学位論文要旨



No 120710
著者(漢字) 李,静媛
著者(英字)
著者(カナ) リ,セイエン
標題(和) ステンレス鋼の半溶融・半凝固加工に関する研究
標題(洋)
報告番号 120710
報告番号 甲20710
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6130号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 助教授 割澤,伸一
内容要旨 要旨を表示する

金属素形材の製造技術としては、古くから鋳造、塑性加工、溶接などが利用されてきた。1970年代前半に米国マサチューセッツ工科大学のFlemingらによって、合金のスラリーから直接鋳造するレオキャスト法(半凝固加工)、及びスラリーを急冷凝固させた後、再加熱して加工するチクソキャスト法(半溶融加工)の研究が行われた。

半溶融・半凝固加工は、鋳造と塑性加工の長所を合わせて、チクソトロピー現象、即ちせん断力を付加した際、粘性が低下し、流動性が増加する現象を持つ。この加工法は現在既にアルミニウムとマグネシウム合金に関する自動車部品と電子製品ケースなど領域で応用化されている。

これと比較して、鉄鋼合金素材に関しては、半溶融・半凝固温度が高く、加工温度領域も狭いなどの困難があるので、まだ基礎研究段階にある。しかし、省エネルギー、生産プロセスの縮短、near net shape加工のために、金属系素材の大半を占める鉄鋼材料に関して、半溶融・半凝固加工の必要もある。ステンレス鋼はもっとも広範的に応用化されている鉄鋼材料とし、Fe-Cr-Ni三元またはFe-Cr二元系列化され、半溶融・半凝固状態で固相変態が発生するなどの特徴があるので、本論文の研究対象にして採用された。

半溶融・半凝固加工の特性、即ちチクソトロピー現象を得るために、つまり粘性の低下及び流動性の増加するために、固相を粒状化あるいは球状化することが重要である。主に、半溶融・半凝固組織の球状化する方法は半凝固状態下の攪拌、SIMA(Strain Induced Melted Activation)があり、他に、RAP(Recrystallisation and partial melting)、spray casting、ニューレオキャスティング(低温溶湯から緩慢冷却)法も実用化されている。本研究では、オーステナイト系ステンレス鋼SUS304、AUS304J3-L、SUS310S及びフェライト系ステンレスSUS430に関して、SIMA法、無攪拌半凝固法、ニューレオキャスティング法、鋳造組織の直接半溶融、及びRAP法を採用して、半溶融・半凝固状態での組織変化、変形特性を観察し、その成因を分析し、組織が変形に及ぼす影響を議論した。最後にSUS304についての数値シミュレシュンも行った。

本論文各章の内容を次に示す。

第1章「緒論」では、材料のチクソトロピー現象及び、この現象をもつ金属材料の半溶融・半凝固状態加工の発展の歴史、変形特徴と研究現状について述べた。多種の球状的な半溶融組織を獲得する方法を紹介した。自動車と電子製品領域で、アルミニウムとマグネシウム合金などの低融点軽金属の半溶融・半凝固加工の広範的な応用を説明するし、鉄系合金の稀少な研究状況を述べた。

第2章「ステンレス鋼の金属学の特性」では、金属凝固理論及び冷却途中で発生する平衡相変態、マルテンサイト変態のような無拡散相変態及びWidmanstaetten変態のようなdisplacive 変態を説明した。Fe-Cr-Ni系とFe-Cr系ステンレス鋼の平衡相図、相変態を述べた。オーステナイト系ステンレスの四つの凝固モード、Cr、Niなどの合金元素の凝固モードに及ぼす影響、及び合金元素の異なる固相における異なる拡散速度を述べた。

第3章「オーステナイト系ステンレス鋼SUS304の半溶融加工時の内部組織変化と変形抵抗変化」では、FA凝固モードのSUS304について、SIMA法により得た二つの半溶融組織( と )を同定し、線(層)状三相半溶融組織と球状二相半溶融組織の成因を述べた。組織の同定はEPMA法を利用し、高Cr高Ni箇所は液相、高Cr低Ni箇所はフェライト相、低Cr高Ni箇所はオーステナイト相であったが同定原則として判断する。新しい球状半溶融組織を得る方法、即ち相変態(包晶反応)誘発球状化が発見した。半溶融過程で、 固相変態後の包晶反応するとき、 フェライト粒が界面能の作用した、収縮し、液相に包まれる。本章の後半では二つの半溶融組織( と )での一軸圧縮特性と押出し製品の性能について述べた。包晶(逆)反応後の組織 は包晶(逆)反応前の組織 よりわずか3℃高いが、変形抵抗は2倍低い。

第4章「半凝固加工時のオーステナイト系ステンレス鋼SUS304の内部組織と変形抵抗変化」では、溶湯から自然冷却途中で変形を加えて、デンドライト組織の変化及び変形特性を述べた。同じ温度でのデンドライト半凝固組織は球状組織より変形抵抗が3倍高くなる。本章でSUS304について、低温溶湯から緩慢冷却すると、著しい流動性を持つ丸球状組織が得られることも結論づいた。そして、SUS304鋳造ビレットを昇温すると、球状的な二相半溶融組織が得られることを述べた。アルミニウム合金、マグネシウム合金の場合は、包晶反応が発生しないので、鋳造組織の直接半溶融球状化することができない。

第5章「種々のオーステナイト系ステンレス鋼の半溶融加工時の内部組織変化と変形抵抗変化」では、SIMA法によりFA凝固モードのAUS304J3-LとA凝固モードのSUS430における半溶融組織の生成、半溶融状態での変形特性を粒内線状溶融、粒界亀裂、組織粗大化などの半溶融組織変化及び一軸変形特性を述べた。RAP法(即ち、再結晶をしてない組織で昇温し半溶融する過程)がSIMA法(即ち、再結晶をした後の組織で昇温し半溶融する過程)と同じ半溶融組織の球状化に影響を及ぼすことを説明した。

第6章「フェライト系ステンレス鋼SUS430の半溶融加工時の内部組織変化と変形抵抗変化」では、RAP法+急速昇温にしても、SUS430鋼の半溶融状態では、室温の微細な棒状フェライト粒(直径5−8μm)100倍に粗大化することを述べた。粗大化の原因はCやNの固溶化と考えられる。フェライトの中で元素拡散が早いので線(層)状半溶融の不発生をもたらすことを述べた。急冷により液相のマルテンサイト変態、変形後の亀裂と腐食敏感化することも述べた。

第7章「オーステナイト系ステンレス鋼の半溶融加工時の変形解析」では、多孔質体と液体の二相モデルに基づいて、剛塑性有限要素法を利用し、半溶融加工の数値シミュレシュン方法を説明した。SUS304鋼の一軸圧縮を例として、固相には島、大矢根の降伏関数を、液相にはD'arcyの法則を採用し、数値解析を行って、解析結果が実験結果に合致することを述べた。

本研究で行ったFe-Cr-Ni系及びFe-Cr系ステンレス鋼に関する半溶融・半凝固加工の内部組織変化、変形特性、数値解析は鉄系合金の半溶融・半凝固加工の基礎研究に対して、極めて重要な部分である。本論文での重要な発見または結論は次に示す。

SUS304鋼の低温溶融から緩慢冷却により半凝固組織の球状化の発見。液相線温度直上十何℃あるいは二十何℃から緩慢冷却して、所定の半凝固温度で保持すると、核生成が大量発生でき、デンドライト晶の成長も抑止できるようになる。それにより、溶湯を攪拌することなく直接球状結晶を成長させる。本研究で、SUS304の場合は、固相線直上15℃から、2℃/sの速度で半溶融状態まで冷却すると、流動性極めて良い半凝固材料をえた。

新しい半溶融組織の球状化する方法の発見。通常の半溶融過程は低融点合金成分を持つ粒界から徐々に粒内へ発生する。それ故、球状的な半溶融組織を得るために、室温での結晶粒は等方でなければならない。アルミニウムとマグネシウム合金には、攪拌により球状組織のビレットを作り、または、予変形を受けて再結晶等軸化する方法で、球状な半溶融組織を獲得する。鋳造ビレットから直接半溶融すれば、優れた球状的な組織を得られない。本研究では、新しい球状化する方法、即ち、半溶融状態で相変態(即ち包晶反応)誘発球状化する方法は見つかれた。つまり、半溶融とともに、固相変態も発生し、母相が全部消えたら、新相が液相に包まれた典型的な球状半溶融構造になる。この方法により、鋳造ビレットから直接昇温しても丸球状二相半溶融組織も得られる。そのため、凝固の時の攪拌が省略できるし、予変形も省略できる。省エネルギーに有利となることができる。この方法は次の特徴がある。

・普通の半溶融とは違い、この方法において新相内部に液相が巻き込まれないので、純な固相粒が得られる。それ故、より優れた流動性、充填性が得られる。

・さらに、昇温につれて母相の粗大化は半溶融組織の大きさに影響を及ぼさない。つまり、固相変態は半溶融組織を微細化することができる。

・この方法は予変形を省略することができる。つまり、鋳造ビレットから直接昇温すれば、球状的な組織が獲得できる。この特性は省エネルギーに重要である。

本研究はステンレス鋼のスクリュー 、プロペラ、タービンなどの鍛造製品のnear net shape加工及びTi、炭素鋼などとの複合材料の加工に応用できる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、ステンレス鋼の固液共存加工すなわち半溶融加工および半凝固加工について、加工の際の組織変化や関連した流動応力変化などを実験により測定し、その結果をもとにステンレス鋼の半溶融・半凝固加工に必要となる基礎的な特性について考察を行った研究である。アルミニウムおよびマグネシウムなどの軽合金材料については半溶融・半凝固加工が実用化されつつあり、携帯電話やパソコンの筐体、ホイール部品や自動車部品の製造に利用されている。また研究も、以前より比較的多く行われている。これに対し、ステンレス等の鉄鋼系材料の半溶融・半凝固加工は実用化事例に乏しく、研究もほとんどなされておらず、また研究の水準も初歩的な状態にとどまっている。このことは、軽合金に比較して半溶融・半凝固温度が2倍程度高いのにも関わらず半溶融・半凝固温度範囲が1/2程度しか無い為実験中および製造工程での温度制御が格段に困難であること、また、鉄鋼系材料では半溶融・半凝固温度範囲で複雑な相変態(L⇒δフェライト⇒γオーステナイト)が起こるため、実験による組織の同定が困難であるため半溶融・半凝固温度範囲での組織変化の基礎的な知見・研究が不足していること、故に半溶融・半凝固温度範囲での組織制御が困難であること、などの理由によっている。

第1章は序論であり、鉄系素材ならびに軽金属素材の半溶融加工の特性および従来の研究について総括している。第2章では、本論文で対象とするステンレス鋼の金属額的特性についてまとめている。第3章「オーステナイト系ステンレス鋼SUS304の半溶融加工時の内部組織変化と変形抵抗変化」では、ステンレス鋼で最も生産量・利用頻度が高いオーステナイト系ステンレス鋼SUS304を取り上げ、半溶融温度範囲での相変態(L⇒δフェライト⇒γオーステナイト)およびこれに伴う内部組織変化と流動応力変化について、系統的に検討を行い、二相(L+δ)半溶融状態が球状化された内部組織を呈しており加工に適していること、三相(L+δ+γ)半溶融状態は加工に適さないことを明らかにした。第4章「半凝固加工時のオーステナイト系ステンレス鋼SUS304の内部組織変化と変形抵抗変化」では、SUS304の半凝固状態での内部組織変化と流動応力変化について検討している。この章では半凝固状態(凝固途中の状態)での変形抵抗を世界で始めて実測し、同一温度での第3章(半溶融状態)の結果と比較することで、樹状組織を有する凝固途中での変形抵抗は、溶融途中の約3.5倍であることを示した。第5章では、他の凝固モードで凝固するオーステナイト系ステンレス鋼SUS304J3-LおよびSUS310 Sの半溶融状態での内部組織変化と変形抵抗変化、第6章では、フェライト系ステンレス鋼SUS430の半溶融状態での内部組織変化と流動応力変化について、実験結果と考察が述べられている。第3章〜第6章に述べた一連の実験の結果、包晶反応およびその逆反応が、球状化された半溶融組織(固液共存状態)を作り出すことに適していることを、初めて見出すことができた。このことは、Ti-Alなど包晶反応がある他の金属材料の半溶融加工の可能性を示唆するもので、重要な知見である。第7章では、二相多孔質近似−連続体モデルによる半溶融加工の理論解析を取り上げ、変形中の液相分離の解析等の結果が述べられている。第8章は結論である。

本研究は、鉄鋼系材料(ステンレス鋼)の半溶融、半凝固加工について、半溶融・半凝固温度範囲で複雑な相変態(L⇒δフェライト⇒γオーステナイト)と内部組織変化や力学特性(変形抵抗)について精密かつ定量的な実験を行い、その結果を考察したものであり、工学における基礎的研究として加工技術、材料技術の両面から見て評価でき、また今度、鉄鋼系材料(ステンレス鋼)および他の金属材料の半溶融、半凝固加工を実現、実用化する上で貴重なデータならびに知見を提供している点で、工業的価値も高い。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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