学位論文要旨



No 120708
著者(漢字) 高梨,正祐
著者(英字)
著者(カナ) タカナシ,マサヒロ
標題(和) 定量的破面解析を援用した損傷原因推定技術の開発
標題(洋)
報告番号 120708
報告番号 甲20708
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6128号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 加藤,孝久
 東京大学 教授 吉川,暢宏
 東京大学 助教授 泉,聡志
内容要旨 要旨を表示する

構造物や機械の破壊事故の際には、その原因究明と再発防止の観点から、必ずといってよいほど破断面の調査が実施されている。経験豊富な観察者が、ルーペ、実体顕微鏡、走査型電子顕微鏡などを用いて、損傷品の破面を丹念に観察することにより、破面に観察された模様を手掛かりに損傷原因の推定が行なわれている。こうした評価手法はフラクトグラフィとよばれ、損傷問題の解決に大きく貢献してきた。だが、フラクトグラフィ手法は、研究の初期段階から熟練した技能が要求され、現在では以下のような問題点がある。

(a)熟練者の減少と技術の伝承

(b)解析評価が定性的かつ主観的

(c)過去の事例・データの管理

第一番目の問題点としての熟練者の減少と技術の伝承であるが、フラクトグラフィが学問として成長期にあり、積極的な試行錯誤が行われた1970〜80年代には破面解析に精通した専門家が多数いた。だが、成熟期に入りフラクトグラフィがルーチンワークとなると研究の要素が減り専門家の育成が困難となった。さらに、成長期に第一線で活躍していた専門家も高齢化してき、職を退いていった。後継者が育たないまま職を退いたため、技術の伝承も十分にはなされていない。

第二番目の問題点としての解析評価が定性的かつ主観的という問題は、破面解析が熟練者の能力に強く依存していることに起因している。第一番目の問題点と根源は同じである。

第三番目の問題点はデータ管理である。破面解析は、損傷調査の一環として実施されるのが通常であり、破面を走査型電子顕微鏡で詳細に観察した結果の一部のみが、損傷調査報告書として残されるにとどまっている。その他のデータは観察者の個人的ファイルに収納されて、組織の共有財産となることはない。実機の調査においては、一連の手順により破面を解析した結果、最後には破面観察者が定性的判断を下すことが多い。必ずしも十分な技術の伝承がなされていない現在、この決断のプロセスで参考になるのが、過去の事例や専門書に掲載されている破面との比較であるため、データの体系的な整理が必要となる。

以上の問題点は、いずれも相互に関連を持つものであり、完全には分離できない。破面解析は熟練者の経験によるところも大きいことは事実であるが、問題を克服するのであれば、体系立てて知識を一般化しておく必要があると考えた。したがって本研究では、破面を数値的に表現する手法、すなわち定量化により、損傷解析を支援していくことに着目した。定量的指標を導入すれば、第二の問題点である解析結果への客観性を付与することも可能となる。第三の問題点のアプローチには、定量化したデータを体系付けて整理しデータベースに格納し、再利用可能な状態にしておく方法が考えられる。以上のようなことを考慮し、本研究では、

(a) 破面へ定量的指標を導入し、迅速かつ客観的な破面解析を可能とする

(b) 破面データの系統立てた管理により、フラクトグラフィ技術を維持・伝承する

ことにより損傷解析を支援することを目的とした。

まず、定量的破面解析に用いられるパラメータとして、従来より使用されている破面特徴量について調査した。主として、二次元画像解析に用いられるテクスチャ解析法や、高さプロファイルの定量化方法、周期性に着目したフーリエ変換、さらに比較的新しい破面の定量的指標として注目されているフラクタル次元を用いた破面解析について調査し、本研究の目的を達成するための適用法について検討した。その結果、これらのパラメータのうち、破面の定量化の効果と意義を確認しやすいテクスチャ統計量と表面性状(粗さ)を代表的なパラメータして取り上げ、破面解析技術の要素技術として位置付け、その適用化検討を行った。

実機で生じる破面は、破面集などに記載されている典型的な破面とは様相を異にすることが多い。よってまず破壊原因に起因する破面性状の相違を、テクスチャ解析により自動分離する手法を提案した。現在、損傷調査現場で破面解析によく利用されているのは走査型電子顕微鏡 (SEM) である。だが、SEMによって撮影される画像は、コントラストや明るさの影響を受ける。直接SEM像に対して定量解析を実施すると、そこから抽出した特徴量は客観性を失われる可能性がある。したがって、コントラストや明るさの影響を受けにくいエッジを濃淡画像から抽出し、破面の定量解析を実施する手法を提案した。破面から抽出されたエッジ画像は自動しきい値判別法を用いて二値化し、エッジとそれ以外の領域に分類した。このような画像に対しては、エッジとエッジの間隔を統計量として評価すれば、破面の特徴が捉えられると考えた。そこで医療分野などの画像処理で用いられるランレングス統計量を導入した。疲労破壊と急速破壊の破面でランレングス統計量を算出したところ、ランレングス統計量は破面性状に依存することが判明した。したがって、この統計量を用いれば、熟練者の主観に頼ることなく、両破面を分離することが可能であることが明らかになった。本手法は、鋳物のように定性的にも破面分類が困難なような場合について有効であると考えられる。

次に、破面集に記載されているような典型的破面が得られる場合、さらなる詳細情報として作用荷重レベルを推定する手法を提案した。作用荷重や損傷量と相関がある破面様相としては、疲労破面に特有なストライエーション、疲労破壊から過荷重破壊に遷移する際に生じるストレッチゾーン、クリープにより生じるボイドや粒界破面の割合などが知られている。構造物の破壊は、供用中に生じた疲労き裂が成長し最終破壊に至るケースが多いことから、本研究ではストレッチゾーンに着目した。ストレッチゾーンは、部材に発生した疲労き裂が過大荷重を受け、急速破壊に遷移する過程で、疲労き裂の先端が引き伸ばされることにより形成される。このストレッチゾーンの幅は、弾塑性破壊じん性値とよい相関があることが知られているため、ストレッチゾーン幅の定量的評価法を提案した。ストレッチゾーンが形成されるプロセスを分析し、ストレッチゾーン内では表面粗さが小さくなることに注目した。ストレッチゾーンを挟む破面の算術平均粗さを計測し、粗さの相対的変化を利用したストレッチゾーン幅を決定する手法を提案した。次に、炭素鋼配管から採取した試験片に対して弾塑性破壊じん性試験を実施し、この破面に本手法を適用した。従来知見であるJ積分値とストレッチゾーン幅の関係を用いて検証したところ、本手法での評価結果は従来知見のばらつき内であることを確認した。この結果、ストレッチゾーンが観察される場合、本手法を用いれば破面から定量的に破壊じん性値を求めることができるようになった。破壊じん性値から破壊荷重レベルを推測する手順についても本論文中に示した。なお、ストレッチゾーン以外の典型的破面の解析法に関しては、今後の課題である。

最後に、以上のような要素技術を用いて破面を評価した結果を体系的に整理することができ、なおかつ経験の浅い観察者や研究者の破面解析を支援するデータベースシステムを構築した。本システムには通常のデータベースとしての機能のほかに破面の特徴量を計算するプログラムを搭載した。現在、実機の損傷現場で主流となっている定性的破面解析に基づいた損傷調査で頼りになる方法は、過去の損傷事例から得られた破面や実験室などで得られた破面と、実機破面との比較に基づいた損傷原因の推定である。開発したシステムでは、破面から抽出した特徴量をもとに破面画像を検索し、類似画像の検索を支援するシステムとした。複数ある破面特徴量の選択法や、類似判定のための特徴量範囲設定など、ユーザの主観によるところはあるが、本システムにより損傷品からの損傷原因推定を客観的にかつ迅速に行うことが可能となり、損傷問題の早期解決が可能となった。また、破面解析を行うと、自動的にデータがデータベースに投入されるから、データ管理の問題も解決できる。新たに生じる破面の解析のための参考データとして活用でき、データの再利用性が向上することになる。

本研究では、定量的指標を援用して損傷原因推定技術を開発したが、この定量的指標の位置付けは解析支援であり、最終的にはユーザが結論を下すことになる。理想的な姿は、システム側から必要とされる条件をユーザに提示し、ユーザ入力に基づいて最終的な判断をシステム側で下すことである。したがって、将来への展望としては、専門家に変わってシステムが結論を下してくれるようなエキスパートシステムへの展開が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

構造物や機械の破壊事故の際には、その原因究明と再発防止の観点から、必ずといってよいほど破断面の調査が実施されている。こうした評価手法はフラクトグラフィとよばれ、損傷問題の解決に大きく貢献してきた。だが、フラクトグラフィ手法は、研究の初期段階から熟練した技能が要求され、現在では以下のような問題点がある。

(a)熟練者の減少と技術の伝承

(b)解析評価が定性的かつ主観的

(c)過去の事例・データの管理

以上の問題点は、いずれも相互に関連を持つものであり、完全には分離できない。そこで本研究では、破面を数値的に表現する手法、すなわち定量化により、損傷解析を支援していくことに着目した。つまり、本研究では、

(a) 破面へ定量的指標を導入し、迅速かつ客観的な破面解析を可能とする

(b) 破面データの系統立てた管理により、フラクトグラフィ技術を維持・伝承する

ことにより損傷解析を支援することを目的とした。

まず、定量的破面解析に用いられるパラメータとして、既存の破面特徴量について調査している。その結果、これらのパラメータのうち、破面の定量化の効果と意義を確認しやすいテクスチャ統計量と表面性状(粗さ)を代表的なパラメータして取り上げ、破面解析技術の要素技術として位置付け、その適用化検討を行っている。

実機で生じる破面は、破面集などに記載されている典型的な破面とは様相を異にすることが多い。よってまず破壊原因に起因する破面性状の相違を、テクスチャ解析により自動分離する手法を提案している。現在、損傷調査現場で破面解析によく利用されている走査型電子顕微画像は、コントラストや明るさの影響を受ける。そこで、コントラストや明るさの影響を受けにくいエッジを濃淡画像から抽出し、破面の定量解析を実施する手法を提案している。破面から抽出されたエッジ画像に対して、エッジとエッジの間隔を統計量として評価すれば、破面の特徴が捉えられると考えている。ここでは医療分野などの画像処理で用いられるランレングス統計量の導入を試みている。疲労破壊と急速破壊の破面でランレングス統計量を算出したところ、ランレングス統計量は破面性状に依存することが判明した。したがって、この統計量を用いれば、熟練者の主観に頼ることなく、両破面を分離することが可能であることを明らかにした。

次に、破面集に記載されているような典型的破面が得られる場合、さらなる詳細情報として作用荷重レベルを推定する手法を提案している。構造物の破壊は、供用中に生じた疲労き裂が成長し最終破壊に至るケースが多いことから、本研究ではストレッチゾーンに着目した。ストレッチゾーンは、部材に発生した疲労き裂が過大荷重を受け、急速破壊に遷移する過程で、疲労き裂の先端が引き伸ばされることにより形成される。このストレッチゾーンの幅は、弾塑性破壊靭性値とよい相関があることが知られているため、ストレッチゾーン幅の定量的評価法を提案した。ストレッチゾーンが形成されるプロセスを分析し、ストレッチゾーン内では表面粗さが小さくなることに注目した。ストレッチゾーンを挟む破面の算術平均粗さを計測し、粗さの相対的変化を利用したストレッチゾーン幅を決定する手法を提案した。次に、炭素鋼配管から採取した試験片に対して弾塑性破壊靭性試験を実施し、この破面に本手法を適用した。従来知見であるJ積分値とストレッチゾーン幅の関係を用いて検証したところ、本手法での評価結果は従来知見のばらつき内であることを確認した。この結果、ストレッチゾーンが観察される場合、本手法を用いれば破面から定量的に破壊靭性値を求めることができるようになった。また、破壊靭性値から破壊荷重レベルを推測する手順についても本論文中に示した。

最後に、以上のような要素技術を用いて破面を評価した結果を体系的に整理することができ、なおかつ経験の浅い観察者や研究者の破面解析を支援するデータベースシステムを構築した。本システムには通常のデータベースとしての機能のほかに破面の特徴量を計算するプログラムを搭載した。開発したシステムでは、破面から抽出した特徴量をもとに破面画像を検索し、類似画像の検索を支援するシステムとした。複数ある破面特徴量の選択法や、類似判定のための特徴量範囲設定など、本システムにより損傷品からの損傷原因推定を客観的にかつ迅速に行うことが可能となり、損傷問題の早期解決が可能となった。また、破面解析を行うと、自動的にデータがデータベースに投入されるから、データ管理の問題も解決できる。新たに生じる破面の解析のための参考データとして活用でき、データの再利用性が向上することを示した。

以上のように、本研究では、定量的破面解析手法を新たに開発し、これを援用した損傷原因推定技術を新たに開発するものである。開発された手法は、機械構造物の信頼性確保のためのリスクベース評価にも適用可能であり、幅広く展開できるものと考えられる。将来的には、専門家に変わってシステムが結論を下してくれるようなエキスパートシステムへの展開も期待できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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