。

同時に、PCE分解とメタン及び水素の関係を検討している。メタンの濃度が50000ppmvになると、水素が検出され、メタンの生成量が50000ppmv及び水素の生成量が40ppmvの場合、PCE分解が速やかに分解された。これらの結果から、水素とメタンの存在がPCE分解に大きく影響を与えることを結論付けたが、この指摘も大変興味深い。

第5章では、有機酸の代謝物質としての水素がPCE分解に影響を与える可能性が高いことから、土壌中におけるPCE分解に及ぼす水素の添加濃度の効果について検討を加えた。水素の添加濃度を変えた予備実験を行い、最終的に4種類の、水素添加条件下で実験を行った。すなわち、1ml水素を一回のみ及び2日に1回添加する場合、さらに10mlを1回及び2日に1回添加する場合、それと水素を添加しない対照の系についてPCEの分解を調べた。

水素を添加しない場合、PCE分解はほとんど促進されなかったが、1mlと低濃度の水素を頻繁に添加した場合、PCE分解が促進されて14日目に完全に消失したが、VCが反応系に残存した。一方、高濃度水素系である10ml水素を一回に添加する場合、PCE分解が促進され、14日目に完全に分解され、無毒なETHが最終の生成物として得られた。10ml水素を頻繁に添加した場合、PCEの分解が阻害され、TCEが生成物として検出されたことを報告した。水素の添加が、分解に大きく影響をしていることを明らかにした。

さらに、本実験条件下で、水素とメタンの関係について検討を加えた。1ml水素を一回のみ添加した場合および水素を添加しない場合、メタンの生成量はほぼ同程度であり、1ml水素を頻繁に添加した場合、最初の2週間、メタン生成量が増加したが、16日目から48日目までの間で、メタン生成量は変化しなかった。10ml水素を一回のみ添加する時、最初の一週間で、水素の消費に伴ってメタンが生成され、10日目以後一定濃度の水素が保持された。この時の水素の消費に関しては、その68%がメタンに生成に、14.5%が酢酸の生成に利用され、PCEの分解に9.2%が利用された。また、水素の濃度が100ppmvから200ppmvまで保持されれば、PCEが完全にETHまで分解されると報告した。低濃度の水素が、土壌中におけるPCEの分解に重要であることを明らかにしたことは興味深い。

第6章では、クロロエチレン類の分解に及ぼす水素の影響の機構を明らかにするため、微生物の群集構造とPCEの分解について検討を加えた。微生物群集構造は、PCE分解経過に伴い変化し、水素添加条件下で、多量のγ―プロテオバクテリア、β―プロテオバクテリアが存在した。10ml水素を一回のみ添加する場合、Colstridium magnum、Delococcoides sp. BVA1及びDehalococcoides sp. などの細菌が検出された。この条件下で、PCEが完全にETHまで分解された。1ml水素を頻繁に添加する時、Clostridium sp. T7及びDehalobacter sp. E1が検出された。これらの細菌はPCEからDCEs及びVCまで分解に対しての役割がある細菌であると考えられる。10ml水素を頻繁に添加する時、Desulfobacteraceae が検出された。この細菌はPCEからTCEまで分解に対しての役割がある細菌であると考えられる。これらの結果は、大変興味深いものである。

第7章では、Dehalococcoidesが土壌中に存在することが確認されたことから、real-time PCR法を用い、Dehalococcoidesの定量を行った。Dehalococcoidesが102cells/ml程度、蓮田土壌に存在した。10ml水素を一回に添加する時、最初の2週間で、Dehalococcoidesが少し増殖し、14日後、急激に増殖した。Dehalococcoidesが106cells/ml以上存在すれば、クロロエチレン類が完全にETHまで分解されると報告した。

以上述べてきたように、本研究は、蓮田土壌中のPCE分解に及ぼす電子供与体としての有機酸および水素の影響を検討し水素が分解に大きく関与し、水素濃度が低く保たれたときに、PCEが無害のエチレンまで分解されることを明らかにした。また、水素濃度と土壌中の微生物構造との関係を検討し、水素濃度が低いときに、Dehalococcoides が増殖でき、クロロエチレン類が無毒なETHまで分解できるものと結論づけた。これらの結果は、土壌中におけるクロロエチレン類の分解・除去するためのバイオレメディエーション技術の開発に大変貴重な知見を提供するとともに、都市環境工学の学術の発展に大きく寄与するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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